2012年度 九州大学 経済学部 専門科目 環境経済学 2012年11月28日 九州大学大学院 経済学研究院 藤田敏之.

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2012年度 九州大学 経済学部 専門科目 環境経済学 2012年11月28日 九州大学大学院 経済学研究院 藤田敏之

5 環境政策の評価とコースの定理 5.1 費用便益分析(1) 5 環境政策の評価とコースの定理 5.1 費用便益分析(1) 環境政策として,CO2や硫黄酸化物などの汚染物質排出量の規制を考える.排出は利益をもたらすが,同時に費用をともなう 排出の利益・・・汚染をもたらす財の生産・消費による社会的余剰 排出の費用・・・汚染による外部費用(被害) 費用と利益のトレードオフが存在する 利益から費用を差し引いた純利益を最大にする排出量が効率的(費用便益分析) そのための条件は「排出の限界利益=排出の限界費用」

5.1 費用便益分析(2) 図は生産による汚染がもたらす外部不経済の影響を示している.仮に財の生産1単位あたり1単位の汚染が排出されるとすれば,横軸は排出量とみなせる.最適な排出量はe*で,均衡排出量e’は過大となる 需要曲線(MWTP)と供給曲線(MC)の垂直距離が汚染の限界利益 限界利益は汚染の減少関数で, 限界外部費用は増加関数 最適な汚染の排出水準では 「汚染の限界利益=汚染の 限界外部費用」 が成り立つ 価格 社会的限界費用 需要曲線 限界外部費用 限界利益 供給曲線 p* p’ o 数量(排出量) e* e’

5.2 限界削減費用(1) 次に排出量の削減に焦点をあてて考える 削減の利益・・・回避される外部費用(被害) 5.2 限界削減費用(1) 次に排出量の削減に焦点をあてて考える 削減の利益・・・回避される外部費用(被害) 削減の費用・・・汚染を削減することにより失われる利益(汚染削減に向けられた資源が他の用途で最大限有効利用された場合に得られたであろう利益) ← 機会費用の考え方 図は限界利益を排出量の 関数として描いたものである 規制がないときの排出量はe0 A:排出 e による利益 B:排出削減 (e0-e) による費用 金額 限界利益 A B o 排出量 e e0 排出量 削減量

5.2 限界削減費用(2) 実は排出の限界利益は削減の限界費用とみなすことができる 5.2 限界削減費用(2) 実は排出の限界利益は削減の限界費用とみなすことができる 理由:ある排出量eから少しだけ排出を増やしてe+Δeにしたときの利益の増分は,eから少しだけ排出を減らしてe-Δeにしたときの利益の減少分つまり費用とほぼ同じと考えられる 金額 限界利益=限界削減費用 o e 排出量 e-Δe e+Δe

5.2 限界削減費用(3) よって最適化の条件は 限界削減費用(Marginal Abatement Cost: MAC)=限界外部費用(Marginal External Cost: MEC) とも表される 金額 排出量 MAC MEC A B C D o 削減量 e* e0 右の図は限界削減費用と限界外部費用を描いたものである e*においては総被害A,総削減費用Bの和が最小になる 便益-被害はC+Dの面積

5.3 コースの定理(1) 外部不経済による非効率を改善したい 5.3 コースの定理(1) 外部不経済による非効率を改善したい そのためには外部不経済の原因となる行動についての意思決定を変更させるインセンティブが必要 → 外部性の内部化 内部化の方法の1つとして当事者(汚染者,被害者)間の直接交渉を考える ● コースの主張 交渉に費用がかからず所有権が確立されていれば,直接交渉により外部性の内部化がなされる ここで所有権として,汚染者に汚染する権利を与えても,被害者にきれいな環境に対する権利を与えてもよい(結果は同じ)

5.3 コースの定理(2) ●外部不経済の単純なモデル 5.3 コースの定理(2) ●外部不経済の単純なモデル 川上の工場(汚染者)の排出する汚染が川下の住民(被害者)に損失を与える.社会的に最適な汚染排出量はOQである P B Q D 金額 排出量 限界利益 限界外部費用 O M

5.3 コースの定理(3) ●当事者間交渉 1)汚染者が権利をもつ場合(生産活動が法律で正当化されている) 5.3 コースの定理(3) ●当事者間交渉 1)汚染者が権利をもつ場合(生産活動が法律で正当化されている) 交渉がなければ排出量はOM・・・汚染者:BOMの利益,被害者:DOMの損失 ここで被害者が汚染削減のための交渉を行うとする 少量(Ma)の削減による 利益の減少・・・baM 損失の減少・・・DcaM(大きい) よって被害者が削減に対し,baMとDcaMの間の報償金を支払えば,ともに得になるので交渉が成立 この交渉は被害者の損失減少分が汚染者の利益減少分と一致するまで続く → 交渉の結果,汚染はOQまで削減される 金額 D 限界外部費用 B 限界利益 c P b 排出量 O Q a M

5.3 コースの定理(4) 2)被害者が権利をもつ場合(汚染のない環境で過ごす権利) 5.3 コースの定理(4) 2)被害者が権利をもつ場合(汚染のない環境で過ごす権利) 交渉がなければ排出量はゼロ・・・汚染者,被害者ともに利益も損失もなし ここで汚染者が排出(生産)を認めてもらうための交渉を行うとする 少量(Os)の排出による 利益の増加・・・BOrt (大きい) 被害の減少・・・sOr よって汚染者が排出に対し, sOrとBOrtの間の賠償金を支払えば,ともに得になるので交渉が成立 この交渉は汚染者の利益減少分が被害者の損失減少分と一致するまで続く → この場合も交渉の結果,汚染排出量はOQとなる 金額 D 限界外部費用 B 限界利益 t P s 排出量 O r Q M

5.3 コースの定理(5) ●コースの定理 以上よりどちらに権利が与えられても同じ効率的な結果が導かれることがわかる 5.3 コースの定理(5) ●コースの定理 以上よりどちらに権利が与えられても同じ効率的な結果が導かれることがわかる このように直接交渉が行われるならば,政府の介入は必要ない →この事実をコースの定理と呼ぶ ※ただし権利の所在によって両者の得る利益は影響を受ける 1)の場合 汚染者: BOMの利益,被害者: POMの損失 2)の場合 汚染者: BOPの利益,被害者: 利益,損失ともになし 衡平性の観点からは被害者に権利を与えるほうが望ましい (汚染者負担原則)

5.3 コースの定理(6) ●取引費用 コースの定理によると,どのような環境問題も直接交渉によって解決するように考えられる.しかし現実にはそのような解決はほとんどみられない その乖離の原因は交渉にかかる費用(取引費用)ゼロという非現実的な仮定 取引費用・・・当事者を特定する費用,交渉の場に引き出す費用,情報獲得費用,交渉に要する時間の機会費用 金額 D 交渉をオファーする側が費用を負担すると仮定すると,汚染者が権利をもつとき,被害者の交渉による利益が取引費用によって減り汚染は過大になる(右図のOQ’) 逆に被害者が権利をもつとき,汚染は過小になる 結局ほとんどの場合,政府の介入が必要 限界外部費用 B 限界利益 P O 排出量 Q Q’ M

参考図書 柴田弘文『環境経済学』東洋経済新報社,第7章,pp. 131-143.