認知心理学 記憶 今井むつみ
記憶とは 記憶はひとつの「実体」ではない 脳に分散されているいくつかの種類の記憶の総合体
どのような記憶があるのか 明示的記憶(explicit memory)と潜在的記憶(implicit memory) 自分の住む世界に関する一般的な記憶と自分のヒストリーに関する記憶 短期の記憶と長期の記憶
記憶の二重貯蔵モデル 記憶の二重貯蔵モデル 感覚記憶 注意 短期記憶 符号化 精緻化 長期記憶
感覚貯蔵庫 アイコニックメモリー エコイックメモリー 視覚情報の感覚記憶 提示から1秒以内で消える Sperling(1960)の実験 聴覚情報の感覚記憶 提示から2秒〜5秒の間保持 Treisman(1964)の実験
アイコニックメモリー 音の高さ Z Q B R 高 M C A W 中 T K N F 低 Spering (1960)
アイコニックメモリー 全体報告法 部分報告法 4文字からなる行を3行、50ミリ秒提示 提示された文字を全て再生するように指示 →被験者は4〜5文字しか答えられない しかしもっと見たことは覚えている 部分報告法 文字提示の直後にトーンでどこの列を報告すべきかを教える トーンが刺激提示直後に与えられたときは高い再生率 300ミリ秒の遅延 再生率は2/3 500ミリ秒の遅延 再生率は1/2
エコイックメモリー Treisman(1964) 両耳に聴覚インプット しかし一方の耳からの入力にのみ注意するように指示 両耳から同じ文を時間的にずらして入力 →遅延時間が2秒以内の時は2番目が1番目と同じメッセージだと気付く (しかしこの時間がもっと長いとする報告もある)
短期記憶 感覚貯蔵庫に入った感覚情報のうち注意を向けられた情報だけが短期貯蔵庫(短期記憶)に入る 短期貯蔵庫は容量と保持時間に限界 容量 7±2 保持時間 15-30秒 (リハーサルをしない限り) 長期記憶への情報の転送 →作業記憶としても機能
二重貯蔵モデルの根拠 系列位置効果 10-15語の単語を一定の速度で提示 思い出した順に再生 →リストの最初と最後の再生率が高くなる(初頭効果、親近効果) リストの提示後10-30秒の遅延時間をおいて再生させる →親近効果がなくなり、リストの最後の部分の再生率が低くなる リストの提示時間を速める →系列の初頭部および中央部の再生率低下 最後部の再生率は影響を受けない
脳研究からの証拠 2つの類型の脳損傷患者(乖離) 新たに学習することが極めて困難 自由再生リストの初頭部の項目は想起できない 今の自分がどこにいるのか、さっき何を食べたかが思いだせない しかし親近性効果は正常 →皮質の側頭葉と内部の海馬や乳頭体に損傷 記憶範囲が2-3項目に限定される 親近性効果は1項目に限られる 数字記憶などの短期記憶課題の成績が非常に悪い 長期記憶に関する学習と想起は問題がない →左半球側頭葉の言語野に隣接したあたりに損傷
まとめ 通常の場合の親近性効果 初頭部、中央部の再生率 提示時間が速い リストの初頭部にある語 →短期記憶に保持されている情報量 リストの提示直後なら再生可能 遅延があると再生できない 初頭部、中央部の再生率 →長期記憶に転送された情報量 提示時間が速い 長期記憶に転送できない(リハーサルができない) リストの初頭部にある語 高い再生率(多くリハーサルされるため) ただしリハーサルの量より質が問題の場合もある
短期記憶の実体は何か 単なる記憶貯蔵だけでなく、心の中に数個の情報を同時に保持し、相互に関係づけるシステム →作業記憶 中枢処理装置 →システム全体を制御 調音循環システム 視覚空間的スケッチ帳
短期記憶から 長期記憶への情報の転送 短期記憶(作業記憶)で感覚情報を符号化する 符号化の種類 音韻的コード化 視覚的コード化 意味的コード化
符号化(1) 符号化の役割 符号化に関わる要因 短期記憶から長期記憶への転送を促進する 長期記憶に入った項目の検索を容易にする 既有の知識 イメージ化の度合い 記憶する際の文脈(状況)
符号化(2) 既有の知識 チェスの名人と初心者が実際の対局場面から5場面選んで5秒提示 その後その局面を盤の上に再現するよう求められる 名人:90%の駒を正しく並べる 初心者:40%(5回見直して90%に到達)
符号化における項目のイメージ化 精緻化→記憶項目に情報を付加して覚えやすくする Bower & Clark(1969) 2群の被験者に10語の単語からなるリストを12リスト覚えさせる 実験群 単語と単語を結び付けて文を作り更にストーリーを作るように指示 統制群 できるだけたくさん覚えるように指示
イメージ化の実例 シェレシェフスキー(ロシアの記憶術者) イメージを構成し驚くべき記憶力をみせる
ナイマン(N)が出てきて棒で突っついた(・)。彼は干からびた木を見ていると根(ルート(√))を思い出し、それから考えた。「この木は、私がこの二軒の家(d^2)をここに建てた時にすでに立っていたのだから、枯れて根がむきだしになっていても何の不思議もない。」そして、再び棒で突っついた(・)。彼は、言った。「この家は古い。だからもう処分すべきだ(帳簿にxをつける)。売却すれば十分すぎるほどの見返りが得られるだろう」。彼はその家を建てるのに85,000ルーブルの資金をつぎこんだ(85)。家は屋根で区切られ(―)、下には男が立っていてハーモニカで遊んでいた(vx)。彼は郵便局のそばに立っており、その角には、馬車が飛び込んでくるのを防ぐために大きな石が一つ置いてあった(・)…」。 このいささか奇妙で長ったらしい物語によって、この公式は完璧に再生された。そればかりか、15年後に再度テストされた時にも正確に再生されたのである。
情報処理の深さと記憶(1) 情報を短期記憶で処理したときの処理水準で後の記憶(再認成績)が変わる Craik & Tulving(1975)の実験〜方法 単語を瞬時的に提示し、その単語についてYes/Noの簡単な質問をする 質問の種類 活字 その単語は大文字で書かれているか? 音韻 その単語は“Weight”と韻をふむか? 文章 その単語は次の文章に挿入できるか? 「彼は街で___にあった」 再認テスト
情報処理の深さと記憶(2) Craik & Tulving(1975)の実験〜結果 反応時間 再認テスト 文章>音韻>活字 (反応時間の長さは処理の深さを表す) 再認テスト
文脈(状況)効果 符号化のときに、文脈の情報をいっしょに取り込んでいるのではないか。 アルコール依存症の患者 →泥酔時にあったことを酔っていない時は思い出せないが泥酔すると思い出す 水中で記憶した単語リストは水中で再生したほうが、再生率がよい。