第63回日本財政学会 社会保護および義務教育に おける国と地方の役割分担 林正義(一橋大学) 砂原庸介(日本学術振興会)
はじめに 先進諸国における再分配的歳出の分析 分析対象 社会保障費の急速な増大 地方分権の流れ ⇒中央・地方の役割分担を適切に再定義する必要 欧米11カ国 (+参考として日本) 再分配的歳出:社会保険,公的扶助,医療 対人社会サービス,義務教育
再分配的歳出の分類 現金給付 現物給付 1.1.社会保険(医療を除く) 1.2.公的扶助 2.1.医療 2.2.対人社会サービス(介護を中心) 2.3.義務教育
各国における地方政府の区分 連邦国家 アメリカ オーストラリア カナダ ドイツ 州 state province land 地方M county kreis 地方L municipality gemeinde 単一国家 イギリス フランス イタリア デンマーク 地方U région regione départememt provincia amt unitary district commune kommune フィンランド ノルウェー スウェーデン 日本(参考) fylkes landsting 都道府県 Kunta kommun 市町村 最大で三層 連邦国家ではオーストラリアを除いて三層制,下位の地方政府は上位の地方政府(特に州)の内部団体という性格が強い 単一国家では,フランスとイタリアが三層制であり,イギリスも他の国の州レベルの領域を持つRDA(Regional Development Agency)に地方の代表機関としての権能を付与しようとした。ただし,イギリスの場合は三層制というわけではなく,その条件として現在の地方Mレベルの地方政府を廃止することが前提となっている。現在のところは,地方Uレベル政府の創設は止まっているが,地方Mと地方Lレベルの政府を統合する動きは進行中である。 北欧については,領域が狭いこともあって地方政府は多くて二層である。フィンランドは今回の調査対象国で唯一一層制の地方制度を持つ国であった。
分析の観点 給付の分類ごとに中央政府と地方政府が歳出役割をどのように分担しているか 給付間の関係はどのようになっているか? 地方政府による歳出の執行において,中央政府からの移転はどのように行われているか? 今後の我が国における地方制度の制度設計についてのインプリケーションは何か 二つ目については,特に公的扶助制度が中心
中央政府と地方政府は, 歳出役割をどのように分担 しているか?
1.現金給付 各国における現金給付の内訳(GDP比)
現金給付の特徴 高齢者向けの給付(年金)が最も大きい 国別の特徴 老齢年金以外にも,遺族年金・障害者年金は多くの国において老齢年金と同じ制度 「社会保険」が現金給付の中で圧倒的に大きい 国別の特徴 アングロサクソン系の連邦国家はGDPに占める現金給付の割合が小さい 大陸系の欧州諸国はGDPに占める現金給付の割合が大きい 北欧は,大陸諸国と同様にGDPに占める現金給付の割合が大きいが,大陸諸国と比較して,高齢を理由とした給付が少なくなっている イギリスはアングロサクソン系の連邦諸国と大陸諸国の中間的な位置,住宅給付が比較的大きい 日本については,GDPに占める現金給付が少なく,高齢者への給付が占める割合が大きいため,アングロサクソン系の連邦諸国に近いかたちで歳出を行っていると考えられる
1.1.社会保険 基本的に中央政府が管轄する 制度の運営形態には幅が存在 社会保険業務に地方政府は関与しない点は共通 年金については全ての国で中央政府が管轄 失業保険・労災保険は例外あり(一部の連邦制国家) 制度の運営形態には幅が存在 拠出についての税方式 or 保険方式 政府が運営する場合に加えて,組合・金庫が運営して政府は監視を行う場合もある(ドイツ・フランス) 社会保険業務に地方政府は関与しない点は共通 運営組織の出先機関が地方での業務を行う 例外はドイツ(一部の年金を州が監督),デンマーク(地方政府が給付業務を行う) 本報告の問題意識からは,社会保険業務に地方政府が関与しない,という点が重要 年金と比べて,失業保険・労災保険においては,中央政府が殆ど関与しない場合もある(アメリカでは州が失業保険を管轄,フランス・デンマークは国ではなく民間が中心となっている)
1.2.公的扶助 同じ現金給付である社会保険と比べて地方政府の関与の度合いが大きい 中央政府(とその出先機関)のみで公的扶助制度を運営するのはイギリス・オーストラリアのみ 連邦国家:米・加では州中心の運営方式であるが,ドイツでは州より連邦の役割が大きい 単一国家:中央政府が基準を設定し,地方政府が給付事務を行う(基準の厳格さには幅) アメリカとカナダでは,連邦政府は交付金を通じてしか州政府の政策に影響を与えることができない。また,アメリカでは連邦が行う補足的所得保障や食料スタンプ制度(連邦が基準を設定)も存在する。 ドイツでは中央政府が基準設定や給付において直接的な関与を行う。
2.現物給付(教育を除く) 各国における現物給付の内訳(GDP比)
現物給付の特徴 医療が占める割合が非常に高い 大陸諸国と北欧四カ国では医療以外の現物給付も比較的手厚い 特にアングロサクソン系の連邦諸国と,イギリス・イタリア・日本は現物給付のほとんどが医療 カナダが例外的:連邦からのブロック補助金を用いた州レベルでの社会援助プログラムが多い 大陸諸国と北欧四カ国では医療以外の現物給付も比較的手厚い 特に北欧では障害者関係・家族関係給付が大きい これらの給付については地方政府が大きな役割(後述)
2.1.医療 保険(社会保険・民間保険)を活用する国(米・仏・独)は中央政府中心の医療制度 アメリカのメディケイド制度は例外 公的財源による原則無料の医療サービスを提供する国では地方政府が関与に幅がある イギリスでは国の機関であるNHSが運営 加・濠では州が医療制度を運営するが,連邦からの財源が大きい 北欧では基礎的な医療をより下位の地方政府が,高度な医療を上位の地方政府/中央政府が行っている
2.2.対人社会サービス(主に介護) いずれの国においても地方政府が関与 連邦国家では州に責任 どのレベルの政府が責任を持つかは多様 連邦国家では州に責任 介護を社会保険化したドイツでは連邦中心 中央政府はブロック補助金や特定補助金で州へ補助 単一国家では国法に基づく全国的制度のもとで,地方政府が自らの一般財源を用いてサービス供給 英・仏・伊という比較的規模の大きい国は上位の地方政府が実施主体 北欧では最も下位の地方政府が実施主体となっている
2.3.義務教育 連邦国家においては州の責任が大きい 単一国家では全国統一的に実施される 北米の連邦国家では義務教育に特化した自治体が教育を実施 その場合も財政を中心に州からの支援が大きい 単一国家では全国統一的に実施される 教育に特化しない,一般的な地方政府による管理 教員人件費を中心に(特定)補助金の役割は大きい 北欧では一般補助金を含む地方の一般財源に依存 連邦国家では州単位,単一国家では全国単位の統一テストが行われている
給付間の関係はどのようになっているのか? (特に公的扶助制度)
基本的な特徴 現金給付は中央政府による 現物給付については地方政府が関与 特に社会保険で顕著 障害者関連・家族関連の現金給付も中央政府 公的扶助は例外的に地方政府の関与が大きい 現物給付については地方政府が関与 医療については北欧で地方政府の役割が大きいが,その他の地域では中央政府の役割が大きい 対人社会サービス・教育は,基本的に地方政府の一般財源による(特に単一国家においてその傾向) 対人社会サービス・教育は,中央政府,あるいは連邦制の州が基準を設定
公的扶助の位置づけの変化 公的扶助支出の縮小 社会保険の公的扶助化 医療の公的扶助化 ⇒公的扶助の役割が社会保険・医療に浸透 勤労とのリンク(ワークフェア) 障害者給付・家族給付などとのリンク 社会保険の公的扶助化 一般財源を用いた年金の一階部分への給付 必ずしも資産調査が要件とされない(スウェーデン) 医療の公的扶助化 租税方式による原則無料の医療制度を採用する国 例えば日本でも医療扶助が生活保護給付の大半 ⇒公的扶助の役割が社会保険・医療に浸透 日本においても,いわゆる生活扶助に相当する支出は意外に少ない。ちなみに生活扶助費は約8451億円で,雇用保険の一般求職者給付の総額は1兆1037億円(平成16年) 勤労とのリンクの例としては,アメリカにおけるTANF,イギリスの求職者給付など 調査を行った先進諸国においては,伝統的な普遍主義に基づいて,ニーズのある人々に支援が行われるよりも,就労や特定の事由(高齢や疾病)と結びつくことで支援が行われる方向に傾きつつあるのではないか
地方政府による歳出の執行において,中央政府からの移転はどのように行われているか?
公的扶助の財政移転 英・濠では中央政府による運営 北米の連邦国家では特定補助金・ブロック補助金を活用 その他の国では上位政府からの一般補助金と地方政府の自主財源を組み合わせて運営 基準については中央政府が定めるが,緩い場合も デンマークは例外:1/2の特定定率補助金(日本と同じ) 財源は地方政府への依存が大きい(特に北欧) ⇒基準付けが緩い場合「福祉の磁石」は起きないか? 社会保険・現金給付は基本的に中央政府 「福祉の磁石」のような問題は今回の調査において特に発見されていない。この問題については基本的に今後の課題であると考えられる
医療の財政移転 保険を用いる国(米・仏・独),中央政府が中心となる国(英・濠・ノルウェー)では地方政府への依存は非常に小さい ノルウェー以外の北欧諸国とイタリアでは地方政府の一般財源(一般交付金+自主財源)を用いる ⇒公的扶助と同様に,潜在的に「福祉の磁石」が発生する可能性は?
対人社会サービスの財政移転 連邦政府においては州が,単一国家においては地方政府が財源を負担する場合が多い 北米連邦国家では特定補助金を用いて平準化 単一国家では,中央政府の役割は基準作りが主であり,財源は地方政府の一般財源 単一国家では,特定補助金を活用する例はほとんど見られていない
義務教育の財政移転 連邦制においては原則的に州が責任 地方の一般財源だけを財源とするのは北欧諸国のみ その他の単一国家では,地方政府の一般財源が重要な役割を果たすものの,国からの特定補助金も大きい 例えばフランス・イタリアなどでは教員給与を中央政府が全額負担し,イギリスでは教育水準の平準化のために特定補助金が用いられる
我が国への インプリケーション: 論点整理
現金給付における地方政府の役割 現在の我が国においては現金給付を行うのは必ずしも中央政府だけではない ⇒定型的な現金給付業務は中央政府が一括して行うことができるのではないか。 公的扶助制度における地方政府の役割の再検討 必ずしも他国の制度が望ましいわけではないが,現在のところ,比較的地方政府の裁量は小さい 地方政府の一般財源で運営できないわけではない (「福祉の磁石」効果には注意する必要がある)
現物給付における地方政府の役割 対人社会サービスの特徴 教育における役割分担 特定補助金よりも地方政府の一般財源を充実 公的部門だけではなく民間部門を活用 教育における役割分担 多くの国では義務教育のパフォーマンスを評価するために「統一テスト」を実施 中央政府から地方政府へ特定定率補助金を出しているのは日本のみ
公的扶助制度の再設計 就労可能性とのリンクは可能か? 社会保険・医療との役割分担 公的扶助制度を通じた就労促進 労働(不)能力と給付を繋げることで公的扶助制度の負担を軽減 社会保険・医療との役割分担 他の先進諸国では,公的扶助の縮小とともに社会保険・医療への負担が過重になる傾向