障害者権利条約が目指すInclusiveな社会と 雇用における合理的配慮 東京アドヴォカシー法律事務所 弁護士 池 原 毅 和 Email; yikehar@giga.ocn.ne.jp
本日のテーマ 障害者権利条約における基本的な価値 雇用率制度アプローチと合理的配慮アプローチの本質的な違いと融合化 障害者差別禁止3法(障害者基本法、障害者差別解消法、障害者雇用促進法)における合理的配慮の異同 雇用場面におけるさまざまな合理的配慮のあり方 本日のテーマ
障害者権利条約における 基本的な価値
基本価値と その保護 Inclusion Difference 包容 差異 Integrity Anti-discrimination Dignity 尊厳 Difference 差異 Integrity 障害のある心身の尊重 Diversity 多様性 Anti-discrimination 差別禁止 Inclusion 包容 基本価値と その保護
障害者権利条約 人類社会の全ての構成員の固有の尊厳 世界における自由、正義 及び平和の基礎(前文a、3条a) 「ある社会がその構成員のいくらかの人を閉め出すような場合、それは弱く脆い社会なの である。」(1980年 国際障害者年行動計画)、1940年代後半における尊厳の発見 差別 人間の固有の尊厳及び価値を侵害する(前文h)、無差別(3 条b)、平等及び無差別(5条) 障害者の多様性を認め(前文i)、障害者が・・・多様性に対して既に 貴重な貢献をしており、又は貴重な貢献をし得ることを認め(前文 m) 差異の尊重並びに人間の多様性の一部及び人類の一員としての障害者 の受入れ(3条d) 心身がそのままの状態で尊重される権利(Integrity 17条) 自立した生活及び地域社会への包容(Inclusion 19条)、教育におけ る差別禁止とinclusion(24条)、雇用における差別禁止とinclusion (27条)
障害者権利条約による雇用場面の差別禁止・合理的配慮とInclusion(27条) 障害者の平等な労働の権利;障害者に対して開放され、障害者を包 容し、及び障害者にとって利用しやすい労働市場及び労働環境にお いて、障害者が自由に選択し、又は承諾する労働によって生計を立 てる機会を有する権利を含む(柱書) 障害に基づく差別の禁止(a項) 合理的配慮(i項) 公正かつ良好な労働条件(均等な機会及び同一価値の労働について の同一報酬を含む。)、安全かつ健康的な作業条件(嫌がらせから の保護を含む。)及び苦情に対する救済についての障害者の権利を 保護(b項) 雇用機会増大、昇進の促進、求職、就職、職務継続及び復帰の支援 (e項) 積極的差別是正措置による民間部門での雇用促進(h項)、公的部 門において障碍者を雇用すること(g項)
雇用率制度アプローチと 合理的配慮アプローチの 本質的な違いと融合化
割り当て雇用制と合理的配慮の 本質的な違い 割当雇用 合理的配慮 障害の医学モデル 障害者の就労能力が劣るのはその機 能障害のためと理解する。 雇用形態や職場環境を変えても問題 解決には結びつかないが、障害者に も福祉的な観点から就労の機会を特 に付与する。 手帳制度との連動(対象障害者37条2 項) 職業リハビリテーションは機能障害 を克服・軽減して、雇用形態や職場 環境に適合するための訓練と理解さ れる。 障害の社会モデル 障害者の就労能力が劣るように現象 するのは雇用形態・職場環境等が本 人の心身の条件に適合的でないから と理解する。 非障害者を想定して構築された雇用 形態や職場環境を障害者の心身の特 性に適合させることが求められる。 手帳制度とは関連しない。 個人の機能障害を改善するよりも職 場の環境条件を改善することが求め られる。
権利条約1条 障害者には、長期的な身体的、精 神的、知的又は感覚的な機能障害であって、 様々な障壁との相互作用により他の者との平等 を基礎として社会に完全かつ効果的に参加する ことを妨げ得るものを有する者を含む 基本法2条1項、解消法2条1号 身体障害、知的 障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の 心身の機能の障害(以下「障害」と総称す る。)がある者であって、障害及び社会的障壁 により継続的に日常生活又は社会生活に相当な 制限を受ける状態にあるものをいう。 雇用促進法2条1号 身体障害、知的障害、精神 障害(発達障害を含む。第六号において同 じ。)その他の心身の機能の障害(以下「障 害」と総称する。)があるため、長期にわたり、 職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を 営むことが著しく困難な者をいう。 障害者の定義
積極的差別是正措置としての 割り当て雇用制度 従属化モデル(Subordination Model); 障害のある人 に対する差別は、人種、性、民族などに基づく差別と 同様に歴史的・社会的に形成されてきた社会の従属化 構造に基づいて起こる現象である。 個別的な差別禁止によるだけでは、社会の従属化構造 を抜本的に是正することはできない。 従属化集団に支配集団以上の優遇を与えることによっ て従属化構造を根本的に改変する可能性が生まれる。 割り当て雇用制度を積極的差別是正措置として位置づ けると、割当雇用においても、さらに個別的な合理的 配慮による職場環境等の改善を進めることが考えられ る。 現状の割り当て雇用制度は積極的差別是正措置として 機能しているか? 積極的差別是正措置としての 割り当て雇用制度
障害者差別禁止3法 における合理的配慮の異同
27条1項i 職場において合理的配慮が障害者に提供されることを確保すること。 2条 「合理的配慮」とは、障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。 権利条約
基本法4条2項 社会的障壁の除去は、それを 必要としている障害者が現に存し、かつ、その 実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠 ることによって前項の規定に違反することとな らないよう、その実施について必要かつ合理的 な配慮がされなければならない。 解消法8条2項 事業者は、その事業を行うに当 たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要 としている旨の意思の表明があった場合におい て、その実施に伴う負担が過重でないときは、 障害者の権利利益を侵害することとならないよ う、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に 応じて、社会的障壁の除去の実施について必要 かつ合理的な配慮をするように努めなければな らない。 基本法・差別解消法
36条の2 事業主は、労働者の募集及び採用につ いて、障害者と障害者でない者との均等な機会の 確保の支障となっている事情を改善するため、労 働者の募集及び採用に当たり障害者からの申出に より当該障害者の障害の特性に配慮した必要な措 置を講じなければならない。ただし、事業主に対 して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この 限りでない。 36条の3 事業主は、障害者である労働者につい て、障害者でない労働者との均等な待遇の確保又 は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮 の支障となっている事情を改善するため、その雇 用する障害者である労働者の障害の特性に配慮し た職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を 行う者の配置その他の必要な措置を講じなければ ならない。ただし、事業主に対して過重な負担を 及ぼすこととなるときは、この限りでない。 障害者雇用促進法
障害差別禁止3法の合理的配慮の異同 基本法 解消法 雇用促進法 機能障害と環境の相互性 社会的障壁 均等機会・待遇、能力発揮の支障となっている事情 意思表明の要否 不要 必要 必要/不要 法的義務性 理念 or 原則 法的努力義務 法的義務 過重負担抗弁 あり 差別との関係 不提供は差別 不提供は差別?
雇用場面における さまざまな合理的配慮のあり方
合理的配慮の 開発に 求められるもの 想像力 人間の多様性に対する想像力と固 定観念に対する省察 想像力 人間の多様性に対する想像力と固 定観念に対する省察 観察力 本人の特性と既存の環境とのどこ に不適合が生じているか、生じやすいのか を見極める力、先入観や価値観をいったん 捨象した観察力を養うこと 機能障害の理解と仕事内容・環境の理解 コミュニケーション力 本人の特性と既存 の環境の間の不適合をどのように調整して いくかを協働して形成していく力、 総合調整力 他の職員への荷重転移の配慮 と職場全体の総合的な能力発揮のためのコ ンダクター能力 柔軟力 動的な変化を観察しながら柔軟に 即応する力 合理的配慮の 開発に 求められるもの
国際生活機能分類 本人 医師 事業主 健康状態 心身機能 労働能力 就労 環境因子 個人因子 病気・ケガ・妊娠・生活習慣 心身機能 労働能力 就労 医師 事業主 環境因子 建物、情報・指示方法、勤務・休憩時間 個人因子 年齢、性、ライフスタイル
機能障害 医学的評価 社会的障壁 相対的な仕事のあり方の評価と工夫 合理的配慮
高次脳機能障害のある職員、新卒社員獲得の ための会社案内ビデオ、ホームページの作成、 就職説明会などを新たに担当させたが、会社 案内ビデオ、ホームページの作成が滞り、就 職説明会の応募者誘導や説明もはたから見て いてぎごちなく、うまくいっていない様子。 しばらくすると、鬱状態になってしまった。 模擬事例1
発達障害のある職員で、遅刻や休憩時間が終 わっても仕事につかない、他の職員との人間 関係がうまくいかないなどのことが目立つ。 窓口の仕事を与えたところ顧客に口答えする など失礼な言動もあった。上司の指導に対し ても反抗的で仕事を続けさせることが難しい のではないか。 模擬事例2
高速バスの運転手として雇用したが、家庭の 事情や職場のトラブルなどから適応障害およ びうつ状態と診断され、現在、精神的緊張を 緩和させる向精神薬を服用している。服薬下 での運転は危険であるとのことで、事務補助 を担当させているが、仕事はあまりなく、医 師からは閑職であることもストレスになると 言われている。 模擬事例3
膝関節に障害があり、特殊な松葉杖で歩行し ている。長距離の移動は関節に炎症を起こさ せ障害を悪化させるといわれている。また、 通勤中に転倒して負傷することや、通勤に通 常の2倍以上の時間がかかってしまう。本人は 自宅にできるだけ近い支店への異動や手動運 転可能な車両の貸与などを希望している。勤 務先近くへの転居を勧めたが、配偶者に精神 障害があり新しい環境への順応が困難なため 住み慣れた自宅からの転居は難しいという。 模擬事例4