肺ランゲルハンス細胞組織球症 Pulmonary Langerhans Cell Histiocytosis:PLCH The Japanese Respiratory Society 社団法人日本呼吸器学会 研修教育用DVD - 呼吸器病学を学ぶ人たちに - Ⅱ-28-2 肺ランゲルハンス細胞組織球症 Pulmonary Langerhans Cell Histiocytosis:PLCH 国立病院機構 近畿中央胸部疾患センター 呼吸不全・難治性肺疾患研究部 井上 義一
内容 肺ランゲルハンス細胞組織球症とは PLCH(成人)の主要症状と臨床所見 胸部画像所見 肺部病理所見 肺外病変 診断 治療 経過と予後 参考文献
Pulmonary Langerhans cell histiocytosis:PLCH 肺ランゲルハンス 細胞組織球症とは Pulmonary Langerhans cell histiocytosis:PLCH
肺ランゲルハンス細胞組織球症(PLCH)とは 1953年 Lichtensteinはhistiocyte(組織球)の増殖を組織学的特徴とする,好酸球性肉芽腫症(eosinophilic granuloma: EG),Hand-Schüller-Christian病(HSC),Letterer-Siwe(LS)病の3疾患をhistiocytosis-Xと呼ぶことを提唱した1). わが国では1957年,岩井らがEGを報告した2). その後,増加している細胞は抗原呈示細胞であるLangerhans細胞と起源が同じと考えられ,最近はランゲルハンス細胞組織球症(Langerhans cell histiocytosis: LCH)あるいはランゲルハンス細胞性肉芽腫症(LCG)と呼ばれる. LCHは病変臓器の広がりを元に3種類に分類される3,4) : 単一臓器限局型(single-system disease involving a single site): 骨,リンパ節,肺など,単一臓器に限局性の病変を持つ.例:単一の骨病変がある場合. 単一臓器多発型(single-system disease affecting multiple sites): 単一臓器に多発病変を有する.例:肺に多数の嚢胞性病変を認めるのみの場合.骨病変のみであるが,多数の病変のある場合. 多臓器多発型(multi-system disease): 多臓器に病変を認める.例:肺嚢胞性病変と肝病変を認める場合.
肺ランゲルハンス細胞組織球症(PLCH)とは 他に,①acute disseminated LCH (LS.若い子供に発症し,大人はまれ.多臓器を冒し重症),②multifocal LCH (HSC,多臓器性のEG.年長の子供,青年),③single-system disease (EG and primary pulmonary histiocytosis.骨,肺,皮膚など1臓器のみ)との分類3),あるいは,成人のLCHの分類として,①single-organ involvement,②multi-system diseaseとの分類もある4). LCHのなかでも成人に発症する LCHは,ほぼEGと呼ばれていたものであり,成人型LCHとも呼ばれるが,なかでも肺に発生するpulmonary LCH (PLCH)は喫煙との関連が強く疑われている.一方肺外LCHは喫煙と関連しないことが多い.PLCHは喫煙で増加するbombesin-like peptideの関与,タバコに含まれるtobacco glycoproteinにより反応性多クローン性に細胞増殖が生じると考えられている.PLCHはRB-ILD,DIPと共に“smoking-related ILD”に分類されることがある 5) . 最近のWHOの報告ではLCHはhaematopoietic & lymphoid tissuesのなかのhistiocytic and dendritic cell neoplasmsに分類されている(WHO, Lyon, 2007, ICD-O 9751/3). 5
PLCH(成人)の 主要症状と臨床所見 6
【疫学・主要症状・臨床所見6)】 PLCH(成人)の主要症状と臨床所見 疫学 診断時平均年齢36歳 (20代が最も多い). 男女比は3~4:1で男性に多い. 90%以上喫煙者である. 発見動機:44%が検診発見. 自覚症状 咳嗽 51% 息切れ 22% 喀痰 19% 胸痛 19% 理学所見は少なく,副雑音は聴取されないことが多い. 合併症 25% 尿崩症 15% 骨病変 10% (頭蓋骨,脊椎,四肢,骨盤) 他 (肝障害,皮膚病変,腎障害) 気胸
【検査所見6)】 血液検査 CRP陽性 45% (自覚症状受診患者に多い) 白血球増多 27% γグロブリン増加 23% 赤沈亢進 38% PLCH(成人)の主要症状と臨床所見 【検査所見6)】 血液検査 CRP陽性 45% (自覚症状受診患者に多い) 白血球増多 27% γグロブリン増加 23% 赤沈亢進 38% ツ反陽性 63% (減弱することが多いともいわれる) 8
【呼吸機能検査所見6)】 肺機能検査 拘束性障害(%VC<80%) 24% 閉塞性障害(FEV1.0%<70%) 9% PLCH(成人)の主要症状と臨床所見 【呼吸機能検査所見6)】 肺機能検査 拘束性障害(%VC<80%) 24% 閉塞性障害(FEV1.0%<70%) 9% 拡散障害(%DLCO<70%) 45% 動脈血ガス分圧 低酸素血症(PaO2<60 torr) 3% 高炭酸ガス血症(PaCO2>45 torr) 26% 9
【検査所見と診断6)】 気管支肺胞洗浄液(BAL) 総細胞数増多(>1x105/mL) 34% 好酸球増多(>5%) 14% PLCH(成人)の主要症状と臨床所見 【検査所見と診断6)】 気管支肺胞洗浄液(BAL) 総細胞数増多(>1x105/mL) 34% 好酸球増多(>5%) 14% リンパ球増多(>10%) 28% ランゲルハンス細胞増多 3% (CD1a≧5%であれば診断に有用といわれるが感度は高くない) 診断率 開胸肺生検 52% 胸腔鏡下肺生検 29% 経気管支肺生検(TBLB) 14% BAL(CD1a ≧5%) 3% 骨生検 3% 10
胸部画像所見 11
【画像所見と診断3)】 異常所見は病気の程度によって異なる. 通常よく認められる所見は網状粒状影である. 胸部画像所見 【画像所見と診断3)】 異常所見は病気の程度によって異なる. 通常よく認められる所見は網状粒状影である. 中肺野・上肺野優位,左右均等に浸潤影を伴う嚢胞を認めるが,肋横隔膜角は侵されない. 進行例では粒状影は減少・消失し,嚢胞が主体となり,肺気腫様の所見を呈する.なお,嚢胞は初期でも認めることがある10). 画像所見の割には症状が軽度であることが特徴である. 肺の大きさは正常か増加する. 気胸,まれに肋骨の融解像を認めることがある. 肺高血圧合併の場合は肺動脈の拡大/肺門陰影の拡大を認める.
【高分解能CT(HRCT) 所見7)】 薄壁肺嚢胞,融合あるいは奇異な形.通常1cm未満 a,b . 厚い壁の嚢胞 b . 胸部画像所見 【高分解能CT(HRCT) 所見7)】 薄壁肺嚢胞,融合あるいは奇異な形.通常1cm未満 a,b . 厚い壁の嚢胞 b . 通常1~5mm未満の小結節影(小粒状影),小葉中心性,細気管支辺縁,あるいは空洞を嚢胞に伴い認める事がある a,b . 3 から 2,そして 1への進展 b . 小結節影(小粒状影)や嚢胞の大きさと数は上葉優位であり,肋横隔膜角は侵されない a,b . 微細な網状影. すりガラス影. モザイクパターンあるいはエアートラッピング. a 鑑別に有用な所見 b よく認める所見 13
禁煙 【症例:23歳,男性(禁煙による改善例)】 1999年 2001年 上肺野優位の小葉中心性の粒状影,嚢胞が,軽快. 胸部画像所見 禁煙,2年間で粒状影,空洞を伴う小結節陰影の改善が認められる. 14
禁煙 【症例:37歳,男性(進行した例)】 1988年 2008年 禁煙指導するも, 十分に守られ なかった. 胸部画像所見 全肺野に粒状影,嚢胞陰影が認められていた.10年後に気腫性変化が進行した. 15
肺部病理所見 16
肺部病理所見 【肺病理組織像8~10)】 活性化されたランゲルハンス細胞がlooseな肉芽腫を形成し,末梢の細気管支壁に進展し破壊する.リンパ球,好酸球,マクロファージなどの炎症細胞も認める.肉芽腫病変は,肺胞領域あるいは呼吸細気管支壁から末梢気道に認める.肺胞領域にはRB-ILD 様変化やDIP様変化を伴うことがある.病変をあまり認めない領域では一見正常であるが,喫煙に伴う非特異的変化(呼吸細気管支炎,肺胞内の褐色のマクロファージの集積,肺胞壁のリンパ球塊)を認めることがある8). 進行性で線維化が高度な症例では組織中のランゲルハンス細胞はわずかになる,あるいは消失する.細気管支周辺などにstellite fibrotic scarを認める. 主として細葉中心性に嚢胞状病変を認める.嚢胞壁の線維化は強く,弾性線維の破壊・消失が認められる.慢性に経過すると,広範囲に気腫性病変が認められる8). ランゲルハンス細胞は,大型で深い切れ込みのある核を有し,胞体がエオジンに淡染し,貪食顆粒はあってもわずかである.免疫染色でS-100蛋白陽性,CD1a・CD1c・CD4などを発現し,IgG-Fcレセプターを有する. ランゲルハンス細胞に特異的に発現するレクチンであるCD207/langerin も染色される9). 電顕では “tennis-racket”, “rod shaped”様のBirbeck顆粒を認める8). 診断は経気管支肺生検(TBLB)でも10~40%診断可能であるが10),開胸ないしは胸腔鏡下肺生検による組織診が望ましい. 17
細気管支にS-100陽性のランゲルハンス細胞,好酸球,リンパ球による肉芽腫が認められる. 胸部病理所見 【症例:23歳,男性(胸腔鏡下肺生検)】 H&E染色 S-100免疫染色 細気管支にS-100陽性のランゲルハンス細胞,好酸球,リンパ球による肉芽腫が認められる. 18
電顕ではランゲルハンス細胞の内部にBirbeck顆粒( r, t, i)を認める.(×21,000) 肺部病理所見 【症例:24歳,男性】 Birbeck顆粒 (電子顕微鏡) 電顕ではランゲルハンス細胞の内部にBirbeck顆粒( r, t, i)を認める.(×21,000) (森本 剛ほか:禁煙にて短期間に著明な改善を認めた肺好酸球性肉芽腫症の1 例.日呼吸会誌1999; 37: 140-5) 19
肺外病変 20
【症例:28歳,女性 肺外病変(肋骨)】 H&E S-100 左第3肋骨の病的骨折と同部位の腫瘤性病変. 骨シンチ陽性. 【症例:28歳,女性 肺外病変(肋骨)】 H&E 左第3肋骨の病的骨折と同部位の腫瘤性病変. 骨シンチ陽性. 外科的切除標本の染色でLCHと診断. S-100 21
【症例:35歳,男性 肺外病変(肝臓)】 肺 H&E 肝臓 H&E 【症例:35歳,男性 肺外病変(肝臓)】 肺 H&E 肝臓 H&E 肺に多発性の嚢胞,肝臓に多発性の卵円形の結節を認める.肺,肝臓の生検で組織球と 好酸球による肉芽腫を認めた. (Konno S et al: Adult Langerhans cell histiocytosis with independently relapsing lung and liver lesions that was successfully treated with etoposide. Intern Med 2007; 46(15): 1231-5) 22
診 断 23
【肺ランゲルハンス細胞ヒスチオサイトーシスの 診断基準(成人)-1 6,13)】 【診断基準】(厚生省特定疾患呼吸不全調査研究班,1997, 2007) 臨床所見 20~40歳を中心とする年齢層(女性は高齢の傾向)で,男性に多い(男女比4:1).また,喫煙者であることが多い(90%以上). 自覚症状として,咳嗽,息切れ,胸痛(自然気胸合併が30~40%),無症状の症例もある(10~20%). 画像所見 胸部X線検査にて,上中肺野優位に網状粒状影・薄壁小輪状影・浸潤影が混在する.(間質性肺炎との鑑別は,上・中肺野優位で肺容量の減少がない点を参考にする.) 胸部CT検査にて,5mm以下の小粒状(結節状)影,索状影,小輪状影が上・中肺野優位に認められる.数mmから数cmの薄壁嚢胞が,上・中肺野の中間層から内層を中心に認められる. 24
【肺ランゲルハンス細胞ヒスチオサイトーシスの 診断基準(成人)-2 6,13)】 病理組織学的所見 開胸,ないしは胸腔鏡下肺生検による組織診断が望ましい. (主要所見) 肺生検による標本にて,大型で深い切れ込みのある核を有し,胞体がエオジンに淡染するランゲルハンス細胞(免疫染色でS-100蛋白陽性,CD1a・CD1c・CD4などの抗原を発現し,IgG-Fcレセプターを有する細胞,電顕的にはBirbeck顆粒陽性)と好酸球やリンパ球,形質細胞を含む肉芽腫病変を,肺胞領域あるいは呼吸細気管支壁から末梢気道壁に認める. (補足所見) 細気管支周囲などにsatellite fibrosisを認める. 主として細葉中心性に嚢胞状病変を認める.嚢胞壁の線維化は強く,弾性線維の破壊・消失が認められる.また,histiocyteをみることがある. 慢性に経過すると,広範囲に気腫性病変が認められる. (参考) 気管支肺胞洗浄液中のランゲルハンス細胞が総細胞数の5%以上認められたときは 組織所見と同等に扱う. 診断の基準:以上のⅠ~Ⅲを満たす場合 25
(結節,嚢胞,上葉優位の病変,肺横隔膜角CPがスペアされるなど) 診断 【PLCH(主に成人)診断のアルゴリズム(案) 4) 】 喫煙歴,病歴(気胸など) 肺症状,全身症状,理学所見など 胸部XP,肺機能検査 PLCH疑い 肺HRCT PLCHとして特徴的な所見がある (結節,嚢胞,上葉優位の病変,肺横隔膜角CPがスペアされるなど) PLCHとして特徴的とはいえない 気管支鏡(BAL,TBLB) BAL (TBLB) BALにてCD1a<5% および生検陰性 BALにてCD1a≧5% または生検診断*1 BALにてCD1a≧5% (または生検診断*1) BALにてCD1a<5% (および生検陰性) 外科的肺生検 組織診断*1 PLCH *2 PLCH *1 S-100, CD1a, langerin, Birbeck顆粒証明. *2 生検で陰性の場合は他疾患を完全に否定せず禁煙で慎重に経過観察.必要に応じ組織診断. 禁煙で経過観察 再検査,剖検など PLCH PLCH疑い 26
治 療 27
【治療5)】 エビデンスのある標準的な治療ガイドラインはない. をまず実施. 禁煙で無効の場合,副腎皮質ホルモン投与を試みる.(1999年の調査で34%の患者にステロイドが投与されていた) 化学療法剤. 1,2が無効の場合救済的に使用を検討する.(vinblastin,cyclophosphamide,chlorambucil,methotrexate,etoposide,cladribineが用いられる.わが国では適応外,他疾患のための治験中の薬剤を含む) を繰り返す場合,必要に応じて胸膜癒着,外科的処置. 高度の肺機能障害を伴う重症例で,重症の肺高血圧を伴い予後不良と考えられる場合,肺移植を考慮する.ただし肺移植後PLCHが移植肺に再発した報告がある. 禁煙 気胸 28
経過と予後 29
経過と予後 【経過と予後3,5,13)】 死亡例や高度な線維化になる症例は多くはないが,1999年の厚労省の調査では3例(4%)の患者が死亡.死因は呼吸不全2例,腹部大動脈瘤血栓症が1例であった. 重症例では肺高血圧を伴うことがある.またリンパ腫,肺癌の合併の報告もある. 予後因子として,初期の肺病変の広がりと重症度,高齢発症,症状の持続,気胸を繰り返す,骨以外の肺外病変の存在,びまん性の肺嚢胞,診断時の高度肺機能障害,喫煙の継続,肺高血圧の合併などの報告がある. 禁煙後に軽快,あるいは完全緩解の報告もある.副腎皮質ホルモンを使用することもあるが効果の評価は定まっていない.化学療法剤はステロイド 無効例,多臓器病変例に使用されるが,評価は一定ではない. 30
参考文献 31
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