事例研究(ミクロ経済政策・問題分析 I) - 規制産業と料金・価格制度 -

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事例研究(ミクロ経済政策・問題分析 I) - 規制産業と料金・価格制度 - (#505 – グレンジャー因果性検定の応用) 2017年 12月 戒能一成

0. 本講の目的 (手法面) - 応用データ解析の手法のうち、因果関係の推計 に関連するモデル分析 (Granger因果性分析、 Heckman2段推計分析など) の概要を理解する (内容面) - 計量経済学・統計学を実戦で応用する際の 留意点を理解する

1. 因果性分析の基礎 1-1. 因果性分析とは - 因果性分析とは、分析対象とする指標(価格・数 量、制度改廃など)がどのような別の指標や事象 により影響を受けているかを分析する手法をいう - 因果性分析において注意すべき点は2つ ・ 一般に「相関は因果を意味しない」 → 原因である場合、結果である場合 及び 直接的な因果的関係がない場合あり ・ 一般に「因果は一方向とは限らない」 → 因果が双方向にある場合あり 3

1. 因果性分析の基礎 1-2. 因果性分析の種類 - 横断面分析による手法 (相関と指標間の論理的整合性の識別) ・ 論理的整合性(法) - 時系列分析による手法 (指標間の時間的前後関係の識別) ・ Granger因果性分析法 - 内生的選択の識別による手法 (離散的選択と指標の関係の識別) ・ Heckman2段推計法 4

1. 因果性分析の基礎 1-3. 因果性分析の結果 - いずれの因果性分析においても、結果が明確に 識別できる(= 検定で帰無仮説が棄却できる)場 合と「保留」になってしまい直接は識別できない 場合あり、関連する補助情報の確保が重要 - 「保留」になった場合、「当該方向での因果関係 がない」場合か「双方向の因果関係がある(相殺 している)」場合かが推定できるのは時系列分析 による方法の場合のみ ← 横断面分析(相関)のみによる判断は「危険」 5

1. 因果性分析の基礎 1-4. 因果性分析と因果モデルの相違 - 因果性分析は分析対象とする指標(価格・数 量、制度改廃など)がどのような別の指標や事象 により影響を受けているかを分析する手法をいう ← 分析目的は「原因と結果の関係」の識別 - 因果モデルは分析対象とする指標(価格・数量な ど)が、特定の政策措置の影響を受けてどの程度 の影響を受けているかを分析する手法をいう ex Rubin因果モデル (Rubin Causality Model) ← 分析目的は「政策措置による結果」の識別 6

1. 因果性分析の基礎 1-5. (参考) Rubin因果モデル - ある処置(政策措置、自然現象など)の効果は、 処置を受けた対象(処置群)が仮に処置を受けな かった場合と現実に処置を受けた場合の差とし て推計されること (対照群) y00(t+u)  ← 観察可能・現実 観察指標 y (処置群・仮に処置を受けな   かった場合) y10(t+u)   ← 観察不能(仮想現実) 処置効果(結果) y00(t-s) y10(t-s) (処置群) y11(t+u)  ← 観察可能・現実 時 間 t 7 処置 ▲(原因)

2. 横断面分析による手法 2-1. 論理的整合性(法)(1) 手法の概要 - 因果の結果として予想される相関と現実の指標 間の相関の論理的整合性により判別する手法 - 原因と結果の間に論理的に予想される相関が反 対でかつ片方が支配的である場合のみ識別可 例; 米国の州別犯罪発生率と死刑制度 (1950) (論理的予想) a 犯罪発生率→ 死刑制度 ; 正相関 b 死刑制度→ 犯罪発生率 ; 負相関 (現実の関係) 「非常に強い正相関」 → a 方向の因果関係が支配的と推定可 8

2. 横断面分析による手法 2-2. 論理的整合性(法)(2) 識別の限界 - 当該手法では論理的相関の方向が同じである 場合や観察される指標の関係が弱い相関しか示 さない場合には正確な識別ができない (例) 州別犯罪発生率と死刑制度の現実の関係 が弱い正相関にあった場合、下記の3つの可 能性が考えられ、因果性を判定できない α; a 方向に因果性があるが強い誤差がある β; a 方向に弱い因果性がある γ; 双方向の因果性があり、わずかに a 方 向の因果性が b 方向より強い 9

2. 横断面分析による手法 2-3. 論理的整合性(法)(3) 手法の利点 - 当該手法では時系列での試料を集める必要が なく、かつ試料が少数でも識別が可能である利 点あり (cf. 後述する Granger因果性分析では、時系列 方向に大量の試料を集める必要あり) - 当該手法では指標が離散的か連続的かを問題 とせず一般的に適用が可能 (cf. 後述する Heckman2段推計法分析では片方 が離散的選択である場合のみ適用可能) 10

3. 時系列分析による手法 3-1. Granger因果性推計法(1) 手法の概要 - 原因と結果の関係において、通常は原因が結果 より時間的に見て先に変化する関係を利用して 識別する手法 (Granger N. (1969)) - VAR分析の応用により2つの変数の間の因果関 係を同時に識別でき、双方向に因果関係がある 場合でも適用可能 - VAR分析の結果から、因果関係の効果の「遅れ」 (= ラグ長)の期間が直接観察できる場合あり 11

3. 時系列分析による手法 3-2. Granger因果性推計法(2) 推計の原理 - Granger Causality (因果性) 検定 x(t) = μ + Σθi*x(t-i) + Σβk*y(t-k) +ε(t) x(t) = μ*+ Σθ*i*x(t-i) +ε*(t) 仮に x(t) を xの過去値 と yの過去値 を説明 変数として推計した結果(θi)が、xの過去値のみ で推計した結果(θ*i) と有意な差がないならば、 y→x 方向の「(Grangerの意味での)因果性」なし → 「y は x の原因であるとは言えない」 - θi とθ*i の有意差をF検定で判定 12

3. 時系列分析による手法 3-3. Granger因果性推計法(3) 推計の問題 - 当該手法では、VAR分析のラグ長さに応じて時 系列方向に多量の試料(> 20~30)を集める必要 あり ← 長周期での因果性判定は困難な場合あり - 当該手法では時間的前後関係のみを問題とす るため、本当に原因と結果の関係にあるか否か を確認するためには補助情報などが必要 (例) 天気予報と実際の天候、破産宣告と倒産 ← 論理的整合性(法)との併用が有効 13

4. 内生的選択の識別による手法 4-1. Heckman2段推計法(1) 手法の概要 - 原因と結果の推計において、ある説明変数が原 因となって離散的選択が行われ、当該選択の結 果として観察指標が現実に観察可能となる場合 に適用可能な推計手法 (Heckman J. (1974)) 観察指標 y  観察指標 yi(t+u)  ← 観察可能・現実 選択結果の  閾値 y* (“0”の場合多) 内生的選択 (zi が選択を決定) (観察不能)    ? 説明変数 zi 14 選択の閾値 zi ▲

4. 内生的選択の識別による手法 4-2. Heckman2段推計法(2) 推計の原理 「脳 内」 結果指標が選択を決定 結果指標 yi (観察可) 「現 実」 ダミー変数 Di, Di* (観察不可) 観察可能な対象 (Di =1) 観察可能な対象 (Di =1) 1 yi 選択関数 Di* = φ(zi’β) 結果指標 yi* = zi“β2 + ε2i (or 0 ) 逆ミルズ比の推計 λi = φ(zi’β)/Φ(zi’β) 選択関数の誤差 = ε1i 結果指標の確率密度の観察可能確率 → 逆ミルズ比で説明 (対照群は存在しない) Zc (Di* = 0) Zc ( ? ) 説明変数 zi (観察可) 説明変数 zi” (観察可) 15 15 (例: yi - 倒産企業 i の債務残高 Di – 倒産の有無 zi – 倒産企業の売上高当損失率)

- 第1段階: 試料から yiが観察可能となる正規確 率を最大尤度法(ML)で求め、更に逆ミ ルズ比 λi を推計 4. 内生的選択の識別による方法 4-3. Heckman2段推計法(3) 推計の手順 - 第1段階: 試料から yiが観察可能となる正規確          率を最大尤度法(ML)で求め、更に逆ミ          ルズ比 λi を推計     Di | Di>0 = Φ(zi’・β)     ← Probitモデル使用 λi (zi’・β) = φ(zi’・β) / Φ(zi’・β) - 第2段階:下記分析式を最小二乗法(OLS)推計      yi | yi(or Di) >0  = zi“・β” + λi・γ + εi                                   ← 誤差不均一分散 - 実際にはSTATAコマンド “heckman” を使用      “ heckman y zi, select(d = zj) ” 16

4. 内生的選択の識別による手法 4-4. Heckman2段推計法(4) 結果の解釈 - 当該手法により選択の説明変数(select = zj)と 観察指標の説明変数(zi)に一致する説明変数 があり、かついずれも有意である場合、当該説 明変数が内生的選択の原因の一つであると推 定可能 (← 選択が”結果”側) - 他方選択の説明変数(zj)と観察指標の説明変 数(zi)がいずれも一致しない場合、当該変数によ る内生的選択はないと推定可能 (← 選択が“原 因”側の可能性と、両者に”直接の因果性がな い”可能性あり) 17

5. 因果性分析の実践的応用例 5-1. 米国原子力発電所安全規制(NRC)規制緩和 - 米国では 2000年にそれまでの「政府認証」型の 規制から「自己認証」型の規制への規制緩和が 行われている(“SALP” R. → “ROP” Regulation) - 当該規制緩和と前後して、米国の原子力発電 所のトラブル停止率は大幅に改善しているが 当該規制緩和とトラブル停止率の因果関係を 分析する (戒能(2009)) a. 規制緩和が原因で停止率が改善した b. 停止率の改善が原因で規制緩和が起きた 18

5. 因果性分析の実践的応用例 5-2. NRC規制緩和の因果性分析手法の選択 - 規制緩和と停止率はいずれが原因であっても 負相関であり「論理的整合性(法)」は利用不可 - 規制緩和の「選択」の原因である説明変数が 不明でありかつ複数得られない(∵連邦規制)た め、横断面での試料を用いた 「Heckman2段推 計法」も利用不可 (cf. 時系列では可能性あり) - 消去法により、規制緩和の有無と停止率の時系 列試料を用いた「Granger因果性検定」を適用し た分析を行う 19

5. 因果性分析の実践的応用例 5-3. NRC規制緩和のGranger因果性分析(1) - 日本・米国原子力発電所稼働率の時系列推移 (炉形式別; 沸騰水型(BWR), 加圧水型(PWR)) 20

5. 因果性分析の実践的応用例 5-4. NRC規制緩和のGranger因果性分析(2) - Granger因果性検定結果 (1990-2008) 帰無仮説 /(p値) 全体 BWR PWR . 規制緩和→停止率 0.833 0.830 0.870 --- --- --- 停止率→規制緩和 0.007 0.003 0.045 *** *** ** - 当該結果から、停止率の改善が原因の一つと なって規制緩和が行われたと推定される (=「規制緩和の政治的決断が先」とは言えない) 21