東住吉事件における供述分析 2016年12月7日(水) 脇中 洋(大谷大学)
裁判における心理学の可能性 再現実験(目撃条件、記憶実験、 供述特性等) 供述分析(被告人、被害者、目撃者) →事実関係の争い 心理学的鑑定は精神鑑定とどう違うのか 再現実験(目撃条件、記憶実験、 供述特性等) 供述分析(被告人、被害者、目撃者) →事実関係の争い 情状鑑定(生育歴、心理学的特性、状況 分析) →量刑判断 …と言われているが、実質的にしばしば事実関係の 争いに
30余件の鑑定歴 再現実験…甲山事件、北野事件、那覇強制わ いせつ致傷事件 供述分析 (被告人)…東住吉事件、名張毒ぶどう酒事件、 福岡事件、湖東記念病院事件、狭山事件ほか (被害者)…高槻強制わいせつ事件、埼京線痴 漢事件、大阪強姦再審無罪事件ほか (目撃者)…丹後由良事件、三島組事件ほか 情状鑑定…アスペルガー障害実姉殺人、象印 マホービン元副社長等強盗殺人、東大阪大生 暴行殺人、松原傷害致死ほか ※現在、三鷹事件、日野町事件、門真死体損壊事件
法と心理の違い 心理学…科学的検証(確率論) 両側的仮説検証 (帰無仮説と対立仮説) 刑事司法…事実認定を行う 一側的仮説立証とその弾劾
供述分析の手法(1) すべての供述を網羅的かつ時系列順に並べる。 捜査段階の最初期の供述を重視する。 些細な変遷や公判証言との矛盾を 見落とさない。 実況見分によって作られた疑似的「体験性」 を見抜く。 現実(証拠物)との矛盾を検討する。 ↓ 主体として内側を生きるその人の体験性 を反映した記憶、供述であるかどうか。
供述分析の手法(2) 共犯者や第三者目撃証言がある場合は、時間軸 だけでなく横の拡がりを(誘導可能性)を見る。 痴漢や強姦等の性的犯罪は、被害者供述の体験 性や背後にある人間関係を見る。 被疑者・被告人供述においても利害関係や 利益誘導を受けた可能性を見る。 新たな汚染されていないデータを取って反証。 訴訟能力「黙秘権の告知理解」「ありえない表 現」 →供述が多ければ多いほど、無実の徴候を見出 しやすいが、分析の手間は膨大 (供述の電子化が前提) →全国で供述分析を担う人は10人程度?
変遷の分析方法 変遷を手掛かりとした嘘分析 供述a → 供述b 「少なくともいずれかは嘘。どちらの嘘に“妥当な理由”を見出せるか。」 「どちらの仮説が供述内容の変遷を合理的に説明できるか」 Ex. 有罪仮説:虚偽→真実 無罪仮説: 真実→虚偽
虚偽供述の兆候1 無知の暴露供述 「真犯人ならばつかない嘘」 逆行的構成 「結末を知っている人間の 体験性を欠いた想像的供述」
虚偽供述の兆候2 自白への 転落過程と展開過程(の間)を見抜く。 無実者は犯人に扮して犯行供述を作話 ←体験者は犯行手続き供述の展開にお いて理由のない変遷を見せない (自己の罪を軽くしようとする半落ち とは異なる)
東住吉事件における 心理学的な関与 2003年(平成15年)控訴審段階に受任 浜田寿美男氏(虚偽供述一般) 村山満明氏(青木惠子氏の供述分析) 脇中洋(朴龍晧氏の供述分析) →供述分析以外の可能性(目撃条件の 再現実験、当事者の心理学的鑑定等) は検討していない。
朴さんの供述の概要 否認時期(7~8月) 9月10日の自供書 放火供述の展開 発火後の行動供述 殺害計画性に関する供述 火災後の説明供述(原因が分からないフリ) 第三者目撃供述 朴氏の供述特性(緻密に説明し尽くそうとする)
供述分析の素材 自筆の供述書67点 本人の供述調書60通 第三者供述調書21通ほか
何が犯行に関連するのかに無知である可能性 否認時期の供述 家族関係や経済状況 車の不具合を述べない 外部放火の疑いを自ら否定 消火活動等 給油口の蓋 否認時期供述の評価 *きわめて無防備 *事件以外で詳細 *記憶が曖昧でも詳細(誤記憶) 真犯人 被災者 不利な供述 可能な限り避ける 避ける理由がない 事実に反する供述 意図的虚偽の可能性 記憶の減衰による可能性 変遷 当初語らなかった部分 意図的隠蔽の可能性 殊更詳細に語る 何が犯行に関連するのかに無知である可能性
放火供述の生成プロセス 初期供述の重要性 最初の自供書の問題点 動機供述 共謀供述 犯行直前・直後の動向(カムフラー ジュ) 否認時期の回想 →逆向的に構成された犯行ストーリー
放火供述の展開 自白・否認の揺れ 動機供述の揺らぎ 共謀供述の修正 犯行計画発想の過程(「想像したこと」を想像 する) 犯行の決意 当日の準備(偶然を計画したように供述) 犯行手順供述の展開(ガソリンの量「手応えから 20cm」(供述)「持ってみて13cm」(実況見分)=7.3ℓ) →結果に基づいて、計画を立てている。 「完全犯罪」から「行き当たりばったりの犯行」へ
犯行前・犯行時の天候と 共謀供述との不整合性
発火後の行動に関する供述 被災者を装ってパンツ一丁になりカム フラージュ 家族を救出するパフォーマンス →実際の被災者としての行動を、犯人 としての行動に読み替える作業
第三者目撃供述の検討 当初は消火可能と思われた 近所の人たちが消火器を持って駆けつ けている。 弟への「口止め」の具体的な内容が定 まらない。
発火後の説明供述 犯人同士で「あんたが火を付けたん ちゃう」と言う。 犯人同士で必要のない「口裏合わせ」 をしている。 出火原因をあれこれ推理している(カ ムフラージュ)。 表: 「事故の可能性」を提示する意図 第三者への説明 惠子との話し合い 真犯人(=出火原因を知っている) 無知を装った犯行の隠蔽 有効な犯行隠蔽策の検討 被災者(=出火原因がわからない) 推測を交えた実情の説明 推測による原因の検討
朴氏の供述特性 表:各時期の朴さんと取調べ官とのコミュニケーション 命題レベル 関係レベル 朴さんの意図 結果 否認時期 命題レベル 関係レベル 朴さんの意図 結果 否認時期 (無理に)真実を語る 対立的関係 真実を語れば嫌疑が晴れる 嫌疑が深まる 自白転落時点 「私がやりました」 対立の解消 相手に認めてもらう 犯行供述展開の追及が始まる 自白の展開時期 虚偽供述の展開 協同的関係 協同的に犯行供述作成
まとめ 「自白が無実を証明する」(浜田) 非体験的記憶、非体験的供述の証明 外部参照可能な供述と参照不能な供述 供述分析の体系性 法曹界における供述分析の認識の問題 ←可視化によるビデオ映像分析は手法が 未確立(印象操作レベル)
ありがとうございました。 ※写真は2015年2月18日北欧最大と言われるノルウェー・オスロ刑務所にて ありがとうございました。 ※写真は2015年2月18日北欧最大と言われるノルウェー・オスロ刑務所にて