原始 H2 大気散逸を想定した タイタン大気進化モデルの提案

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原始 H2 大気散逸を想定した タイタン大気進化モデルの提案 惑星物理学研究室 中神雄一 nakagami@ep.sci.hokudai.ac.jp

タイタンの概要 (現在) 土星最大の衛星 濃い大気 直径 : ~ 5200 km N2 : 1.5 bar CH4 : ~ 0.06 bar タイタンの概要 (現在) 土星最大の衛星   直径 : ~ 5200 km 濃い大気 N2 : 1.5 bar CH4 : ~ 0.06 bar H2 etc… 地表面温度 ~94K http://nssdc.gsfc.nasa.gov/image/planetary/saturn/titan.jpg

なぜ N2 に富むのか? タイタン大気 大気の起源物質 [CH4] ≧ [N2] [CH4] <<[N2] - 現在  タイタン大気   [CH4] <<[N2] - 現在    0.06 bar : 1.5 bar - 脱ガス/散逸量(45億年)    6.0 bar : 45 bar (CH4/CH3D; Lunine et al.,1999) (15N/14N ; Lammer et al.,2000) 大気の起源物質   [CH4] ≧ [N2] - 太陽組成      3 : 1 - 彗星 (Mumma et al.,1993)      1 : 1 - クラスレート (Lunine et al.,1985)   102-103 : 1 タイタン大気の起源と進化を議論する上でもっとも重要な問題点は、そこになぜN2に富む大気が存在しているかということです。同位体比の研究からCH4, N2 はタイタンの歴史を通じてそれぞれ、6 bar、45 bar 散逸したと推定されていますが、それでもなおN2が CH4 よりも勝っています。 一方で、タイタン大気の起源となる物質内ではいずれも CH4の存在度が勝り、従来は新たな N2 の供給源を探す方向性で研究が行われてきました。現在もっとも有力視されてるのがアンモニアハイドレートとしてタイタンに集積させ、光化学反応で大量の N2 大気を生成するというものです。しかしながら、この反応には長期間地表面温度を 150 K 以上に維持する必要があり、原始タイタンでそのような環境が維持できたかは不明です。  N2 の存在度を増やすには? (従来の見解)   - NH3 ハイドレートとして集積   - UV による光化学反応で N2 生成 (Atreya et al.,1978) - 地表面温度を 150 K 以上で維持できるかは不明

厚い H2 大気の可能性 N2 を残し、CH4 を選択的に大気から 散逸させる可能性を検討 Subnebula H2 分圧 ヒル半径のH2 分圧と原始大気 H2 質量 原始大気水素質量 [kg] μ=2.34 μ=3.34 μ=4.34 平均分子量;μ Subnebula H2 分圧  Phill ≦ 103 [Pa] (Mosqueira and Estrada., 2003) 地表面気圧 ; Matm    100 bar 以上 H2 が大規模に散逸し  一緒に重い分子も散逸した可能性 100 bar そこでタイタン大気の起源を順を追って検討してみると、近年の最小質量 subunbula モデルではタイタン周辺の H2 分圧は過去の研究の値よりも大きかった可能性が指摘されており、その値は最大で 1000[pa] に達したと推定されています。もしタイタンがこの nebula ガスの中で集積、成長したのならこのH2 捕獲し原始大気を形成したものと予想されます。湿潤断熱大気を仮定しヒル圏での H2 分圧を与え捕獲する大気の質量を求めると、もっとも軽い純粋な H2 だけからなる大気でも地表面では100 bar 以上に達する厚い H2 大気が存在し得たことがわかります。その後の進化でこの H2 大気は大規模に散逸し, 質量の大きな分子も同時に引きずられて宇宙へ散逸した可能性があります。そこで、われわれは発想を転換し、CH4 の選択的な散逸によって現在の N2 rich な大気の説明を試みてきました。 ヒル圏での H2 分圧 [Pa] N2 を残し、CH4 を選択的に大気から 散逸させる可能性を検討

CH4 の選択的散逸 H2散逸のプロセスと、フラックスの詳細な 見積りが必要 クロスオーバーマス CH4が選択的に 散逸する期間 (Hunten et al.,1987) FH2;水素の散逸フラックス EUVの効率100%で見積もり mH2:H2 質量 kB:ボルツマン定数 T : 温度(100K) b : 衝突パラメータ g : 重力加速度 H2 ガスのドラッグによって散逸できる分子の最大質量はクロスオーバマスと呼ばれ、次の式で求めることができます。ここで、原始太陽からの EUV 放射量とバランスするとしてH2 フラックスを与え CH4 が選択的散逸可能か調べてみます。EUV 放射量の進化は Pepin (1991), Zahnle (1982) を用いました。すると、 図中の網掛けの期間で CH4 が選択的に散逸可能であることがわかります。しかしながら、今行った考察は 最大の H2 フラックスを仮定したものですから、タイタンで現実に選択的散逸がおきたかどうか議論するためには、 H2 の散逸プロセスとフラックスの詳細な見積もりを行う必要があります。 H2散逸のプロセスと、フラックスの詳細な 見積りが必要

本研究の目的 原始タイタン H2 大気の散逸プロセスとして - 原始太陽からの EUV 加熱による散逸   - Subnebula の消失に伴う散逸 を考慮し、CH4 の選択的散逸が可能か検討 そこで本研究では、 nebula Pn Nebula 消失 Nebula の消失に伴う大気散逸

EUV加熱による 大気散逸 (状態方程式) (質量保存) (運動量保存) (エネルギー保存) p : 圧力 ρ: 密度 m: H2 質量 kB : ボルツマン定数 u : 流速 γ : 比熱比(=1.4) g : 重力加速度 κ : 熱伝導率 T : 温度 q : EUV加熱率 EUV加熱による        大気散逸 (状態方程式) (質量保存) (運動量保存) EUV 加熱による大気散逸では、球対称な系でH2 一成分で流体の式を解き散逸フラックスを求めました。 このは、基本的には太陽風モデルと同様な方程式系ですが、EUV 加熱の効果をエネルギーの式に追加してあります。数値計算には CIP 法を使用しました。  EUV加熱 (エネルギー保存) 球対称な系, H2一成分,数値計算はCIP法を使用

下端高度 : Xb = 50 [km], 下端温度 : T0 = 100 [K] 入射 EUV フラックス ; F0 [Jm-2s-1] 加熱率 ; q(r) [Jm-3s-1] 熱伝導率 ; κ(T) [Wm-2K-1] (Banks and Kockarts,1973) ε= 1.0x10-3 [Jm-2s-1] ; 現在の地球での EUV フラックス φ; EUV 強度因子 η= 0.15 ; 加熱効率 (Watson et al.,1981) OR=10 [AU] ; 公転距離 吸収断面積 (R.D.Hudson, 1971) a = 1.0 x 105 [m2kg-1] r0 ; 上端(30 Titan 半径) 加熱率q はまず大気上端に入射する EUV フラックス F0 を与え、こちらの式から求めました。ここで、εは現在の地球での EUV フラックス、φは EUV 強度、加熱効率は Watson 1981 と同じ値を用いています。 熱伝導率は次の式であたえています。上部境界は 30 タイタン半径、下端境界は地表面からの高度 50 km、温度を100 K で一定とし下端数密度を1013-1018 cm3、EUV強度を現在の50-300倍で与えました。 κ0 = 6.36 x 10-2 (T0 = 100 K) 下端高度 : Xb = 50 [km], 下端温度 : T0 = 100 [K] 下端数密度:n0= 1013-1018 [cm-3] EUV強度:φ= 50-300

大気の逃げやすさの比較 r0 : 天体の半径 Te : 有効放射温度 エスケープパラメータ 散逸までの加熱時間 [s] [Js-1]

Φ=100 (標準実験) 上端で速度は脱出速度に達し流体的に散逸 上端での速度は n0 に依存しない 散逸速度 [m/s] Φ=100 (標準実験) 脱出速度 上端で速度は脱出速度に達し流体的に散逸 上端での速度は n0 に依存しない n0=1.0×1013 n0=1.0×1015 n0=1.0×1017 n0=1.0×1018 n0=1.0×1013 n0=1.0×1015 n0=1.0×1017 n0=1.0×1018 温度分布 [K] 中心からの距離 [タイタン半径] 中心からの距離 [タイタン半径] n0 が大きいと大気上層でEUVが吸収され、温度のピークが上層に移動する EUV 強度100倍を標準実験として、流れ場の様子を示します。縦軸にそれぞれの物理量、横軸は中心からの距離です。まず、散逸速度は上端で脱出速度に達し大気は流体的に散逸可能であることがわかります。 また、上端での速度は下端の数密度に依存しません。温度分布からは、数密度が大きくなるにつれて大気はEUVをより上層で吸収し加熱されていることがわかります。

Φ=100 n0の増加に伴い大気上層で吸収され1017 でEUV はほとんど吸収される 散逸フラックスの上限 加熱率[Jm-3s-1] Φ=100 n0の増加に伴い大気上層で吸収され1017 でEUV はほとんど吸収される 散逸フラックスの上限 n0=1.0×1013 n0=1.0×1015 n0=1.0×1017 n0=1.0×1018 数密度[cm-3] 中心からの距離 [タイタン半径] n0=1.0×1013 n0=1.0×1015 n0=1.0×1017 n0=1.0×1018 中心からの距離 [タイタン半径] 散逸フラックスの上限では、大気上層でn0によらず同じ数密度を持つ つぎに加熱率の分布ですが、温度分布からも予想されたように数密度の増加に伴い EUV は大気上層で吸収され、下端数密度が 1017 を超えるとほとんど全て吸収されるようになります。散逸フラックスはこの状態で上限値をとり、数密度分布は下端数密度が 1017 を超えると上端で一定となることがわかります。

散逸フラックス [m-2s-1] Φ=50-300 EUV加熱による散逸ではN2,CH4とも散逸せず組成に変化を与えない Mc=2.42 η=0.15 :max  散逸の上限 :   入射したEUVエネ  ルギーの ≦1 %  Mc ~ 2.42 1018 1017 1015 1013 最後に、EUV強度を現在の50-300倍とした場合の散逸フラックスをプロットしました。数密度が大きくなり EUV が全て吸収されるようになると、散逸フラックスは上限値をとります。このとき散逸に使われるエネルギーは入射する EUV エネルギーのおよそ 1 %です。散逸フラックスが 1015 の時のクロスオーバマスは 2.42 であることから、EUV 加熱による散逸ではN2,CH4も散逸せず組成には変化を与えないことが わかります。ただし、このプロセスが D/H の進化に影響を与える可能性はあります。 Φ: EUV 強度 EUV加熱による散逸ではN2,CH4とも散逸せず組成に変化を与えない D/H の進化には影響を与える可能性; D/H ~ 4x原始太陽 (Coustnis, 2005)

Nebula の消失に伴う準静的散逸 大気 H2 質量Matomと Phill の関係 準静的な散逸フラックス;Fne(t) 大気質量[kg] (α=4.428x1017, μ= 2.34) 平均分子量;μ μ=2.34 準静的な散逸フラックス;Fne(t) μ=3.34 μ=4.34 つぎに、Nebula の消失に伴う準静的散逸について検討してみます。ここで大気散逸は、nebula の消失タイムスケールよりも遥かに短い時間で定常状態に達し、常に静水圧平衡が成り立つと仮定します。先ほども示しましたが、大気質量とヒル圏での H2 分圧には線形関係が成り立っているので、μ が2.34 での比例係数をアルファとします。このとき、散逸フラックスは次のようにヒル圏での nebula の圧力で記述することができます。今回は、nebula が一定の割合で消失した場合と、指数関数的に消失した場合について検討しました。尚、初期の nebula の圧力は 103 [Pa]、大気質量は 4.34×1020 Kg 、Nebula の消失タイムスケールを tau 106-107 年として与えました。 ヒル半径でのH2分圧 [Pa] Sbondy : ボンディ半径での表面積 Phill (t) の変化 τ;nebula 散逸のタイムスケール 106-107 [yr] ② Phill(0)=103[Pa] M(0)=4.34×1020 [kg] ①

散逸フラックス [m-2s-1] 散逸フラックス ; 16<Mc<28 をとり得る CH4 の選択的散逸が可能 τ=1.0×106 τ=5.0×106 τ=1.0×107 Mc=100 Mc=10 横軸に散逸経過時間をとり、散逸フラックスの変化を示しました。網掛けの部分はクロスオーバマスが 100 から 10 に対応するフラックスです。これより、散逸フラックスがクロスオーバマス 16 以上 28 以下となるような値を持ちうることがわかります。したがって CH4 の選択的散逸は nebula の消失段階で起こった可能性が高いと言えます。 散逸経過時間 [yr] 散逸フラックス ; 16<Mc<28 をとり得る  CH4 の選択的散逸が可能

熱源の検討 100 K の nebula からの放射で大気を加熱 加熱が全て散逸に使われると仮定(最大フラックス) [m-2s-1] 大気の密度が低下し加熱が十分でなくなると停止

結果のまとめ 原始太陽からの EUV 加熱による散逸 subnebula の消失に伴う散逸 Nebula 消失に伴う散逸が CH4 の選択 N2 rich なタイタン大気を説明するために、厚い H2 原始大気からの  原始太陽からの EUV 加熱による散逸 subnebula の消失に伴う散逸 によってCH4を選択的に散逸可能か比較検討  Nebula 消失に伴う散逸が CH4 の選択   的散逸に寄与する可能性がある  EUV による散逸は分子組成には影響せず   D/H の進化に寄与を示唆

大気進化のシナリオ H2 N2 CH4 ≦ H2 N2 CH4 > ≫ ① ② ③ N2 H2 N2 CH4 < Subnebula の消失 H2 N2 CH4 NH3 ≦ CH4の選択的散逸 Subnebula P~103[Pa] H2 N2 CH4 NH3 > ≫ H2主成分, CH4rich な原始大気 NH3はほとんど内部に蓄積 ① ② ③ 以上の結果を踏まえて、CH4 の選択的散逸を考慮した大気進化のシナリオを提案します。 初めに、タイタンは subnebula の H2 を捕獲し厚い H2 大気を形成しました。大気中の N2 存在度は CH4 のそれより小さく、また NH3 のほとんどはタイタン内部に蓄積していたと考えられます。 やがて nebula の散逸が開始し、H2 の散逸と共にCH4 も選択的に散逸しました。その結果 CH4 と N2 の存在度は逆転しました。 その後、EUV の入射により残った H2 が散逸し D/H 比が重くなる一方で、内部から脱ガスしたNH3からN2 がさらに生成し大気中に蓄積していきます。NH3 と同時に脱ガスしてくる CH4 は光化学反応により分解し水素は散逸し、残った炭素は他の有機物となったため大気中に CH4 が蓄積することはない。 以上のプロセスを想定することで現在のタイタンのN2 richな大気を説明することができるのではないかと考えています。 EUV N2 EUV入射 H2散逸(Dが濃集) NH3,CH4の脱ガス NH3からN2への変換 CH4の光解離 H2 CH4 NH3 CH4+hυ(λ≦1450Å)            → CH+H2+H  CH4は大気中に蓄積しない N2 CH4 <

CO/CH4 組成比からの制約 タイタン大気 CH4/CO ~ 1000 Subnebula CH4/CO ≦ 1 (Mousis et al.,2002) → CO が氷に捕獲される温度(~70 K) になる頃には subnebula 中から H2O は全て凝結 (Mousis et al., 2002) mCH4 < mCO なので, H2 の散逸で存在度を逆転することは不可能 CO の非集積を支持

Ne/H, 15N/14N 大気がNebula 起源 ; Ne/H ~ N/H - Ne は未検出   - H2 散逸時に Ne は消失, N2 は残存 15N/14N~1.6 x terrestrial (Waite et al.,2005) - T-tauri 期での pick-up, sputtering (Lammer et al.,2000) → EUV 入射時期に相当?   - nebula 消失段階に同位体分別の可能性

CH3D/CH4 CH3D/CH4 ~ 4×原始太陽組成 (D/H) - 光解離モデル CH4+hυ(λ≦1450Å) → CH+H2+H   - 6bar の散逸に相当 (Lunine et al.,1999) - 地表面からの CH4 供給   - 13C/12C ~ terrestrial とも調和的 EUV の入射が残存する H2 の D/H 濃集、 CH4 の光分解に寄与 D/H の直接観測が必要

今後の課題 EUV 以外の加熱も検討 - 散逸の停止時期、残存量 CH4 の選択的散逸が可能な nebula の消失タイムスケールの検討   - 散逸の停止時期、残存量 CH4 の選択的散逸が可能な nebula の消失タイムスケールの検討   - 質量分別の定量的見積もり N2 脱ガスの可能性 (これから)