刑事裁判における 知的・発達障害のある被告人に対 しての福祉的支援の有効性につい て 社会福祉法人 一羊会 近畿大学豊岡短期大学 原田 和明
触法知的(発達)しょうがい者の 状況 知的障害者又はその疑いがある者は41 0名 平均年齢,48.8歳 平均IQ は,46.2 再犯者285名(69.5%) 罪名は窃 盗178名(43.4%)が最も多い. 刑期は2年以下が多く35.6%となっ ている. 虞犯・触法等の障害者の地域生活支援に関する研 究 平成18年度総括・分担研究報告書 によると 一般的刑務所15ヶ所の受刑者27, 024名 の内
2008年中,新受刑者のIQ49以下 (4 % ),IQ50~69(19 % ) 計2 3% 約6,700名 (知能指数分布によるIQ69以下の理論値 は2.25%) 発達しょうがい者なども勘案するとIQ79 以下(23 % ).また,テスト不能(5%), 計(51 % )約14,800名 矯正統計年報(2009年)によれば
支援チームによる対応 メンバーは 相談支援事業,本人のしょうがい状況に よっては発達障害者支援センター しょうがい者や高齢者の権利擁護に熱心な 弁護士 行政のしょうがい福祉担当部署,保健所, 時に生活保護担当部署など 在籍事業所があればその職員 知更相など判定機関やサポートセンター等 必要に応じて医師 特に精神科医 その他
更生支援計画書作成のプロセス アセスメントでは触法行為そのものを生 活支障と捉え大ニーズとする. その大ニーズを解決するために,大ニー ズに派生する小ニーズを把握する. 把握されたニーズに対して,権利擁護支 援も含めた福祉的支援を行なうことに よって,ニーズ解決を図るべく支援計画 を立案する.
知的・発達障害のある被告人へのケース マネジメントは,手順としては一般的な ケースマネジメントと変らない. ニーズの捉え方は真実を明らかにすると いう刑事裁判の性格上,医学モデルのア プローチがメインとなるが,ソーシャル ワークの一環として行なう以上,そこに 生活モデルや ICF モデルの視点を加味し ている. 生活環境調整的要素がある → 更生保護
ニーズを解決するための支援計画は,生 活歴や犯行に至る経緯なども分析した上 で支援計画書(更生支援計画書)を作成 し,情状証拠として提出する.また補完 的に情状証人として出廷も行なう. 補完的といえども情状証人出廷は重要. 特に裁判員裁判では,裁判員に理解して もらえるような証言を行なう必要がある.
なお支援計画は,減刑を目的として作 成するものではなく,憲法 14 条第 1 項 で保障されている「法の元の平等」及 び障害者権利条約 13 条の「司法アクセ ス権保障」の観点から,裁判において しょうがいを正しく捉え,斟酌される ために作成するものである.
知的 ( 発達 ) しょうがい者の 触法行為5類型 ① ①生活困窮型 働けない,住所不定なため生活保 護が受けられない,しょうがいレッテ ルが無くしょうがい福祉の手当てを受 けられない等の理由により,万引き等 の窃盗行為や無銭飲食などをする。或 いは刑務所に入りたいがために,万引 き無銭飲食,器物損壊程度の放火と いった軽微な犯罪をする。
知的 ( 発達 ) しょうがい者の 触法行為5類型 ② ②欲求(快楽)追求型 目の前にある,自分のほしい物を手 に入れたい欲求を抑えきれずに窃盗す る。パチンコなど遊びに使うために金 品を窃盗する。性的衝動が抑えられず, 安易に強制わいせつ等の性犯罪をおこ なったり,売春行為をする。風俗店に 通いたいがために窃盗,恐喝等をする。
知的 ( 発達 ) しょうがい者の 触法行為5類型 ③ ③自閉症スペクトラム対応不全型 自閉症スペクトラムのこだわりによ る場合, たとえば,バスで決まった席 に座りたいがため,他の乗客の手を引っ 張ってけがをさせる。犯罪行為そのもの を理解しにくい(他人の痛みがわかりに くい)ことや,ふさわしいしょうがい対 応ができていないによるもの。たとえば, 公園で遊んでいる子どもに興味をもち, 急に抱き上げて放り投げる。重い犯罪に なりうる場合もある。
知的 ( 発達 ) しょうがい者の 触法行為5類型 ④ ④非行(犯罪)グループ所属型 たとえば,非行(犯罪)グループに属して, リーダーの指示の元で万引きや恐喝を繰り返すよ うな場合。少年の非行グループであれば,学習能 力が低くても粗暴でも,犯罪行為をすることで仲 間として認められる面があって,知的しょうがい 者が帰属しやすいといった場合がある。また,迎 合的に非行グループに取り入れられて,知的しょ うがいにより判断能力が低いことを他の者に利用 され,下位の者として扱われ,手足として使われ ているような場合もある。
知的 ( 発達 ) しょうがい者の 触法行為5類型 ⑤ ⑤その他 ①,②,③,④の複合ケース,統合失 調症やうつ病(双極性障害)などの,重複 する精神障害の影響が主となった犯罪行為, 親や兄弟が犯罪をするように仕向けるケー ス(万引きの強要など)。その他,親や子 どもへの暴力行為やその他虐待。本人が虐 待されているため,虐待していた者に反撃 を加えるケース。など。
(事例1) 男性 20歳代 中度知的障害 父子家庭 同胞 なし 生活保護世帯 少年時代にわいせつ行為等 で補導歴あり. 詐欺・窃盗(下着盗)で懲役 1 年 4 月,出所後, 支援計画どおり入所施設利用をするが, 1 ヶ月で 拒否して実家に戻り,再犯に至って懲役 1 年とな る. しかし,判決では本人に合った矯正施設(特化 ユニット)の選択についての必要性の言及もあり, 福祉的支援に対しての一定の評価が得られていた. 出所後の支援の継続は極めて重要である.
(事例 2 ) 男性 20歳代 軽度知的障害と広汎性発達 障害(自閉症) 父母 妹 高校中退後ニート状態である.窃盗(万引 き)で執行猶予判決を受けるが,執行猶予中 に再犯し,在宅起訴となる.広汎性発達障害 がソーシャルワーカーによって発見され,専 門医の診断を受け,診断確定する.公判中に 前刑の執行猶予期間満了,判決でもしょうが いや福祉のサポートがあることが酌量され, 保護観察付執行猶予となった. その後の支援について両親の積極性が無い.
(事例 3 ) 男性 20歳代 軽度知的障害と ADHD 父 母 妹 既に療育手帳が交付されていたが,障害認 知ができていない中において自転車の占有離 脱物横領で執行猶予中に再犯した.しかしな がら,積極的に認知を進めた結果,障害認知 ができた.判決は,福祉的支援の利用の有効 性が斟酌されて懲役 1 年執行猶予5年保護観 察付となった. 自宅から通所施設に通い,その後 1 年以上 再犯もなく日常生活をおくっている.
(事例 4 ) 男性 20歳代 軽度知的障害 父 兄 弟 就労先での不適応からの器物損壊と非現住建造 物等放火で懲役 1 年 6 月である.療育手帳の交付 は受けていないが,私的鑑定において軽度知的障 害であるという鑑定結果と支援計画にある福祉的 支援が斟酌され,さらに,支援計画書で記された 犯行理由の知的障害によってストレス耐性が弱い ことが認められ情状減刑された. その後,刑務所にて保護面接を継続し, 仮釈放 後は療育手帳取得から障害者就労をめざしている.
更生支援計画書から
刑事裁判の量刑において福祉的支援を行なう 事による, 再犯防止と自立更生の有効性が 酌量されている. しかしながら,日本の現行法では,刑事司法 手続において,中立である裁判所に直接支援 計画を呈示することはできない. 本来こういった行為は弁護側立証の範疇で行 うべきものではなく,中立である裁判所に対 して行なわれるものであると考える.
したがって, 憲法における法の元の平等や 障害者権利条約の批准に向け て 司法アクセス権の保障を担保 するためにも, 必要な法改正を行なって刑事 司法手続を改革するべきであ ると提言する.