認知学習論 ~第2言語学習~ 担当: 今井むつみ( ι 303). 第2言語学習 ~ 今日のテーマ~ 第2言語学習と母語の学習との違いは? 第2言語学習に限界はあるか? 第2言語学習は何故難しいのか 情報処理システムが母語に最適化されている 母語に対するメタ知識と外国語でネイティヴ がもつメタ知識との間にくいちがい.

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Presentation transcript:

認知学習論 ~第2言語学習~ 担当: 今井むつみ( ι 303)

第2言語学習 ~ 今日のテーマ~ 第2言語学習と母語の学習との違いは? 第2言語学習に限界はあるか? 第2言語学習は何故難しいのか 情報処理システムが母語に最適化されている 母語に対するメタ知識と外国語でネイティヴ がもつメタ知識との間にくいちがい → 概念変化が必要

言語学習の臨界期 Lenneberg の主張 脳の局在化は思春期の頃までに完成する この時期が言語学習の臨界期と一致する この主張への反論 脳の非対称性(言語処理は左脳優位)は思春 期よりもずっと早くから観察される 言語学習の臨界期は思春期よりも早い

言語学習の臨界期(2) 多くの研究者の主張 母語を学ぶ子供よりも第2言語を学ぶ大人の 方が学習ペースが速い → 言語学習臨界期説を否定 (Snow, Hoefnagel-Hohle, 1978) しかし、言語学習の成否を最終的に達成 される能力という観点から測った場合に はどうか?

第2言語学習の限界 言語音声の切り出し方における第1・第 2言語での違い ことばの内部の音声の区切り フランス語 → シラブルによってはっきり区切 られる 英語シラブルの境界ははっきりしない

ことばの内部の音声の区切り フランス語 balance → ba-lan-ce balcon → bal-con シラブルを基にした リズムが処理ユニッ ト 英語 balcony → bal-cony balance → ba-lance? bal-ance? 強迫(ストレスリズ ム)が処理ユニット

ことばの音声区切りに関する実験 ことばの中のターゲット・シラブルの有無を判 断させる ターゲット : 子音・母音パターン (ba) 子音・母音・子音パターン (bal) フランス語話者 balance(ba-lan-ce) ba の方が bal より速く探 せる balcon(bal-con) bal の方が ba より速く探 せる 英語話者 → フランス語話者のような効果無し

ことばの音声区切りに関する 実験(2) 英・仏バイリンガルによる同様の実験 実験前に「どちらかの言語を失わなければならない としたら、英・仏どちらを残すか」と質問 語の音声的な処理パターンはモノリンガルの人 と変わらない 英語を残すことを選んだ人 → 英・仏どちらの単 語も英語モノリンガルと同じパターン 仏語を残すことを選んだ人 → 仏語モノリンガル と同じパターン

音声処理のまとめ 言語特有の音声区切りストラテジーは 生後直後にどの言語入力が優勢だったか で決定される 第2言語がどんなに流暢でも、第1言語 での処理ストラテジーを適用してしまう

特定の言語の母語に対する敏 感性 新生児はすべての自然言語に現れうる、 すべての対比を弁別できる → 成人より も優れた能力

言語の音素に対する敏感性 生後10ヶ月頃、母語 の対比と「競合す る」 対比を弁別する能力が 失われる 【例) 日本人 → [r], [l] の区別

生後 10 ヶ月を過ぎた第 2 言語習 得では これは母語の学習を助けるが、同時に第 2言語において母語と競合する音素の弁 別が困難になることも意味する。

母語にない外国語の音は学習が可能か (Kuhl, Tsao, and Liu, 2003) 英語にはない中国語のミニマルな子音の 対比を英語母語の乳児が学習できるか 32 人の子ども(英語のみが環境中のイン プット)を 2 群に分ける 中国語トレーニング 統制群 Kuhl, Tsao, and Liu, 2003 Proceedings of National Academy of Science, 100,

中国語トレーニング 生後 9 ヶ月のときからはじめ 4 週間で 1 回 25 分の セッションを 12 回 複数の中国語ネイティヴの大人が赤ちゃんに絵 本を読み、話しかける 12 回のセッションの完了後、音の聞き分けテス ト (振り向き選好聴取法 Head-Turn preference procedure ) 統制群:英語の絵本を読み英語で話しかける

中国語トレーニング Ver2 英語母語児に同じ量のインプットを、録 画したDVDで与える

結果

文法の処理ストラテジー 英文法の能力をアメリカで生活する中国 人と韓国人の移民でテスト → (Johnson & Newport; 1989) 疑問点 最終的な能力に影響を与えるのは、移住して からの年数か、何歳の時に移住したか? 文法規則の種類によって、最終的な達成の度 合いが異なるのか?

文法の処理ストラテジー(2) Johnson & Newport の実験結果 移住後の滞在年数ではなく、何歳で移住したかが成績 に強い影響 移住年齢が7歳を過ぎると、徐々に成績が低下 思春期以降に移住 → 成績に影響するのは個人差 文法規則の種類によって最終的な能力と移住時の能力 の関係が異なる 現在進行形、語順 → 移住年齢に関係なくほとんど間違えない 冠詞、複数形、可算・不可算の区別 → 移住時の年齢が高いほど 誤答率が高い

Early bilingual,late biligual の 文法テストの成績プロット

文法の項目別成績と獲得年齢の 関係

バイリンガルの言語処理 Perani et al. (1996) の実験 被験者:イタリア語母語話者、英語が第2言語 イタリア語、英語、日本語(全く理解しない)で物 語を聞かせ、脳のどの部位が活性化するかを調べる イタリア語:活性範囲が広い、左脳のブローカ野と ウエルニッケ野が顕著 英語:物語の内容はほぼ理解していたが、日本語の 時と似たような活動パターン、ブローカ野の活動が 少ない

バイリンガルの言語処理(2) Kim et al. (1997) の実験 被験者:早期バイリンガルと後期バイリンガル(ど ちらも流暢に話すことができる) 声を出さずに母語あるいは第2言語で昨日起こった 出来事を想起させる 早期バイリンガル:ブローカ野の活性部位が母語・ 第2言語で重複 後期バイリンガル:活性部位にズレが見られた ウエルニッケ野では両言語での活性部位はどちらも 重複していた

Eary bilinguals: Broca ’ s area

Late bilinguals: Broca ’ s area

Late bilinguals: Wernicke ’ s area

臨界期についてのまとめ 言語音声の処理プロセスは、モノリンガルと同 じパターンを示す 文法処理は第2言語を獲得する年齢によってプ ロセスが異なる → 脳内で文法処理に関わるのはブローカ野であ るとされている 早期バイリンガルは2つの言語処理が同部位で 後期バイリンガルは部位が異なる

臨界期についてのまとめ(2) ある年齢以降での第2言語獲得は可能だが、処 理メカニズムが異なる 言語学習の重要な部分は母語の情報処理システ ムの最適化。 母語にとって最適化されたシステムをゼロから 再構築することはできない。臨界期が非常に早く、顕著に見られる側面 語の音声的な処理(切り分け) 文法(しかし、全ての側面ではない)

何故外国語学習は難しい? 母語の情報処理に最適なシステムが作ら れてしまっている。 → 外国語の情報処理に必要な情報への自動 的注意が向けられない 音声情報 文法カテゴリー ( 例 冠詞、名詞の可算・不可算、名詞や動 詞における単数・複数)

何故外国語学習は難しい? (2) 母語に対しては意識に上る知識は膨大な 無意識の知識に支えられているが、外国 語に関してはこの意識的な知識の背後の 意識されない知識が圧倒的に少ない

何故外国語学習は難しい? (3) そもそも母語に対して意識に上る知識の 背後に暗黙の知識があることに人はほと んど気づいていない

人が母語に関して暗黙に持つ知 識の例 語がどのような基準で般用されるか → 新奇な語の意味の推論 特に動詞に関してはイベント中のどの情報が動 詞語意の中に含まれるかが言語によって大きく 異なる かなり進んだバイリンガルでも自分の母語の語 意構造パターンに合う語だけを選択的に使うと いう報告( Harley, 1989)

人が母語に関して暗黙に持つ知 識の例(2) 可算・不可算文法カテゴリーを決定する 基準 英語母語話者は単に「可算名詞は数えられるも の 不可算名詞は数えられないもの」という 単純ルールで文法カテゴリーを決めてい るわけではない → 具体的な実態がない抽象名詞 ( evidence, idea) や上位カテゴリー名 (vehicle, furniture) でも可算・不可算 の判断ができる

では大人になって外国語を「習 得」することは無理なのか? それは言語のどのレベルを問題にしてい るかによる。 自動的で無意識の情報処理を必要とする 側面では native と「同じ」になることは 難しい。 しかし自分のアイディアを適切に相手に 伝えコミュニケーションをとるようにな ることはもちろん可能。

大人になってからの外国語学習 で重要なこと 母語と外国語の違い(特に文法、語意構 造、談話の構造など)を理解し、意識的 に注意を向ける → この意識がないといつまでもブローク ンなままで進歩がない!