甲状腺機能検査と甲状腺自己抗体 第25回 長崎市臨床内科医会ゼミナール 「日常臨床に役立つ血液検査の見方」 ー 鑑別診断と治療の評価 ー 第25回 長崎市臨床内科医会ゼミナール 「日常臨床に役立つ血液検査の見方」 ー 鑑別診断と治療の評価 ー 甲状腺機能検査と甲状腺自己抗体 長崎大学医学部・歯学部附属病院 第一内科 宇佐俊郎 平成20年1月27日
TSH < 0.005 μIU/ml (0.48~5.08) FT4 3.5 ng/dl (0.95~1.57) FT3 12.5 pg/ml (2.37~3.91) 甲状腺中毒症 甲状腺機能亢進症 破壊性甲状腺炎 外因性
甲状腺中毒症 甲状腺機能亢進症 バセドウ病 無痛性甲状腺炎 亜急性甲状腺炎 プランマー病・妊娠性甲状腺機能亢進・TSH産生腫瘍など
症例 23歳 女性 半年前より発汗過多と動悸, 食欲あるが体重減少。 眼球突出と前頚部の腫大を指摘され来院。 眼球突出, びまん性甲状腺腫 23歳 女性 半年前より発汗過多と動悸, 食欲あるが体重減少。 眼球突出と前頚部の腫大を指摘され来院。 眼球突出, びまん性甲状腺腫 頻脈, 手指振戦, 皮膚湿潤 WBC 4,200 /μl (好中球 35%, リンパ球 58%) AST 44 IU/l ALT 58 IU/l ALP 490 IU/l (正常115~359) T-C hol 120 mg/dl
バセドウ病の症状・所見 眼症状 眼球突出, 眼裂開大 甲状腺腫大 循環器症状 頻拍,動悸 消化器症状 食欲亢進,軟便,下痢,体重減少 眼症状 眼球突出, 眼裂開大 甲状腺腫大 循環器症状 頻拍,動悸 消化器症状 食欲亢進,軟便,下痢,体重減少 神経筋症状 手指振戦,周期性四肢麻痺,腱反射亢進 精神症状 イライラ感,不安感,不眠 皮膚症状 発汗過多,皮膚湿潤,限局性粘液水腫 性腺症状 月経異常 その他 倦怠感,微熱,女性化乳房
症例 46歳 女性。 健康診断でALP高値あり, 消化器内科紹介。肝胆道系に異常認めず, 甲状腺ホルモン測定にてホルモン上昇あり, 当科紹介。 70歳, 女性。高血圧症で通院中, 心房細動出現あり、循環器内科紹介。甲状腺ホルモン測定にて上昇あり, 当科紹介。 60歳, 女性。全身倦怠感と体重減少あり, 悪性腫瘍が疑われ入院精査受けるも異常なく甲状腺ホルモン測定。上昇を認め当科紹介。 18歳, 男子高校生。献血にて血液センターから総コレステロール低値にて甲状腺異常が疑われるとの通知あり来院。
バセドウ病の診断ガイドライン(第7次案)(日本甲状腺学会) a) 臨床所見 1. 頻脈,体重減少,手指振戦,発汗増加などの甲状腺中毒症所見 2. びまん性甲状腺腫大 3. 眼球突出または特有の眼症状 b) 検査所見 1. FT4,FT3のどちらかまたは両方高値 2. TSH低値(0.1μU/ml以下) 3. 抗TSH受容体抗体(TRAb, TBII)陽性,または甲状腺刺激抗体(TSAb)陽性 4. 放射性ヨード(またはテクネシウム)甲状腺摂取率高値,シンチグラフィでびまん性 【診断】 1) バセドウ病:a) の1つ以上に加えて,b) の4つを有するもの 2) 確からしいバセドウ病:a) の1つ以上に加えて,b) の 1,2,3を有するもの 3) バセドウ病の疑い:a) の1つ以上に加えて,b) の1と2を有し,FT4,FT3高値が3ヵ月以上続くもの 【付記】 1. コレステロール低値,アルカリフォスファターゼ高値を示すことが多い. 2. FT4正常でFT3のみが高値の場合がまれにある. 3. 眼症状がありTRAbまたはTSAb陽性であるが,FT4およびTSHが正常の例はeuthyroid Graves’ diseaseまたはeuthyroid ophthalmopathyといわれる. 4. 高齢者の場合,臨床症状が乏しく,甲状腺腫が明らかでないことが多いので注意をする. 5. 小児では学力低下,身長促進,落ち着きのなさなどを認める.
抗TSHレセプター抗体 TSHレセプター抗体(TRAb, TBII) 患者血清と標識TSHをTSHレセプターと反応させ, TSHレセプターに対するTSHの結合阻害率を表す。 TSH刺激性レセプター抗体(TSAb) ブタ甲状腺細胞にPEGで抽出した患者血清IgGを反応させ, 甲状腺細胞におけるcAMP産生を指標として示される。 未治療バセドウ病での陽性率 TRAb 98% TSAb 96%
症例 38歳 女性。 2週間前頃より動悸と発汗過多あり, 来院 眼球突出なし, 脈拍: 90 / 分・整, 軽度の甲状腺腫 手指振戦あり 38歳 女性。 2週間前頃より動悸と発汗過多あり, 来院 眼球突出なし, 脈拍: 90 / 分・整, 軽度の甲状腺腫 手指振戦あり TSH 0.007 μIU/ml (0.48~5.08) FT4 3.02 ng/dl (0.95~1.57) FT3 8.46 pg/ml (2.37~3.91) TSHレセプター抗体 陰性
無痛性甲状腺炎 ・ 機序はまだ解明されてはいない。 ・ 甲状腺に対する自己免疫反応が過大となって甲状腺ろ胞細胞が一過性に破壊されるために甲状腺中毒症がおこると考えられている。 ・ 慢性甲状腺炎(橋本病)が基礎にあることが多い。 ・ 誘因:分娩, ステロイド中止後, 花粉症, インターフェロン治療, GnRH誘導体治療, ストレス ・ 自然軽快する。甲状腺中毒症の期間は2~8週間。 ・ TSHレセプター抗体は陰性 ・ FT3/FT4比はバセドウ病にくらべ低い(2.9未満?)
無痛性甲状腺炎の自然経過
症例 42歳 女性。 1週間前頃より38度台の発熱, 前頚部痛を主訴に来院。 動悸と発汗過多あり 眼球突出なし, 脈拍: 90 / 分・整, 42歳 女性。 1週間前頃より38度台の発熱, 前頚部痛を主訴に来院。 動悸と発汗過多あり 眼球突出なし, 脈拍: 90 / 分・整, 圧痛を伴う硬い甲状腺腫 手指振戦あり WBC 9,000 ESR 72 mm/h CRP 4.86 mg/dl TSH <0.005 μIU/ml (0.4~4.4) FT4 3.5 ng/dl (0.8~1.6) FT3 12.5 pg/ml (2.5~5.0) TSHレセプター抗体 陰性
亜急性甲状腺炎 ・病因は不明であるが, ほとんどがウィルスによる炎症であると考えられている。 ・しばしば上気道炎症状を伴う ・しばしば38℃を超える弛張熱 ・自発痛, 圧痛を有する硬く表面不整な甲状腺腫 ・疼痛が反対側に移動することがある ・炎症所見 赤沈亢進, CRP上昇 白血球数は増加しても10,000/μl以下が多い ・FT4, FT3の上昇, TSHの低下 ・甲状腺自己抗体は通常陰性
症例 32歳 女性。 1週間前頃より38度台の発熱, 前頚部痛を主訴に近医受診。甲状腺部に圧痛あり, 白血球, CRP上昇も認めたため亜急性甲状腺炎の診断にてプレドニゾロン投与されたが, 症状増悪するため紹介。 動悸や発汗過多など甲状腺中毒症状なし。 脈拍: 80 / 分・整, 体温 38.2℃ 圧痛を伴う甲状腺腫, 圧痛を伴う部位の皮膚にごく軽度の発赤と熱感あり。 TSH 0.80 μIU/ml (0.4~4.4) FT4 1.1 ng/dl (0.8~1.6) FT3 3.3 pg/ml (2.5~5.0) 急性化膿性甲状腺炎
症例 28歳 女性。 妊娠10週, 妊娠悪阻強く, 動悸を感じるため産婦人科で甲状腺ホルモン測定。 28歳 女性。 妊娠10週, 妊娠悪阻強く, 動悸を感じるため産婦人科で甲状腺ホルモン測定。 眼球突出なし, 脈拍: 90 / 分・整, 軽度の甲状腺腫 わずかに手指振戦あり TSH < 0.005 μIU/ml (0.48~5.08) FT4 2.8 ng/dl (0.95~1.57) FT3 9.8 pg/ml (2.37~3.91) TSHレセプター抗体 陰性 無治療で経過観察, 徐々にFT4低下し, 妊娠16週以降に甲状腺ホルモン正常化
妊娠性一過性甲状腺機能亢進症 ・妊娠8週~13週に多くみられる ・hCGの甲状腺刺激作用による (TSHとhCGのαサブユニットは同一) ・TRAb陰性 ・hCG 60,000 IU/l 以下ではまずおこらない
症例 45歳 女性。 半年前頃より動悸と発汗過多あり, 来院 眼球突出なし, 脈拍: 90 / 分・整, 結節性の甲状腺腫 手指振戦あり 45歳 女性。 半年前頃より動悸と発汗過多あり, 来院 眼球突出なし, 脈拍: 90 / 分・整, 結節性の甲状腺腫 手指振戦あり TSH < 0.005 μIU/ml (0.48~5.08) FT4 3.5 ng/dl (0.95~1.57) FT3 12.5 pg/ml (2.37~3.91) TSHレセプター抗体 陰性
プランマー病 甲状腺機能性結節 通常TSHレセプター抗体, 抗Tg、TPO抗体は陰性 シンチグラムでHot nodule
甲状腺中毒症の分類 I. 甲状腺でのホルモンの合成・分泌が亢進しているもの(甲状腺機能亢進症) 1. 甲状腺刺激物質による 1. 甲状腺刺激物質による a. バセドウ病(Graves病) b. 妊娠甲状腺中毒症 ─ 一過性、ヒト絨毛性ゴナドトロピン (hCG) による 胞状奇胎・悪性絨毛上皮腫 ─ hCGの過剰分泌による、まれ 2. 甲状腺の自律的活動亢進による a. 中毒性多結節性甲状腺腫 (toxic multinodular goiter) b. 機能性腺腫(Plummer病) c. 非自己免疫性甲状腺機能亢進症 ─ TSH受容体遺伝子異常による,まれ d. 機能性甲状腺濾胞腺癌 ─ まれ 3. TSH過剰による a. TSH産生下垂体腫瘍 II. 甲状腺の活動亢進を伴っていない場合 1. 甲状腺の破壊によって過剰のホルモンが放出される場合 ─ 一過性 a. 亜急性甲状腺炎 b. 無痛性甲状腺炎 2. 甲状腺ホルモンの過剰摂取による a. 虚偽性甲状腺中毒症 (thyrotoxicosis factitia) b. 医原性甲状腺中毒症 3. 異所性甲状腺組織による a. 卵巣甲状腺腫 (struma ovarii) ─ まれ
甲状腺中毒症の鑑別診断 甲状腺腫大 中毒症持続期間 前頸部痛,発熱 白血球,CRP 抗TSH受容体抗体 抗TPO抗体 抗Tg抗体 放射性ヨード摂取率 バセドウ病 無痛性甲状腺炎 亜急性甲状腺炎 あり 3ヵ月以上 なし 正常 陽性(90%) 陽性(50%) 高値 3ヵ月以内 陰性 低値
バセドウ病診断フローチャート(7次案)(日本甲状腺学会) びまん性甲状腺腫 バセドウ病眼症状 バセドウ病診断フローチャート(7次案)(日本甲状腺学会) FT4高値 および/または FT3高値 TSH低値 TRAb陽性 TRAb陰性 FT4および FT3正常 TSH正常 TSAb陽性 TSAb陰性 びまん性 シンチグラム Euthyroid Graves’ disease 摂取率高値 摂取率低値 バセドウ病 Hot nodule 中毒性結節性甲状腺腫 無痛性甲状腺炎 甲状腺中毒症状
バセドウ病の治療法 内容 長所 短所 適応 内服治療 外科的治療 放射線療法 抗甲状腺剤の内服 1. すべての年齢で可能 内服治療 外科的治療 放射線療法 抗甲状腺剤の内服 1. すべての年齢で可能 2. 外来治療が可能 3. すべての医療機関で可能 1. 重篤な副作用が起こり得る 2. 長期の服用が必要 3. 再発率が高い 131I 内照射(カプセル内服) 1. 治療法が簡単で外来治療も可能 2. 副作用が少ない 3. 再発率が比較的低い 1. 効果発現までに時間がかかる 2. 設備が必要 3. 約50%が機能低下症に移行 4. 適応に制限がある (小児、妊婦、授乳婦は適応外) 甲状腺亜全摘 1. 治療効果が早く確実 2. 再発率が最も低い 1. 入院が必要 2. 手術瘢痕が残る 3. 機能亢進状態では 実施できない
バセドウ病の薬物療法 治療前FT4 5 ng/dl 未満 MMI 15mg / 日 FT4, FT3 が正常化したら漸減 治療開始後2年 患者と今後の治療法を相談 TRAb高値でない MMI 中止の試み 1〜2ヵ月ごとに診断 MMI 30mg / 日 TRAb高値(>30%) 寛解 バセドウ病と診断 治療前FT4 5 ng/dl以上 再発 バセドウ病の薬物療法 (減量できない場合)
抗甲状腺薬の副作用 *軽い副作用 (Minor side effect) ・一般的なもの (1〜5%) ・一般的なもの (1〜5%) 皮膚掻痒, 蕁麻疹,関節痛,発熱,一過性の白血球減少 ・稀なもの 胃腸障害,味覚および嗅覚障害,関節炎 *重大な副作用 (Major side effect) ・肝機能障害(1~5%) ・稀なもの (0.2〜0.5%) 無顆粒球症 ・極めて稀なもの 再生不良性貧血,血小板減少症,肝炎 (PTU),胆汁うっ滞性肝炎 (MMI), ANCA関連血管炎 (SLE like syndrome:PTU),低プロトロンビン血症,低血糖発作(インスリン自己免疫症候群:MMI)
経過をみていくうえで行うべき検査項目 甲状腺機能検査 副作用チェックのための検査 遊離型T4,遊離型T3 TSH(当初数ヵ月は必要でない) TRAb(3〜4ヵ月ごとでよい) 副作用チェックのための検査 白血球数, 白血球分画, 赤血球数,ヘモグロビン,血小板数 ALT,ALT,総ビリルビン,γGTP 検尿(PTUの場合はANCA関連血管炎発見のため重要)
TSH 6.5 μIU/ml (0.4~4.4) FT4 2.2 ng/dl (0.8~1.6) FT3 7.8 pg/ml (2.5~5.0) SITSH TSH産生腫瘍 甲状腺ホルモン不応症 測定上の問題 抗T3, T4抗体 抗マウス抗体
甲状腺中毒症の鑑別診断 血中甲状腺ホルモン 高値 血中TSH値 上昇 低下 放射性ヨード摂取率 正常〜高値 低値 CT,MRIで 下垂体腫瘍あり 下垂体腫瘍なし TSH産生下垂体腫瘍 T3抑制試験,TRH負荷試験 血中α-subunit値, TRAb,TSAb陽性,眼症あり hot nodule あり, 超音波,CTで結節あり 下垂体型ホルモン不応症 バセドウ病 細胞診良性,単発 細胞診良性,多発 細胞診悪性,転移巣あり プランマー病 中毒性多発結節性腺腫 甲状腺癌 痛みなし,炎症所見なし 抗Tg抗体・抗TPO抗体陽性 無痛性甲状腺炎 痛みあり,炎症所見あり 亜急性甲状腺炎 病歴,血中サイログロブリン低値 甲状腺剤中毒症
症例 33歳 女性 自覚症状なし。 検診で甲状腺腫を指摘され紹介。 びまん性甲状腺腫
慢性甲状腺炎(橋本病)の診断ガイドライン(日本甲状腺学会) 臨床所見 1. びまん性甲状腺腫大 但しバセドウ病など他の原因が認められないもの b) 検査所見 1. 抗甲状腺マイクロゾーム(またはTPO)抗体陽性 2. 抗サイログロブリン抗体陽性 3. 細胞診でリンパ球浸潤を認める 慢性甲状腺炎(橋本病) a)およびb)の1つ以上を有するもの 付記 他の原因が認められない原発性甲状腺機能低下症は慢性甲状腺炎(橋本病)の疑いとする。 甲状腺機能異常も甲状腺腫大も認めないが抗マイクロゾーム抗体およびまたは抗サイログロブリン抗体陽性の場合は慢性甲状腺炎(橋本病)の疑いとする。 自己抗体陽性の甲状腺腫瘍は慢性甲状腺炎(橋本病)の疑いと腫瘍の合併と考える。 甲状腺超音波検査で内部エコー低下や不均一を認めるものは慢性甲状腺炎(橋本病)の可能性が高い。
甲状腺自己抗体測定法 サイロイドテスト・マイクロゾームテスト 抗サイログロブリン抗体 抗甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)抗体
橋本病における甲状腺自己抗体陽性率 マイクロゾームテスト 67.7 97.0 TPO Ab 74.7 93.9 サイロイドテスト 44.0 感度(%) 特異度(%) マイクロゾームテスト 67.7 97.0 TPO Ab 74.7 93.9 サイロイドテスト 44.0 Tg Ab 97.3 Kasagi K et al. Thyroid 1996 ; 6 :445
TSH 54 μIU/ml (0.4~4.4) FT4 0.4 ng/dl (0.8~1.6) FT3 1.3 pg/ml (2.5~5.0) 原発性甲状腺機能低下症 TSH 0.07 μIU/ml (0.4~4.4) FT4 0.3 ng/dl (0.8~1.6) FT3 1.2 pg/ml (2.5~5.0) 中枢性甲状腺機能低下症
甲状腺機能低下症の症状 甲状腺機能低下症の他覚的所見 無気力, 易疲労感, むくみ, 寒がり, 体重増加, 動作緩慢,記憶力低下, 便秘, 嗄声 など 甲状腺機能低下症の他覚的所見 徐脈, 心拡大, うつ状態, アキレス腱反射弛緩相遅延, 筋力低下, 皮膚乾燥, 脱毛, 低体温, 粘液水腫など
甲状腺機能低下症の一般血液検査所見 高コレステロール血症 LDH, CK(クレアチンフォスホキナーゼ)高値 AST, ALT上昇 TTT, ZTTの上昇(慢性甲状腺炎)
慢性甲状腺炎(橋本病) ヨード過剰摂取 薬剤の影響
甲状腺ホルモン合成・分泌・代謝に影響する薬剤 1. 甲状腺ホルモン合成・分泌を抑制する ヨード(イソジン咳嗽薬, 造影剤, アミオダロン), リチウム, 糖質コルチコイド, エチオナミド 2. 甲状腺ホルモン代謝を亢進させる リファンピシン, カルバマゼピン, フェニトイン 3. 甲状腺ホルモン代謝を抑制する アンドロゲン製剤 4. T4からT3への変換を抑制する 糖質コルチコイド, β遮断薬, アミオダロン 5. 甲状腺ホルモン剤内服時の腸管からの吸収を抑制する クエストラン, 水酸化マグネシウム, スクラルファート, ケイキサレート,鉄剤
甲状腺機能低下症の治療 甲状腺ホルモン剤の補充 合成T4製剤(チラーヂンSⓇ), 合成T3製剤(チロナミンⓇ ) 低下症の重症度, 病期, 年齢, 虚血性心疾患の有無を考慮 高齢者や虚血性心疾患を有する場合は少量(12.5~25μg)より開始し, 2~4週間ごとに増量し維持量へ TSHが正常範囲内となる量が適正量 (汎下垂体機能低下症では先に副腎皮質ホルモン補充開始してから)
潜在性甲状腺機能低下症 (Subclinical Hypothyroidism) 甲状腺ホルモンの濃度が基準値以内 TSHが高値 (除外疾患) Non thyroidal illness (low T3症候群)の回復期,副腎不全,視床下部性甲状腺機能低下症,腎機能障害,TSHのアッセイ上の問題,TSH産生腫瘍 除外すべき病態 non thyroidial illness (Low T3症候群) 副腎不全 視床下部性甲状腺機能低下症 甲状腺ホルモンの補充療法を開始して,TSHが改善中の一時期 概念的には,軽度の原発性甲状腺機能低下症,即ち,軽度の甲状腺ホルモンの不足状態を示している.
放影研コホート4090名の調査(平均年齢70歳) の調査
潜在性甲状腺機能低下症におけるTSH値 人 数 TSH (μIU/mL)
潜在性甲状腺機能低下症の頻度 一般成人の4‐10%. 高齢者に多い (高齢女性では20%を超えるという報告もある)
原因 基本的に原発性甲状腺機能低下症の原因と同じ 甲状腺疾患(慢性甲状腺炎,無痛性甲状腺炎や亜急性甲状腺炎の一時期等) 過去の甲状腺治療(放射線治療,手術) 甲状腺機能低下症で補充量が不十分 ヨード大量摂取 薬物性(ヨード造影剤,リチウム,アミオダロン,インターフェロン等) 不明
潜在性甲状腺機能低下症により,どのような病態が引き起こされるか 甲状腺ホルモンによる補充療法が必要か
潜在性甲状腺機能低下症により引き起こされる可能性のある病態 顕性甲状腺機能低下症への進展 甲状腺機能低下症状(身体症状,鬱,認知障害) 心機能異常 血管の機能異常 生活習慣病(脂質代謝異常など) 凝固系の異常 冠動脈疾患
顕性甲状腺機能低下症への進展 Vanderpump, Clin Endocrinol 43:55, 1995 年間3%が顕性甲状腺機能低下症に進展 甲状腺自己抗体陽性であれば年間4.3% Huber, J Clin Endocrinol Metab 87:3221,2002 10年後に28%が顕性甲状腺機能低下症に進展 TSH値によって,リスクが異なる. TSHが 4-6 mIU/Lでは0% 6-12 mIU/Lでは42.8% >12 mIU/Lでは76.9%
甲状腺機能低下の症状 評価が難しく,エビデンスは不十分 疲れる,むくみやすい,筋力低下,寒がり,皮膚乾燥,記憶力の低下など非特異的症状 Colorado, 1995 (N = 25,862) 甲状腺ホルモン補充療法で改善ありとの報告も,ないとの報告もある. 評価が難しく,エビデンスは不十分 Canaris et.al Arch Intern Med 160:526,2000
生活習慣病との関連 長崎・広島コホート4,090名(平均年齢70歳) FreeT4 (0.71-1.52 ng/dl, CLEIA)正常範囲かつ 甲状腺疾患の治療歴のない3,549名 TSH (CLEIA) 0.45-4.5μIU/mL 対照 (n=3,243) >4.5μIU/mL 潜在性甲状腺機能低下症 (n=306)
3疾患以上の集簇 (高血圧,脂質代謝異常,糖尿病,高尿酸血症) *:P<0.05(v.s 対照) * * †Adjusted for age, BMI and smoking status (and sex for total subjects)
冠動脈疾患 長崎放影研コホート2856名の調査 (平均年齢58歳) Controls (n=2293) Subclinical hypothyroidism (n=257) Odds Ratio (95% CI)1 P value No. of event All 29 (1.3 %) 9 (3.5 %) 2.5 (1.2-5.6) 0.024 Men 14 (1.6 %) 6 (6.3 %) 4.0 (1.4-10.2) 0.009 Women 15 (1.1 %) 3 (1.8 %) 1.6 (0.5-5.7) 0.491 1Adjusted for sex, age, SBP, BMI, total cholesterol level, smoking status, ESR, DM. Imaizumi M., et al, J Clin Endocrinol Metab 89:3365,2004
冠動脈疾患 冠動脈疾患のリスク Odds Ratio 2.38 (CI, 1.53-3.69) Figure 1. Forest plot of odds ratios (ORs) of coronary heart disease (CHD) associated with subclinical hypothyroidism. ORs (diamonds) and 95% confidence intervals (CIs) (horizontal lines) of the effect of subclinical hypothyroidism on the risk of CHD. CC = case-control study; CS = cross-sectional study; PC = prospective cohort study. The summary OR for CHD was 1.81 (CI, 1.38-2.39) in 9 studies adjusted or matched for demographic characteristics, and 2.38 (CI, 1.53-3.69) after pooling the studies that adjusted for most cardiovascular risk factors. 冠動脈疾患のリスク Odds Ratio 2.38 (CI, 1.53-3.69) Rodondi, Am J med 119:541,2006
冠動脈疾患のリスク Biondi and Cooper, Endocr Rev. 2007 Nov
治療 (日本甲状腺学会にて治療の手引きを検討中) 治療 (日本甲状腺学会にて治療の手引きを検討中) 考慮する事項(1) 持続性を対象,一過性は対象としない. (妊娠,妊娠希望) 原因疾患 慢性甲状腺炎,甲状腺疾患治療後 薬剤性で薬剤の中止ができない場合 ヨード過剰摂取(昆布など海藻類)はヨード摂取の制限をする.
治療 (日本甲状腺学会にて治療の手引きを検討中) 治療 (日本甲状腺学会にて治療の手引きを検討中) 考慮する事項(2) 症状,徴候の有無(特にLDL‐コレステロール高値)があった場合は行う TSH高値の程度:10mIU/mlを超える持続性は積極的に補充を行う 甲状腺腫:甲状腺腫が補充により縮小することがある 年齢:85歳以上では慎重にする 他疾患を合併する場合:Non Thyroidal Illnessの可能性を考え慎重に
補充療法の有害性 甲状腺ホルモン補充が過剰になった場合は 潜在する冠動脈不全の症状の顕性化 心房細動の誘発 骨粗鬆症の進行 慎重に定期的なTSH値のモニターが必要
Non Thyroidal illness TSH 2.1 μIU/ml (0.4~4.4) FT4 1.0 ng/dl (0.8~1.6) FT3 1.9 pg/ml (2.5~5.0) Low T3 症候群 ステロイドホルモン投与後 Non Thyroidal illness
腫瘍マーカー サイログロブリン カルシトニン ・ ほとんどの甲状腺疾患で上昇(程度の差はあるが)。 ・ 測定に抗Tg抗体の影響を受ける。 ・ 悪性・良性の鑑別には全く役立たない(腺腫様甲状腺腫では1,000 ng/ml以上となることあり)。 ・ 甲状腺癌で甲状腺全摘後の術後の経過観察において再発, 転移の指標となる。 カルシトニン ・ 甲状腺髄様癌の特異的マーカー