個人および企業による リスク回避とリスクマネジメント

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個人および企業による リスク回避とリスクマネジメント 多々納 裕一 防災研究所 防災社会システム研究分野 危機管理政策論(5月29日講義)

内容 リスク回避的であることの意味、およびリスク回避的個人が保険を購入する理由 個人の保険需要に影響を及ぼす主な要因 危機管理政策論 (5/29) 内容 リスク回避的であることの意味、およびリスク回避的個人が保険を購入する理由 個人の保険需要に影響を及ぼす主な要因 企業リスクマネジメントが個人リスクマネジメントとどのように異なるか 企業リスクの縮小が投資株主の利益にどのように貢献するか

危機管理政策論 (5/29) 目次 個人のリスク回避と保険需要 企業リスクマネジメントと保険需要

保険が財産に与える影響 保険契約によって財産の変動の範囲を縮小可能 はじめの財産10万円。確率0.5で2万円の損失。保険は全額保障とする。 危機管理政策論 (5/29) 保険が財産に与える影響 はじめの財産10万円。確率0.5で2万円の損失。保険は全額保障とする。 保険なし 損失発生 発生せず 財産 8万円 8.5万円 9万円 9.5万円 10万円 2万円の保険担保 保険料1万円 損失発生 発生せず 1万円の保険担保 保険料5千円 保険契約によって財産の変動の範囲を縮小可能

全額保障の保険の場合 リスク回避の概念 財産の額 保険の効果 より大きな効果を生むのはなぜか 損失がなかった場合 危機管理政策論 (5/29) 全額保障の保険の場合 財産の額 損失がなかった場合 10万円-保険料1万円=9万円 損失があった場合 8万円-保険料1万円+保険金2万円=9万円 損失の有無に関わらず同額 保険の効果 損失がなかった場合 損失がない状況から財産が1万円減少 損失があった場合 より大きな効果 損失が生じた状況から財産が1万円増加 保険の購入の価値 より大きな効果を生むのはなぜか リスク回避の概念

リスク回避とは リスクがある状況より 財産の期待値が同じ→ 確実な財産が得られる状況を好む 財産の期待値はゼロ 危機管理政策論 (5/29) リスク回避とは リスクがある状況より 財産の期待値が同じ→ 確実な財産が得られる状況を好む 例 賭け +10万円 0.5 財産の期待値はゼロ -10万円 0.5 確実なゼロを選ぶ→つまり賭けに参加しない 参加するには、リスクに対する対価が必要 →リスクプレミアム

サンクトペテルブルクのパラドクス ∞円 1回目 2回目 3回目 ・・・ n回目 ・・・ 2円 4円 16円 円 このゲームにいくら払う? 危機管理政策論 (5/29) サンクトペテルブルクのパラドクス 1回目 2回目 3回目 ・・・ n回目 ・・・ 表 2円 4円 16円 裏 表 円 裏 ・・・ このゲームにいくら払う? 賞金の期待値は ∞円

効用と効用関数 効用の概念を用いて考える必要がある 財産の額によって決まる 効用:個人の満足度 効用関数:効用と財産の額の関係を示したもの 危機管理政策論 (5/29) 効用と効用関数 リスクがあるときの個人の意思決定を考えるときには、期待値では不十分 効用の概念を用いて考える必要がある 効用:個人の満足度 財産の額によって決まる 効用関数:効用と財産の額の関係を示したもの 効用 財産(千円)

リスク回避的個人の保険購入行動 この個人は保険を購入する 損失が発生する場合 →保険を購入していれば 損失が発生しなかった場合 危機管理政策論 (5/29) リスク回避的個人の保険購入行動 例:はじめに財産1万円を所有しており、確率0.5で2千円の損失が生じる。保険料千円 の全額補償保険を購入していれば、損失が生じたら、千円の保険金を受け取る。 損失が発生する場合  →保険を購入していれば の効用。購入していなければ の効用を得る。 (9) (8) 保険を購入した方が、 (9) - (8) だけ効用が高い。 損失が発生しなかった場合  →保険を購入していれば (9) の効用。購入していなければ (10) の効用を得る。 保険を購入した方が、 - (10) (9) だけ効用が低い。 (10) (9) (8) 保険加入による効用の増加の方が大きい この個人は保険を購入する 財産(千円) 8 9 10

不確実性のコスト 半々の確率で8千円と1万円 = 確実な8.7千円 不確実さをなくすために払っても良い金額 期待効用 0.5× (10) 危機管理政策論 (5/29) 不確実性のコスト 期待効用 0.5の確率で、効用 (10) と (8) 0.5× (10) +0.5× を得るとき。 (8) (10) 0.5× (10) +0.5× (8) (8) 半々の確率で8千円と1万円 = 確実な8.7千円 8 8.7 10 財産(千円) 不確実さをなくすために払っても良い金額

保険購入に影響するその他の要因 ①付加保険料 保険料=保険金コストの期待値+付加保険料 危機管理政策論 (5/29) 保険購入に影響するその他の要因 ①付加保険料 保険料=保険金コストの期待値+付加保険料 保険会社の期待支払額より多くの保険料を契約者が支払うということ 一定額より小さければ、リスク回避的な個人はすすんで支払う 付加保険料の増加に従い、保険の購入額は減少

保険購入に影響するその他の要因 ②所得と財産 より多くの財産→損失の対象となる資産をより多く持っている 危機管理政策論 (5/29) 保険購入に影響するその他の要因 ②所得と財産 より多くの財産→損失の対象となる資産をより多く持っている より多くの保険購入 高額の保険を購入するための収入が十分にない人 貧しい人々はより多くのリスクを抱えやすい 財産の増加 リスク回避の程度が減少する傾向 有限責任制度 財産の少ない人々が 賠償責任リスクに比べて少額の保険を買う

保険購入に影響するその他の要因 ③情報 保険需要は損失分布に関して個人の持っている情報に依存する 危機管理政策論 (5/29) 保険購入に影響するその他の要因 ③情報 保険需要は損失分布に関して個人の持っている情報に依存する 個人の考える期待損失が、保険会社の考える額より低い場合 保険会社と同じ確率測定をする個人より保険需要が低い

保険購入に影響するその他の要因 ④その他の補償方法 例:災害による損害に対する政府の補償 暗黙の保険を構成 本来の明示的な保険の需要を減らす 危機管理政策論 (5/29) 保険購入に影響するその他の要因 ④その他の補償方法 例:災害による損害に対する政府の補償 暗黙の保険を構成 本来の明示的な保険の需要を減らす 個人は暗黙の保険に対しては直接に保険料を徴収されないが、 明示的な保険担保には保険料を支払わなければならない

保険購入に影響するその他の要因 ⑤非金銭的損失 個人は、ロス・コントロールによって対処 例:傷害による苦痛や、愛する人の死に対する悲しみ 危機管理政策論 (5/29) 保険購入に影響するその他の要因 ⑤非金銭的損失 例:傷害による苦痛や、愛する人の死に対する悲しみ 一般的に非金銭的損失に対しては保険を購入しない 裁判制度(および賠償責任保険)によって潜在的に提供 個人は、ロス・コントロールによって対処

危機管理政策論 (5/29) 目次 個人のリスク回避と保険需要 企業リスクマネジメントと保険需要

企業のリスクマネジメントの特徴 理由 企業は、しばしば事業主が自ら事業リスクを 分散しうるような形に組織されているから 危機管理政策論 (5/29) 企業のリスクマネジメントの特徴 企業のリスクマネジメントは、たとえその事業が個人に 所有されている場合であっても、個人のリスクマネジメントとは 本質的に異なることがある。 理由 企業は、しばしば事業主が自ら事業リスクを 分散しうるような形に組織されているから

株主の分散 株式市場がリスクを分散させる 事業のリスクをすべて1人で抱える 株主1人の場合 事業のリスクを多くの株主で分散 危機管理政策論 (5/29) 株主の分散 株式市場がリスクを分散させる 事業のリスクをすべて1人で抱える 株主1人の場合 事業のリスクを多くの株主で分散 株式市場で調達する場合 企業保険契約 株主の純粋リスクを分散 株主の分散 株主配当の変動性を減少 株式市場がリスクのプールを可能にする 株主はすでにリスクを分散している キャッシュフローの変動性を縮小するために行われる すべての企業行動が必ずしも株主のリスクを減らすとは限らない

株主のリスク縮小の手段 株主のリスク縮小の手段として以下の2つがある 企業保険契約 どちらにかかるコストがより低いか を考える必要 危機管理政策論 (5/29) 株主のリスク縮小の手段 株主のリスク縮小の手段として以下の2つがある 企業保険契約 どちらにかかるコストがより低いか を考える必要 株主の分散 企業保険契約のコスト 付加保険料 分散化したポートフォリオを購入する費用 株主分散のコスト 企業はなぜすすんで付加保険料を支払うのか

株式非公開企業の場合 ある事業の所有者が十分に分散されていない場合 企業保険の購入は所有者のリスクを減らす 危機管理政策論 (5/29) 株式非公開企業の場合 ある事業の所有者が十分に分散されていない場合 企業保険の購入は所有者のリスクを減らす ほとんどの小規模事業と非公開事業にとって、 企業保険は所有者リスクを縮小するための有益な手段

株主が分散している場合 保険が、企業の期待キャッシュフローを増加させる間接的効果を有する 危機管理政策論 (5/29) 株主が分散している場合 保険が、企業の期待キャッシュフローを増加させる間接的効果を有する 保険金請求およびロス・コントロール・サービスの効率的な提供 損失に対する資金調達のための期待費用を減らす 新たな投資計画のために、高コストの外部資本に頼る事態を避け、 有利な投資計画を採用する機会を増やす 財務上の困難に陥る蓋然性を減らし、それによってその企業が 被雇用者、供給者、債権者、顧客など株主以外の請求者とよりよい 条件において契約を結ぶ 税金支払額の期待値を減らす

保険の間接的効果 ①保険金請求およびロス・コントロール・サービスの効率的な提供 これらはもし保険を購入していなければ、企業が自ら行うか 危機管理政策論 (5/29) 保険の間接的効果 ①保険金請求およびロス・コントロール・サービスの効率的な提供 保険契約の付加保険料の一部は、保険金請求処理や、ロス・コントロールといった 保険契約者へのサービスを提供することに充てられる これらはもし保険を購入していなければ、企業が自ら行うか 他から購入しなければならない もし、同様のサービスを得る費用より付加保険料が安ければ、 保険購入は、分散化した投資家にとっても利益となる。

保険の間接的効果 ②ロス・ファイナンス費用の期待値の低下 より巨大な損失を被る可能性の増加 リスク縮小の失敗 危機管理政策論 (5/29) 保険の間接的効果 ②ロス・ファイナンス費用の期待値の低下 より巨大な損失を被る可能性の増加 リスク縮小の失敗 その損失は、内部資金から支払われるか、内部資金が利用できない場合は 借入または新たな株式発行により資金を集めることにより、まかなわなければ ならない。 新たな株式発行→多大な費用がかかる場合がある ロス・ファイナンスに対する内部資金が十分でない恐れのある企業は その損失を埋めるための新株式発行にかかる費用が発生する確率 を減らすために、より多くの保険を購入することを望むこともありうる

保険の間接的効果 ③新規投資機会への資金調達コストの軽減 保険を購入していない場合、損失が生じればそれに対して内部資金を使うことになり 危機管理政策論 (5/29) 保険の間接的効果 ③新規投資機会への資金調達コストの軽減 保険を購入していない場合、損失が生じればそれに対して内部資金を使うことになり そのため、その企業は、新規投資計画について、新たに資金を集めなくてはならない しかし、外部資金は、通常、内部資金より費用がかかるため、新規投資収益は、 資金調達費用を控除することによって減少する。 場合によっては、追加的な外部資金調達のコストの高さが、その企業が内部資金 を有していたなら収益を得たであろう新規投資機会をあきらめさせるという結果を うむかもしれない 保険の購入によって、新規投資機会のため高い費用のかかる外部資金調達が 必要となる可能性を減少 資金調達費用控除後の新規計画の収益を達成できる

保険の間接的効果 ④財務上の困難に陥る蓋然性の縮小と契約条件の改善 多額の法的費用 危機管理政策論 (5/29) 保険の間接的効果 ④財務上の困難に陥る蓋然性の縮小と契約条件の改善 発生した損失を埋める内部資金がなく、銀行または投資家からの資金提供を 受ける望みもない場合→破産 多額の法的費用 保険の購入により発生を防ぐ 企業の破産により損害を被る主体 約束している金額を受け取るために、債権者は、破産のおそれの ある企業への投資に対して、対価を要求 株主以外の請求者 (債権者) 従業員・供給者 顧客 企業の破産により、損失を被る →企業との契約において、リスクに対する対価を要求 企業がリスクを減少させることで、よりよい条件での契約が実現する →株主の利益に

保険の間接的効果 ⑤税金支払額の期待値の軽減 法人税率が累進的であった場合、 保険の購入により税金支払額の期待値を減らすことができる 危機管理政策論 (5/29) 保険の間接的効果 ⑤税金支払額の期待値の軽減 法人税率が累進的であった場合、 保険の購入により税金支払額の期待値を減らすことができる 課税率の累進性:より多くの利益→税率の上昇

危機管理政策論 (5/29) 参考文献 リスク:ピーター・バーンスタイン,日本経済新聞社