後編:SDS-PAGE 二次元電気泳動の基本 「二次元電気泳動の基本」後編です。 前回は二次元電気泳動の一次元目「等電点電気泳動」について勉強しました。 今回はその続きで二次元目としてよくつかわれる「SDS-ポリアクリルアミド電気泳動(SDS-PAGE)」について調べたことを発表します。 後編:SDS-PAGE
電気泳動前 等電点電気泳動 SDS-PAGE 8.8 8.8 7.1 3.9 3.7 3.9 5.3 7.1 3.7 7.1 5.3 8.4 大 8.4 8.8 7.1 5.3 3.7 3.9 SDS-PAGE 二次元電気泳動のゲルマトリックス中のタンパク分子の動きを図にしてみました。(クリック) 一次元目の等電点電気泳動によって、タンパク分子はそれぞれの等電点に応じたpH位置へ移動します。 それらタンパク分子をさらに分子量の差を利用して(クリック)このように分離するのが今回勉強するSDS-PAGEです。 分子量 小
SDS-PAGE:SDS-polyacrylamido gel electrophoresis SDS-ポリアクリルアミド電気泳動 還元剤を用いてジスルフィド結合(S-S結合)を切断したタンパク質にSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)を加えるとSDS-タンパク質複合体が生成される。これをポリアクリルアミドの分子ふるい効果を用いて分子量に応じて分離する。 DTT SDS それではいよいよ本題に入ります。 今回のテーマであるSDS-PAGEとは「SDS-polyacrylamido gel electrophoresis」の略で「タンパク質をSDS処理し、ポリアクリルアミドゲルを支持体として行う電気泳動」を指します。 その原理は「還元剤を用いてタンパク質のジスルフィド結合(いわゆるS-S結合)を切断し、そこに陰イオン系界面活性剤であるドデシル硫酸ナトリウム(通称SDS)を加えて反応させることで、ヘリックス状のSDS-タンパク質複合体を生成し、それをポリアクリルアミドゲルで電気泳動することによって分子量に応じた分離ができる」というものです。 これに対して還元剤やSDSを用いずに行うポリアクリルアミド電気泳動をnative-PAGEといいます。 この方法ではタンパク質の立体構造を壊さずに分離するので、その移動度はタンパク質の電荷や構造に左右されることになり、分子量に応じた分離はできません。 その反面ゲル中でも活性を保たれることが多く、泳動後に酵素活性染色を行ってバンドを検出したり、リガンドとの結合性を調べることができます。 native-PAGE=還元剤やSDSを用いずに行うPAGE ・ 分子量に応じた分離はできない ・ 泳動後に酵素活性やリガンドとの結合活性を調べることができる
重合 + ポリアクリルアミドゲルの架橋構造 TEMED APS アクリルアミド N,N`ビスアクリルアミド ポリアクリルアミドゲル それではSDSによるタンパク質の構造変化について説明する前に、タンパク分子がどのようにポリアクリルアミドゲルによって分離されるのかについて説明したいと思います。 アクリルアミドとN,N`ビスアクリルアミドはこのような構造をもったエチレン系のモノマーです。 このアクリルアミドだけを重合させると、直鎖状の流動性ポリマーになります。 アクリルアミドにビスアクリルアミドを一定の比率で加えた中に(クリック)テトラメチルエチレンジアミン(TEMED)を重合促進剤、過硫酸アンモニウム(APS)を重合開始剤として加えると(クリック)アクリルアミドのモノマーが重合した鎖をビスアクリルアミドが架橋(橋渡し)する構造になります。これがポリアクリルアミドゲルです。 この網目の状態はアクリルアミドの重合の程度とビスの入り込む頻度によって決まります。 ちなみにこのアクリルアミド重合はラディカル結合であり、空気中の酸素によって阻害されます。 そのためゲル作製の際には気泡が混じらないように気をつけ、また、ゲルの上には水飽和ブタノールを重層して空気を遮断する必要があります。 N,N`ビスアクリルアミド
ゲル濃度と分子量 ~ ~ (%Cが一定の場合) %Tが高くなるほど低分子の分離が良くなり %Tが低くなるほど高分子の分離が良くなる アクリルアミドとN,N`ビスアクリルアミド(Bis)の質量の合計%濃度=%T アクリルアミドとBisの総和に対するBisの割合=%C (%Cが一定の場合) %Tが高くなるほど低分子の分離が良くなり %Tが低くなるほど高分子の分離が良くなる ゲル濃度 105 10% 分子量 それではゲル濃度と分子量の関係について、もう少し詳しく説明します。 アクリルアミドとビスアクリルアミドのグラム数を合わせた質量%濃度を、Totalパーセントということで%Tと表記します。 一方、この質量の総和にしめるビスアクリルアミドの割合を、架橋剤(Cross-linker)であるBisの割合ということで%Cと表記します。 ゲルを作成するときに、これらの濃度を変えることで網目の大きさが変化し、結果として分離能を変化させることができます。 ただし、あまりにもゲル濃度が低すぎるとゲルの強度も落ちるので壊れやすくなります。 またゲル濃度が高すぎても、硬くもろくなるので注意が必要です。 一般的に%Tは5~20%程度、%Cは2~4%程度が適当とされています。 ゲル濃度と分子量の関係をグラフにしてみました。 ビスアクリルアミドの濃度を一定にした場合、アクリルアミドとビスアクリルアミドの合計%濃度、いわゆる%Tが高いほど網目が小さくなるので低分子タンパク質の分離が良くなります。 反対に%Tが低くなる、つまり網目が大きくなるほど高分子のタンパク質の移動度に差が出るようになり、分離が良くなるのです。 また、ゲルにはどの場所でも同じアクリルアミド濃度をもつ均一ゲルのほかに、アクリルアミド濃度に直線的な勾配をつけたグラジエントゲルがあります。 これは濃度勾配の中で最も濃い濃度のゲルと最も薄い濃度のゲル溶液を作り、それらを徐々に混ぜながら流し込むことで、上から下に向かうにつれて徐々に濃度が濃く、言い換えれば網目が小さくなるようにしたものです。 グラジエントゲルを使うと全体の分離間隔が広くなるので、サンプル中のタンパク質を網羅的に調べることができます。 104 15% 20% ~ ~ 50 100 相対移動度(%)
ゲル濃度(%T)と分離能 5%ゲル 15%ゲル 4~15%ゲル 250 60 100 37 25 20 10 15 250 150 75 160 50 37 100 25 20 75 ゲル濃度の違いにともなう分離能の変化について、さらに簡単な図にしてみました。 アクリルアミド濃度が低い、つまり網目が大きい5%ゲルでは高分子のタンパク質を広い範囲で分離することができますが、低分子は分離できません。 逆にゲル濃度が高い、つまり網目がより小さい15%ゲルでは、低分子タンパクは非常によく分離できますが、高分子の分離範囲がせまくなります。 4~15%と濃度勾配をつけたグラジエントゲルは広い範囲に渡って分離することができますが、ひとつひとつのスポットの間隔は小さいです。 このように目的とするタンパク質の分子量に応じて、適切なゲル濃度を選択することが非常に重要であることがおわかり頂けたと思います。 15 10 ※図中の数値の単位はkDa
分子ふるい効果とは・・・ 分子の移動度が大きい ・電荷が大きい ・網の目を通りやすい形 ・分子量が小さい 網の目状の支持体 (ポリアクリルアミド) ・電荷が大きい ・網の目を通りやすい形 ・分子量が小さい 分子の移動度が大きい 以上、これまで述べたようにポリアクリルアミドのように一定の網の目状の構造をもつ支持体には分子ふるい効果があります。 これはサンプル中のタンパク質を電気泳動する際に、その電荷や形、分子量によって分離する働きのことです。 図をごらんになればわかると思いますが(クリック)一般に電荷が大きく、分子量が小さく、網の目を通りやすい形をしているタンパク分子ほど、ゲル中で速く、言いかえれば長い距離を移動することができます。 つまり、もしタンパク質の表面電荷を一定にし、同じ形にそろえることができれば(クリック)そのタンパク分子の移動度は分子量の影響だけを受けることになり、分子量に応じた分離が可能になるのです。 タンパク分子の電荷と形を一定にすれば分子量に応じた分離ができる
SDSの構造 SDS(ドデシル硫酸ナトリウム:sodium dodecyl sulfate) =陰イオン系界面活性剤 ー + 疎水基 親水基 SDS(ドデシル硫酸ナトリウム:sodium dodecyl sulfate) =陰イオン系界面活性剤 ・タンパク質と結合し負の電荷を与える ・タンパク質の可溶化を促進する そのために使われるのがSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)です。 SDSはこのような構造をもつ分子であり、疎水基部分と親水基部分に分かれています。 この疎水基部分がタンパク質の主鎖である疎水性部分と結合し、タンパク質に一律に負の電荷を与えるようになります。 またSDSは強力な界面活性剤なので、膜タンパク質などを膜成分から分離し、溶けやすくするのにも有効です。
タンパク質立体構造の変化 1 2 3 ①タンパク質はジスルフィド結合で強固な立体構造をもっている ー ー ー ー 還元処理 SDS処理 ー ー ー ー ー ー ー ( ) DTT ( ) SDS ー ー ー S-S結合 ①タンパク質はジスルフィド結合で強固な立体構造をもっている ②DTTなどの還元剤の働きでジスルフィド結合が切断される ③タンパク質の疎水性部分にSDSの疎水基が結合し、鎖状のSDS- タンパク質複合体を形成する 次にSDSと還元剤で処理したときのタンパク質の構造の変化をみてみましょう。 ご存知のようにタンパク質は強いジスルフィド結合(S-S結合)や弱い水素結合などで結びついた高次の立体構造をもっています。 ここにDTT(ジチオスレイトール)などの還元剤を加えるとS-S結合が切断され、タンパク質の折り畳み構造を開かれます。 また、SDSは水素結合を切断して疎水性相互作用を妨げ、部分的にタンパク質の折り畳み構造を開きます。 この開かれたタンパク質の疎水性部分にSDSの疎水基が結合し、ヘリックス状のSDS-タンパク質複合体となります。 このSDS-タンパク質複合体は(クリック)そのタンパク質分子がもっていた本来の電荷にかかわらず、大きな電荷を持つようになります。 タンパク質本来の電荷にかかわらず大きな負の電荷をもつ
SDS-PAGEにおいてSDS-タンパク質複合体が分子量によって分離される理由 タンパク質1gに対しSDS約1.4gが結合 ⇒分子量5万のタンパク質では1分子あたりSDS約300分子に相当 タンパク質の総電荷は分子量5万の場合+50~-50(pH8のとき) ドデシル硫酸基は-1の電荷をもっているので-300の電荷が与えられる SDS-タンパク質複合体の電荷は-250~-350となる その原理について、もう少し具体的に説明したいと思います。 (前回勉強したように)タンパク質は解離基をもつアミノ酸が水に接するような立体構造をもっています(ここで前回の模式図挿入)それゆえpH条件によりプラスの電荷を帯びたり、マイナスの電荷を帯びたりするのですが(元の図に戻る) SDS処理をした場合、タンパク質1gにつきおよそ1.4gのSDSが結合すると言われています。 これはアミノ酸2個につき、およそ1分子のSDSが結合する計算です。 仮にタンパク質の分子量を5万とするとSDSの分子量は288.38 g/molなので、タンパク質1分子あたりおよそ300分子のSDSがくっつくことになります。 SDSの親水基であるドデシル硫酸基は「-1の電荷」をもっていますから、300分子のSDSは「-300の電荷」をタンパク質分子に与えることになります。 タンパク質の総電荷は分子量5万としてpH8程度では「+50~-50」程度ですから、全体として「-250~-350」 つまり、ほとんどのタンパク質はSDS処理をすると本来の電荷にかかわらず大きな負の電荷をもつことになるのです。 (一説によればSDS結合後のタンパク質分子内の電荷の影響は元の10%程度しかないと言われています) 先ほど図示したようにタンパク質はSDSと還元剤で処理されることによって、ほぼ一定に荷電した鎖状の物質になります。 すなわち、形による移動度の差がなくなります。 また、タンパク質に対して結合するSDSの量が決まっているので、分子毎の荷電量がタンパク質の分子量に比例することになります。 アクリルアミドゲル電気泳動での移動度に影響を及ぼす2つの要因(分子の形の差と荷電の差)がほぼ一定になるので、SDS-タンパク質複合体はゲルによって受ける抵抗力の大きさの違い、つまり分子量によってのみ分離されるのです。 SDSと結合したタンパクは・・・ ・分子の形は一定(直鎖状) ・ほぼ同程度の分子量/電荷比をもつ 移動度は分子量にのみ 依存する
SDS-PAGEの模式図 ー + 上部泳動用緩衝液: Tris-Glycine-SDS(pH8.3) 濃縮ゲル: ウェル ー 上部泳動用緩衝液: Tris-Glycine-SDS(pH8.3) 濃縮ゲル: Tris-HCl(pH6.8),SDS 分離ゲル: Tris-HCl(pH8.8),SDS SDS-PAGEはアクリルアミドゲル、サンプル、泳動バッファーから構成され、それぞれ異なる緩衝液が使用されています。 最も一般的なLaemmli法で使われる緩衝液およびゲルの組成を図にしました。 アクリルアミドゲルにはTris-HClバッファーが使用されます。 SDS-PAGEに使用されるゲルは2つの異なるタイプのゲルから構成されており、上部のゲル(濃縮ゲル)はサンプルを濃縮する役割をもち、下部のゲル(分離ゲル)はサンプルを分離する役割をもちます。 一般的に濃縮ゲルにつかわれるバッファーはTris-HCl(pH6.8)で、分離ゲルに使用されるバッファーはTris-HCl(pH8.8)です。 また、泳動用のバッファーとしてTris-Glycine-SDSバッファーが使用されます。 泳動バッファーにSDSを加えるのはタンパク質のSDS化を維持するためです。 一次元のSDS-PAGEではウェルの中にサンプルが注入されます。 二次元電気泳動では濃縮ゲルの上にSDS平衡化処理をしたDryStripが載せられる形になります。 同時に既知の分子量のタンパク質を含むサンプルをマーカーとしてウェルに注入し、泳動すれば、分離されたスポットのタンパク質分子量を見積もることができます。 下部泳動用緩衝液: Tris-Glycine-SDS(pH8.3) + Laemmli法の溶液系
濃縮ゲルおよび分離ゲル中での陰イオンの動き 塩素イオン SDS タンパク質 グリシン BPB + ー 濃縮ゲル中の陰イオンの配置 濃縮される 濃縮ゲル中の移動速度:塩素イオン>タンパク質>グリシン ⇒それぞれのゾーンの境界で一時的に電圧が大きくなるためタンパク質は濃縮される 分離ゲル中の陰イオンの配置 分離される 塩素イオン BPB SDS グリシン タンパク質が濃縮ゲルで濃縮されたり、分離ゲルで分離されるのは、緩衝液のpHの差によります。 pH6.8の濃縮ゲル中ではグリシンの負電荷は小さく、そのため、ゲルの中の陰イオンは①塩素イオン②SDS-タンパク質複合体③グリシンの順でゾーンを形成したまま、陽極へ向けて進んでいきます。 しばらく通電していると塩素イオンのゾーンがもっとも速く移動し、タンパク質のゾーンは遅れるため、その間で一時的に電解質の量が不足し、電気抵抗が増す箇所ができます。 泳動の電流は一定なので、その箇所には局所的に大きな電圧がかかることになり、電圧が高くなればその箇所における電解質の移動速度が大きくなるので、結果的に塩素イオンとの境界に追いつくことになります。 これと同じ現象がタンパク質のゾーンとグリシンのゾーンの間でも起こります。 このように塩素イオンのゾーンの移動とともに、後に続くタンパク質のゾーンとグリシンのゾーンが引きつけられていくので、泳動が進むにつれてタンパク質が濃縮されることになるのです。 ちなみに濃縮ゲルはアクリルアミドの濃度が低く、孔径が大きいので、分子ふるいとしての効果はほとんどありません。 そのためタンパク質の分子量は、この移動速度の違いに大きく影響しないのです。 これらのイオンが濃縮ゲルを抜けてpH8.8の分離ゲル内に入ると、グリシンの持つ負の電荷が大きくなるため、移動度が上昇し、タンパク質を追い越します。 濃縮ゲルで受けていたような制約がなくなるので、タンパク質はそれぞれの分子量にしたがって分離されることになります。 タンパク質 + ー 分離ゲル中の移動速度:塩素イオン>グリシン>タンパク質 ⇒グリシンがタンパク質を追い越すとタンパク質は分子量の違いで分離される
大腸菌タンパク質の2D-PAGE pHレンジ 3-10 4-7 5.0-6.0 サンプル 40μg 80μg 120μg GEヘルスケア社のHPより転載しました。 大腸菌タンパク質を18 cmのImmobiline DryStripにpHレンジを変えて流し銀染色したものです。 それぞれpH 3-10 、pH 4-7とnarrow pHレンジのDryStrip pH 5.0-6.0による泳動結果を比較しました。 一次元目にpH 5.0-6.0というpH勾配の幅が狭いドライストリップを使用すると、pH 3-10ストリップを使用したときに比べて、多くのスポットが得られました。またサンプルを3倍量添加しても明瞭なスポットが検出されるのがわかります。 pHレンジ 3-10 4-7 5.0-6.0 サンプル 40μg 80μg 120μg