惑星を持つ恒星の化学組成 ---現状のまとめと問題点--- 竹田洋一

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惑星を持つ恒星の化学組成 ---現状のまとめと問題点--- 竹田洋一 太陽系外惑星の天文学 (惑星) 1.惑星はどんな星にどんな形で存在するのか? 2.惑星は星の周りのどこでどういうプロセスで形成されるのか? (惑星を周りに持つ星) 1.惑星を持つ星が金属量([Fe/H])が多いという傾向は本当にあるのか? 2.もしあるならその原因は何なのか?(外因説? 先天説?) 3.他の元素についてはどうか(惑星を持つ星の組成比パターンは異常か)?

惑星とは? 恒星の周りを回る天体 かつ自分で光る(核融合を起こす)ことの出来ない天体 恒星内部の温度:質量で決まる 惑星 M < 0.01 Msun (=13 Mjupiter) 核融合は起こらず 褐色矮星 0.01 Msun< M < 0.05Msun 重水素は燃える 褐色矮星 0.05 Msun < M < 0.08 Msun リチウム、重水素は燃える 恒星    0.08 Msun < M 水素燃焼が起こる 惑星 | 褐色矮星 | 恒星 0.01Msun 0.1Msun

惑星の発見 ドップラー法に基づき1995年スイスのグループがCORAVELを用いて51 Pegに発見 惑星の存在による母星のふらつき(周期4日、振幅毎秒50メートル)を高精度(毎秒数メートル)の視線速度分光観測で捉える その後ヨードセルを用いるLickグループなどの活躍で続々と発見 現在100個以上 クロスコリレーション法(CORAVEL、CORALIE) スペクトルテンプレートのマスクをもちいてクロスコリレーション関数を求め、その位置形状から決定 長所:色んな波長域が使える、迅速に多くの星の観測と解析が出来る、自転や金属量も決められる 短所:マスクや装置を作るのが大変 ヨードセル法 ヨウ素ガスフィルターを通して観測し無数のヨウ素吸収線を星のスペクトルに焼き入れて比較にする 長所:比較的製作装着簡単、スペクトル(ヨウ素線で複雑に汚されているが)は残るので再利用も 短所:5000-6000Åの波長域にしか線がない、観測と解析に時間がかかる ドップラー法の問題点: M sini(iは公転軸傾斜角)という射影因子のかかった形でしか質量が決められない(射影自転速度vsiniから推測する手もあるが) 地球型惑星(センチ毎秒の精度を要す)は現状では無理                           (参考)木星による太陽のゆらぎは毎秒29メートル、地球による太陽のゆらぎは毎秒9センチ

恒星近傍の巨大惑星発見のインパクト こんな短周期の巨大惑星があるとは誰一人として考えておらず 皆信じていた伝統的惑星形成シナリオ(ice coreに微惑星物質が降着して大きくなる:星に近いところは高温で形成できないので遠い冷たいところで作られるに違いない→星のすぐ近くに惑星は無い)の根本的見直し 「遠くで作られて軌道が内側にずり込んできた」というmigration説が一気に主流に

惑星を持つ星の組成異常 惑星を持つ恒星は表面の金属量が多い傾向があることの発見(Gonzalez 1997) なぜ金属が多くなるのか? ~2000年以前の当初は外因説が優勢であった (Gonzalezをはじめとする米国グループ) 微惑星物質降着混合説(外因説) 「水素の欠乏した(つまり相対的に金属の多い)固体ダスト的微惑星物質が星に降着することで表面層の金属量が増える」 銀河化学進化から単純に予測されるAge-metallicity relation と矛盾する様々な観測事実の解明につながるか? SMR星の謎(明らかに年齢の古い金属過剰星がある) 太陽の金属過剰問題(50億年前に出来た太陽の表面金属量組成が現在の星間ガスや若いB型星の金属量より0.1-0.2dex大きい) 典型的なSMR星は矮星が主体で巨星にはあまり無い(SMRの金属過剰は微惑星物質の降着によるもので、それは進化に伴う対流層の混合で薄まるのだと解釈される)

降着混合起因過剰説の試金石 もしこの降着混合過程で金属量が増大するなら、固体に凝集しやすい固質(refractory)元素は降着物質に多く含まれ、凝集しにくい揮発質(volatile)元素は含まれにくいだろうから前者は過剰を示しても後者はさして過剰を示さないと予測される 凝集しやすさの尺度:凝集温度(Tc: condensation temperature) ガスを少しずつ冷やしていって始まる凝集で物質の半分が凝固する温度 Tc高い→凝集しやすい→固質(Si,Fe,など比較的重めの金属元素) Tc低い→凝集しにくい→揮発質(C,N,O,S,Znなど軽めの元素) 金属過剰の程度がもしTcと正の相関を示せばこの説がきわめて有力に 当初これを支持するかのような報告がいくつか出た Sadakane et al. (1999), Gonzalez and Laws (2000)            [C/Fe]<0 for [Fe/H]>0 Smith et al. (2001) , Gratton et al. (2001)                    [X/H] がTcと正の相関を示すものがある

降着混合起因説を支持しない観測事実の台頭 しかし2001年以降形勢は一変する 降着混合起因説を支持しない観測事実の台頭 より高温のF型星は対流層が薄く、より低温のGK型星は対流層が厚いので同じ量の微惑星物質が降り積もって混合した場合、前者の方が過剰は大きく見えるはずであるが観測される金属過剰の程度は有効温度に依存しない」 (それまでの報告とは打って変わって)各元素の組成がTcに依存するという有意な傾向は見られなかった(固質も揮発質も同じような振る舞いをする) ただ惑星を持つ星の金属量が一般に過剰を示すという傾向は確かに存在する(例外も少なくないが) [Fe/H]=+0.4あたりで星は急激に無くなる(→後天的原因では説明困難) むしろ金属過剰の原因として先天説(金属量の多いガスほど惑星が出来やすい)が示唆される→core-accretionによる惑星形成理論でも説明できそうだ

スペイン・スイスのグループによる最新結果 この分野で現在最もアクティブなのはスペイン+スイスの共同グループ[Santos et al. (2000-2004)]であり彼らによる現状での結論は以下の通り 惑星を持つ星が金属過剰の傾向は確実にある それは形成時のガス当時の先天的なものである したがって金属の多いガスから惑星が出来やすいのだろう ただし惑星物質の降着は起こりうる(HD82943のLi6の存在) 各元素の組成パターン([X/Fe])は惑星を持つ星も持たない星も有意な違いはない(volatileもrefractoryも同じ) 惑星の[Fe/H]分布を見ると金属量に依存しない過程(disk instability?)で形成された種族と強く依存する過程(core accretion?)で形成された2つの種族が合わさっているかのよう

日本でのこの分野への寄与(1) ---岡山とすばるの連携--- Sadakane et al. (1999) 惑星を持つ星HD217107の解析:金属過剰(CやOはさほどでもない) Sadakane et al. (2001) 惑星を持つ星HD38529(準巨星)の解析:金属過剰確認 2000年 岡山HIDESを用いた惑星を持つ星の研究プロジェクト開始(~2003)    惑星を持つ星30個弱と多数(百数十個)の標準星を観測 2001年すばる望遠鏡で惑星を持つ星13個を観測 2002年すばる望遠鏡で惑星を持つ星24個を観測 Takeda et al. (2001): 惑星を持つ明るい恒星14個の組成解析の結果を発表: 金属過剰の傾向確認 [X/H]のTcに対する有意な依存性なし (volatile元素もrefractory元素も変わりがない) →降着混合による金属量増加は考えにくい  むしろ先天的なものではないか(金属量の多いガスから惑星が出来やすい)

日本でのこの分野への寄与(2) ---特に大阪グループの活躍目立つ--- Sadakane et al. (2002): 2001年すばるデータの惑星をもつ12個の解析結果を発表: 平均的に見て[X/H]のTcに対する有意な依存性なし ただ金属過剰の傾向はこの12個の場合は見られない Sadakane et al. (2003): 2002年すばるデータから(惑星をもつ星というわけではないが)実視連星系HD219542A+Bを比較解析 Gratton達の結果と異なり[X/H]とTcの有意な相関は見られないことを見いだす 大久保(2003:大教大修士論文): 岡山データとすばるデータを合わせて用いて惑星を持つ恒星の大々的な組成解析を遂行 例外もあるが確かに金属過剰の傾向を確認(平均で0.27dex) 大多数には[X/H]とTcの有意な相関は見られない Liの量の惑星の有無との相関は見られない (初期にGonzalez達の提唱した「惑星があるとLi欠乏」説は支持されず) 鈴木(2003:防大修士論文): 日本のグループの文献データを用いて惑星を持つ星の組成比の特徴を調べる研究 一部の元素間([Co/Fe]vs.[Ni/Fe]など)に相関の可能性を報告               (真か、あるいはNLTE効果などの系統誤差によるものか?)

降着混合汚染による後天的過剰説は本当に死んだのか? それでは惑星を持つ星の金属量の謎は「金属過剰のガスからは惑星が出来やすいからだ」との先天説で全てが片づくのか? 最近になって後天的組成変化説復活の兆しも出てきた 有本、伊吹山(2003)による「Age-metallicity関係からみると惑星系を持つ星の金属量が星間ガスのそれを反映しているとは考えにくい(何らかの組成変化を被ったのでは)」との議論 大久保(2003)による「HD145675, HD46375, HD49674の3つの惑星を持つ星は[X/H]はTcと正の相関を示し微惑星降着による汚染で金属過剰になった可能性あり」との報告 問題の決着はまだ真についてはいない (我々のやるべき事は山積みである)

問題点に対する我々の取り組み(1) ---比較基準にするものの重要性--- 惑星を持つ星ばかり調べてもその本質には迫れない (ある人間が変人かどうかは周りの色んな人と比較して調べないとわからない) 他の色んな普通の星と一緒に比べて銀河化学進化の効果なども差し引いて議論せねばならない まず依って立つ基準とすべき多数の標準星のデータを確保して(岡山で百数十個の星を観測した)足場を固めた

これまで岡山で観測した星々

問題点に対する我々の取り組み(2) ---少ないラインからの高精度組成決定の必要性(特に軽元素)--- [X/H] vs. Tc の研究などはTcの低いCNOの組成が極めて重要であり0.1dex以下の高い精度がからむ微妙な問題 人によって異なる結果が出たり、同じ人がやっても再解析すると違う結果が出る場合もある しかし使えるラインが少ないので正確な組成決定は容易でない 中性原子の許容線(CI,NI,OI):あまり数多くなく高励起で(NLTE効果や)パラメータの誤差に影響される 中性原子の禁制線([CI],[NI],[OI]):数が少ない(1-2本)上に非常に弱い(特に矮星で) ハイドライド(CH,NH,OH):沢山数はあるがラインが混んでいるうえに紫外域~紫域なので観測困難(感度低い) 大気パラメータを分光学的手法で極力高精度で決定する CNOではCI,NI,OIの許容線を中心に用いる NLTE効果も組み入れる

問題点に対する我々の取り組み(3) ---相対解析に於ける系統誤差の問題(特に重めの元素)--- 500~1000Kの差があっても太陽と直接相対解析する一般的やり方はどうしてもNLTE効果、モデル大気の不備、などによる系統誤差の影響を被る恐れあり 似通った星同士の差分解析を基調として系統誤差を軽減するアプローチも試みたい 例:S(5780K:太陽) R(5550K) Q(5340K) P(5190K) の4つの星があってPのSに対する相対組成を求めたい場合 [P/S] = A(P)-A(S) と現在は直接太陽と相対解析している人が大部分 しかし [P/S] = [P/Q] + [Q/R] + [R/S]= (A(P)-A(Q)) + (A(Q)-A(R)) + ((A(R)-A(S)) のように間に飛び石を挟んだ解析も試みたい NLTE効果などの系統誤差はかなり解決できるはず 一方σ(P/S)^2=σ(P/Q)^2+σ(Q/R)^2+σ(R/S)^2のようにランダム誤差は伝搬して増えるからあまり多くは挟めないので両者の兼ね合いをいかに取るかがポイント

[C/Fe] と[O/Fe]のふるまい(Santos et al.)

LiとBeのふるまい(Santos et al.)

年齢-金属量関係 (Ibukiyama, Arimoto 2002)

[Fe/H] vs. Mconv関係(Santos et al.)

鉄族元素の比のTeff依存性(Bodaghee et al.)

惑星を持つ星の頻度分布(Santos et al.)

[X/H]とTcの相関を示す3つの星 微惑星物質汚染の証拠か?(大久保2003) 比較の星(この傾向を示さない)