認知心理学 人間の推論と意志決定 今井むつみ
判断と意志決定 人は常に合理的な判断を下すことができるだろうか? 判断と意志決定に関する3つの視点 記述的:人間がどのような状況でどのように判断を下し、意志決定をするかを記述する 規範的:どのような判断が合理的な判断か 処方的:人が合理的な判断、意志決定を下すことができるようになるにはどうしたらよいか
合理的な判断とは? 意志決定者の現在の資産、資源に基づいて判断する どのような結果が可能かを吟味する 不確定な結果の予測は確率法則に則って考える。
しかし… 判断は過去の出来事に影響される 結果がどのように記述(フレーム)されるかによって判断が影響される 選択は我々の感情的な反応によって影響される 我々の推論の仕方はことごとく確立法則を破っている
合理的な判断に無関係であるが、我々の判断を左右する要素 習慣 伝統 他人の行動 宗教的決まり 過去にうまくいった経験 成功した人の真似
合理的な判断をするためには しかし、人は過去の出来事に大きく影響される 合理的な判断はすでに起こったことに影響されるべきではなく、現在の状態のみを基準にしてなされるべきである しかし、人は過去の出来事に大きく影響される
Sunk Costs 定義 あることに資本、努力、時間がすでに費やされた場合、(合理的にはそれを続けない方がよい状況でも)今後も続けようとする傾向 →費やした資本、資源を回収しようとする傾向
Sunk Costsの例(1) あなたはこれからあなたの好きなイベント(コンサート、劇、サッカーなど)に行こうと思い、チケットを買いました。チケットは8千円でした。ところがチケットをどこかに置き忘れ、無くしたことに気がつきました。あなたはもう一度チケットを買いますか? はい:34.8% いいえ:64.3%
Sunk Costsの例(2) あなたはこれからあなたの好きなイベントに行くところです。チケットの代金は8千円で、当日券を買うつもりです。ところが、チケットの代金の8千円を入れておいた封筒を電車の中で無くしてしまいました。あなたはもう一度お金をおろしてイベントに行きますか? はい:67% いいえ33%
Sunk Costsの例(3) 完成させる:77.7% 中止する:22.3% あなたは航空機製造会社の社長です。あなたの会社では通常のレーダーでキャッチされない飛行機の開発チームを作り、そのプロジェクトのために10億円を使いました。プロジェクトは90%完成し、あとちょっとで目標の飛行機ができそうです。ところが、あなたのライバル会社が同じ様な開発をしており、そちらの飛行機はあなたの会社の飛行機よりも速度も速く、値段も安いことが極秘情報として入ってきました。プロジェクトを完成させるためには、あと1億の投資が必要です。あなたは10億円をあきらめてプロジェクトを中止しますか? それともあと1億円使って完成させますか? 完成させる:77.7% 中止する:22.3%
Sunk Costsの例(4) あなたは航空機製造会社の社長です。あなたの会社では、新しい飛行機の機種を開発するプロジェクトを立ち上げました。プロジェクトは順調に進みましたが、予算があと1億円残っています。専門家から、飛行機が通常のレーダーでキャッチされないデバイスがあるようにすると良いアドバイスされ、プロジェクトの予算の残り1億円をそのデバイスの開発に使うつもりでした。ところが、あなたのライバル会社がそのデバイスをすでに開発していることが極秘情報として入ってきました。あなたは残り1億円を使って開発を進めますか?それとも他のことに使いますか? 開発を予定通り進める:28.6% 他のことに使う:70・5%
Sunk Costs効果の説明 プロスペクト理論(Tversky & Kahneman, 1979) すでに費やされたお金、時間、努力が無駄であったと認めるのは感情的に困難 →投資が意味あるものであったと信じることによって感情的な忌諱感を避ける →さらに投資を続けることによって(過去の)投資が意味あるものであったという信念を強化する
判断が過去の事象に影響される そのほかの例 コインを投げて表が出る確率 →各回1/2 コインを10回投げて10回表が出る確率 →(1/2)の10乗 1/1024=0.000977 少なくとも1回は裏が出る確率 →1-(1/2)の10乗=0.999
Sunk Costsの例(5) あなたはコインを10回投げて何回表が出るかというゲームをしています。このコインは正常なコインで、どちらかが出やすくなるような細工はしてありません。最初の1回目は裏でした。2回目に表が出る確率は? 1/2:93.8% 1/2以上:5.4%
Sunk Costsの例(6) あなたはコインを10回投げて何回表が出るかというゲームをしています。このコインは正常なコインで、どちらかが出やすくなるような細工はしてありません。今まで8回投げましたが、今まですべて裏が出ています。次の回には表と裏、どちらが出ると思いますか? 表 裏 わからない 17.9% 4.5% 75.9%
期待値(Expected Value) 定義:ある状況で何回も何回も(無限回)試行を繰り返したときに、いくら利益を得るか、あるいはいくらの損失になるか 一枚100円で1000枚の内1枚が当たりくじ、当たれば75000円もらえる場合 このときの期待値: P(win \7,500)=0.001 P(lose \100)=0.999 期待値=\74900(0.001)-\100(0.999)=-25
期待効果理論 (Expected Utility Theory) 意志決定要因は最終的な状態での損得
人は期待値に従って合理的に判断をするか? →多くの場合、しない (1)あなたは以下に並んでいる2つのくじのうち、どちらを選びますか? A)20%の確率で45ドルもらえる (66.1%) B)25%の確率で30ドルもらえる (33.0%) (2)あなたは以下に並んでいる2つのくじのうち、どちらを選びますか? A)80%の確率で45ドルもらえる (25.9%) B)100%の確率で30ドルもらえる (74.1%)
確実性効果 人は利益が確実な方を好む →確実性効果(certainty effect) (1-A)→9ドル (1-B)→7.5ドル
反射効果の例 あなたは以下の賭のうち、どちらを選びますか? 1)80%の確率で4000円取られる。残り20%は何も取られない。 2)確実に3000円取られる。
反射効果と利益・損失 主観的な価値は、参照点からの変化によって決定されるが、主観的価値の関数はS字型 利得よりも損失の方が曲線の傾きが急 →損失を回避しようとする傾向が利得を得ようとする傾向よりも強い
プロスペクト理論 (Kahneman & Tversky, 1979) 主観的な価値は、最終的な状態ではなくて現状からの変化の種類、度合いに依存する 変化とは参照点(現状)からの差分として定義される 客観的な確率ではなく、主観的な重みづけで判断・意志決定がなされる。 結果の変化は参照点に対して相対的に決まる 変化の大きさに対する反応は、変化が大きくなると感度が鈍くなる
フレーム効果 論理的には全く同じ選択に関する判断が、問題の記述の仕方に強く影響される効果
フレーム効果の例(1) 政府が外国から広まってきた伝染病の対策を検討中である。この病気では600人の犠牲者が見込まれている。この病気に対して2種類の対策が提案された。科学的に正確な見積もりによると、それぞれの対策の結果は以下のようになる。 対策Aが適用された場合:200人が救われる 対策Bが適用された場合:1/3の確率で600人が救われるのに対して2/3の確率で誰も救われない。
フレーム効果の例(2) 政府が外国から広まってきた伝染病の対策を検討中である。この病気では600人の犠牲者が見込まれている。この病気に対して2種類の対策が提案された。科学的に正確な見積もりによると、それぞれの対策の結果は以下のようになる 対策がC適用された場合:400人が死ぬ 対策Dが適用された場合:1/3の確率で誰も死なないのに対して2/3の確率で600人が死ぬ。
フレーム効果 フレーム1:→Aの選択が70% フレーム2:→Dの選択が80%
人間の意志決定の非合理性 ある判断をするときに、複数のグループ(カテゴリー)の母集団における、もともとの比率(Base Rate)を考慮するべきなのに、多くの場合人はBase Rateを考慮しない
代表性効果によるConjunction Fallacy リンダは31歳で独身、弁が立ち、頭がいい。学生の時は人種差別問題に関心を持ち、核兵器反対のデモに参加。 (1) リンダは銀行員 (2) リンダは銀行員でフェミニスト活動家 (1)と(2)ではどちらが正しいと思う確率が高いか?
代表性(Representativeness)の効果 Kahneman & Tversky ベースレートを操作 ジャックは45歳、結婚していて4人の子持ち、保守的、注意深く、野心的。政治、社会問題に興味を持たない。趣味は日曜大工、ヨット、数学パズル。 サンプル1:30人のエンジニア、70人の弁護士 サンプル2:70人のエンジニア、30人の弁護士 ジャックが100人のサンプルのうち、30人(70人)のエンジニアのひとりである確率は? →サンプル1と2で結果は変わらなかった 被験者はベースレートを全く考慮していない 極端な例:非常に目立つひとつあるいは少数の事例をもとに一般化する(多くの偏見の源泉)
Ratio Ruleにおける誤り AならばB ≠ BならばA カナリアは鳥である ≠ 鳥はカナリアである もしAならばBが起こる確率は高い カナリアは鳥である ≠ 鳥はカナリアである もしAならばBが起こる確率は高い ≠ もしBならばAが起こる確率は高い
Redwood City Tribune テキスト: ほとんど例外なく高校生でドラッグを使っているものはマリファナをやっている。 見出し: Most on Marijuana Using Other Drugs
Availability 効果 人はすぐ思いつくものの頻度を課題評価しがち 英語の単語で‘k’ではじまる単語と‘k’が3番目に来る単語ではどちらが多くあるか 英語の7文字からなる語で‘“ing”で終わることばと最後から2番目に“n”が来ることばではどちらが多いか
演繹推論も論理的ではない…
ウェイソンの4枚カード問題 E K 4 7 「片方が母音ならその裏面は偶数でなければならない」という規則があるとしよう。 この規則が守られているかを見るために、以下の4枚のカードのうちどれを裏返して調べる必要があるか p q not p not q E K 4 7 正解はEと7 しかし人はEカードのみ、あるいはEカードと4をひっくり返す必要があると考える 両方選べた人は25.9%のみ
正解はEと7 pならばq pのカード:もしpならばq:p(∴q) not pのカード:もしpならばq:not p (∴妥当な結論なし) qのカード:もしpならばq:q (∴妥当な結論なし) not qのカード:もしpならばq:not q (∴not p)
あなたは警官で、未成年(20歳未満)で「ビールを」飲んでいる人を取り締まらなければならない。次の4枚のカードは4人の人について、片面には年齢、もう片面にはビールを飲んでいるかどうか、という情報がかかれている。4人の人のなかに取り締まりの対象がいるかどうかを決めるためにはどのカードを裏がして他の情報を見る必要があるか。 not q p q not p ビールを飲んでいる コーラを飲んでいる 22歳 16歳 こちらの正解率は62.5%
飲酒許可文脈での4枚カード問題 飲酒規則が守られているかどうかという文脈は論理的構造はオリジナルな4枚カード問題と同一であるにもかかわらず、人は正解することができる 実用スキーマを用いているから
実用スキーマ 人は推論、問題解決において、論理に従うというより、目的、文脈などに依存したスキーマを用いて考えがちである。 →論理的には同じ構造の問題も、文脈が異なると正答率が大きく異なる
人間の思考の特徴 アルゴリズミックではなくヒューリスティック アルゴリズム →実行されるなら必ず自動的に正答にいたる規則の集合 ヒューリスティック →用法が比較的簡単である程度解決に有効な方略