言語と認識の関係:認識の言語・文化依存性と普遍性

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言語と認識の関係:認識の言語・文化依存性と普遍性 慶応義塾大学環境情報学部 今井むつみ

言語と認識の関係 言語はわれわれの認識にどの程度影響を及ぼすのか 概念発達における役割ははかりしれない 言語の違いが認識の違いをもたらすのか

ワーフ仮説(Whorfian hypothesis) 習慣的思考および行動は言語によって形成される 「時間」「空間」「質料」といった概念は同一の経験を通じてすべての人間に与えられているものではなく、大規模な「言語的パターン」によって影響を受けるものである

ワーフ仮説の評価 数多くの支持、数多くの反証 これまでの研究 →ワーフ仮説が正しいか、正しくないかという観点 我々の思考、認識のどこまでが普遍的に制約され、どの領域でどの程度の強さで言語が影響を及ぼしうるか、という観点に欠ける

名詞の文法カテゴリが事物の認識に影響を与えるか 名詞の文法カテゴリのマーキング 可算・不可算の区別 ジェンダー 助数詞 これらの文法は世界の事物を名詞よりもより抽象的なレベルで閉鎖カテゴリ(closed class categories)にカテゴリ化する

可算・不可算文法対助数詞文法 可算・不可算文法と助数詞文法は世界の事物を大きく異なる基準で分類

可算・不可算文法 すべての名詞(抽象名詞も含む)を「個別性」の基準にしたがって「個別性のある存在」「個別性のない存在」のふたつの存在論的クラスに分割 名詞の分類学的カテゴリーの上位にある。

助数詞 可算・不可算文法に比べ助数詞の数が多い 形(次元性)、大きさ、固さ・柔軟さのような知覚次元、機能性 一部は分類学的な上位カテゴリーと一致するが、大部分は分類学的なカテゴリーとクロスする

Research Question 可算・不可算文法や助数詞文法がわれわれの思考、概念構造に影響を与えるのだろうか 「物体と物質の存在論的区分」 日常的な物体の間の関係性の認識

個別性に関する存在論的区別 世の中の「モノ」は「個別性のある存在」「個別性のない存在」に大別される ふたつのクラスは「同一性」の基準が異なる 物体→全体性が同一性の基準 物質→「全体」はなく粒子の同一性が基準

言語における物質と物体の 存在論的区別 英語→言語においてこの区別を必ず標示 助数詞言語→言語においてこの区別はされない 可算名詞→物体 不可算名詞→物質 助数詞言語→言語においてこの区別はされない

日本語の場合 日本語では文法的に可算・不可算の区別をしない 助数詞言語である

助数詞言語の構造的特徴 英語における不可算名詞 * two waters(two glasses of water) * two clays (two lumps of clay) vs. Two penciles, two apples

助数詞言語の構造的特徴(2) Lucy (1991) 英語の可算名詞→物体の形がユニットとして意味の中に含まれる 英語の不可算名詞→個別性のユニットは名詞の意味の中に含まれない

助数詞言語の構造的特徴(3) 助数詞言語の名詞 →すべての名詞について数える時に数える単位を助数詞で明示する必要 一杯の水、 一塊の粘土 一本の鉛筆、一個のりんご Lucy→言語におけるすべての名詞は個別性のユニットを意味の中に含まない、mass nounである

Lucyの言語相対論 二つの言語タイプにおける名詞の意味構造の違いは習慣的注意の違いをもたらす (Whorf, 1956) 英語話者→物体の形に習慣的注意 助数詞言語話者→物質に習慣的注意

Quineの言語相対論 Quine (1969) 物質と物体の間の存在論的区別は言語における文法カテゴリーの学習を通じて始めて可能になる。 文法で区別がない言語の話者は個別性に関する存在論的区別を理解できない

ObjectとSubstance, 「物体」と「物質」 Substance:個別性のない、「全体」という概念のないMass

「物体」と「物質」 しかし、日本語の「物体」と「物質」は個別性が意味の核ではなく、対比的でもない 「物体」も「物質」も英語のMatterに近い意味 物体は知覚可能なものだけを指し、物質は粒子のような知覚できないものも含む 水や砂やホイップクリームも「物体」

つまり日本語は個別性をめぐる存在論的区別を文法的にしないだけではなく、object-substanceに相当する語も存在しない

存在論的認識と言語の関係に関する3つの考え方 言語相対論 Quine:助数詞言語母語話者は存在論的区別を学習できない Lucy:助数詞言語母語話者はすべての「モノ」について物質の同一性に注目し形状に注意を向けない 普遍的生得的存在論 Soja,Carey & Spelke:助数詞言語母語話者も英語母語話者も同じように存在論的認識を持つ

存在論的認識の日米比較 Imai & Gentner(1997) 日本語母語話者と英語母語話者の二つの言語グループにおける、未知の名詞の意味外延決定のパターンを調べる 対象年齢:2歳、2歳半、4歳、大人

実験パラダイム 2者択一の強制選択課題 3つの刺激タイプ complex objects simple objects substances

教示 英語:名詞が可算名詞か不可算名詞かわからないようにして未知の名詞を導入 “Look at this fep. Can you point to the tray that also has the fep on it?” 日本語:「これを見て。これはフェップというの。ではね、このふたつのお皿をみて。フェップがあるのはどっちのお皿かな?」

3つの見地からの予測 Quine おとなも子どももランダム反応 Lucy アメリカ人:complex objects, simple objects ではshape choice, simple objectsではmaterial choice 日本人:すべての刺激タイプでmaterial choice Soja 達 どちらのグループも2歳児グループから存在的タイプにしたがってラベルを拡張

存在論的概念理解自体に言語の影響があるのか 日本人幼児の「単純な形の物体」のランダム反応 存在論的認識は持っているが、物体・物質の境界が英語話者と異なる? 単に対象の知覚次元の顕現性に従って選んだだけ 複雑な物体→形が目立つから形刺激 物質→色、テクスチャが目立つから物質刺激 単純な物体→どちらも目立たないからチャンス反応

日本人幼児は存在論的認識を持っているか

日本人幼児も存在論的区別を理解している Shape反応と Material反応がほぼ半分だが、ShapeとMaterialを同時には選択しない →名詞が「この形の物体あるいはこの物質」のような存在論の境界をまたぐカテゴリーは指示しないことを知っている

個別性の認識と言語:結論 個別性のステータスを文法的に区別する文法規則が母語になくても、子どもはことばの学習の当初から存在論的区分を理解している しかし、母語における文法カテゴリーの再は話者が物体ー物質の連続体のどこで、どのような知覚的側面に注目して2つの存在論クラスを区別するかに影響を与える。 英語話者は個別性の判断に日本語話者よりも形への注目が強い

ベルト、鉛筆、論文、骨、コンピュータプログラム、フォーク、バナナ、きゅうり

助数詞カテゴリーがモノの認識に及ぼす影響 助数詞は名詞を限られた数の文法的なカテゴリーに分ける その意味では可算・不可算やジェンダーの文法と同じだが、助数詞はカテゴリーの数が非常に多く、日常的なモノのカテゴリーと深くかかわっている 名詞におけるカテゴリーわけと一部重複するが、カテゴリーの基準は基本的に異なる

Zang & Schimitt (1998) 英語話者と中国語話者の比較 オブジェクトのペアを見せ、類似性を判断 中国語話者は同じ助数詞クラスに属するペアの類似性を英語話者よりも高く評定

Zang & Schmittの研究から生まれる疑問 中国人が助数詞共有物体の類似性を英語話者より高く評定 →ワーフ仮説の証拠? 中国語話者は英語話者と本質的に異なるものの見方をしているのだろうか? Taxonomic relationと助数詞はどちらが強い概念のオーガナイザなのだろうか? 日本語話者でも同じような助数詞効果が見られるのだろうか?

日本語助数詞と中国語助数詞の 違い 日本語は助数詞を数を数えるときしか使わないが、中国語はdeterminer, demonstrativeとして使う

日・独・中の比較実験:事物ペアの類似性判断(Saalbach & Imai, 2005) Taxonomic relationと助数詞ではどちらがより大きな影響を与えるか Tax+JPCH Classifier Tax (-JPCH Classifier) JPCH Classifier (-Tax) JP Classifier (-CH Classifier, -Tax) CH Classifier (-JP Classifier, -Tax) Control

類似性判断結果 Figure 3: Mean similarity ratings for each target type in each culture in Experiment 2

類似性判断結果 すべての言語においてすべてのペアタイプでコントロールより高い評定 →助数詞がないドイツ語話者でも助数詞共有ペアの類似性をある程度見出すことができる 中国語話者は中国語での助数詞共有ペアをドイツ語話者、日本語話者より高く評定 日本語話者は日本語助数詞共有カテゴリーの評定が中国語・ドイツ語話者よりも高いことはなかった

属性の推論 概念構造を評価する上で大事なのはどの程度の強さで属性の帰納的推論をサポートするか 「同じバクテリアが見つかる可能性」を判断

属性の推論:結果 Figure 4: Mean likelihood ratings for each target type in each culture in Experiment 2

助数詞共有ペアではJPCH Classifier (-Tax) のみ3つの言語すべてでコントロールより高い。 言語による差はどのペアタイプでも見られなかった

Saalbach & Imai まとめ 助数詞効果は類似性判断のみ、中国語話者のみに見られた 属性の判断ではどのペアタイプでも言語による違いはない

助数詞と認識 全体的には助数詞は概念構造のオーガナイザーとしてはとても弱い 属性の推論には使われない 類似性では中国語話者において助数詞効果がみられたが、この効果は名詞の分類学的関係を覆すほど強いものではない 助数詞効果はただ助数詞がある、ないではなく、助数詞が言語の中でどのように機能しているかにも依存する

言語相対説に対する示唆 具体的な事物に関する概念、認識においては言語普遍的な制約(特に事物がもつ知覚的特性による制約)が強い 概念の構造は普遍的だが、事物の認識において、限られた言語相対性(言語の影響)が見られる

参考文献 今井むつみ(2000)サピア・ワーフ仮説再考:思考形成における言語の役割、その相対性と普遍性 心理学研究 Imai, M. & Mazuka, R. (2003). Reevaluating linguistic relativity: Language specific categories and the role of universal ontological knowledge in the construal of individuation. In D.Gentner & S. Goldin-Meadow Saalbach, H. & Imai, M. (in press). Do Classifier Categories Structure our Concepts? To appear in the Proceedings of the 27th Annual Meeting of the Cognitive Science Society. Gentner, D. & Goldin-Meadow, S. (2003). Language in Mind: Advances in the study of language and thought. MIT Press

B.L. Whorf 言語・思考・現実 (池上嘉彦訳) 講談社学術文庫 Quine, W.V. (1969) Ontological relativity and other essays. New York: Columbia University Press. Boroditsky,L. (2001). Does Language Shape Thought?:Mandarin and English Speakers’ Conceptions of Time. Cognitive Psychology,43, 1-22 Lucy, J.(1992). Language diversity and thought. Cambridge University Press. Lucy (1992). Grammatical categories and cognition. Cambridge University Press.