第2章 聴覚障害児の言語と コミュニケーション

Slides:



Advertisements
Similar presentations
生活綴り方の生活指導 コミュニケーションの形成. 集団の意味(再) 個別教育(紳士教育)と集団教育は本質 的な違いがあるのか。 ハナ・アレントの「公的生活」の意味。
Advertisements

キー・コンピテンシーと生きる 力 キー・コンピテンシー – 社会・文化的,技術的道具を相互作用的に活用する力 – 自律的に行動する力 – 社会的に異質な集団で交流する力 生きる力 – 基礎・基本を確実に身に付け,いかに社会が変化しようと, 自ら課題を見つけ,自ら学び,自ら考え, 主体的に判断 し,行動し,よりよく問題を解決する資質や能力.
第4章 何のための評価? 道案内 (4) 何のための評価? ♢なぜ教育心理学を勉強するか? (0) イントロダクション ♢効果的な授業をするために (1) 記憶のしくみを知る (2) 学習のしくみを知る (3) 「やる気」の心理学 ♢生徒を正しく評価するために ♢生徒の心を理解するために (5)
教育と発達. 能力とは何か(まとめ) 能力=何かできること 教育との関連での条件 – 価値ある能力であること – 訓練で発達可能であること – 教えることが可能であること ふたつの階層性 – 価値的な階層 – 発達の規定性としての階層.
1 1.「環境」という言葉の意味 と、「環境を通しての保育と は?」 瀧川 光治. 2 1.「環境」という言葉  「環境」という言葉がつく、 3文字、4文字、5文字 の言葉を考えてみよう。
日本語教授法 & 日本語教育とは  外国語としての日本語、 第二言語としての日本語 についての教育の総称である。
特別支援教育につい て. 「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」 ( 文 部科学省 答申) <特別支援教育の在り方の基本的考え方> 特別支援教育とは、従来の特殊教育の対象の障害だ けでなく、LD、ADHD、高機能自閉症を含めて 障害のある児童生徒の自立や社会参加に向けて、そ.
Ⅰ 今後の特別支援教育のあり方 1 特殊教育と特別支援教育の違い 従来の特殊教育 障害の程度に応じ特別の場で指導する特殊教育体制であった
第3章 わが国における聴覚障害教育の目的と制度
研修のめあて 授業記録、授業評価等に役立てるためのICT活用について理解し、ディジタルカメラ又はビデオカメラのデータ整理の方法について研修します。 福岡県教育センター 教員のICT授業活用力向上研修システム.
平成21年度小学校外国語活動中核教員研修 小学校外国語活動基本理念 ~新学習指導要領等について~
平成19年度長崎県国語力向上プラン地区別研修会
日本の高校における英語の授業は 英語で行うのがベストか? 日本語の介在の意義
徳島の子どもの学力向上及び 生活習慣・学習習慣等の改善をめざして
富山大学教育学部 附属教育実践総合センター 助教授 小川 亮
テキストベースの会議における議論の効率化に関する研究
日本語教育における 発音指導の到達目標を考える
Ⅱ 訪問介護サービス提供プロセスの理解 Ⅱ 訪問介護サービス提供プロセスの理解.
「ダブルリミテッド/ 一時的セミリンガル現象を考える」 母語・継承語・バイリンガル教育研究会 第6回研究集会 国際医療福祉大学言語聴覚学科
      特別支援学校 高等部学習指導要領 聴覚障害教育について.
eラーニングを活用した 盲ろう担当教員研修
PT、OT、ST等の外部専門家を活用した指導方法等の改善に関する実践研究事業(新規) 平成20年度予算額(案) 42,790千円              
日本の高校における英語の授業は英語でがベストか?
「データ学習アルゴリズム」 第3章 複雑な学習モデル 3.1 関数近似モデル ….. … 3層パーセプトロン
平成26年度 鶴ヶ島市立新町小学校グランドデザイン めざす学校像 一人ひとりが輝き、確かな学力が獲得できる学校
情報処理学会・経営情報学会 連続セミナー第3回 情報システム構築アプローチ 主旨
ラーニング・ウェブ・プロジェクト(Learning Web Project) -自立・共愉的な学習ネットワークの形成に向けて-
平成21年度 特別支援学校新教育課程中央説明会 (病弱教育部会).
子どもたちが発達段階に応じて獲得することが望ましい事柄
大分県立宇佐支援学校 グランドデザイン (平成28年度版)
日本の高校における英語の授業を 英語で行うべきか
通訳の原理 理解→転換→表出のプロセスについて.
塩竈市子ども・子育て支援事業計画 塩竈市子ども・子育て支援事業計画(案) のびのび塩竈っ子プラン ・・・削除 ・・・追加 資料 2
形態素解析および係り受け解析・主語を判別
高齢化社会と補聴器 東北大学 医工学研究科 / 医学系研究科 川瀬哲明.
高松地裁意見陳述 2013/04/22 原告代理人弁護士 田門 浩 2013/04/22.
どうすればろう学校の生徒に正しいスキー技術
手話と聴覚障害について学ぼう 初心者のための手話講座.
国立大学法人 宮城教育大学 平成19年度学生支援GP 「障害学生も共に学べる総合的学生支援」.
(7)テレビ電話機能の使用 その前に・・・基礎研究例
<校訓> つよく・あかるく・たくましく 【目指す宇佐支援学校の児童生徒像】
軽度発達障害の理解 中枢神経系における脳の機能障害である。 → 脳の発達の遅れ
小中連携を進めるために! 外国語教育における 三つのステップと大切にしたいこと 岐阜県教育委員会 学校支援課
広瀬啓吉 研究室 4.音声認識における適応手法の開発 1.劣条件下での複数音源分離 5.音声認識のための韻律的特徴の利用
1-R-19 発話に不自由のある聴覚障害者の発話音声認識の検討
情報科の評価 情報科教育法 後期5回 2004/11/05 太田 剛.
日本の高校において、 英語の授業を英語で行うべきか?
教師にとっての「生の質」 青木直子(大阪大学).
平成29年度 埼玉県立熊谷特別支援学校グランドデザイン
日本の高校における英語の授業は 英語がベストか?
理論研究:言語文化研究 担当:細川英雄.
理論研究:言語文化研究 担当:細川英雄.
(中学校)学習指導要領前文 これからの学校は 子どもたちの育成 教育課程を通して =「社会に開かれた教育課程」の実現
教室案内 春日部市立武里中学校 <学校までの経路> <入級までの流れ> 春 日 部 市 発達障害・情緒障害 通級指導教室 (武里学級)
言語表現と 視覚表現の比較 関西大学社会学部 雨宮俊彦.
IT活用のメリットと活用例 校内研修提示資料.
平成23年度 大阪府学力・学習状況調査の結果概要 大阪府教育委員会
シカゴ国際体験プログラム in DeKalb
教育と発達.
Copyright © 2017 Benesse Corporation All Rights Reserved.
1日目 10:05~10:25〔20分〕 【講義】研修の意図と期待すること
1-Q-12 Buried Markov Modelを用いた構音障害者の音声認識の検討
図15-1 教師になる人が学ぶべき知識 子どもについての知識 教授方法についての知識 教材内容についての知識.
文脈 テクノロジに関する知識 教科内容に関する知識 教育学 的知識
テクニカル・ライティング 第4回 ~文章の設計法「KJ法」について~.
感覚運動期(誕生~2歳) 第1段階 反射の修正(出生~約1ヶ月) 第2段階 第1次循環反応(約1ヶ月~4ヶ月)
2019年度 すべての教職員のための授業改善研修 本研修の背景とねらい
・特別支援教育について ・発達障害等の特性 ・教育環境等の整備
学習指導要領の改訂 全国連合小学校長会 会長 大橋 明.
Presentation transcript:

第2章 聴覚障害児の言語と コミュニケーション 第2章 聴覚障害児の言語と コミュニケーション

第1節 聴覚障害と言語コミュニケーション 1.聴覚機構と障害 伝音系:音や音声が物理的な現象として伝達される部分。外耳、中耳から構成。  この部分での信号が伝わりにくくなる難聴を伝音難聴という。もっとも重度でも70dBを超えない。 感音系:内耳、神経路、聴覚中枢  この部分の障害による難聴を感音難聴という。  聞こえの程度もさまざま。歪みも生じる

聾学校に在籍するほとんどの子が感音難聴。 内耳には障害があるが、中枢処理機構には障害のない子が多い。 適切な補聴や指導により、内耳より後の中枢聴覚処理機構に働きかけ、言語の形成・学習を進めることが可能。 伝音系と感音系の両方に障害が生じる場合  (混合難聴)は、感音難聴と伝音難聴の特徴を併せ持つ。

25dB以下:正常 26~40dB:軽度 41~55dB:中等度 56~70dB:準重度 71~90dB:重度 91dB以上:最重度 2.聴覚障害の原因 (1)聞こえの程度(WHOによる分類)   25dB以下:正常   26~40dB:軽度   41~55dB:中等度   56~70dB:準重度   71~90dB:重度   91dB以上:最重度

(2)障害を受けた聴覚機構の部位  聴覚を中心とするコミュニケーションの程度により、教育の方向性に影響 読話を併用し、聴覚の利用、通級による指導、 聴覚の利用にかなりの制限があり、読話のみならず、他の視覚的な情報手段や特別な教育的な配慮が必要な場合には、聾学校での教育

(3)障害の生じた時期  一般的には、3歳までに聴覚を介して日本語の基礎が形成される。 15歳を過ぎると言語の習得は大変難しくなる

3.聴覚障害児の日本語  基本的なレベルの日本語の語彙や文法は習得しているが、社会生活での充分な読み書き能力の習得には多くの困難を伴う。 聾学校中学部・高等部でも小学校3,4年生程度が多い。 文法知識の習得の遅れと偏り。 抽象的な言葉は獲得されにくい。 複雑な感情の表現や文脈に応じた動詞の適切な使い分けは難しい。

第2節 言語指導の方法 1.構成法的アプローチ (昭和30年代) 日本語を分析し、要素的なもの、単純なものから難しいものへと順に指導し、要素の組み合わせによって、徐々に複雑な文や文章の習得を図る 指導することばを易から難へ分類し、指導順序を系統的に整理し、スモールステップで効率的に学習が進むように言語教材を準備することが重要。

学校で学んだ単語、文、文型については理解し使用することはできるが、さまざまな場面で学習した基本的な特徴である使用の般化・精緻化が生じがたかった。 意味や感情を伴わないパターンの反復練習では、生きた言語の獲得は難しい。

2.自然法的アプローチ まず子どもの心を動かし、その心の動きにそった言語表現を引き出していく必要がある。 さまざまな場面で言葉が使用されることにより、関連した語の相互の意味の違いや類似点が理解されていく。 聴児が言語を習得していくときの状況であり、言語の習得にとって自然な姿。

音声、あるいはそれに補助的手段を加えた方法により、自由かつ量的に充分なコミュニケーションを確保しうるかどうかが課題。 心の動きが的確に言葉によって表現されているかどうかが大切 ことばかけに先立ち、子どもの心の中にどのように心情の動きを作っていくかが重要。 会話レベルでの言葉は、高度な言葉を必要とする集団としての心的活動が基本。 言葉は、その集団内でどのようなレベルの意味や考えのやりとりが必要とされるか、その必要性に応じて生じてくる。

個人差の大きい一人ひとりの子どもの心の動きが基本となるため、統一的な教科書を作成することは容易ではなく、教師の経験や指導力による部分が大きくなる。 近年の聾学校での頻繁な人事異動や少子化の傾向は、子どもの言葉の学習にとって必ずしもよい条件とはいいがたい。

3.言語指導法と指導場面 構成法と自然法は、それぞれ独立して教育指導に適用される訳ではない。 自然法による言語学習と構成法による知識としての言葉の整理・確認は排他的ではない 指導法の特性を考慮し、子どもの状態や学習の目的、指導体制等に合わせて使用することが重要。

第3節 手話と日本語 聾者:日本手話を自らの言語とし、聾者の文化を共有する者 これからは日本語の習得に加え、手話をどのように捉え、指導の中に入れていくかということが解決しなければならない大きな課題

1.日本語対応手話 手や指の動きを媒体として日本語を表出・理解するものが日本語対応手話 日本語の語順に従って、文を構成する単語を手指を用いて表出することにより、情報の授受が可能 表現された手話が日本語に忠実なほど情報の理解は確かなものになる

2.日本手話 日本語の文法に拘束されることなく、手の動き、空間内でのそれらの位置などを積極的に利用し、あたかも空間内に絵を描くように意味を表現することにより、自由な情報の授受が可能 顔の表情、目や眉の動き、頷きなどの頭の動きや体の位置などもコミュニケーションのための文法的指標として用いられる

日本語を充分に活用できない場合、日本語の文法等の抽象的な知識に依存するのではなく、より自由に利用できる視覚情報を効果的に用いることにより、効率的効果的なコミュニケーションを図ろうとする。

3.中間型手話 日本語対応手話と日本手話が混じり合ったもの 日本語対応手話を基本としつつ、助詞などが省略される形の中間型手話が用いられやすい 中間型手話であっても、日本手話の持つ効果的な視覚的表現を取り入れ、表現豊かな手話が用いられる傾向にある

4.指文字 手話にない単語の表現、日本語対応手話での助詞の表現などに用いられる 現在のものは昭和初期に大曽根源助がアメリカの指文字を取り入れて考案した

第4節 コミュニケーション手段 1.指導の理念  聴覚障害児がコミュニケーションを効果的に行い、知識を増やし、課題解決を行い、多くの人々との幅広いコミュニケーションを、また特定の人々との深いコミュニケーションを行うことにより、自立して社会生活を送り、自らの能力を最大限に発揮できるようになることが聴覚障害児教育の目的

重度聴覚障害児は日本語能力と手話能力を習得しなければならず、その子どものニーズと教育目標にそったコミュニケーション方法を選択することは、きわめて重要な課題

2.指導の方法 (1)聴覚口話法と人工内耳 言葉を音声で発し、視覚で情報を受容する口話法は、聴児の学習過程に準じた指導方法により教育の目的を達成しようとするもの 補聴器により聴覚活用し、日本語の直接的な習得を図るのが聴覚口話法 早期発見・診断が重要

人工内耳 挿入後も医療や教育の専門家との連携が必要 期待がますます高まる 聴覚口話法が成果をあげるには、早期から積極的かつ有効に利用できる人的・物的環境が整えられていることが前提条件

キュードスピーチは、読話や聞き取りが困難な子音情報の授受を確実にするために考案 子音については手指サイン(キューサイン)、 母音については口形を対応させることにより、読話や発語の補助記号として音声と並行して使用される。

(2)トータルコミュニケーション(TC) 聴覚、口話、指文字、手話、文字などあらゆる手段を統合的・相互補完的に用いる 1970年代にアメリカで開始、栃木聾でも同時法という名称で開始。 聴者と聾者の社会で生き、自信を持ち、自己実現を果たしうる聴覚障害者を育成することを意図している TCの後に台頭した二言語二文化教育の考え方にも影響

(3)二言語二文化教育  (バイリンガル・バイカルチュラル・アプローチ) 北欧やアメリカで実施 第1言語が手話、第2言語が日本語(書記) 書き言葉は、手話言語能力がある程度のレベルになってから行うのか、手話言語と並行して学習するのか、いくつか方法が提案されている。 聾の子を持つ健聴の親がどうやって手話を学習するかも課題

3.自立活動における言語指導 幼稚部:会話レベルの日本語の習得 小学部・中学部:自立活動及び教科指導の時間で、必要に応じて日本語の指導 全人的な発達を心がける必要

4.教科指導における言語指導 教科学習をとおしての知識の習得は、それ自体が言語の学習 教科学習は、知識を拡充するだけでなく、拡充するための道具立てとなる文字言語自体を強化していく過程 認知的な活動が同時に展開されることが必須 幼稚部の教師には、子どもの心の動きを敏感に先取りして捉え、それに応じた言葉の展開を可能にする能力が求められる

教科の指導では、子どもの学習特性、教材となる教科の内容、聴覚障害によって生じる心理的特性を的確に捉えたうえでの子どもに対する深い理解が求められる