現実の社会保障制度を読み解くポイント 日本の社会保障制度は理論から大きく乖離した制度。 例えば、①公費負担が高い、②世代間不公平が大きい、③世代内不公平も大きい、④保険制度の種類が、職業別あるいは地域別に多数分立していて複雑、⑤お互いの保険が財政調整制度によって絡み合っている 。 こうした現状は、後付理論で説明することはできない。歴史的経緯の遺物と考えれば良い。
社会保障制度形成のパターン 歴史的に、社会保障制度が充実しているのは、まず公務員、ついで大企業 。福利厚生の一貫として自前で持っていた。 国が成長して豊かになってくると、中小企業も望むが、財政的に豊かではないため、国からの財政支援、つまり公費負担が行われる。 そのうち、サラリーマン以外の残りの人々(農林水産業や自営業、無職者など)が加入していないのは不公平とされ、さらに公費負担が手厚い保険が成立。 →皆保険の達成。
皆保険達成は、年金、医療保険ともに1961年。 公費は税金なので、この制度は、豊かなサラリーマンや公務員から、相対的に低所得である農林水産業、自営業者たちへの所得再分配。高度成長してパイが増えており、国の財政にも余裕がある時代は、所得再分配が行なわれやすい。 もっとも、後から設立される制度ほど財政状況は良くないので、先に出来た豊かな制度は合併を拒む。このため、医療保険も年金も、職域ごとの制度分立がいつまでも続く。
その後、低成長時代、少子高齢化時代が来て、国の財政も余裕がなくなる。 そのため、制度同士協力し合うための(財政調整)の仕組みを作る。 そのためには、国も負担する覚悟を見せる必要があるため、財政調整へ一定割合の公費負担が組み込まれることになる。 公費負担の割合が非常に高くなると、国や地方自治体の統制も厳しくせざるを得ない。政治的に税負担を引上げは困難なため、むしろ、給付抑制の仕組みが整備。 具体的な方法は、(価格統制)と(参入規制)。
医療保険制度 医療保険制度は4つに分類 健康保険組合・・・主に大企業の従業員やその被扶養者が加入。2013年度末現在で、1420の組合が存在。年々減少している。加入者数は、2940万人。 全国健康保険協会管掌健康保険、略して協会けんぽ・・・主に中小企業の従業員と被扶養者が加入。加入数は現在、2012年度末現在で3510万人。2008年に、政府管掌健康保険から名称変更。都道府県単位で財政運営され、保険料率も都道府県ごとに異なる。
共済組合健康保険・・・国家公務員に関する21の共済組合、地方公務員等の54の共済組合、私学共済の合計85の団体。公務員本人及びその扶養者が加入しており、加入者数は2013年度末現在で約900万人。 国民健康保険制度・・・農林水産業従事者や自営業者、無業者などが多く加入。加入者数は2012年度末現在で約3768万人と最大。運営は市町村ごとに行なわれており、2012年度末現在で1717の国保がある。 このほか国保組合といって、弁護士や医師などの職業の人々が、同業者同士で加入する国保も存在。
保険料と公費負担の差 これらの健保組合、協会けんぽ、共済健保、国保の各保険制度の違いは、まず、公費負担の比率。先に作られた組合、共済は全く補助金が無いのに対して、政管健保は給付費の13.0%、国保は50%が公費によって賄われている。 保険料率は、協会けんぽで2014年度現在で平均10.0%。健保組合や共済健保はそれ以下のものが多い。国保は加入者の所得把握が難しいために、保険料率ではなく、頭割や負担能力を勘案した独自の保険料を市町村ごとに決め、徴収している。
サラリーマンの各保険(健保組合、協会けんぽ、共済健保)をまとめて被用者保険と呼ぶ。被用者保険と国保のもう一つの違いは、被扶養者の取り扱い。 被用者保険では、専業主婦や子供などの被扶養者の保険料負担はなく、サラリーマン本人である被保険者のみが、被扶養者の有無や数にかかわらず同一の保険料率負担。 国保では被扶養者・被保険者という区別はなく、全ての人々が被保険者として保険料を算出される。
老人保健制度と後期高齢者医療制度 さて、こうした縦割りの各保険制度を横断的につなぐ仕組みとして、退職者医療制度と老人保健制度という2つの制度が2007年度まで存在。これは、各保険制度間の財政調整を行なう制度。 国保は高齢者が多く含まれる保険制度。国保の財政負担が重くなることに配慮して、老健が1983年、退職者制度が1984年に設立され、サラリーマン達の各保険から国保への老健拠出金という形で、実質的資金援助が行なわれることになった。
老健の対象者は75歳以上の高齢者、退職者医療制度が74歳以下の被用者保険の退職者。老健は、給付費の5割を公費負担で賄われる。 2008年からは、老健が廃止され、後期高齢者医療制度が開始。2012年度末現在で1517万人が加入しており、都道府県を単位とした47の広域連合によって運営。 現在の費用負担構成は、公費負担が5割、高齢者の保険料が1割、各保険制度から後期高齢者医療制度への財政支援である後期高齢者支援金が4割。これまでの老健制度と基本的な変化はない。
後期高齢者医療制度によって変わった意味は、高齢者の保険料負担割合を1割と定め、将来の保険料引上げの仕組みを確保したことにある。そのために、その負担の徴収ベースを広くして、高齢者1人1人を対象にし、また、確実に徴収を行なうために年金からの天引きを行なうという制度変更。 もう一つは、後期高齢者に対して独自に定められた診療報酬制度で、かかりつけ医化の推進、在宅医療化の促進、終末期医療の管理、外来医療の包括化など、全体として医療費が効率化もしくは抑制される仕組みに変更。 民主党政権下で廃止が決まったが、自民党政権下で再び現状が維持されている。
自己負担率 患者の自己負担率は、現在、全保険制度で統一。原則3割、義務教育就学前児童が2割、70~74歳の前期高齢者が2割(現役並み所得者3割)。現在は特例で1割に据え置き。健保組合は、付加給付あり。また、児童は市町村独自で免除している場合が多い。 一方、後期高齢者医療制度の自己負担率は1割(現役並み所得者3割)。 高額療養費制度は、患者が支払う月当たりの自己負担額に上限を設け、それ以上支払った場合には、後で医療保険から還付される制度(現在は認定証により窓口負担を減らす方法もあり)。
価格規制と参入規制 わが国の医療制度は、市場経済の仕組みになっておらず、政府が価格を統制する。 価格を診療報酬単価と呼び、サービス内容や医師の技術の良し悪しにかかわらず、同じ診療行為に対して、同一の固定価格。 診療報酬を決めるのは、厚生労働省管轄の「中央社会保険医療協議会(中医協)」であり、2年ごとに、保険者等の「支払側」と医師会等の「診療側」の審議・利害調整が行なわれている。
医薬品は薬価基準という公定価格。診療報酬とはやや異なり、保険が支払う際に用いられる算定価格。取引価格は、この薬価基準から乖離しても良い。薬価基準と取引価格との差額は、薬価差益と呼ばれ、医療機関、処方箋薬局の重要な収入源。 参入規制は、医療法に基づく、病床規制。2次医療圏という医療独自の地域区分に対して、都道府県が一定の必要病床数を設定し、これを超えて病院の新設や増設の申請があった場合には、それを認可しない 大学医学部の入学定員も規制され、医療費の抑制手段として機能。
介護保険制度 我が国の介護保険制度は2000年に開始。「保険の原理」が比較的守られており、理論的にわかりやすい。高齢者の負担も比較的大きく、「リスクが同質な集団にかけられる」という保険の原理に近い。また、保険料は、基本的に応益負担。所得再分配という要素も小さい。 もう一つの特徴は、市場メカニズムを一部取り入れ、民間活力を利用した仕組み。居宅の介護保険サービス分野は、全ての種類の業者に参入が自由化され、株式会社や有限会社といった営利法人でも経営できる。
どの業者と契約するかという選択は、利用者が自由に行なえる。措置、つまり行政による福祉サービスの配給制度として、これまで利用者の自由がなく、サービスの質が利用者に問われなかった福祉の世界では、実に画期的なこと。 望ましい特徴がある一方で、2つ残念な面。 一つは、公費の負担割合が非常に大きいこと。全体の給付費の半分以上が公費で賄われている。 もう一つは、創設当初の高齢者やその後の高齢者に適切な負担を課さず、またもや財政方式として賦課方式を採用してしまったこと。
保険料と公費負担 わが国の介護保険制度は大まかにいうと、40歳以上の全住民から介護保険料を徴収し、原則65歳以上で要介護状態になった場合に、介護保険サービスを1割の自己負担で受給できるという制度です。 保険者は、基本的に各市町村。広域連合としていくつかの市町村がまとまって運営しているところもある。
保険料の徴収ベースは、65歳以上を1号被保険者、40歳から64歳を2号被保険者として分け、前者は年金給付額からの天引き、後者は医療保険と合算しての徴収が行われている。 それぞれの負担する額は、まず国全体のレベルでは、1号被保険者と2号被保険者の人口割合に応じて、現在、給付費のそれぞれ21%と29%を負担することになっている。1号被保険者の保険料負担は、2014年度現在、全国平均は月当たり4972円。住んでいる自治体のサービス水準によって大きく異なる。
所得再分配要素として、自治体ごとに決められている保険料基準額を元に、収入によって標準的には5段階の保険料(最大基準額の1 所得再分配要素として、自治体ごとに決められている保険料基準額を元に、収入によって標準的には5段階の保険料(最大基準額の1.5倍、最小基準額の0.5)区分がある。減免制度は、災害などの特殊な事態がない限り、基本的に認められない。 一方、2号被保険者の保険料率は、2014年度現在、協会けんぽで、1.72%。1号被保険者の保険料は、3年に一度、改定。 公費部分については、国が20%、都道府県と市町村が12.5%ずつ負担し、残りの5%は財政調整である(調整交付金)。
給付の仕組み 介護保険で介護サービスを受けられるのは、基本的には65歳以上の1号被保険者で、介護が必要と認定された要介護者及び要支援者。 介護サービスを受けたい希望者は、まず、市町村等の保険者に要介護認定の申請を行う。すると、市町村のケースワーカーや保健師などが派遣され、詳細な項目について日常生活動作にかかる時間や状況の調査を行い、機械的にコンピューターによる要介護度の判定が行なわれる。次に、医師の意見を加えて、保険者に設置された介護認定審査会において最終判断が行われて、申請者に通知される。
通知される要介護認定の区分は非該当(自立)・要支援(1・2)・要介護(1~5)。利用可能なサービスの上限額(利用限度額)が設定されている。その後、ケアプランという介護サービス利用のスケジュール表を、ケアマネージャーが作成する。 ケアマネージャーは、要介護者・要支援者の状況に合わせてケアプランを作成し、利用業者の選定から発注までを行う。利用者個人が行ってもよい。
利用できるサービスの種類は、大まかに、①居宅(在宅)サービス、②地域密着型サービス、③施設サービスの3つ。 居宅サービスは、訪問介護(ホームヘルプサービス)、訪問入浴介護、訪問看護、訪問リハビリテーション、通所介護(デイサービス)、通所リハビリテーション(デイケア)、短期入所生活介護・短期入所療養介護(ショートステイ)、特定施設入所者生活介護(有料老人ホーム、ケアハウス等)などが存在。 また、地域密着型サービスとしては、認知症対応型通所介護(デイサービス)や、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)がある。
施設サービスは3種類で、介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)、介護老人保健施設(老人保健施設)、介護療養型医療施設(療養型病床)となっている。この施設介護の分野は、居宅サービスとは異なり、参入が規制されており、社会福祉法人や医療法人、自治体などに設立主体が限られている。 また、医療計画と同様、自治体は(介護保険事業計画)として、施設の「必要入所定員数」を定め、それを超える施設の設置が申請された場合に、拒否できる仕組みとなっている。
このため3施設では、入居費を含めた利用費が特定施設よりもかなり低いことと相まって、待機者問題が深刻。現在、全国で52万人程度の待機者が存在するとみられており、2~5年程度待つことは当たり前。 サービスの時間当たりの利用料金は、介護報酬単価として、医療保険同様に統制価格で固定されており、その1割を利用者が自己負担をし、残りの9割を保険者が支払う仕組み。 この介護報酬単価も、保険料と同様に、3年に一度改定される。