早稲田大学 現代政治経済研究所 招聘研究員 長江 亮 REASE公開講座:障害者雇用法制の現状と課題 ―合理的配慮と差別禁止と割当雇用の交錯(2015年3月7日) 障害者雇用法制と企業行動 早稲田大学 現代政治経済研究所 招聘研究員 長江 亮
報告の構成 差別禁止法と割当雇用制度 差別禁止法に対する研究 割当雇用制度に対する研究 まとめ
差別禁止法と割当雇用制度 差別禁止法 割当雇用制度 権利保障 雇用における障害者に対する 差別禁止・合理的配慮の提供 を義務化 社会的責任 障害者雇用未達成企業から納 付金徴収・障害者雇用納付金と してプールし大部分を達成企業 に分配 企業の費用負担は個別 企業の費用負担は共同
差別禁止法の効果(1) 企業の障害者雇用に対する意 思決定は、障害者雇用にかか る費用と便益を比較して決定 障害者雇用の費用 賃金 障害者雇用にかかる費用はいく つかの要因に依存⇒理論的に は最適解が不明 実証分析が必要 障害者雇用の費用 賃金 雇用・解雇 雇用維持 合理的配慮
差別禁止法の効果(2) Acemoglu and Angrist (2001) CPSを使用して、ADA施行の前 後で障害者の賃金、就業者数 が増えたか否かを分析 賃金:不明(変化なし) 雇用:マイナス ADAにより、障害者を雇用する 機会費用が高くなる(訴訟費用・ 合理的配慮など) ⇒さわらぬ神にたたりなし Johns(2008) 包括的なレビューを展開 現在でもAcemoglu and Angrist (2001)の検証した効果はくつが えされない ⇒差別禁止法の弊害
障害者の雇用の促進等に関する法律 主旨 ①障害者の雇用促進と安定 ②企業負担の均等化 1977年施行 一定率の障害者雇用義務を課す( 割当雇用) 法定雇用率:1.8% ;1998~2012( 1.6% in 1988-1997, 2.0% from 2013~ ) (% of the regular full- time employees) 納付金制度 未達成企業⇒納付金(5万):従業 員規模300人以上 達成企業 ⇒雇用調整・報奨金(① 2万5千円、②2万1千円) ※納付金対象企業:2010年7月1 日~201人以上、2015年4月1日~ 101人以上 罰則措置:企業名公表
割当雇用制度-雇用率・納付金制度 納付金 助成金 リハビリテーション基金 調整金・報奨金 法定雇用率未達成企業 法定雇用率達成企業
日本の障害者雇用施策の沿革 1977年:施行 1982年:納付金・助成金等引き上げ 1988年:法定雇用率引き上げ 1989年:報奨金引き上げ 1992年:納付金・助成金等引き上げ 1998年:法定雇用率引き上げ 2010年:法定雇用率適用企業拡大 2013年:法定雇用率引き上げ
法定雇用率未達成企業比率の推移
問題意識 〇なぜ法定雇用率を達成する企業は少ない?―現状は最適水準か? ①労働供給? 不就業者中の就業希望者 1)障害者:70.2% (『平成13年度障害児・者実態調査』 (厚生労働省)) 2)高齢者:15~20% (『平成16年度高齢者就業実態調査』 (厚生労働省)) 3)30代女性:15% (『平成14年労働力調査』(総務省)) ②労働需要? 1)偏見と差別 2)障害者雇用施策 ①罰則措置の有効性 ②雇用率・納付金制度の非効率性
雇用率・納付金制度の非効率性? 法定雇用率 未達成企業 達成企業 納付金① 納付金② 市場(②) リハビリテーション基金 調整・報奨金② 法定雇用率 未達成企業 達成企業 納付金① 納付金② 市場(②) リハビリテーション基金 調整・報奨金② 助成金
雇用率・納付金制度の問題が顕在? ★もし、納付金や補助金の額が 十分に低いのであれば、 ★全 体的な障害者雇用は促進され ない可能性が高い 企業負担の均等化 もしなされていなければ? ①障害者雇用難:費用負担 ②法定雇用義務はある 障害者雇用促進は 経営者に依存 罰則措置の有効性 もし有効でなければ? ①障害者を雇用しにくい企業は雇用努 力を行わない ②障害者を雇用しやすい企業でも雇用 努力を怠る可能性 ★もし、納付金や補助金の額が 十分に低いのであれば、 ★全 体的な障害者雇用は促進され ない可能性が高い
雇用率・納付金制度に関する先行研究 Tsuchihashi and Oyama(2010) Nagae(2013) 日本の制度が非効率であることを指摘.罰則措置が有効でない可 能性が否定できないことを指摘. Lalive et al. (2013) 少額の補助金や罰金が障害者雇用のインセンティブをもたらす. 残された課題 納付金・調整金額は適切な金額なのか?
Financial Incentive ? Levies Firms with more than 301 employees failing to achieve the employment quota 50,000 yen per month per shortfall of the legally required disabled workers Grants The firms with 301 workers or more that satisfy the employment quota 27,000 yen per month per disabled worker in excess of the legally required amount Government 21,000 yen per month per disabled worker in excess of the legally required amount The firms with 300 workers or less that satisfy the employment quota Grants
平均実雇用率と障害者雇用者数の推移: 1996-2013 Legal employment rate →The government provided the administrative guidance to the companies for employing the PWDs →The special subsidiary company system have begun in 2002 Stable The amounts of levies and grants had not changed thousand
従業員規模別にみた法定雇用率達成企業比率の推移 Source: Nagae(2014) “Disability employment and Productivity”
問題意識:納付金・助成金額は適切か? Griffin (1992):積極的差別是正措置;いくつかの組の雇用割当制度 ⇒投入要素は補完的に ⇒投入要素は補完的に ⇒企業の生産費用を上昇させる要因に 仮説:仮に納付金や補助金の額が十分に低いものであれば ⇒雇用調整費用は高くなる ⇒自己価格弾力性はいずれの投入要素でも低くなる
研究仮説と推定手法 仮説 割当雇用制度の下で、企業の負担は大きくなっているか 法定雇用率を達成している企業の自己価格弾力性は、未達成企業 よりも低くなっているか 推定手法 動学的労働需要関数をsystem GMMで推定
サンプルとデータ サンプル 推定期間の2003年から2010年までの間、東京に本社所在地があり 、データがすべて入手できる582企業 障害者のデータ 東京労働局より提供 その他の変数 『会社財務カルテ』東洋経済新報社
サンプルの企業規模分布
産業分布(1)
産業分布(2)
推定モデル
結果
分析のまとめ 割当雇用システムは、雇用調整速度を遅くするため、調整費用がよ り高くなる 正規労働者の自己価格弾力性は、法定雇用率達成企業の方が低く なる ⇒現在の納付金、補助金額は最適な水準よりも低い
わかったことと今後の課題 差別禁止法は企業のインセンテ ィブを熟慮したシステムにするこ とが必要(合理的配慮の役割) 割当雇用システムでは、納付金 や補助金の額が障害者雇用の インセンティブに影響する 今後、日本では納付金・調整金 の調整を適正に行うべき 割当雇用制度は権利を保障す る仕組みがない(合理的配慮の 内容を子細に検討する必要が ある) 障害者がどのような企業でより 多く雇用されているのかを分析 する 企業の内部データを用いて統計 的差別の有無を検証した研究と 組み合わせて検討する.
参考文献 Acemoglu D. and Joshua D. Angrist (2001)“Consequences of Employment Protection? The Case of the Americans with Disabilities Act.” Journal of Political Economy,Vol.109, No. 5, pp.915-57. Griffin Peter(1992) “The Impact of Affirmative Action on Labor Demand: A Test of Some Implications of the Le Chatelier Principle,” The Review of Economics and Statistics,vol.74,no.2 Jones, M. K. (2008). “Disability and the Labour Market: A Review of the Empirical Evidence”, Journal of Economic Studies, Vol. 35, 405- 424.
参考文献 Lalive, R.J.P, Wuellrich & J. Zweimüller (2012), “Do Financial Incentives Affect Firms’ Demand for Disabled Workers? ,” Journal of the European Economic Association 11, pp. 25–58. Nagae Akira,“Disability Employment and Productivity”, Japan Labor Review, Vol.45, No.1, winter 2015. Forthcoming.