Ⅲ 訪問介護サービス市場におけるPPPの評価 鈴木 亘(学習院大学経済学部) 堀田 聰子(東京大学社会科学研究所)
問題意識、着眼点 実際にPPPを達成した市場は少なく、定量的な評価は難しい。
データ (財)介護労働安定センターが2006年9月~10月に実施した「平成18年度介護労働実態調査・事業所調査」 調査対象は、全国の介護保険サービスを実施する事業所(名寄せベース)をWAM-NETから2分の1無作為抽出したサンプル。調査表配布の37,456事業所のうち、回収が11,627事業所。本稿の分析は、そのうち、訪問介護サービス(予防含む)を営む4,857事業所を対象。
分析1:サービスの質の指標の比較 経済学的に確立された指標があるわけではないが、鈴木(2002)、鈴木(2003)、内閣府(2002) を参考に、 (財)介護労働安定センター「介護労働実態調査・事業所調査」で取得可能な8つの指標を作成。 8つの各項目は2つの指標により構成。該当1点、該当無し0点として、単純合計したものを「総得点」(最大16点)。そのほかに、主成分分析によって第一主成分を取り出した「主成分得点」も作成。
①サービス内容の維持・管理 登録ヘルパーに「毎回、事業所に出・退勤させる」もしくは「1日分をまとめて報告書を提出させる」すなわち直行直帰でなく少なくとも稼働日に1回は事業所にたちより、情報共有をはかっている 「利用者・利用者の家族とのコミュニケーションをとり、その内容を報告するように始動している」
②職員管理 非正社員の採用にあたり、労働条件を「労働条件通知書の交付」「就業規則+辞令の交付」「書面による雇用契約書による」のいずれかにより明示している、すなわちなんらかの書面による労働条件明示を行っている 登録型ヘルパーに定期健康診断を実施している
③従業員の属性 訪問介護員の正社員比率が平均以上(平均27.1%、27%以上=1点) 職員のうち介護福祉士の比率が平均以上(平均20.3%、20%以上=1点) ④能力開発 人材育成の取組みが全体として同業同規模の他社と比べて「充実」もしくは「やや充実」 登録型ヘルパーについて、採用後に働きぶりや能力等により基本給見直し「あり」
⑤コミュニケーション管理 「職場内の交流を深め、コミュニケーションの円滑化をはかる」 「労働時間(時間帯・総労働時間)の希望を聞く」かつ「仕事内容の希望を聞く」すなわち定期的に管理者が職員と個別の意思疎通をはかる機会がある ⑥事業の安定性 訪問介護職員の過不足の状況「適当」もしくは「過剰」 登録型ヘルパーの事業所単位の離職率が平均以下(平均19.7%、20%未満=1点)
⑦利用者本位の姿勢 「時間にゆとりを持って仕事をするように指導している」 「業務内容に見合った能力を持つ職員を配置している」 ⑧安全・衛生管理 登録型ヘルパーに対し,採用時に「事故時の応急措置」及び「感染症予防対策」の研修を行っている 「災害や事故,ヒヤリ・ハットの報告書を作成し,周知するようにしている」
各経営主体ダミーと新規事業所ダミーを説明変数として、各サービス指標に回帰した分析を行った。 表6:社団・財団・協組、医療・社福が、公的主体である社協よりも有意に得点が高い。 個別項目ではかなり結果はばらつく。社協に比べて、その他の多くの経営主体が勝っている指標は、主に、能力開発、コミュニケーション管理、利用者本位の姿勢、安全・衛生管理といった項目であり、逆に、サービス内容の維持管理、従業員の属性、事業の安定性などは、むしろ社協の方がその他の多くの経営主体を上回っている。
訪問介護サービス事業所のコスト比較 経営主体別のコストを比較するためには、本来、事業所全体の費用がわかる必要があるが、このデータではそれがない。 代わりに、このデータでは、事業所内の従業員についてサンプリングを行い、賃金やその従業員の属性について詳細な情報が入手可能。 訪問介護サービスの主な費用項目は人件費であるから、賃金コストベースの比較を行なったとしても(人員配置やアウトプット価格は規制されているので)、そう大きく事業所全体のコストと異なるとは考えられない。
分析の対象は、正社員の所定内賃金。 ミンサー型の賃金関数を推計 被説明変数lwは対数賃金、Aは年齢、A2は年齢の2乗、Tは勤続年数、T2は勤続年数の2乗であり、Xはホームヘルパー1級や介護福祉士などの資格。Jは、事業所の諸属性。Zは経営主体のダミー変数であり、社協がベンチマーク。 そのほか、サービスの質を説明変数Sとしてコントロール。サービスの質得点は、総得点と主成分得点の他、8つの質指標を個別に説明変数としたものを用いることにする
結論 サービスの質についても公的主体よりも高く、サービスの質を考慮しても、NPO法人や社福・医療法人では賃金コストが低い。ただし、その差異は、民営化する経営主体によって差がある。 ただし、公的・民間主体の賃金コスト差もそれほど著しいものではない。この理由は、訪問介護サービス市場自体が、公的主体、民間主体が入り混じった競争を既に行っており、明らかにサービスの質やコスト面で劣っている事業主体が市場から淘汰され、Hirth(1999)が理論面で指摘しているように、両者の収斂傾向が起きていることが原因であろう。