法教育改革の理論と実践 名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂 2019/4/27 加賀山 茂 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
法教育改革の理論と実践 ・目次 Ⅴ 法教育の実践 Ⅰ 法教育の現状 Ⅱ 法教育の理念 Ⅲ 法教育の方法論 Ⅳ 法教育の評価方法論 Ⅴ 法教育の実践 4.双方向コミュニケーションとIT環境 コミュニケーションの前提 教師の役割 学生の役割 5.具体的な教育方法 予習用教材 電子掲示板 講義・演習方法 6.具体的な評価方法 評価基準の事前開示 採点方法の改善 Ⅵ 参考資料 参考文献 Ⅰ 法教育の現状 Ⅱ 法教育の理念 Ⅲ 法教育の方法論 1.法知識の確実な習得 認知科学の学習理論 Magical number 7±2 長期記憶の創造・再編成 2.創造的な思考力の育成 発見の重視 比較表の効用 Ⅳ 法教育の評価方法論 3.評価の公平・公正 評価基準の事前開示 採点方法の改善 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
Ⅰ 法教育の現状 日本の従来の法教育 教育は理論の他動的教授によってのみ与えられると考える。 Ⅰ 法教育の現状 日本の従来の法教育 教育は理論の他動的教授によってのみ与えられると考える。 講義では,先生は独断的に理論とその展開ないし応用を説ききかせるのみであって,学生の立場は徹頭徹尾受動的である。 末弘厳太郎 「法曹雑記」(1936年)『末広著作集Ⅳ・嘘の効用』日本評論社(1954年)229頁以下) 講義を聴いて黙々とノートをとる学生 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
知識の習得については優秀だが,自分の頭で考えることは苦手 日本の法教育の問題点 日本の法教育の問題点 知識を分量的に増加させることができる。しかし心と力とを養うことができない。 学生は,具体的事件に直面した場合に自分の知っている知識のうちどれをあてはめると問題が解決されるのか,それを直観的に判断決定すべき力を全くもたない。 末弘厳太郎 「法曹雑記」(1936年) 229頁以下。 知識の習得については優秀だが,自分の頭で考えることは苦手 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
法教育の困難性 -法知識の具体性と抽象性 ルールに基づく事実の発見と事実に基づくルールの再発見 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
Ⅱ 法教育の理念 司法制度改革審議会『意見書-21世紀の日本を支える司法制度』(平成13年6月12日) Ⅱ 法教育の理念 司法制度改革審議会『意見書-21世紀の日本を支える司法制度』(平成13年6月12日) 専門的な法知識を確実に習得させるとともに,それを批判的に検討し,また発展させていく創造的な思考力,あるいは 事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成する。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
Ⅲ 法教育の方法論 教育のジレンマ 分かっていることは教えてもらわなくてもよい。 分からないことは教えてもらっても分からない。 Ⅲ 法教育の方法論 教育のジレンマ 分かっていることは教えてもらわなくてもよい。 →すでに長期記憶にあることは,追加を要しない。 分からないことは教えてもらっても分からない。 →長期記憶にないことは,短期記憶で捨てられる。 学習と教育が成果を挙げる条件 “Magical number 7±2” の制約とその活用 まとめ 長期記憶の創造という観点からの法教育方法論 認知科学における学習理論 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
教育のジレンマ 教育に関する楽観論(やっていなかった人) 教育に対する悲観論(熱心にやったことのある人) 熱心に,分かりやすく教えれば,教育の効果は上がる。 教育に対する悲観論(熱心にやったことのある人) 教師:「できる学生」は教えなくてもわかるが,「できない学生」は,教えてもわからない。 →教えても,教えなくても,結果は同じ? 学生:わかっていることは本を読んだり,講義を聞いたりすると,よく理解できる。しかし,わからないことは,本を読んでも,先生に教えてもらっても,わからない。 →わかっていることは教えてもらわなくてもよい。分からないことは,教えてもらっても,結局,わからない? 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
1.法知識を確実に習得するための学習の条件 学習とは,いつでもどこでも利用できる構造化された知識(活きた知識)を,各人の長期記憶に追加することである。 短期記憶で扱えるのは, ”Magical number 7±2” といわれるように,7±2の独立項目に過ぎない。 長期記憶に格納された知識も,実際に推論をするためには,短期記憶に移さなければならない。 したがって,推論に使える知識というのは,7±2の独立項目に限定して,構造化されていなければならない。→単線的記憶では役に立たない。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
認知科学における学習理論 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
長期記憶の創造という観点からの法教育方法(まとめ) 1.注意を引くものだけが短期記憶に移行する →興味深い問題を取り上げる。 2.各人の長期記憶に存在しないことは理解できない →身近な事例を例にとって,常識的な解決との比較を行う。 3.短期記憶での処理は,7±2の独立項目に制限される →情報を単純化し,単線的でなく,構造化された知識として再編成する。 →学生の主体的な学習が何よりも大切。教師はヒントを与え,評価(主として褒めること)に徹する。 4.各人の長期記憶は異なる →教師と学生との間,さらに,学生同士のコミュニケーションが重要。 →各人の知識の量と質,正確性が検証できる。 →ソクラティック・メソッドの効用 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
2.創造的な思考力の育成 創造性とは何か? 創造性を高める方法は何か? 創造性の3要素 発見の重視 比較表の効用 新規性 → 発見の重視 新規性 → 発見の重視 高度性 → 比較表の効用 有用性 → 事例の解決 創造性を高める方法は何か? 発見の重視 法適用のプロセスは,発見の連続である 学習者の主観的な発見が,客観的な発見につながる 比較表の効用 比較は理解と発見を加速する 比較法も法制史も時空における比較の産物 比較表は創造性を飛躍的に高める 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
発見の重視 法適用のプロセスは発見の連続 発見は,主観・客観が連続している ルールを通じて事実を発見(事実認定) 事実を通じてルールを発見(法の適用) 発見は,主観・客観が連続している 学生の個人的な発見を重視し,褒める。 個人的な発見の延長上に,客観的な発見の可能性が広がるからである。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
魚網用タール事件における観点の発見と観点の移動 魚網用タール事件における法適用 債務不履行に基づく解除(民法543条)…第1審,第2審(肯定)/差戻後の第2審(否定) 危険負担における債務者主義(民法536条1項)…新田説等の少数説 危険負担における債権者主義(民法536条2項)…最高裁調査官解説 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
比較表の効用 表の列と行の対比を通じて,共通点と相違点とが明確となる 項目の相違点を比較することによって,知識が正確となる。 →専門知識の確実な習得 項目の共通点を見出すことによって新たな観点を発見することが容易となる。 →創造的な思考力の育成 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
比較表による多様な観点の発見 ①単なるデータベース 人名 命題 ソクラテス 汝自身を知れ。 ゲーテ 目標 手段 ソクラテス 汝自身を知れ ? ゲーテ 自国語を知ろうと思えば外国語を知れ。 人名 命題 ソクラテス 汝自身を知れ。 ゲーテ 外国語を知らない人は自国語も理解できない。 ②→ 観点の発見 ⑤観点の充実した比較表 ↓③ある観点による空白の補充 目標 手段 空間比較 時間比較 哲学 自分を知る 他人 遺伝子,祖先 語学 自国語を知る 外国語 古文 法学 自国法を知る 比較法 法制史 命題 目標 手段 ソクラテス 自分を理解する 他人を知る ゲーテ 自国語を理解する 外国語を知る ④← 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
Ⅳ 法教育の評価方法論 教育目標,方法,評価は三位一体 教育評価の公平・公正 評価基準のない目標は,選挙公約に等しい? Ⅳ 法教育の評価方法論 教育目標,方法,評価は三位一体 評価基準のない目標は,選挙公約に等しい? 教育目標・シラバスと評価基準とは同時に開示すべき。 教育評価の公平・公正 評価基準の事前開示 採点方法の改善(自動化) 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
3.教育評価の公平・公正 採点の客観化 学生による授業評価の制度化 複数人による答案の採点システム←欠点が多い。 答案の自動採点・評価プログラムの作成へ。 学生による授業評価の制度化 双方向コミュニケーションの制度的実現 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
Ⅴ 法教育改革の実践 双方向コミュニケーションとIT環境 具体的な教育方法 具体的な教育評価 予習用教材 議論に参加できる前提知識の習得 Ⅴ 法教育改革の実践 双方向コミュニケーションとIT環境 具体的な教育方法 予習用教材 議論に参加できる前提知識の習得 電子掲示板 各人のレベルに即した助言・指導 講義・演習方法 限られた時間内での真剣な議論 具体的な教育評価 評価基準の事前開示 最初から公開 採点方法の改善 自動採点システムで公平・公正な評価 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
4.双方向 コミュニケーション コミュニケーションの前提 コミュニケーション環境 コミュニケーション主体 4.双方向 コミュニケーション コミュニケーションの前提 前提としての和の精神(何を言っても怒られない) コミュニケーション環境 教室でのコミュニケーション インターネットでのコミュニケーション コミュニケーション主体 教師の役割-教えようと思うな 学生の役割-主体的に学べ 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
コミュニケーションの前提 和の精神(何を言っても怒られない) 時間という公共財を公平に利用する(時間配分の公平性) 十七条の憲法 第一条 調和があって和やかであることが望ましい。…上の者も調和をもって和やかに、下の者も睦まじく話し合えば、おのずから事の道理が通じ合い、どんなことでも成就するものである。 第十条 人が自分と違うからといって怒らないようにせよ。… 和とは,議論の後の和を意味するのではなく,「議論の前提としての和」のことである。議論の過程の和を通じて,誰でも怒られることなく,自由に自分の意見を述べられるという環境が確保されなければならない。 誰も怒られることなく,自由な議論ができれば,「おのずから事の道理が通じ合い、どんなことでも成就するものである」というのが和の精神である。 時間という公共財を公平に利用する(時間配分の公平性) 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
コミュニケーション環境 教室での議論 インターネット空間での議論(電子掲示板) 一定時間内で緊張感のある議論ができる。 しかし,発言できる人の数が制約される。 しかも,時間的制約があり,議論が尽くせない。 インターネット空間での議論(電子掲示板) 時間的・人数的・場所的制約からの解放 ゆっくり考えてから発言できる。 いつでも・誰でも・どこからでも発言できる。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
教師の役割 -教えようと思うな 典型事例の提供 知識の構造化の参考例の導入 練習問題,応用問題の提供 教師の役割 -教えようと思うな 典型事例の提供 日常事例等の身近な経験可能な事例を通じて,法的知識を導入する。 知識の構造化の参考例の導入 常識と比較しながら,法律知識の内容と適用の方法を紹介する。 練習問題,応用問題の提供 新しい知識によって容易に解決できる問題と,簡単には解けない問題とを提出し,解き方のヒントを与える。 間違いを修正する→発問戦略 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
学生の役割 -主体的に学べ 講義を理解するための予備知識の導入。 応用問題を解けるようになるための知識の精緻化。 長期記憶の再編成 学生の役割 -主体的に学べ 講義を理解するための予備知識の導入。 法律知識を典型事例に適用してみて,妥当な解決が得られるかどうかを予習によって吟味する。 応用問題を解けるようになるための知識の精緻化。 これまでの知識と新しい知識とを比較して,その違いを明らかにし,従来の知識を追加したり,修正したりする 長期記憶の再編成 習得した知識で,講義中に提起されるさまざまな問題が解けるかどうかを復習を通じて再確認し,さらに,知識の追加・修正を行う。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
5.法教育改革の実践 -民法(家族法)を中心に 5.法教育改革の実践 -民法(家族法)を中心に 双方向コミュニケーションのための電子掲示板の利用 学生の質問に即座に答える 電子掲示板での質疑応答 学生同士の情報交換 試験による評価 評価基準の事前開示 (情報法の場合) 試験問題と模範解答例 (契約法の場合) 答案の自動採点プログラムによる客観的な評価 学生による授業評価 予習教材をホームページ上で公開 法科大学院用のホームページ 家族法講義レジュメ (実定法入門,契約法,情報法) 関連法令,関連判例(1審,2審,最高裁)の全文データベース 予習を前提にした講義展開 ソクラティック・メソッド,事実関係の重視 家族法判例百選第 1事件 (子に嫡出性を与えるための婚姻の効力) 家族法判例百選第22事件 (推定の及ばない嫡出子) 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
5.答案自動採点プログラムによる客観的評価 (明治学院大学の2年次の学生400名を対象とした 「魚網用タール事件」に関する事例問題で試験を実施) プログラムにより提供されるもの 試験の答案を自動採点 各自の解答が体系的にどのような意味をもつのか明示 誤答個所とそれによる減点数の明示 ↓ 客観的評価の実現 答案自動評価・採点プログラム(配布条件を検討中) 成績評価の実例 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
参考資料 記憶と構造 創造性とは何か 十七条憲法と和の精神(議論の前提) 魚網用タール事件 参考文献 「寿限無」の単線的記憶 「寿限無」の構造的記憶 契約類型の構造的記憶 創造性とは何か 比較表を使った創造的思考の開発 比較表の例 予習の効用 ケース・メソッドの効用 十七条憲法と和の精神(議論の前提) 魚網用タール事件 参考文献 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
記憶と構造 単線的記憶 構造化された記憶 覚え方 使い方 覚え方 使い方 リズムに乗せる 何度も反復する はじめからしか取り出せない パフォーマンスのみ 構造化された記憶 覚え方 7±2以内のインデックスにしたがって,指折り数える 使い方 どこの箇所からでも取り出せる 他の問題にも応用がきく 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
「寿限無」の単線的記憶 「寿限無」の正式名 寿限無寿限無,五劫のすりきれ,海砂利水魚の水行末,雲来末,風来末,食う寝るところに住むところ,やぶらこうじのぶらこうじ,パイポパイポ,パイポのシューリンガン,シューリンガンのグーリンダイ,グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
「寿限無」の構造的記憶 長生きの保証(要件) 長生きの名の例(比較) めでたさ,数限りのなさ 生活の安定 唐土(もろこし) 日本 寿命の長さ 寿限無,五劫のすりきれ 数の多さ 海砂利,水魚 果てのなさ 水行末,雲来末,風来末 生活の安定 生活環境 食う寝るところに住むところ 環境への適用(生命力) やぶらこうじのぶらこうじ 長生きの名の例(比較) 唐土(もろこし) 国の名:パイポ 親の名 王:シューリンガン 后:グーリンダイ 子の名 姉:ポンポコピー 妹:ポンポコナ 日本 長久命(長久,長命) 長助 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
契約の種類の構造的記憶 契約の目的 契約の性質 契約の名称 財産権の 移転 財産権の移転のほか, 目的物の引渡・保存を含む 無償 贈与 有償 金銭 売買 物 交換 代替物の返還が必要 無償,有償 消費貸借 その他 物の利用(使用・収益) 使用貸借 賃貸借 労務の利用 雇傭 請負 委任 寄託 物・労務の利用の結合 組合 終身定期金 紛争の解決 和解 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
創造性とは,新しい観点の発見と新しい組み合わせ 創造性は,既存の要素(事実,概念,原理)の新たな組み合わせに過ぎない。 子も,両親の遺伝子の新たな組み合わせによって生まれてくる。 新たな組み合わせは,多様性を生じさせる 新しい組み合わせによる創造の多くは,環境に適合できずに消滅していく。 新たな組み合わせによる創造のうち,少数のものだけが,現在,および,将来の環境に適合して,生存しうる。 法分野において,新たな組み合わせが環境に適応した成功例 CISG:大陸法と英米法の法理の組み合わせ ファイナンス・リース契約:割賦販売と賃貸借の組み合わせ フランチャイズ契約:商標,ノウハウの組み合わせによる新しいビジネスモデルの提供 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
新しい観点・組合せの発見には,表による比較が有用 新しい観点の発見は,比較から生じることが多い 他人と自分とを比べてみてはじめて自分を知ることができる。 外国語を習得して初めて自国語の特色を発見する。 法律家にとって創造の源泉となっている法制史も比較法も,時間的,場所的比較である。 新しい組み合わせは,要素を表に表現することによって発見できることが多い。 問題点を表にすると,複雑な議論が単純となり,理解が深まる。 問題点を表にまとめて見ると,抜けている論点が明確になり,創造性が促進される。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
表による比較を通じて創造性を高めるための例 空間的比較 時間的比較 ? 自分を知る 他人を知る ?→祖先,遺伝子を知る 自国語を知る 外国語を習得する ?→古文,文語を学ぶ 法を知る 外国(州)法を学ぶ 法の歴史を学ぶ 発想を得る ?→ 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
予習は創造的な思考力を育てる 創造的な思考方法を身につけるということは,従来にはない思考方法を発見することである。 そのためには,日々の学習の中に,相対的ではあっても,発見のプロセスを組み込む必要がある。 課題の答えを教えてもらう前に,それに対して自分の力で答えを発見するプロセスとしての予習は,なにも努力をせずに教えてもらった答えを知ってからその課題を解くプロセスとしての復習とは,根本的に異なる。 予習をして,課題の意味と困難さを知った学生と教師の間には,深い密度のコミュニケーションが成り立ちうるし,相互の信頼と尊敬の関係をも確立することができる。 そのような環境の下で行われる,ケース研究や演習を通じて,創造性が育っていくと思われる。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
ケース・メソッドも,創造的な思考方法を育てる ケース・メソッドは,予習を前提とした場合,具体的な事件を取り上げることで,従来の思考方法では限界があることを気づかせることになる点で,創造的な思考力を育成するために有用である。 末弘厳太郎 「法曹雑記」(1936年)に見るケース・メソッドの興味深い理解 ケース・メソッドは禅の修行に類似した教育方法である。 先生は教えないでただ公案を与える。公案を与えて考えさせる。 公案を与えつつ老師の与えるヒントによってみずから悟りに赴くようにさせるところに禅の修業の本旨がある。 ケース・メソッドは畢竟これと同じところをねらった教育方法である。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
十七条憲法(抄)と 和の精神(議論の前提) 第一条 調和があって和やかであることが望ましい。…上の者も調和をもって和やかに、下の者も睦まじく話し合えば、おのずから事の道理が通じ合い、どんなことでも成就するものである。 第十条 人が自分と違うからといって怒らないようにせよ。人には皆それぞれ心があり、お互いに譲れないところもある。彼がよいと思うことを、自分はよくないと思ったり、自分が良いことだと思っても、彼の方は良くないと思ったりする。自分が聖者で、彼が愚者ということもない。ともに凡人なのである。是非の理は誰も定めることはできない。お互いに賢者でもあり愚者でもあることは、端のない環のようなものだ。ということで、相手が怒ったら、自分が過ちをしているのではないかと反省する。自分一人が正しいと思っても、衆人の意見も尊重し、その行なうところに従うがよい。 第十七条 物事は独断で行なってはならない。必ず大衆と論じあうようにせよ。些細なことは必ずしも皆にはからなくてもよい。大事な事を論じる場合には、誤りがありはしないかと疑わなければならない。多くの人々と相談し合えば道理に適ったことを知り得る。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
漁網用タール事件 -事実の概要 X漁業協同組合は,A社の溜池に貯蔵されているY所有の漁業用タール(3,000~3,500トン)のうち,2,000トンをYから見積価格49万5,000円で購入することとし,引渡については,買主Xが売主Yに対して必要の都度その引渡を申し出て,Yが引渡場所を指定し,Xがドラム缶を当該場所に持ち込みタールを受領し,1年間で2,000トン全部を引き取るという契約を締結し,手付金20万円をYに交付した。 Yは,Xの求めに応じて10万7,500円分のタールの引渡を行ったが,その後,Xは,タールの品質が悪いといってしばらくの間引き取りに来ず,その間Yはタールの引渡作業に必要な人夫を配置する等引渡の準備をしていたが,その後これを引き上げ,監視人を置かなかったため,A社の労働組合員がこれを他に処分してしまい,タールは引渡し期限前に滅失するにいたった。 Xは,Yのタールの引渡不履行を理由に残余部分につき契約を解除する意思表示をし,手付金から引渡を受けたタールの代価を差し引いた残金9万2,500円の返還を請求した。 Xは,Yの債務不履行を理由に契約を解除して残代金の支払いを免れうるか。反対に,Yは,残代金の支払いを求めうるか。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
第一審・第二審判決 売買の目的物は特定し,Yは善良なる管理者の注意を以てこれを保存する義務を負っていたのであるから,その滅失につき注意義務違反の責を免れず,従って本件売買はYの責に帰すべき事由により履行不能に帰した。 Xが昭和24年11月15日になした契約解除は有効である。 手附金からすでに引渡を終えたタールの代価を差し引いた金額に対するXの返還請求を認容した。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
最高裁昭30・10・18判決(1/3) (最三判昭30・10・18民集9巻11号1642頁) 原審は,…売買の目的物は特定し,Yは善良なる管理者の注意を以てこれを保存する義務を負っていたのであるから,その滅失につき注意義務違反の責を免れず,従って本件売買はYの責に帰すべき事由により履行不能に帰したものとし,Xが昭和24年11月15日になした契約解除を有効と認め,前記手附金からすでに引渡を終えたタールの代価を差し引いた金額に対するXの返還請求を認容したものである。 以上の判断をなすにあたり,原審は,先ず本件売買契約が当初から特定物を目的としたものかどうか明らかでないと判示したが,売買の目的物の性質,数量等から見れば,特段の事情の認められない本件では,不特定物の売買が行われたものと認めるのが相当である。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
最高裁昭30・10・18判決(2/3) そして右売買契約から生じた買主たるXの債権が,通常の種類債権であるのか,制限種類債権であるのかも,本件においては確定を要する事柄であって,例えば通常の種類債権であるとすれば,特別の事情のない限り,原審の認定した如き履行不能ということは起らない筈であり,これに反して,制限種類債権であるとするならば,履行不能となりうる代りには,目的物の良否は普通問題とはならないのであって,Xが「品質が悪いといって引取りに行かなかった」とすれば,Xは受領遅滞の責を免れないこととなるかもしれないのである。 つぎに原審は,本件目的物はいずれにしても特定した旨判示したが,如何なる事実を以て「債務者ガ物ノ給付ヲ為スニ必要ナル行為ヲ完了シ」たものとするのか,原判文からはこれを窺うことができない。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
最高裁昭30・10・18判決(3/3) 論旨も指摘する如く,本件目的物中未引渡の部分につき,Yが言語上の提供をしたからと云って,物の給付を為すに必要な行為を完了したことにならないことは明らかであろう。 従って本件の目的物が叙上いずれの種類債権に属するとしても,原判示事実によってはいまだ特定したとは云えない筋合であって,Yが目的物につき善良なる管理者の注意義務を負うに至ったとした原審の判断もまた誤りであるといわなければならない。 要するに,本件については,なお審理判断を要すべき,多くの点が存するのであって,原判決は審理不尽,理由不備の違法があるものと云うべく,その他の論旨について判断するまでもなく,論旨は結局理由があり,原判決は破棄を免れない。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
差戻後の高裁判決(1/5) (札幌高函館支判昭37・5・29高民集15巻4号282頁) Yは前記会社より前記製鉄所構内にある溜池中正門から入り左側に存する特定の一溜池に貯蔵してあつた廃タール全量(約3千トンないし3千5百トン)を買受けていたもので,Xに対する本件売買においては右の特定の溜池に貯蔵中のタール全量約3千トンないし3千5百トン中2千トンがその目的物とされたものであることが認められるのであるから,右売買契約から生じた買主たるXの債権は制限種類債権に属するものというべきである。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
差戻後の高裁判決(2/5) そして,前段認定の事実によれば,YはXが残余タールの引渡を申し出で容器を持参すれば直に引渡をなしうるよう履行の準備をなし,言語上の提供をしただけであって,Xに引渡すべき残余タールを前記溜池から取り出して分離する等物の給付をなすに必要な行為を完了したことは認められないから,残余のタールの引渡未済部分は未だ特定したと云い得ないけれども,前認定の如く,右引渡未済部分も含めて右特定の溜池に貯蔵中のタールが全量滅失したのであるから,Yの残余タール引渡債務はついに履行不能に帰したものといわなければならない。 そこで,右履行不能がYの責に帰すべき事由によるものであるかどうかについて考えるのに,本件残余のタールが特定するに至らなかったことは前叙のとおりであるから,Yは特定物の保管につき要求せられる善良な管理者の注意義務を負うものではない。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
差戻後の高裁判決(3/5) ただ,本件の如く,特定の溜池に貯蔵中のタールの内その一部分の数量のタールの引渡を目的とする制限種類債権にあっては,通常の種類債権と異なり給付の目的物の範囲が相当具体的に限定せられているから,その限定せられた一定範囲の種類物全部が滅失するときは,目的物の特定をまたずして履行不能が起りうるので,少くとも債務者はその保管につき自己の財産におけると同一の注意義務を負うと解すべきところ,これを本件についてみるのに, 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
差戻後の高裁判決(4/5) 当審における控訴本人尋問の結果(第一,二回)によればYは前認定のように溜池からスチームを取外し人夫を引揚げた後は,本件溜池に貯蔵中のタールの保管について監視人を置く等特別の措置をとらなかったけれども,右溜池は前記輪西製鉄所の構内にあり,右製鉄所の出入口には昼夜引き続き右製鉄所の守衛が配置され,第三者がみだりに右構内に出入することはできない状況にあったので,Yは格別の保管措置を講ぜなくとも盗難等による滅失の虞れはないものと判断して会社の管理下に委ねたもので,漫然野外に放置して,目的物を捨てて顧りみなかったものではないことが窺われるので,本件目的物の性質,数量,貯蔵状態を勘案すれば,Yとしては本件タールの保管につき自己の財産におけると同一の注意義務を十分つくしたものと認めるのが相当であって,この点についてYに右注意義務の懈怠による過失はなかったものと云わなければならない。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
差戻後の高裁判決(5/5) その他右滅失につきYの故意又は過失を認めるに足るべき何等の証拠がない。 しからば,XがYに対しなした債務不履行を理由に本件売買契約を解除する旨の意思表示は無効であって,これを前提とする本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。 よって,右請求を認容した原判決はこれを取消し,Xの請求を棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003
参考文献 プラトン著/藤沢令夫訳『メノン』岩波文庫(1994年)。 シュムペーター(J. A. Schumpeter)著/塩野谷祐一,中山伊知郎,東畑精一訳『経済発展の理論-企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究-』岩波文庫(上,下)(1977年)。 末弘厳太郎「法曹雑記」(1936年)『末弘著作集Ⅳ・嘘の効用』日本評論社(1954年)所収229頁以下。 松浦好治「‘Law as Science’論と19世紀アメリカ法思想(1)~(3)-ラングデル法学の意義-」中京法学16巻2号(1981)50-76頁,中京法学16巻4号(1982)24-53頁,阪大法学125号(1982)51-86頁。 佐伯胖「認知科学の誕生」渕一博編著『認知科学への招待 第5世代コンピュータの周辺』〔NHKブックス446〕日本放送協会(1983年)9-41頁。 フリチョフ・ハフト/平野敏彦訳『レトリック流法律学習法』〔レトリック研究会叢書2〕木鐸社(1992年)。 米倉明「ロースクール1年生(法学未修者)に対する民法の教え方-ひとつの覚書-」日弁連法務研究財団『法科大学院における教育方法』商事法務(2003)1-24頁。 2019/4/27 (CL) KAGAYAMA Shigeru, 2003