器械近視  ~1960年代の福島医大における研究の紹介~ 桜水さかい眼科   橋本禎子 北福島医療センター 八子恵子.

Slides:



Advertisements
Similar presentations
の範囲に、 “ 真の値 ” が入っている可能性が約 60% 以上ある事を意味する。 (測定回数 n が増せばこの可能性は増 す。) 平均値 偶然誤差によ るばらつき v i は 測定値と平均値の差 で残差、 また、 σ は、標準誤差( Standard Error, SE ) もしくは、平均値の標準偏差、平均値の平均二乗.
Advertisements

心理的ストレスに対する心臓血管反応 ー認知的評価の導入ー 社会精神生理学への招待 日本大学大学院理工学研究科 山田クリス孝介
インターネット利用と学生の学力  中島 一貴  三国 広希  類家 翼.
点対応の外れ値除去の最適化によるカメラの動的校正手法の精度向上
現場における 熱貫流率簡易測定法の開発  五十嵐 幹郎   木村 芳也 
視力の成長応援手帳 Ver.4 1.目的 使用開始 年 月 日 氏名 誕生日 年 月 日 住所 連絡先 ( )
心理測定法 4月14日~21日 感覚の測定.
順序立った判読の仕方.
第9回 二標本ノンパラメトリック検定 例1:健常者8人を30分間ジョギングさせ、その前後で血中の
視力の成長応援手帳 Ver.5-1 1.目的 使用開始 年 月 日 氏名 誕生日 年 月 日 住所 連絡先 ( )
日食直前講習会 ~太陽と月のコラボレーション~ 携帯電話のカメラで撮った月(ここの屋上の望遠鏡にて) 安全に、楽しく日食を見るために
教員免許講習 光学分野 分光筒 ピンホール・レンズカメラ 望遠鏡 東京理科大学 川村研究室.
高分子電気絶縁材料の撥水性の画像診断に関する研究
統計的仮説検定 治験データから判断する際の過誤 検定結果 真実 仮説Hoを採用 仮説Hoを棄却 第一種の過誤(α) (アワテモノの誤り)
次世代超大型望遠鏡の 広視野補償光学系の光学設計
VEP(視覚誘発電位) 刺激: 格子縞反転 チェックサイズ: 15’, 30’ 刺激頻度: 1 Hz 周波数帯域: 0.5~200 Hz
木下基、Manyalibo J. MatthewsA、秋山英文
基礎ゼミ 第三章  レンズによる結像 2016年5月16日 西村 彬.
みさと8m電波望遠鏡の性能評価 8m (野辺山太陽電波観測所より) (New Earより) 和歌山大学教育学部 天文ゼミ  宮﨑 恵 1.
電子物性第1 第6回 ー原子の結合と結晶ー 電子物性第1スライド6-1 目次 2 はじめに 3 原子の結合と分子 4 イオン結合
統計リテラシー育成のための数学の指導方法に関する実践的研究
顕微鏡用ものさし ミクロメーターの使い方 顕微鏡下で試料の大きさを測定する.
3.8 m望遠鏡主鏡エッジセンサ 開発進捗 京都大学 理学研究科 M2 河端 洋人.
京大岡山3.8 m望遠鏡計画: 分割主鏡制御エッジセンサの開発
② ① ③ スマホを使用するようになって、少年野球や少年少女卓球で、今までより空振りをすることが増えてきたといわれています。その原因は?
ティコ第2星表を用いた限界等級の測定 目的 内容 宇宙粒子研究室 竹川涼太
フリッカー値とその測定方法について 17070540       松本 春菜.
ー 第1日目 ー 確率過程について 抵抗の熱雑音の測定実験
前回の内容 結晶工学特論 第5回目 Braggの式とLaue関数 実格子と逆格子 回折(結晶による波の散乱) Ewald球
繰り返しのない二元配置の例 ヤギに与えると成長がよくなる4種類の薬(A~D,対照区)とふだんの餌の組み合わせ
3 耳栓.
みさと8m電波望遠鏡の 性能評価 富田ゼミ 宮﨑 恵.
長岡技科大オープンハウス 岐阜高専4年電子制御工学科 森 永二郎.
メディア技術と教育 メディア(media):情報媒体 情報(コンテンツ)と媒体(メディア)の分離性と依存性 人は「情報」とどのように接するか
小山工業高等専門学校 電子制御工学科 4年 小山田 晃
井澤修平 早稲田大学大学院人間科学研究科 日本学術振興会特別研究員
京大極限補償光学 点回折干渉を用いた 波面センサの開発
Rコマンダーで分割プロットANOVA 「理学療法」Vol28(8)のデータ
健診におけるLDLコレステロールと HDLコレステロールの測定意義について~高感度CRP値との関係からの再考察~
トリガー用プラスチックシンチレータ、観測用シンチレータ、光学系、IITとCCDカメラからなる装置である。(図1) プラスチックシンチレータ
位相カメラの進捗状況 京都大学修士1回 横山 洋海.
Rコマンダーで2元配置ANOVA 「理学療法」Vol28(8)のデータ
二重課題による ワーキングメモリの増減  情報システム工学科3年 038 田中 祐史.
モルタルの化学反応による 劣化メカニズムと数値解析
統計学 西 山.
シラタマホシクサの地域文化の検証とフェノロジーの年変動
内視鏡画像からの奥行き情報提示による 視覚支援システムの開発
実習その2 銀河までの距離を求める 東京大学大学院理学系研究科天文学専攻 修士課程2年 藤原英明.
宇宙線ミューオンによる チェレンコフ輻射の検出
CAVEを用いた仮想空間での ヒトの移動認知に関する研究 福岡工業大学 情報工学部 情報工学科 石原研究室 4年 14A1003 石原義大
Scintillator と Gas Cherenkovと Lead Glass のデータ解析
1.光・音・力.
固視訓練を指導した 強度近視の1例 福島県立医科大学 松野 希望.
CCDカメラST-9Eの      測光精密評価  和歌山大学 教育学部           自然環境教育課程 地球環境プログラム 天文学専攻 07543031   山口卓也  
X線CCD検出器 ーCCD‐CREST(deep2)ー の性能評価と性能向上 (京阪修論発表会)
第1学年 目標 (1) 具体物を用いた活動などを通して,数についての感覚を豊かにする。数の意
1:Weak lensing 2:shear 3:高次展開 4:利点 5:問題点
10MeV近傍の2H(p,pp)n における Star断面積異常探索
「非破壊試験等によるコンクリートの品質管理について」改定のポイント
Winston cone を用いた チェレンコフカウンター
MOAデータベースを使った セファイド変光星の周期光度関係と 距離測定
内容 簡単な観察を行い,光学顕微鏡の基本操作を身につける。
欅田 雄輝 S 北陸先端科学技術大学院大学 知識科学研究科
AIRT40+TONIC2 for JARE53/54 Winter-over Observation 新光学系 備忘録
回帰分析入門 経済データ解析 2011年度.
身のまわりの生物を観察しよう 顕微鏡の使い方.
振幅は 山の高さ=谷の深さ A x A.
荷電粒子の物質中でのエネルギー損失と飛程
磁場マップstudy 1.
60Co線源を用いたγ線分光 ―角相関と偏光の測定―
Presentation transcript:

  器械近視  ~1960年代の福島医大における研究の紹介~ 桜水さかい眼科   橋本禎子 北福島医療センター 八子恵子

器械近視 「屈折異常とその矯正」所敬著 P125 望遠鏡や顕微鏡などの光学器械を 覗くときに起こる近視化 視度調整を行うと負に傾いている <要因> ・生理的要因・・・ 調節安静位、年齢 ・心理的要因・・・ 予測調節 見ようとする事が心理的に調節に作用 ・器械的要因・・・ 器械の光学的性能や機械的構造 双眼鏡筒の接眼レンズ視軸のなす角度 視野の明るさ等

1883年 夜間近視の現象が初めて発見 以後、戦争中の夜間視力増強の必要性もあり、研究が進む (1958年村田先生の報告 球面収差、色収差、調節の影響大) 一方、器械近視の現象は古くから知られていたが、 1958年 Hebert Schober氏が、Instrumentenmyopia(器械近視)と 提唱し、調節安静位とそれより遠方のものを見るため の負の調節努力の差と説明 1960年 アコモドメーターの開発(阪大) 夜間近視は調節安静位への復帰?と理解される 夜間近視、調節安静位とともに器械近視の研究が進む 夜間近視と同様に調節安静位への復帰なのか?

tonic accommodation(TA)  調節にかかわる刺激が全くない時、  目の焦点は遠点と近点の間のどこかにある 遠点 近点 調節安静位(Kühl 1944)    調節刺激が無い状態での屈折値    目が調節を休止し、安静になった状態?    調節刺激が低下すると屈折状態はここへ向かう Negative accommodation Positive accommodation 視標を鮮明に みることができる 最も遠い距離 最も近い距離 夜間近視 器械近視 近年調節安静位は調節無刺激状態での調節量として 認識されるようになり、 調節機能の一部としての意味を持つ TAと同義と考えられています。 そしてTAは、我々が日常生活において合理的に、無駄なく調節ができるための意味を持っているとされています。 tonic accommodation(TA)    調節無刺激状態での調節量(近視化) 調節機能の一部

「器械近視に関する研究」 福島県立医科大学眼科学教室 大橋利和 1)臨床眼科20巻11号 P143~144(1966)      福島県立医科大学眼科学教室 大橋利和       1)臨床眼科20巻11号 P143~144(1966)  2)日眼会誌71巻 7号 P276~285(1967) ・器械近視の出現の程度 ・器械近視と屈折異常 ・器械近視と瞳孔径 ・器械近視と調節安静位

  器械近視の測定方法 日本光学社製簡易検眼器の射出瞳が 視力表から5mのところになるように三脚に据えて設置 被験者の1眼で検眼器から視力表を見て、カメラのピント合わせの要領で接眼鏡を回転し、視標にピントが合ったときのメモリ (+4D~-4D)を読み、器械近視の程度とする 簡易検眼器は3枚のレンズよりなり、接眼筒を回しても 射出瞳孔の位置や大きさ、倍率は変化しない

器械近視の出現の程度 対象 18歳から49歳の40名80眼 裸眼視力1.0以上で屈折異常のないもの  器械近視の出現の程度  対象 18歳から49歳の40名80眼     裸眼視力1.0以上で屈折異常のないもの  結果 ピークは-0.5D 平均-0.79D 分布+0.25D~-2.75D

屈折異常と器械近視 方法:視標面照度600Lux、視力1.0のランドルト環を5mに提示 視標にピントが合った時の検眼器のメモリを読む   屈折異常と器械近視 方法:視標面照度600Lux、視力1.0のランドルト環を5mに提示    視標にピントが合った時の検眼器のメモリを読む 対象:正視、若年群        11~28歳 18名36眼    正視、中年群        41~56歳 32名64眼    近視、若年群 -0.5D~-3.0D 14~37歳 10名15眼    近視、中年群 -0.5D~-3.0D 40~51歳 16名29眼    遠視、中年群 +0.5D~+1.5D 39~55歳 16名26眼 近視群の屈折異常の程度に関しては、簡易検眼器の構造上、 矯正眼鏡を使用せずに検査可能な-3.0D以下とした 対象につき、ミドリンP点眼で散瞳前後の結果を比較した

屈折異常と器械近視の出現度 散瞳前 散瞳後 器械近視の平均値は 若年者でより大きく 近視で小さい傾向だが有意差なし 若年正視 散瞳後 中年正視 若年近視 平均 中年近視 中年遠視 (平均値) 器械近視の平均値は 若年者でより大きく 近視で小さい傾向だが有意差なし 中年正視、近視、遠視各群の 散瞳     前後で有意差あり 器械近視には調節の影響が大きい (ミドリンP) P<0.05 P<0.01

器械近視と瞳孔径 簡易検眼器の覗き孔(射出瞳4mm)に接して1.0mm~4.0mmの小孔鏡を置き実験Ⅰと同様に器械近視を測定 対象  器械近視と瞳孔径 簡易検眼器の覗き孔(射出瞳4mm)に接して1.0mm~4.0mmの小孔鏡を置き実験Ⅰと同様に器械近視を測定 対象  無散瞳下の測定   福島医大眼科医師、技師            年齢22~33歳 正視5名10眼 調節麻痺後の測定  福島医大学生            年齢18~27歳 正視9名9眼           サイプレジン5分置き2回点眼                     1時間後測定

瞳孔径の違いによる器械近視の測定結果 瞳孔径による変動は 調節麻痺前と相似 サイプレジンによる 調節麻痺により 器械近視は +側にシフトし  瞳孔径の違いによる器械近視の測定結果 小孔鏡無し 瞳孔径による変動は 調節麻痺前と相似 サイプレジンによる 調節麻痺により 器械近視は +側にシフトし 変動幅も半減 瞳孔径よりも 調節の影響が大? (サイプレジン) 射出瞳4mmの簡易検眼器に4mmの小孔鏡を通して見せただけで器械近視はより近視化 覗くということにより心理的な調節努力が起こる

調節安静位と器械近視の関係 1)アコモドメーターによる調節安静位の測定 アコモドメーターを使用して調節幅と調節安静位を測定し 安静位を起点に調節反応曲線を描き器械近視との関係を検討 阪大式アコモドメーター 調節機能の特性を調節域と調節所要時間から解析 半透反射面を持つ複合プリズムで3つの光路が常に開放 ランプハウスはスイッチで制御し、各光路の視標の点灯消灯、 点灯時間、消灯時間を変えられる 視標の虚像の出現位置は別個のつまみで任意のDに設定可能 同じDで3視標を点灯すると極めて近くに並んで見える

暗室内でアコモドメーター内も消灯し、完全な暗黒状態にしておき アコモドメーターによる調節安静位の検出        (阪大の報告の追実験)    対象:24~36歳の正視者10名10眼   フリースタート法   暗室内でアコモドメーター内も消灯し、完全な暗黒状態にしておき   各人の調節幅内の各Diopterに相当する位置に 突然視標を提示。 点灯時間を変え、明視できた時の点灯時間が最短になるDiopterが安静位 簡易化した安静点検出法(Simplify法)  最初にアコモドメーターで、各人の調節幅内の各Diopterに相当する位置に   提示した第一視標を明視させておく。   その後消灯し、ある程度の暗黒時間の後に、最初の視標と同じDのところに   第2の視標を200msecだけ点灯し、この視標が明視できる最長の暗黒時間を   求める。これが最大となるDiopterが安静位       

フリースタート法のみでは安静位が決めかねる場合があるが フリースタート法   簡便法 フリースタート法と 簡便法で求めた 安静位はほぼ一致 フリースタート法のみでは安静位が決めかねる場合があるが 簡便法では正確に出ることが多い

アコモドメーターによる調節時間曲線と器械近視 安静位のDiopterを起始点として、ここに第一視標を提示。 次に調節幅内の各Diopterへ第2視標を提示。 その際第2視標の提示時間を変動させ、明視できたか否かを 聞き、明視に要した最短時間を求めプロットして 調節時間曲線を描写 その最も短いところを 調節安静位とした 全例で器械近視は アコモドメーターで測定した 調節幅内にあった 器械近視 簡易検眼器で 明視できた 範囲 調節安静位 調節幅の遠点側 調節幅の近点側

調節時間曲線から求めた安静位と 簡易検眼器で測定した器械近視 No7以外は 安静位の方がより近視側だが 器械近視と安静位には         簡易検眼器で測定した器械近視 No7以外は 安静位の方がより近視側だが 器械近視と安静位には 相関関係はみられなかった アコモドメーターを覗くこと 自体が器械近視を誘発している のでは? 器械近視 安静位 10名10眼の安静位の平均は 調節幅の遠点より1.45D近点側        (眼前66cm)

2)実空間の完全暗室で測定した調節安静位と器械近視 完全暗室内の絶対暗黒中、 検査距離 2.5m、3.5m、4.5m、5mに それぞれ視角1分相当のランドルト環視標を設置 タイマーで視標1つにつき200msecだけ照明し明視の可否を問う            (200msec以下では視標が明視できず、             これ以上では調節が開始される) 各距離で1眼につき5回測定 明視できた回数を記録し、最多のところが調節安静位に近い

絶対暗黒中の視標を明視できた回数は3.5mの距離が最多 1/3.9=0.256より  -0.256D が調節安静位     アコモドメーターでの測定値(-1.45D)には器械近視が混入? 簡易検眼器での器械近視の測定値は-0.79D。 これは5m(0.2D)の距離で測定したので、補正すると-0.79+0.2= -0.59D           器械近視 ≠ 調節安静位   

器械近視=調節安静位+α  αとは? ・瞳孔径と焦点深度    既報告で、入射瞳3mmの時距離2mで焦点深度0.06D   本実験では瞳孔径3mm以上、距離5mなので        焦点深度は0.06D以下。→ 無視可能 ・球面収差 調節とともに変化。1Dの調節時収差は最大0.25D       本実験では調節が1D超えず → 影響は除外可  ・小孔鏡の実験において、   瞳孔径による変化以上に調節麻痺による変動幅の減少、   器械近視の値のプラス側へのシフトが大きかった        → 調節の影響大   調節麻痺前後とも、射出瞳と同大の小孔鏡を置くだけで                      器械近視増大          →覗くということの心理的影響や         対象を見る際に調節作用を営むという習慣     器械近視=調節安静位+誘導調節(予測調節)

1960年代の福島医大において、 手動の装置、自覚的手法で行われていた器械近視の研究は、 多くの時間と労力を要するものであったが、  1960年代の福島医大において、   手動の装置、自覚的手法で行われていた器械近視の研究は、  多くの時間と労力を要するものであったが、  より日常視に近い状態での結果として大変貴重なものである     調節機能を臨床的に正しく評価するには、      1、視覚認知能(視標明視レベル)      2、調節反応量      3、判断に至る時間的制御条件     の3つが満たされていることが必要          第98回日本眼科学会総会 宿題報告Ⅲ            屈折調節の基礎と臨床~調節機能とその臨床評価~                        加藤 桂一郎 これは当時 赤外線オプトメーターが開発され、比較的容易に、かつ他覚的に調節反応量が測定できるようになって、 その結果のみで調節反応が論議される傾向がでてきたことに対して警鐘をならされていたものでしたが、 それは今回ご紹介したような、かつての大先輩の研究に裏付けられた示唆であったのだと、私も改めて理解いたしました。