器械近視 ~1960年代の福島医大における研究の紹介~ 桜水さかい眼科 橋本禎子 北福島医療センター 八子恵子
器械近視 「屈折異常とその矯正」所敬著 P125 望遠鏡や顕微鏡などの光学器械を 覗くときに起こる近視化 視度調整を行うと負に傾いている <要因> ・生理的要因・・・ 調節安静位、年齢 ・心理的要因・・・ 予測調節 見ようとする事が心理的に調節に作用 ・器械的要因・・・ 器械の光学的性能や機械的構造 双眼鏡筒の接眼レンズ視軸のなす角度 視野の明るさ等
1883年 夜間近視の現象が初めて発見 以後、戦争中の夜間視力増強の必要性もあり、研究が進む (1958年村田先生の報告 球面収差、色収差、調節の影響大) 一方、器械近視の現象は古くから知られていたが、 1958年 Hebert Schober氏が、Instrumentenmyopia(器械近視)と 提唱し、調節安静位とそれより遠方のものを見るため の負の調節努力の差と説明 1960年 アコモドメーターの開発(阪大) 夜間近視は調節安静位への復帰?と理解される 夜間近視、調節安静位とともに器械近視の研究が進む 夜間近視と同様に調節安静位への復帰なのか?
tonic accommodation(TA) 調節にかかわる刺激が全くない時、 目の焦点は遠点と近点の間のどこかにある 遠点 近点 調節安静位(Kühl 1944) 調節刺激が無い状態での屈折値 目が調節を休止し、安静になった状態? 調節刺激が低下すると屈折状態はここへ向かう Negative accommodation Positive accommodation 視標を鮮明に みることができる 最も遠い距離 最も近い距離 夜間近視 器械近視 近年調節安静位は調節無刺激状態での調節量として 認識されるようになり、 調節機能の一部としての意味を持つ TAと同義と考えられています。 そしてTAは、我々が日常生活において合理的に、無駄なく調節ができるための意味を持っているとされています。 tonic accommodation(TA) 調節無刺激状態での調節量(近視化) 調節機能の一部
「器械近視に関する研究」 福島県立医科大学眼科学教室 大橋利和 1)臨床眼科20巻11号 P143~144(1966) 福島県立医科大学眼科学教室 大橋利和 1)臨床眼科20巻11号 P143~144(1966) 2)日眼会誌71巻 7号 P276~285(1967) ・器械近視の出現の程度 ・器械近視と屈折異常 ・器械近視と瞳孔径 ・器械近視と調節安静位
器械近視の測定方法 日本光学社製簡易検眼器の射出瞳が 視力表から5mのところになるように三脚に据えて設置 被験者の1眼で検眼器から視力表を見て、カメラのピント合わせの要領で接眼鏡を回転し、視標にピントが合ったときのメモリ (+4D~-4D)を読み、器械近視の程度とする 簡易検眼器は3枚のレンズよりなり、接眼筒を回しても 射出瞳孔の位置や大きさ、倍率は変化しない
器械近視の出現の程度 対象 18歳から49歳の40名80眼 裸眼視力1.0以上で屈折異常のないもの 器械近視の出現の程度 対象 18歳から49歳の40名80眼 裸眼視力1.0以上で屈折異常のないもの 結果 ピークは-0.5D 平均-0.79D 分布+0.25D~-2.75D
屈折異常と器械近視 方法:視標面照度600Lux、視力1.0のランドルト環を5mに提示 視標にピントが合った時の検眼器のメモリを読む 屈折異常と器械近視 方法:視標面照度600Lux、視力1.0のランドルト環を5mに提示 視標にピントが合った時の検眼器のメモリを読む 対象:正視、若年群 11~28歳 18名36眼 正視、中年群 41~56歳 32名64眼 近視、若年群 -0.5D~-3.0D 14~37歳 10名15眼 近視、中年群 -0.5D~-3.0D 40~51歳 16名29眼 遠視、中年群 +0.5D~+1.5D 39~55歳 16名26眼 近視群の屈折異常の程度に関しては、簡易検眼器の構造上、 矯正眼鏡を使用せずに検査可能な-3.0D以下とした 対象につき、ミドリンP点眼で散瞳前後の結果を比較した
屈折異常と器械近視の出現度 散瞳前 散瞳後 器械近視の平均値は 若年者でより大きく 近視で小さい傾向だが有意差なし 若年正視 散瞳後 中年正視 若年近視 平均 中年近視 中年遠視 (平均値) 器械近視の平均値は 若年者でより大きく 近視で小さい傾向だが有意差なし 中年正視、近視、遠視各群の 散瞳 前後で有意差あり 器械近視には調節の影響が大きい (ミドリンP) P<0.05 P<0.01
器械近視と瞳孔径 簡易検眼器の覗き孔(射出瞳4mm)に接して1.0mm~4.0mmの小孔鏡を置き実験Ⅰと同様に器械近視を測定 対象 器械近視と瞳孔径 簡易検眼器の覗き孔(射出瞳4mm)に接して1.0mm~4.0mmの小孔鏡を置き実験Ⅰと同様に器械近視を測定 対象 無散瞳下の測定 福島医大眼科医師、技師 年齢22~33歳 正視5名10眼 調節麻痺後の測定 福島医大学生 年齢18~27歳 正視9名9眼 サイプレジン5分置き2回点眼 1時間後測定
瞳孔径の違いによる器械近視の測定結果 瞳孔径による変動は 調節麻痺前と相似 サイプレジンによる 調節麻痺により 器械近視は +側にシフトし 瞳孔径の違いによる器械近視の測定結果 小孔鏡無し 瞳孔径による変動は 調節麻痺前と相似 サイプレジンによる 調節麻痺により 器械近視は +側にシフトし 変動幅も半減 瞳孔径よりも 調節の影響が大? (サイプレジン) 射出瞳4mmの簡易検眼器に4mmの小孔鏡を通して見せただけで器械近視はより近視化 覗くということにより心理的な調節努力が起こる
調節安静位と器械近視の関係 1)アコモドメーターによる調節安静位の測定 アコモドメーターを使用して調節幅と調節安静位を測定し 安静位を起点に調節反応曲線を描き器械近視との関係を検討 阪大式アコモドメーター 調節機能の特性を調節域と調節所要時間から解析 半透反射面を持つ複合プリズムで3つの光路が常に開放 ランプハウスはスイッチで制御し、各光路の視標の点灯消灯、 点灯時間、消灯時間を変えられる 視標の虚像の出現位置は別個のつまみで任意のDに設定可能 同じDで3視標を点灯すると極めて近くに並んで見える
暗室内でアコモドメーター内も消灯し、完全な暗黒状態にしておき アコモドメーターによる調節安静位の検出 (阪大の報告の追実験) 対象:24~36歳の正視者10名10眼 フリースタート法 暗室内でアコモドメーター内も消灯し、完全な暗黒状態にしておき 各人の調節幅内の各Diopterに相当する位置に 突然視標を提示。 点灯時間を変え、明視できた時の点灯時間が最短になるDiopterが安静位 簡易化した安静点検出法(Simplify法) 最初にアコモドメーターで、各人の調節幅内の各Diopterに相当する位置に 提示した第一視標を明視させておく。 その後消灯し、ある程度の暗黒時間の後に、最初の視標と同じDのところに 第2の視標を200msecだけ点灯し、この視標が明視できる最長の暗黒時間を 求める。これが最大となるDiopterが安静位
フリースタート法のみでは安静位が決めかねる場合があるが フリースタート法 簡便法 フリースタート法と 簡便法で求めた 安静位はほぼ一致 フリースタート法のみでは安静位が決めかねる場合があるが 簡便法では正確に出ることが多い
アコモドメーターによる調節時間曲線と器械近視 安静位のDiopterを起始点として、ここに第一視標を提示。 次に調節幅内の各Diopterへ第2視標を提示。 その際第2視標の提示時間を変動させ、明視できたか否かを 聞き、明視に要した最短時間を求めプロットして 調節時間曲線を描写 その最も短いところを 調節安静位とした 全例で器械近視は アコモドメーターで測定した 調節幅内にあった 器械近視 簡易検眼器で 明視できた 範囲 調節安静位 調節幅の遠点側 調節幅の近点側
調節時間曲線から求めた安静位と 簡易検眼器で測定した器械近視 No7以外は 安静位の方がより近視側だが 器械近視と安静位には 簡易検眼器で測定した器械近視 No7以外は 安静位の方がより近視側だが 器械近視と安静位には 相関関係はみられなかった アコモドメーターを覗くこと 自体が器械近視を誘発している のでは? 器械近視 安静位 10名10眼の安静位の平均は 調節幅の遠点より1.45D近点側 (眼前66cm)
2)実空間の完全暗室で測定した調節安静位と器械近視 完全暗室内の絶対暗黒中、 検査距離 2.5m、3.5m、4.5m、5mに それぞれ視角1分相当のランドルト環視標を設置 タイマーで視標1つにつき200msecだけ照明し明視の可否を問う (200msec以下では視標が明視できず、 これ以上では調節が開始される) 各距離で1眼につき5回測定 明視できた回数を記録し、最多のところが調節安静位に近い
絶対暗黒中の視標を明視できた回数は3.5mの距離が最多 1/3.9=0.256より -0.256D が調節安静位 アコモドメーターでの測定値(-1.45D)には器械近視が混入? 簡易検眼器での器械近視の測定値は-0.79D。 これは5m(0.2D)の距離で測定したので、補正すると-0.79+0.2= -0.59D 器械近視 ≠ 調節安静位
器械近視=調節安静位+α αとは? ・瞳孔径と焦点深度 既報告で、入射瞳3mmの時距離2mで焦点深度0.06D 本実験では瞳孔径3mm以上、距離5mなので 焦点深度は0.06D以下。→ 無視可能 ・球面収差 調節とともに変化。1Dの調節時収差は最大0.25D 本実験では調節が1D超えず → 影響は除外可 ・小孔鏡の実験において、 瞳孔径による変化以上に調節麻痺による変動幅の減少、 器械近視の値のプラス側へのシフトが大きかった → 調節の影響大 調節麻痺前後とも、射出瞳と同大の小孔鏡を置くだけで 器械近視増大 →覗くということの心理的影響や 対象を見る際に調節作用を営むという習慣 器械近視=調節安静位+誘導調節(予測調節)
1960年代の福島医大において、 手動の装置、自覚的手法で行われていた器械近視の研究は、 多くの時間と労力を要するものであったが、 1960年代の福島医大において、 手動の装置、自覚的手法で行われていた器械近視の研究は、 多くの時間と労力を要するものであったが、 より日常視に近い状態での結果として大変貴重なものである 調節機能を臨床的に正しく評価するには、 1、視覚認知能(視標明視レベル) 2、調節反応量 3、判断に至る時間的制御条件 の3つが満たされていることが必要 第98回日本眼科学会総会 宿題報告Ⅲ 屈折調節の基礎と臨床~調節機能とその臨床評価~ 加藤 桂一郎 これは当時 赤外線オプトメーターが開発され、比較的容易に、かつ他覚的に調節反応量が測定できるようになって、 その結果のみで調節反応が論議される傾向がでてきたことに対して警鐘をならされていたものでしたが、 それは今回ご紹介したような、かつての大先輩の研究に裏付けられた示唆であったのだと、私も改めて理解いたしました。