文学部人文学科心理学専攻 武藤ゼミ 3回生 SK 発表日:2008年10月17日 PTSD症状を呈する性的虐待児童への 認知行動的介入 Stephanie P. Farrell, Anthony A. Hains The University of Wisconsin-Milwaukee W. Hobart Davies Children’s Hospital of Wisconsin 文学部人文学科心理学専攻 武藤ゼミ 3回生 SK 発表日:2008年10月17日
性的虐待と心的外傷後ストレス障害(PTSD) アメリカでは、毎年15万6000人~30万人の児童が、性的虐待の被害を受けている。(Beutler, Williams, & Zetzer, 1994) これらの児童は、抑うつ症状の高発症率、高不安、性的不適応行動、悪夢、社会的引きこもり、睡眠困難、などの様々な症状を呈する。(Kimerling & Calhoun, 1994) 性的虐待後の症状とPTSDの関連性。
性的虐待を受けた児童は、誤った帰属感、罪悪感、自責、さらに低い自尊感情を持つ傾向にある。 虐待についての認識、原因を虐待に帰することの意味、自己と他者の関係、世界についての認識など、認知的要因とPTSDの関連性。
性的虐待のPTSDの治療は非常に困難であると考えられる。 そのため、治療効果に関する研究は非常に少ない。
目的 PTSD症状を呈する性的虐待児童に対する認知行動療法の有効性を検討する。
対象児① アメリカの小児病院児童保護センターで、性的虐待に対する心理学的プログラムに委託された児童4名。 対象児① アメリカの小児病院児童保護センターで、性的虐待に対する心理学的プログラムに委託された児童4名。 但し、次の4つの基準を満たしている。 ・年齢が8歳~12歳であること。 ・性的虐待のかなりの確証が存在すること。 ・「Kaufmanの簡易知能検査」(K-BIT)の得点が80点以上であること。 ・「児童期PTSD反応目録」(PTSD-RI)の得点が25点以上であること。
対象児② Matt(9歳、男、メキシコ系) 2人のいとこから性的虐待を受けた。治療期間中は両親と一緒に住んでいた。 2人のいとこから性的虐待を受けた。治療期間中は両親と一緒に住んでいた。 Louse(8歳、女、アフリカ系) 40歳叔父にから性的虐待を受けた。治療期間中は実母と一緒に住んでいた。 Paise(10歳、女、アフリカ系) 一緒に住んでいた実父から性的虐待を受けた。叔母の家に住んでいたが、養家に移った。 Susan(10歳、女、ヨーロッパ系) 20歳のいとこの男性から性的虐待を受けた。治療期間中は、両親と一緒に住んでいた。
測定尺度 PTSD症状:「PTSD反応目録(PTSD-RI)」 対象児の自己報告により、20項目からなる症状について、頻度を「全くない(0点)」~「ほとんどいつも(4点)」の5段階のリッカート法で評定。得点の範囲は0点~80点である。 12点~24点は軽度、25点~39点は中等度、40点~59点は重度、60点以上は最重度のPTSD反応である。
抑うつ症状:「レイノルズ児童抑うつ尺度(RCDS)」 対象児の自己報告により、30項目からなる感情の項目について、「ほとんどない」~「いつも」の4段階のリッカート法で評定。標準得点表は、性別と学年に応じて、素点をパーセンタイルに変換し、高得点ほど重度の抑うつ症状を表す。
不安症状:「改訂児童顕在性不安尺度(RCMAS)」 対象児の自己報告により、37項目からなる感情と行動を描写した項目に対して「はい」または「いいえ」で答える。素点は、年齢、人種、性別に基づいてパーセンタイルに変換され、得点が高いほど重度の不安症状を表す。
実験デザイン 被験者間の多層ベースライン法。 PTSD症状、抑うつ、不安についての事前評価の後、2~5週間のベースライン期。(1週間1セッション) 各セッション開始時に、PTSD-RI、RCMAS、RCDSを実施し、1週間ごとに評価。 その後、10週間の介入プログラム。
ベースライン 子どもたちと個別面接を行った。対象児にRCMAS、RCDS、PTSD-RIを実施し、観察を行った。
介入プログラム 概念化の段階(第1~2セッション) スキル獲得とリハーサル段階(第3~8セッション) 実行段階(第9~10セッション) の3段階から成る認知行動的ストレス免疫訓練 プログラム(Meichenbaum,1985)
1.概念化の段階 第1セッション・・・ ラポールの形成、治療目標の話し合い、認知行動療法の枠組みの説明。 宿題:セルフ・モニタリング用紙に、ストレスが強い状況とそれに付随して生じる思考、感情、行動を記述する。 ⇒報酬としてステッカーが与えられる。
第2セッション・・・ 対象児の感情を確認することに焦点をあてる。 対象児はその日どのように感じたかと、ストレスが強いときのことについて絵を描いた。 さまざまな感情や情緒的兆候について議論、ロールプレイを行った。
2.スキル獲得とリハーサル段階 第3・4セッション・・・ さまざまな感情を引き起こす状況での身体反応を検討する。 さまざまな感情を引き起こす状況での身体反応を検討する。 深呼吸の訓練、漸進的筋弛緩法、リラクゼーション訓練 テープに録音して家に持ち帰って練習する。
第5・6セッション・・・ 対象児が否定的思考を認知した上で、それらの否定的思考を肯定的な自己陳述に再構成する。 吹き出し付きの漫画や脚本を用いて、さまざまな感情を誘発する状況における思考を産出させた。 また、混乱状況におけるロールプレイで質問を通して認知的再構成の練習をした。 宿題:雑誌や新聞から写真を切り抜き、それぞれの人物の頭上に吹き出しを書き、その中に可能な考えを書く。
第7・8セッション・・・ 混乱状況における拮抗行動と拮抗思考、それに伴う結果の検討。 様々な状況における自己強化として、肯定的な自己陳述を行った。
3.実行段階 第9セッション・・・ 予想されるストレスの強い状況に対する訓練。 宿題:リラクゼーションスキルの練習をする。予想される出来事に対する不適応的思考を転換する。 第10セッション・・・ これまでのまとめ。
結果 PTSD症状(Fig.1-PTSD-RI) 抑うつ状態(Fig.2-RCDS) 不安状態(Fig.3-RCMAS) ベースラインでは、中等度または重度であったが、介入後は対象児全員、値は減少した。 3ヶ月の追跡調査でも、1人を除いて治療効果を維持した。
考察 認知行動的介入がPTSD症状を呈する性的虐待児童への治療に効果的であることを示唆している。 しかしながら、その経過パターンは、対象児によって著しくことなっていた。
Paigeは3ヶ月の追跡調査の時点で、3つの評価項目において増加が見られた。これは、追跡調査の前に、叔母宅から養家へと引っ越しており、新しい環境の変化に対応することができなかったと言える。さらに言えば、環境の変化によって、ストレスが増加したとも考えられる。 Mattは、PTSD症状は中等度であったが、残りの2つに関しては症状として表れなかった。このことから、性的虐待を受けた児童の症状は広範囲に見られることがわかった。おそらく、Mattは安定した家庭環境の中で、ほか症状を喚起しなかったのだと考えられる。
今後の課題 介入プログラムには、セルフ・モニタリング、弛緩訓練、認知的再構成、ロールプレイ、スキルの現実訓練など様々な構成要素が含まれるが、どの構成要素が対象児に影響を与えたかについては不明である。 臨床的評価は専ら対象児の自己報告に基づいていた。 セラピストを喜ばせたいと願う児童の期待効果が、治療経過に寄与していた可能性がある。 PTSDを示さない性的虐待児童、虐待以外によってPTSD症状を示す児童など、さまざまな児童に対しての介入方法の有効性を検討する。 性別、文化的集団、知能の発達状況についての比較の重要性。 社会的妥当性を獲得するための追跡調査。