キーワード 教員も、生徒も、共に「学び合う」 平成24年度 現職教育 キーワード 教員も、生徒も、共に「学び合う」
学習指導要領が変わるのです。 新しい学習指導要領は、子どもたちの現状をふまえ、「生きる力」を育むという理念のもと、知識や技能の習得とともに思考力・判断力・表現力などの育成を重視しています。 これからの教育は、「ゆとり」でも、「詰め込み」でもありません。 次代を担う子どもたちが、これからの社会において必要となる生きる力」を身に付けてほしい。そのような思いで、新しい学習指導要領を定めました。 「生きる力」を育むためには、学校だけではなく、ご家庭や地域など社会全体で子どもたちの教育に取り組むことが大切です。 子どもたちの未来のために。 新学習指導要領、スタート。
知多地方教育計画案(知多カリ) も変わるのです。 知多地方教育計画案(知多カリ) も変わるのです。 平成12年度に消え去った冊子が復活。 臨時免許や少経験者が見て,授業のめあてや流れがつかめるものになる。 「道徳」のカリも復活 サイトもできた。 5科を中心に「探究」「言語活動」「活用」 なぜ「探究」なんだ? 「言語活動」はどのように? どう「活用」すれば? そこは授業者しだい。
「礎」巻頭言より 「(大府中学校の)子どもたちは素直に反応します。しかし、教師の求める姿以上の姿は見せません。たとえば教師が話を聞いてほしいと強く意識しない場面では、集中して聞こうとはしません。逆に、教師がそう願えばそれに応えてくれます。教師が明るい笑顔で授業をすれば、子どもたちも笑顔で応えます。教師の授業に対する思いを鏡のように映し出す子どもたちでした。教師が高いことを要求すればそれに応えて伸びてゆく子どもたちです」 「この学校が次のステップに進むために必要なことは、子どもたちの現状を変えたいと先生方が思うことです。授業を妨害する子どもはいない。試験の成績も良い。『何か問題があるのか』と先生が思っていては前に進みません」 教師に反応する生徒になっていませんか。 「学ぶ」姿勢を教師が奪っていませんか。
授業から教師も「学ばなきゃ」 グループ等の少人数で意見交換をすると,学習に対する意識が高まるが,時間を費やすことが多いため,場面設定や内容を精選していく必要がある。学ぶ意欲が高まり,楽しく学習に参加できる展開を工夫していきたい。 相手を変えて、何度も繰り返し本文を読むことで、ほとんどの生徒が1時間の授業の中で暗唱することができた。その後の書き取りテストでは、英文を正しく書くことができる生徒の割合が普段のテストより多く、定着度が高いことがわかった。 今年度は どんな「高み」を目指していきますか。
これで,教師の変容が伝わる? 単元や授業の構成は言語活動による発見から,意欲を高められたと思う。しかし,生徒の力と課題を調整することで,言語活動での深まりがより良くなったと思うので,今後修正していきたい。 「言語活動」っていうけど,どんな言語活動でしょうか? 言語活動と「話し合い」は同じではありません。 単純に「言語活動」を取り入れようという発想では困ります。何をもって言語活動というのだろうか一度考えてみましょう。
全教科に課された「言語活動の重視」 より具体的に(教科によって違います) 観察・実験や社会見学のレポートにおいて、視点を明確にして、観察したり見学したりした事象の差異点や共通点をとらえて記録・報告する(理科、社会等) 比較や分類、関連付けといった考えるための技法、帰納的な考え方や演緯的な考え方などを活用して説明する(算数・数学、理科等) 仮説を立てて観察・実験を行い、その結果を評価し、まとめて表現する(理科等) 体験から感じ取ったことを言葉や歌、絵、身体などを使って表現する(音楽、図画工作、美術、体育等) 体験活動を振り返り、そこから学んだことを記述する(総合的な学習の時間、特別活動等) 合唱や合奏、球技やダンスなどの集団的活動や身体表現などを通じて他者と伝え合ったり、共感したりする(音楽、体育等) 体験したことや調べたことをまとめ、発表し合う(家庭、技術・家庭、特別活動、総合的な学習の時間等) 討論・討議などにより意見の異なる人を説得したり、協同的に議論して集団としての意見をまとめたりする(道徳、特別活動等)
「台無しな言語活動」 国語授業で「枕草子」を学習している場面でした。先生が朗読を始められました。 「台無しな言語活動」 国語授業で「枕草子」を学習している場面でした。先生が朗読を始められました。 「春は、あけぼの。そこ、うるさい、静かに。やうやう白くなりゆく山ぎは少し明りて、まだしゃべっている。いいかげんにしなさい。紫だちたる雲の細くたなびきたる」 気持ちは重々わかりますが、朗読中に下線のような注意をしていては、清少納言が悲しむというものです。この方の言語感覚について考えてしまいました。
提案「気軽に授業公開」(3年次) 皆さんに提案です。これらのことをもとにして授業公開や授業参観をしてみるとよいと思うのです。 提案「気軽に授業公開」(3年次) 皆さんに提案です。これらのことをもとにして授業公開や授業参観をしてみるとよいと思うのです。 例えば理科の授業では、実験のレポートを書く作業が取り入れられているでしょうか。実験の結果を発表する時間は確保されているでしょうか。結果の違いがはっきりするように教師は工夫しているでしょうか。時々見受けられる悪い例は、実験だけで授業時間が終了し、結果発表は次の時間で、という授業です。次時では子どもたちが結果をもとに話し合うのではなく、教師がまとめてしまう場合が見受けられます。 算数や数学の授業では、なぜこのような考え方で課題解決ができるのかを子どもたち自身の言葉で説明する活動が取り入れられているでしょうか。考えを比較したり、分類したり、関連付けたりすることで、より思考力・判断力・ 表現力は高まります。最悪の授業は、教師が「この解き方を覚えておきなさい」という授業です。 国語をはじめ多くの教科で話し合い活動が取り入れられていると思いますが、本来の話し合いとなっているでしょうか。意見を述べることができる子どもだけの単なる発表会となってはいないでしょうか。 授業参観では生徒の様子が一番気になると思いますが、このような視点を持つと、授業を見ることがより意味深いものになります。
教科書観の転換について 「報告」においては、質・量ともに充実した教科書とするための改善方策が提言されるとともに、「児童生徒は、教科書に記述されている内容をすべて学習しなければならない」とする、従来型の教科書観について、「個々の児童生徒の理解の程度に応じて指導を充実する」、「児童生徒が興味関心を持って読み進められる」、「児童生徒が家庭でも主体的に自学自習ができる」といった観点から、その考え方を転換していくことの必要性が指摘されており、このことを十分に理解し、適切に対応することが必要である
国語科の重点目標は 国語科の最も基本的な目標は、国語による表現力と理解力を育成することです。「あなたは国語力をどこで身に付けましたか」と聞くと、「学校です」と答える方が少ないと言われます。残念なことです。国語力は学校で養われるべきものです。 「伝え合う力」については、「人間と人間との関係の中で、互いの立場や考えを尊重し、言語を通して適切に表現したり正確に理解したりする力」と定義されています。まさに日常生活で生きて働かなければならない力です。 また、国語科は、言語を手掛かりとして論理的に思考する力や豊かに想像する力を身に付ける教科であると目標 に示されています。国語力がなければ論理的な思考を働かせたり、物事を想像したりすることはできない、新たなものを生み出すこともできないということです。
昨年4月のアンケートから 先生方はどう変容しましたか? 生徒が参加でき,生徒が興味をもって自分から学ぼうとする授業。 「わかった」などの発見,「できた」などの喜びが得られる授業。 自己決定ができる,自己存在が確認できる,考えや思いを共有できる授業。 生徒が活発に活動する授業。 勉強しなくてはいけないと思わせる授業。 知的好奇心を誘発することができる授業。 生徒一人一人が学力を身につけた実感・自信,次への課題意識をもつことができる授業。 生徒が授業を楽しみにする授業で,もっと知りたい,教えてほしいと思う授業。 運動が好きになること。できる,できないも大切だが,それよりも「運動して楽しい」 「汗をかいて気持ちいい」と思える授業。
平成24年度 現職教育 「学びへの挑戦! 楽しく分かりやすい授業への改善と工夫」 平成24年度 現職教育 「学びへの挑戦! 楽しく分かりやすい授業への改善と工夫」 -「探究」「言語活動」「活用」を意識した 生徒が考え,表現し,理解する授業への創造へ-
めざす生徒像 「学びあい,自ら学習しようとする生徒」 「自ら課題を見つけ解決を図る生徒」
めざす教師像 「授業改善に意欲的な教職員」 「生徒のよさや努力を認める教師」 「生徒とともに考える姿勢のある教師」 「自らを磨く努力をする教師」
「学びのある」学校 「生徒一人ひとりの学びを保証する。すべての生徒が授業に参加する。 どの教室も同僚や保護者,地域に開かれている。 教師全員が同僚に授業を公開し,授業での事実をもとに「授業デザインシート」「Thankyouシート」時には授業検討会をする。 保護者や地域住民が授業に参加する。
「授業を変える」学校 魅力ある教材・教具との出会い(導入) 「全員参加の共有の課題」と「ジャンプの課題」 -生徒が考え,表現し,理解する授業への創造-にむけて 【今年の力点】 魅力ある教材・教具との出会い(導入) 「全員参加の共有の課題」と「ジャンプの課題」 ペア活動,グループ活動,コの字型,対立型による学び合い(意味のない話し合いではない) 1時間の授業の中に「学び合い」の場面をつくる。→授業の最後に学んだことをまとめるでもよい
「授業で」 生徒と教師の関わり合いを変える。 -生徒が考え,表現し,理解する授業への創造-にむけて 生徒の意見を「聴く」 生徒同士の意見を「聴き合う」 生徒同士の考えをつなぐ。 生徒から出た疑問を「もどす」 教師は授業のファシリテーター 大事な場面を確認できる。
こんな学校そうない。 (学びの共同体の学校 視察より) こんな学校そうない。 (学びの共同体の学校 視察より) 中学校に赴任して11年います。本当に変わったと思うのは,まず子どもたちを私たち教員が認めるようになったんだな。どうしても,教員が主で,子どもたちが脇役みたいな,そういう感じだったモノが,生徒が主役になったなあ,だから授業で子どもたちを見る視点が変わったし,だからこそ子どもたちも,自分たちが認められている。だから,いろんなこと,意志を持った集団になったなあ。先生に押さえつけられている子どもたちではなくて,自分たちで意志をもっている。でも,そこには責任が伴う。主体的に何かするということは,そこに責任が伴いますから,いろいろ厳しくお互いになっていった。そういうことで最後にですね。代表生徒が言いたかった言葉というのが,「良い学校とは,先生が作るモノではなくて,生徒たちの力で作っていくモノ。」その言葉を聞いたときに,自分もようやく生徒を認めてあげることができたのかな。そして,子どもたちも,先生たちに認められているんだからもっとがんばろう。もっと良い学校をつくろう。自分たちでつくろう。そういう集団になっていったのかな。だから「分らない。」ことをまず教員に聞くよりも仲間に聞く。それでも分らなくても一生懸命考える。先生に負けないぞ。先生に聞くのではなく仲間に聞いて,よし,これを乗り越えてやるって。なんかそういう思いがすごいしたような気がします。ただ,これはいろんな場面で言うのですが,授業で構築されたモノなのか,もともと持っているモノなのかは正直分りません。ただ,授業のなかで,私たち教員が子どもたちを認めて,子どもたちも認められているのが分っているというのが授業で変容していったところかな。そこはすごくそこは絶対だなあと思っています。ですから,やったから絶対そうなのではなくて,まあいろんな集団がいて,その時のチーム力だったり,いろんなことが一気に合わさって,いったということはありますけれども,まあとにかく教員が子どもたちを認めていった。それが一番大きかったのかなあと思います。