EBM 的検査法その1 :診断のために行なう検査 「念のため」は意味有るか?
インフルエンザの迅速診断についてEMB的に考えてみましょう
症例 18歳男性 昨夜から咳があるためインフルエンザを心配して来院。小脇にマンガを抱えてジュースを飲みながら母と一緒に診察室に入ってきた。 ー11月初旬、現在インフルエンザ流行の兆しはないー 症例 18歳男性 昨夜から咳があるためインフルエンザを心配して来院。小脇にマンガを抱えてジュースを飲みながら母と一緒に診察室に入ってきた。
現病歴 昨夜からの咳(というが見てても一向に咳をする気配なく漫画を読んでいる) 発熱なし、全身倦怠感なし、食思不振なし 頭痛なし、咽頭痛なし、関節痛なし、
理学所見 咽頭やや発赤 呼吸音異常なし その他とくに所見なし。
診察が終わるといきなり母が話し始めた この子インフルエンザのワクチン受けてないんです。明後日に大学の推薦入学の試験があるんです。インフルエンザだと大変だと思ってきたんですが・・・ 何とか検査っていうすぐ分かる検査があるそうですね。ぜひその検査をしてください。
つづき (絶対違うと思うけどなー)と思いつつもインフルエンザ迅速検査を行ったところ・・・ なんと「陽性」だった!!
それではEBM的にこの患者さんのインフルエンザの確率を調べてみましょう!! 迅速検査が一体どのくらい正しいのか分からないと、判断できません。 Up To Date で調べてみましょう!!
UpToDateでは・・・ 感度 :72〜95% 特異度:76〜84% Rapid diagnostic tests:The sensitivity and specificity of these rapid tests have been compared to the reference standard of viral culture. One study using throat swabs directly compared Directigen Flu A, FLU OIA, Quick-Vue Influenza Test, and ZstatFlu Test to viral culture in children with influenza-like illness [33]. Influenza A was demonstrated in 49 percent of the patients; 17 percent of the cases were detected by viral culture only. Sensitivity of the four tests ranged from 72 to 95 percent and specificity from 76 to 84 percent. The ZstatFlu test had a significantly lower sensitivity than the other tests. 感度 :72〜95% 特異度:76〜84%
感度と特異度 a b c d 疾患(+) 疾患(-) 検査(+) 検査(-) 今回は検査(+)のときに、疾患(+)である確率だから・・・ 感度= a / a+c 特異度= d / b+d 今回は検査(+)のときに、疾患(+)である確率だから・・・ a / a+b を求めればよい!?
ということは・・・ 72 24 28 76 陽性検査的中率=72 / 72+24 = 0.75 疾患(+) 疾患(-) 検査(+) 感度 :72〜95% 特異度:76〜84% から仮に悪い方をとると・・・ 疾患(+) 疾患(-) 検査(+) 72 24 検査(-) 28 76 感度= a / a+c 特異度= d / b+d 陽性検査的中率=72 / 72+24 = 0.75
インフルエンザの可能性75%!!! お母さん、検査の結果お子さんがインフルエンザである可能性は75%です。 お薬を飲まれた方が良いと思われます。 ここまでのやり方は全くEBMに反するもの!!! 似て非なるもの・・・ 以上の考察中には患者である「少年の情報」が全く含まれていない。すなわち、75% は検査の性能を表す数値であって、少年がインフルエンザである確率ではない。
それでは EBM 的検査法の実際とは?・・・ この少年がインフルエンザである可能性を数字で表していきましょう!!
この時点で この患者さんがインフルエンザである可能性は? H&Pが終了した段階では、インフルエンザを疑う所見は無かった。 この時点で この患者さんがインフルエンザである可能性は? ?% これを「事前確率」といいます
この時点で この患者さんがインフルエンザである可能性は? 迅速キットの結果「陽性」だった この時点で この患者さんがインフルエンザである可能性は? ?% これを「事後確率」といいます 知りたいのは「迅速キットの性能」ではなく、 事後確率!!!
事前確率はどう求める? 疾患によっては症状から事前確率がエビデンスとして出されている*のでこのような情報は積極的に利用する。 (Evidence-Based Physical Diagnosis Steven R. McGee など) しかし、 多くの場合、H&Pと臨床医の経験から判断するしかない。 即ち、 事前確率=臨床判断能力
事後確率はどう求める? 事前オッズ×尤度比=事後オッズ これを「ベイズの定理」といいます おっず??? ゆーどひ???
オッズとは? 確率=ある事象/全事象 オッズ=ある事象/そうでない事象 確率 1/3 → 確率 1/10 → オッズ 1/2 → 確率 1/3 → 確率 1/10 → オッズ 1/2 → オッズ 3 → オッズ 1/2 オッズ 1/9 確率 1/3 確率 3/4
尤度比とは 検査所見陽性によって疾患を持つ可能性がどれほど高まるか 「陽性尤度比」=感度/(1−特異度) 感度・特異度を調べた文献から引用する。 <参考> 陰性所見によって疾患をもつ可能性がどれほど低まるか 「陰性尤度比」=(1−感度)/特異度
少年がインフルエンザである確率は? 事前確率:ほぼ疑ってない=1% とする 事前オッズ:1/99 仮にUp To Date の悪い値をとる*と・・ 感度 0.72 特異度 0.76 陽性尤度比=感度/(1−特異度) =0.72/(1−0.76)=3 *これも EBM の1つの手法。文献の発信者にもよるがメーカーであれば極力良いデータとするはず。 中央値をとるのも1つの手法
事後確率を求める インフルエンザである確率は僅か3%! 陽性尤度比 3 事後オッズ=事前オッズ×尤度比 =1/99 × 3 =1/33 陽性尤度比 3 事後オッズ=事前オッズ×尤度比 =1/99 × 3 =1/33 事後確率 =1/34=・・・3% 迅速キット陽性でも・・この少年が インフルエンザである確率は僅か3%!
検査の最終結果 迅速キットを行ないこれが陽性であったことを加味しても、少年はインフルエンザでは無い確率の方が遥かに高い。 迅速キットはこの少年に対して用いてもインフルエンザを診断する検査としては殆ど役に立たないことが分かった。
復習1 事前確率が10%で感度・特異度ともに90%である検査が陽性であった場合の事後確率は? 事前確率=1/10 事前オッズ=1/9 陽性尤度比=感度(1−特異度)=0.9/(1-0.9)=9 事後オッズ=事前オッズ×尤度比=1/9×9=1 事後確率=1/2=50% 診断に迷ってないときに「いい検査」をするとかえって迷うことにしかならない。
復習2 事前確率=3/5 事前オッズ=3/2 陽性尤度比=感度(1−特異度)=0.9/(1-0.9)=9 事前確率が60%で感度・特異度ともに90%である検査が陽性であったとき事後確率は? 事前確率=3/5 事前オッズ=3/2 陽性尤度比=感度(1−特異度)=0.9/(1-0.9)=9 事後オッズ=事前オッズ×尤度比=3/2×9=27/2 事後確率=27/30=9/10=90% 臨床判断で方向性がついている場合は、検査は強力な武器になる。(可能性あると思うんだけど、ちょっと自信無いというときこそ検査の意味がある)
どの程度疑ってたら検査すべき? 実際には感度・特異度ともに90%などという良い検査法はなかなかない。 かなり良い検査で感度・特異度ともに80%であったとしても、 事前確率が 25% であるときに、検査陽性の際の事後確率は・・ 事前確率=1/4 事前オッズ=1/3 陽性尤度比=感度(1−特異度)=0.8/(1-0.8)=4 事後オッズ=事前オッズ×尤度比=1/3×4=4/3 事後確率=4/7=57% とやっと半分以上の確率となる。 一般論的には、疑っている確率が 25% 以下の場合はかなりいい検査でも、行なうとかえって誤診する確率の方が高くなってしまう。
わかったこと ・十分に臨床判断ができているときは、どんなに良い検査であっても誤った臨床判断を訂正するための手だてにはならない。 ・「念のため」「とりあえず」といった検査の手法は意味が無いばかりか、誤診の可能性につながり有害といえる。
かの有名な 「COPE’S Early Diagnosis of the ACUTE ABDOMEN」には 「Radiologic or ultrasonic examinations, CT, and the vast array of laboratory tests available to all of us today will not compensate for a poor or incomplete history and physical examination.」とある。 まさに、事前確率が低ければ、いい検査しても役に立たないよ!ということか・・