多々納 裕一 京都大学防災研究所 社会システム研究分野 保険会社の所有,財務, 業務の構造 多々納 裕一 京都大学防災研究所 社会システム研究分野 危機管理政策論(5月14日講義)
目的 保険会社はどのような所有構造の上に成り立っているか? 保険会社の資本の役割は? 保険会社の意思決定にはいかなる要因が影響するのか 危機管理政策論(5/14) 目的 保険会社はどのような所有構造の上に成り立っているか? 保険会社の資本の役割は? 保険会社の意思決定にはいかなる要因が影響するのか 保険会社のリスク(支払い不能リスク)を軽減する方策とは? 分散化 再保険 投資選択
保険会社の資本 典型的な保険証券: 保険料:固定(確実) 保険金:不確実(もちろん,プーリングによって変動は小さいが,...) 危機管理政策論(5/14) 保険会社の資本 典型的な保険証券: 保険料:固定(確実) 保険金:不確実(もちろん,プーリングによって変動は小さいが,...) リスクを誰が負担するのか? →保険会社 保険料収入ー(保険金支払額+管理コスト)<0:損失 →資本の額を限度として保険料を支払う義務がある. 保険料収入ー(保険金支払額+管理コスト)>0:利益 →利益を享受する権利を持つ(資本の増加)
経済上の資本(economic capital) 危機管理政策論(5/14) 経済上の資本(economic capital) 経済上の資本 = 資産の市場価値ー負債の市場価値 資産の市場価値: 保険会社の株式,債権,不動産,現金,その他の資産の市場価値から構成される 負債の市場価値: 保険会社が既に契約した保険契約によって将来支払いを約束した金額の現在価値に等しい 注意!!:これは会計上の資産,負債,資本の測定額とは必ずしも一致しない
例:DCC保険会社 期首(契約直後) 期末(損失支払い後) 1万人の顧客 保険料/人:525ドル 保険金支払額の期待値/人:500ドル 危機管理政策論(5/14) 例:DCC保険会社 1万人の顧客 保険料/人:525ドル 保険金支払額の期待値/人:500ドル 管理コスト等は無視できるものとする. 期首(契約直後) 保険料収入:525万ドル(=経済的資本) 期末(損失支払い後) 保険金支払額/人:A)450ドル or B)550ドル A) 525-450=75だから,75万ドルの利益(資本の増加) B) 525-550=-25だから,-25万ドルの損失(支払い不能)
所有構造と資本の源泉 保険相互会社 保険株式会社 Mutual Insurer 資本の源泉: 損失の負担: 利益の処分: 初期資本: 危機管理政策論(5/14) 所有構造と資本の源泉 保険相互会社 Mutual Insurer 資本の源泉: 前払い保険料 損失の負担: 保険料を上限とする有限責任 利益の処分: 内部留保(追加資産) 契約者配当 初期資本: 投資家からの借り入れ(社債,surplus note) 保険株式会社 Stock Insurer 資本の源泉: 留保利益,株式,社債 損失の負担: 株主の責任:投資額を上限とした有限責任 利益の処分: 内部留保(追加資産) 株主への配当 初期資本: 資本市場からの調達(株式の発行)
危機管理政策論(5/14) 生命保険会社 損害保険会社
危機管理政策論(5/14)
その他の形態 ロイズ ロイズは保険取引の「場」を提供しているだけ ネーム(name):投資家であり,保険会社の所有者, 危機管理政策論(5/14) その他の形態 ロイズ ロイズは保険取引の「場」を提供しているだけ ネーム(name):投資家であり,保険会社の所有者, シンジケート:ネームのグループ,筆頭アンダーライターを持ち,個々のリスクに特化 1990年はじめまで:ネームは裕福な個人のみ→無限責任を負う 1990年初め~:有限責任の法人もネームになれるようになった
保険会社の資本構成に影響する要因 どれだけ資本を保有すべきか?(規制のない状況における考察) 例:TLC社 危機管理政策論(5/14) 保険会社の資本構成に影響する要因 どれだけ資本を保有すべきか?(規制のない状況における考察) 例:TLC社 初期資本:500万ドルの株式発行により調達 初期費用:500万ドル(事業計画の構築、マーケティング、従業員の訓練、事務所費、コンピュータ機器など) 初年度保険契約(自動車賠償責任):2000万ドル 営業開始前に資本をいくら調達すべきか? 確率密度 調達する追加資本は、保険引き受けコストおよび流通コストを差し引いた残りの保険料収入と一緒に期末までリスクフリー債券で運用される。 新たな調達資本と保険料収入による資金は、最終的には保険金支払いに充てられる。 保険金支払い額の期待値に相当する保険料を設定 20 22 25 保険金支払総額
増資の便益 増資の効果: 保険会社の支払い不能確率を減少させる TLCの場合 株式を発行しない場合:期末の資産 2200万ドル 危機管理政策論(5/14) 増資の便益 増資の効果: 保険会社の支払い不能確率を減少させる TLCの場合 株式を発行しない場合:期末の資産 2200万ドル 株式を発行した場合: 期末の資産 2500万ドル 確率密度 保険金支払総額 20 22 25 確率密度 保険金支払総額 20 22 25
支払い不能確率を小さくすることに関心を持つのはなぜか? より多くの保険料収入を得るため 危機管理政策論(5/14) 支払い不能確率を小さくすることに関心を持つのはなぜか? より多くの保険料収入を得るため リスクの低い保険会社の保険→高い保険料を払ってもよい 保険契約者が保険会社の支払い不能リスクを知っていれば、リスクのより低い会社の保険を買う。 リスクの低い保険会社の保険は、より高い市場価値がつく。 企業の特殊資産の損失を防ぐため TLC:営業開始のための投資=500万ドル 事業活動への投資:会社がつぶれると回収できない 物的資産への投資:正の残存価値、しかし、流動性? 保険契約の束(無形資産):他の保険会社へ売却 企業特殊資産:他の企業よりも自社にとって相対的に高い価値を持つ資産 一度失うと完全な価値を取り戻すことのできない資産の存在 営業を停止するよりも継続した方が大きな価値を生み出すような資産 倒産→営業価値の喪失
増資のコスト 追加的な資本調達には費用がかかる 投資家:他の投資機会を失う(機会費用) 相対的にコスト高となる理由 危機管理政策論(5/14) 増資のコスト 追加的な資本調達には費用がかかる 投資家:他の投資機会を失う(機会費用) 他の投資機会に比べて保険会社への投資は相対的に有利か、不利か→よりやすく調達可能か、相対的に高い調達費用がかかるのか 相対的にコスト高となる理由 保険金支払額が投資家の他の資産との負の相関? 投資収益への2重価税(法人税+キャピタルゲイン課税) エージェンシーコスト(モニタリング費用、インセンティブ費用) 発行コスト(投資銀行等への手数料)と証券価格の過小評価コスト(情報の非対称性→低い株価、高い資本調達費用)
保険会社の業務・再保険・支払い不能リスク 危機管理政策論(5/14) 保険会社の業務・再保険・支払い不能リスク 保険引き受けリスクの分散化 保険引き受けリスク(underwriting risk) 平均保険金支払コストが保険契約時に期待された金額と異なるリスク) 異なる地域、異なるタイプの保険契約を大量に引き受ければ軽減できる! 経営資源の集中化ができない→非効率? 再保険
再保険 保険会社による保険購入(原則1年契約) 再保険によって地域分散化が図られる 契約のタイプ プロポーショナル契約(比例再保険) 危機管理政策論(5/14) 再保険 保険会社による保険購入(原則1年契約) 再保険によって地域分散化が図られる 契約のタイプ プロポーショナル契約(比例再保険) 元請け保険会社は「契約の束」に対して再保険契約を結び、再保険会社は元請け会社に生じた損失の一定割合を負担する。 ノンプロポーショナル契約(エクセスロス再保険) 単一の保険契約において生じる保険金があらかじめ定められた水準(アタッチメントポイント)を超えるとき、再保険会社が損失(の一部)を負担する。:パー・リスク・エクセス再保険 単一の事象(例えば、台風)に対する当該元請け保険会社の支払総額があらかじめ定められた水準(アタッチメントポイント)を超えるとき再保険会社が損失(の一部)を負担する。:カタストロフィー再保険
再保険の仕組み リスク 30% 70% 20% F社 (イタリア) G社 (イギリス) H社 (日本) (アメリカ) 50% 40% 危機管理政策論(5/14) 再保険の仕組み リスク 30% 70% B社 (日本) A社 C社 (アメリカ) D社 (スイス) E社 (ドイツ) 20% F社 (イタリア) G社 (イギリス) H社 (日本) (アメリカ) 50% 40% 元受け 保険会社 primal insurers 再保険会社 reinsurers 再々保険会社 retrocessionaires
要約 保険会社が資本を調達するのは、保険料の支払い不能リスクを軽減するため。 危機管理政策論(5/14) 要約 保険会社が資本を調達するのは、保険料の支払い不能リスクを軽減するため。 資本を調達すれば、1)保険契約者からより多くの保険料をえる能力、2)保険会社の営業価値の喪失を保護する能力を高めうる。その際、投資収益に対する二重課税、エージェンシーコスト、株式の発行コストと新規証券の過小評価というコストを支払う必要が生じる。 支払い不能リスクを軽減する方法としては、他に、1)保険取引リスクの分散化、2)再保険、3)デフォルトリスクの小さな確定利付き証券への投資、などの方法がある。