日本語を考える Introduction to Japanese Linguistics 意味・談話 (3)
敬語 敬語の下位分類 (主要なもの) 素材敬語 (話題の敬語) 尊敬語 謙譲語 対者敬語 (対話の敬語) 丁寧語
素材敬語 素材敬語: 発話の中で言及される人物に対する敬意を表す。 尊敬語: 主語にあたる人物に対する敬意を表す。 ex. お読みになる、合格される、いらっしゃる 謙譲語: 主語以外の補語にあたる人物に対する敬意を表す。 ex. お貸しする、さしあげる 「ご就職」、「ご両親」、「お手紙」、「ご返事」 のような名詞表現も、素材敬語と見なすことができる。(「ご就職」・「ご両親」は尊敬語。「お手紙」・「ご返事」は尊敬語、謙譲語どちらにも使える。)
尊敬語 (動詞) ナル敬語: お/ご ~ になる (~ は 中止形またはサ変動詞の基部) レル敬語: ~ (ら)れる (~ は語幹) お書きになる、お調べになる ご利用になる、ご出席になる レル敬語: ~ (ら)れる (~ は語幹) 書かれる (kak-are-ru)、 調べられる (sirabe-rare-ru), (ご)利用される (go-riyo:-s-are-ru)、(ご)出席される (go-sjusekki-s-are-ru)
特殊形 (主要なもの): ~なさる (~する) 召しあがる (食べる、飲む) いらっしゃる (行く、来る、いる) おいでになる (行く、来る) お休みになる (寝る) お召しになる (着る) ご覧になる (見る) くださる (くれる) お住まいだ (住んでいる) お~だ (~ている) (お持ちだ、など)
尊敬語は、「主語性」 の基準にも用いられる。 私には答えがわかった。 先生には答えがおわかりになりましたか? 一般に、ナル敬語・特殊形敬語はレル敬語より敬意を示す度合いが高いと言われる。
お忙しくていらっしゃる、ご多忙でいらっしゃる 特殊形: 「ご存じだ」 は、 動詞 「知る (知っている)」 に対応する (形容詞) (イ形容詞およびナ形容詞) お/ご ~ お若い、おきれいだ、ご立派だ (お/ご) ~ {くて/で} いらっしゃる お忙しくていらっしゃる、ご多忙でいらっしゃる 知的でいらっしゃる、ハンサムでいらっしゃる 特殊形: 「ご存じだ」 は、 動詞 「知る (知っている)」 に対応する (名詞文) ~でいらっしゃる ご出身は京都でいらっしゃいますか
(名詞) お/ご ~ お手紙、ご著書 その他: 貴社、玉稿、御尊父、など
語幹が一拍の母音語幹動詞は、ナル敬語にできない。 尊敬語 (特に動詞) に関する制約: 語幹が一拍の母音語幹動詞は、ナル敬語にできない。 煮る > *お煮になる 得る > *お得になる 出る > ?お出になる (例外的) 一般的に、特殊形がある場合、通常形 (ナル敬語・レル敬語) は好まれない。 くれる > *おくれになる, *くれられる (くださる) 着る > *お着になる, ??着られる (お召しになる) 食べる > ?お食べになる, ?食べられる (召し上がる) 行く > ?お行きになる, ?行かれる (いらっしゃる) 利用する > ご利用になる, 利用される (利用なさる) (例外的)
尊敬語 (特に動詞) に関する制約 (続き): 「お/ご」 がつけられない表現を基部とするサ変動詞は、ナル敬語にできない。(洋語や擬音語・擬態語など) ハラハラする > *おハラハラになる, ハラハラ {される/なさる} メモする > *おメモになる, メモ {される/なさる} 漢語を基部とするサ変動詞には、ナル敬語にできるものとできないものがある。(できないものの方が多い。) 利用する > ご利用になる, (ご)利用 {される/なさる} 運転する > *ご運転になる, (ご)運転 {される/なさる} 「利用」型: 出席, 執筆, 卒業 など 「運転」型: 実験, 送信, 優勝 など
ナル敬語とレル敬語を重ねて使うのは誤用とされる。 (「二重敬語」) 万年筆をお使いになりますか? 万年筆を使われますか? ??万年筆をお使いになられますか? ??万年筆をお使われになりますか? ただし、二重敬語が全て認められないわけではない。 お召し上がりになりますか?
尊敬語の使用に関する実用的な指針: 特殊形がある場合、それを使う。 サ変動詞の場合、 「する」 を 「される」 に変える。 いらっしゃる、ご存知だ、など サ変動詞の場合、 「する」 を 「される」 に変える。 利用する > 利用される 散歩する > 散歩される 運転する > 運転される それ以外の場合、 「お~になる」 を使う お読みになる、お調べになる 「~ている」 は、「お~だ (です)」 の形にすると、すっきりすることが多い 「何をお読みですか?」 「もうお聞きかもしれませんが …」
謙譲語 (動詞) お/ご ~ する (~ は 中止形またはサ変動詞の基部) お/ご ~ 申しあげる (~ は 中止形またはサ変動詞の基部) お書きする、お調べする ご招待する、ご案内する お/ご ~ 申しあげる (~ は 中止形またはサ変動詞の基部) お祈り申しあげる、お願い申しあげる ご挨拶申しあげる、ご連絡申しあげる
特殊形 (主要なもの): 申しあげる (言う) 存じあげる (知る) 伺う (聞く、尋ねる、訪ねる) いただく (もらう) さしあげる (やる/あげる) お目にかかる (会う) お目にかける (見せる) ご覧にいれる (見せる)
その他: 拝見、愚考、弊社、小社、拙著など (形容詞) お/ご ~ お懐かしい、?ご心配だ (名詞) お手紙、ご返事 その他: 拝見、愚考、弊社、小社、拙著など
謙譲語は 「主語に当たる人物/話し手を低める」と説明されることもあるが、「主語以外の特定の補部にあたる人物を高める」 と考えた方がよい。 敬意を示す相手がいない場合には、謙譲語は使えない。 *昨日帰りにコンビニで雑誌をお買いしました。 二方面敬語 先輩が田中先生をご案内してくださるんですか? (「ご案内して」 は田中先生への敬意を表し、「くださる」 は先輩への敬意を表す)
謙譲語は、どの補部 (にあたる人物) を高めるかによって分類できる。 「先生に弟をご紹介した」 はおかしいか? 謙譲語は、どの補部 (にあたる人物) を高めるかによって分類できる。 ヲ格: お誘いする、お招きする、ご案内する、… ニ格: お届けする、お任せする、ご紹介する、… カラ格: お預かりする、お借りする ト格: ご一緒する、ご契約する ノタメニ格: お調べする、お持ちする、ご用意する、… ニツイテ格: お噂する、お聞きする
全ての動詞が 「お/ご~する」 の形にできるわけではない。また、 「お/ご~申しあげる」 の形にできるものはさらに限られている。 謙譲語に関する制約: 全ての動詞が 「お/ご~する」 の形にできるわけではない。また、 「お/ご~申しあげる」 の形にできるものはさらに限られている。 誘う > お誘いする, お誘い申しあげる 貸す > お貸しする, *お貸し申しあげる 憧れる > *お憧れする, *お憧れ申しあげる 特殊形がある授受動詞は 「お/ご~する」および「お/ご~申しあげる」の形にできない。 もらう > *おもらいする (いただく) やる/あげる > *おやりする/おあげする (さしあげる) (比較) 会う > お会いする (お目にかかる) 見せる > お見せする (お目にかける, ご覧にいれる)
素材敬語全般に関わる制約: 身内を、外部の人間に対して高めてはいけない。 お父様は9時ごろお帰りになります。 (社内の人間に) 田中部長は今いらっしゃいません。 (社外の人間に) 田中は今おりません。 素材敬語を用いるかどうかは、(i) 話者と話題の人物との関係、 (ii)話者、話題の人物、および聞き手が「身内」の関係にあるかどうか、二つの要因によって決まる。 このような敬語のシステムを、相対敬語と呼ぶ場合がある。対して、 話者と話題の人物との関係だけで敬語の使用が決定するシステム (韓国語など) を絶対敬語と呼ぶ。
A: X 社の社長, B: Y 社の社長, C: X 社の若手社員。 ゴルフ場で、CがBに伝える: 「(A) 社長はちょっと遅れて参ります」 「(A) 社長はちょっと遅れていらっしゃるそうです」 Bが 「Aさんはゴルフがお上手だね」 といったのに対して、Cが答える: 「(A) 社長は学生時代からゴルフをなさっていますから …」 「(A) 社長は学生時代からゴルフをしておりますから … 」
対者敬語 対者敬語 = 聞き手への敬意を表わす敬語 対者敬語の代表: 丁寧語 ~です・ ます ~でございます
ダ体 デス体 ゴザイマス体 動詞 行く 行きます (参ります) (丁重語) イ形容詞 高い 高いです (新しい形) 高うございます ナ形容詞 名詞+ダ 親切だ 学生だ 親切です 学生です 親切でございます 学生でございます
ダ体 デス体 ゴザイマス体 動詞 行った 行きました (参りました) イ形容詞 高かった 高かったです 高うございました ナ形容詞 名詞+ダ 親切だった 学生だった 親切でした 学生でした 親切でございました 学生でございました
ダ体 ッス体 動詞 行く 行った 行くっす 行ったっす イ形容詞 高い 高かった 高いっす 高かったっす ナ形容詞 名詞+ダ 親切だ 学生だ 親切だった 学生だった 親切っす 学生っす 親切だったっす 学生だったっす
尊敬語・謙譲語・丁寧語以外の敬語 謙譲語B 丁重語 美化語, 改まり語 (準敬語) 伝統的に謙譲語と呼ばれてきたものを 「謙譲語A」, 「謙譲語B」 に分類。(大石初太郎による用語) 上で「謙譲語」と呼んでいたものは 「謙譲語 A」 にあたる。 「謙譲語B」・「丁重語」は丁寧語に近いが、素材敬語としての性質も持つ
謙譲語 B 謙譲語 謙譲語Bには、謙譲語Aと異なり、話題となる人物を高める働きはない 謙譲語Bは、基本的にデス・マス体で用いられる *私は六時の特急にご乗車しました vs. 私は六時の特急に乗車いたしました *私は父にそう申しあげました vs. 私は父にそう申しました (大統領選挙の結果、ご存じですか?) *いいえ、存じあげません vs. いいえ、存じません *今から父のところに伺います vs. 今から父のところにまいります 明日は一日中会社におりますので、何かありましたらお電話を … 謙譲語Bは、基本的にデス・マス体で用いられる 私は先生にそのように申しあげた vs. ??私はそのように申した
謙譲語Bは聞き手への敬意を示すという点で丁寧語に近いが、「主語にあたる人物を低める」 という点で素材敬語としての性質も持つ。また、主語となるのは話者またはその身内に限られる。 *山田先生も出席いたしました。(比較: 山田先生も出席しました) *山田先生もまいりました。(比較: 山田先生も来ました)
丁重語 次のような表現は、謙譲語Bとしての用法以外に「丁重語」としての用法も持つ: (~)いたす、申す、存じる、まいる、おる 三百人の選手が参加いたします。 その店員が申しますには、このバッグは … 電車がまいります。 私の家の近所に風変わりな人が住んでおりまして … 丁重語は丁寧語に近いが、主語が 「高める必要がない人物や事物」限られる、という点で異なる。 ??山田先生も出席いたしました。(比較: 山田先生も出席しました) ??山田先生もまいりました。(比較: 山田先生も来ました)
「存じる」 は謙譲語Bとして使われるが、丁重語としては使われない 「申す」 などを丁重語として用いない話者もいる 共通点: 聞き手に対する敬意を表す 主語は高める必要のない人物・事物に限られる 違い: 謙譲語Bは、「主語 (話者またはその身内) を低める」という性質を持つ 「存じる」 は謙譲語Bとして使われるが、丁重語としては使われない 「申す」 などを丁重語として用いない話者もいる
美化語 接頭辞: お, ご (ex. お菓子, ご飯) 丁寧語に分類されることもあるが、敬語の一種とはみなさない研究者が多い。 お菓子買ってやるから、泣くんじゃない! 先生、もう少しお酒の方どうですか? ― (店員に) おい、酒をあと二本持ってきてくれ。
「お/ご」の様々な用法 (1) 尊敬語接周辞の一部 お書きになる ご利用になる (2) 謙譲語接周辞の一部 お招きする ご招待する
(3) 尊敬語接頭辞 (4) 謙譲語接頭辞 お帰り, お手紙; ご結婚, ご挨拶 おからだ, お車; ご家族, ご自宅 お手紙, お役(に立つ); ご挨拶, ご迷惑(をかける)
「お/ご」をつけないとぞんざいになるもの 女性はたいてい「お/ご」をつけ、男性はつける場合とつけない場合があるもの (5) 美化語接頭辞 「お/ご」をつけないとぞんざいになるもの お祝い, お釣り, お茶, ご祝儀 女性はたいてい「お/ご」をつけ、男性はつける場合とつけない場合があるもの お金, お米, お刺身, おすし, おそば, お風呂, おしり
女性は「お/ご」をつけることがあるが、男性はあまりつけない お花, お水, おしょうゆ, お箸, お財布, おなべ 男: 「先生、お財布を落とされましたよ」 (尊敬語) 男: ??「あっ、お財布が落ちてる」 (美化語) 女: 「先生、お財布を落とされましたよ」 (尊敬語) 女: 「あっ、お財布が落ちてる」 (美化語)
男性も女性もあまり「お/ご」をつけない 男性も女性もけして「お/ご」をつけない おソース, お受験, おざる *おラーメン, *おパン, *お道 (みち)
「お/ご」がつかないと、語として認められない: 「お/ご」がつかないと、意味が大きく変わる (5) 化石化した接頭辞 「お/ご」がつかないと、語として認められない: お辞儀, おしゃま, おやつ, おむつ, ご飯 「お/ご」がつかないと、意味が大きく変わる おしゃれ, おかわり, おなか, お目玉, おたま, ご機嫌
改まり語 改まった場面でのみ使うことばを、改まり語と呼ぶ。 昨日 (さくじつ)、本日 (ほんじつ)、明日 (あす・みょうにち) (きのう、きょう、あした) 昨年、本年 (去年、ことし) ただ今、先ほど、後ほど、早速 (今、さっき、後で、すぐ) どちら、どのような、いかが (どっち、こんな、どう) 少々、大変 (少し、すごく) しかし、では (でも、じゃあ) 本日休講
敬語の下位分類 敬語 尊敬語 (素材) 謙譲語 A (素材) 丁寧語 (対者) 謙譲語 B (素材, 対者) 丁重語 (素材, 対者) 準敬語 美化語 改まり語