H24年度社会保障論 社会保障論講義 5章「社会保障制度の積立方式への移行」年金の積立方式移行の詳細 <参考文献>鈴木亘「年金問題は解決できる!」日経新聞出版、2012年 学習院大学経済学部教授 鈴木 亘
積立方式に対する、よくある誤解 現在の高齢者やもうすぐ高齢者になる世代は、積立方式移行によって年金が大きく減額され、大変な痛みを味わう。 積立方式移行で積立金が再び大きく積み上がる。そして、その資産運用が大変である。 積立方式はインフレに弱く、資産価値が大きく目減りする。
積立方式移行のためには、現在の年金制度が抱える800兆円もの債務を、直ぐにキャッシュとして用意しなければならない。 800兆円の年金債務を処理するために、買い手がつくかどうかわからない新規赤字国債を大量に発行する必要がある。そのため、国債マーケットが大混乱に陥る。 改革時の現役世代が背負う「二重の負担」は、積立方式に移行する時のみに発生する。また、改革による「二重の負担」が重すぎて、現役世代はその痛みに耐えられないから、年金改革は実行不能である。
賦課方式と、「積立方式移行+年金債務清算」は、トータルで見て同じことであり、だから現在の賦課方式のままで良い。 現在の賦課方式から全く違う財政方式に移行するので、大変大きな制度変更が必要であり、積立方式移行は現実的ではない。 積立方式移行には長期の移行期間が必要であり、その改革の果実はすぐに得られない。 →これらは全て間違い。誤解を解くことが授業目的。
既に崩壊している「100年安心プラン」 2004年改革で、「100年安心」をうたった政府であったが、その後の5年で、見込み通りの経済成長率、出生率、納付率等が達成できず、大幅に見込みが狂った状態に。 2009年の財政検証(年金の健康診断)前には、リーマンショックが起き、不況のどん底に。 しかし、厚生労働省は、「粉飾決算」と言うべき財政検証を発表し、100年安心が堅持していると公表した。例えば、運用利回りは今後100年近く4.2%もの高利回りで運用するという前提。 リーマンショック後の統計には一切触れず。その後も5年間、何も見直しを行わなかった。
2009年財政検証で用いられた経済想定値
その後、さらに東日本大震災、民主党政権下のデフレ深刻化等にともなって、①マクロ経済スライドは発動できず、②運用利回りは低迷、③保険料収入も想定外の低さに留まり、積立金取り崩しが続く。 アベノミクスでやや積立金が増えたものの、想定外の積立金取り崩しが起きている状況は変わらず。 こうした中、厚労省は2014年に新しい「財政検証」を公表。目くらましのようにたくさんのシナリオを提示したが、政府の議論では「100年安心」が続いている想定が使われている。 したがって、抜本改革は議論されていない。GPIF改革で株への運用割合が増し、その想定が毎年6%を超える上昇となる。逆に言えば、そう想定しなければ、100年安心ではないということである。
2014年財政検証で用いられた経済想定値
運用利回り4.2%を達成するための株価、為替レート
現実的な年金予測 現実的な経済想定(長期的な名目利回り2.5%等。アベノミクスによる株高を織り込む)のもとで計算すると、2040年代には積立金が枯渇する。 積立金が枯渇するとどうなるのか。 保険料引き上げや給付カットであるが、保険料引上げが最も可能性が高い。 保険料率を2035年までに24.8%にする改革を行えば、100年安心プランは維持可能。 消費税引上げは年金財政を改善しない。
厚生年金の積立金予測
国民年金の積立金予測
厚生年金の保険料率の推移
保険料を引き上げた場合の厚生年金 の積立金予測
年金破綻は起きるのか 年金破綻は本質的な問題では無い。負担引き上げで財政維持は可能。 本質的な問題は、巨大な世代間不公平の存在。若者、将来世代は支払ったものが返ってこないという現実。 保険料引き上げの代わりに、税金投入や給付カットをしても世代間不公平はあまり変わらない。
諸悪の根源は賦課方式
老人/現役比率の推移と予測
合計特殊出生率の推移と将来想定
世界最速のスピードで進む日本の少子高齢化。 年金だけではなく、医療、介護も同じ賦課方式。 人口予測は外れにくい。 40年かけて進んだ少子化。 今からの少子化対策は手遅れ。少子化対策をしても効果は望めない。 財政方式の根本的な転換という発想。 積立方式の望ましさ。
積立方式でも長生き保険は変わりない。個人の破産は無い。 少子高齢化時代にもっともふさわしい制度。 実は、積立方式で始まった年金制度。 1970年代初頭にはじまった大盤振る舞い。 その結果として生じた莫大な債務超過。 厚労省も認めた800兆円の債務超過。 債務超過の存在は、世代間不公平の証拠でもある。
厚生労働省による年金債務の試算結果
公的年金全体の年金純債務の試算結果
手品では無い積立方式移行 白いキャンバスに絵を一から描くことはできない。 積立方式移行」とは、「積立方式の年金制度を今から新しく設立する」ことでは無い。 積立方式移行とは、「賦課方式の債務処理+積立方式の年金設立」。 積立方式移行は、JRの経営再建と同じ。 年金清算事業団方式による改革。新年金制度は、積立方式。
年金改革における「同等命題」。 しかし、本当は、同等命題では無い。 相続資産からの徴収のメリット。 長期間で薄く広く徴収する追加所得税。 そのために、年金清算事業団は、国債により資金調達。 資金調達は新年金制度の積立金を使って行う。
積立方式移行の実際 年金清算事業団の支出の推移
年金清算事業団がおった年金純債務は、直ぐにキャッシュで用意する必要は無い。 財源は、①積立金、②新型相続税、③追加所得税、④年金事業団債による資金調達。⑤掛け捨てがある程度できれば、所得税は下がる。 相続資産は年間50兆円の安定財源。新型相続税は、基礎控除無しで、時限的な税。 不動産からの相続税徴収をどう進めるか。 掛け捨てのロジック(防貧保険、生活保護ただ乗り防止)。 資金調達は、積立方式の新年金制度を使う。
年金清算事業団に投入される新型相続税と高資産者の年金掛け捨て額
750兆円の債務処理に必要な追加所得税率
年金清算事業団の財政収支1(相続税率20%、掛け捨てあり、所得税率1.12%のケース)
年金清算事業団の財政収支2(相続税率40%、掛け捨てなし、所得税率1.18%のケース)
新年金制度(積立方式)の財政収支
新年金制度(積立方式)の積立金の推移
年金清算事業団債の残高の推移
世代間格差の改善(厚生年金加入者、100年間で債務返済のケース)
積立方式に対する誤解の答え 現在の高齢者やもうすぐ高齢者になる世代は、積立方式移行によって年金が大きく減額され、大変な痛みを味わう。 →この主張は全くの嘘。積立方式移行で、現在の高齢者やもうすぐ高齢者となる世代の年金が減額される必然性はない。
積立方式移行で積立金が再び大きく積み上がる。そして、その資産運用が大変である。 →積立方式で運営する「新年金制度」の積立金は大きく積み上がるが、一方で、年金債務を引き受けた「年金清算事業団」は当初は赤字運営で、「年金清算事業団債」を発行。 積立金の多くがその公債引き受けに使われるので、新年金制度が資産運用に困ることはない。
積立方式はインフレに弱く、資産価値が大きく目減りする。 →戦後直ぐの時期や1970年代初めのオイルショック時などの「規制金利」の時代の話。自由金利の現代では、「フィッシャー効果」が働き問題ない。 残存期間の長い国債保有の問題を回避したければ、「物価連動債」を発行すればよい。年金事業団債は物価連動債とする。
国債金利と物価変動率の連動
積立方式移行のためには、現在の年金制度が抱える800兆円もの債務を、直ぐにキャッシュとして用意しなければならない。 →年金純債務が全額、直ちに表面化することはありえない。「年金清算事業団」が毎年、年金受給者に支払う年金額は40兆円ほどで、しかも急速にその金額は減少してゆく。毎年、それだけの支払い額を、種々の税金投入や「年金清算事業団債」でファイナンスすれば良いだけ。
800兆円の年金債務を処理するために、買い手がつくかどうかわからない新規赤字国債を大量に発行する必要がある。そのため、国債マーケットが大混乱に陥る。 →年金債務の多くは、「年金清算事業団」が発行する「年金事業団債」の発行という形で出現。それは全て、「新年金制度」に積み上げられる積立金で消化可能。国債マーケットが大混乱に陥る心配は全くない。
改革時の現役世代が背負う「二重の負担」は、積立方式に移行する時のみに発生する。また、改革による「二重の負担」が重すぎて、現役世代はその痛みに耐えられないから、年金改革は実行不能である。 →特に政治家の間に非常に良く流布されているが、完璧な間違い。そもそも「二重の負担」とは、賦課方式のもとでも発生。 積立方式では、各世代の二重の負担はむしろ、賦課方式のもとで発生する二重の負担よりも小さな金額。
生涯保険料率の区分経理
賦課方式と、「積立方式移行+年金債務清算」は、トータルで見て同じことであり、だから現在の賦課方式のままで良い。 →「同等命題」。賦課方式と積立方式移行がなぜ「同等」になるかと言えば、債務処理をする人間がどちらも同じ若者世代や将来世代であると想定。 税の処理では、逃げ切り老人に負担を負わせること可能。将来世代の負担についても、積立金をマイナスにしない制約がかかっている現行制度の保険料負担よりも、税負担で行う方が、より長期にわたり、広く薄い負担に均すことが可能。
現在の賦課方式から全く違う財政方式に移行するので、大変大きな制度変更が必要であり、積立方式移行は現実的ではない。 →賦課方式と積立方式移行は、本質的に大きく異なる財政方式ではない。大きな制度変更が必要とは言えない。
積立方式移行には長期の移行期間が必要であり、その改革の果実はすぐに得られない。 →これも全くの誤解。改革は直ちに行うことが可能。改革したその直後から、改革の果実を皆が味わうことができる。