臓器売買の公的管理 ~臓器売買による搾取を抑える~ 権丈善一研究会12期 中田俊太
臓器売買のゆがんだ分配 西欧諸国など富裕層が、東南アジアの貧困層から大金で臓器を買う。 売却した人は、健康上の問題が生じ、それまでの仕事に復帰できない場合が多い。 ⇒格差がさらに拡大していくのではないか。
臓器(腎臓)を売却した理由 出所:Madhav Goyal(2002)より筆者作成
腎臓摘出前/後の健康状態 出所:Madhav Goyal(2002)より筆者作成
Madhav Goyal等(2002)の調査報告によると、臓器を売却したインド人の96%は、借金の返済に充てていると発表している。 また、50%ものドナーが、腎臓摘出後に健康状態が悪化したことを訴えているとも発表している。
更にドナーが受け取る金額は、平均して$1070。 日本円で127,330円である。(2002年8月の平均相場1ドル119円による) 粟屋(1999)によるインドのマドラス郊外にある「腎臓村」での調査によると、売却者の収入は最高で1200ルピー/月。 日本円で3240円/月(1999年の平均1ルピー2.8円換算)。年収にして38,880円/年(レートは同上)。 ⇒約4年分の年収を得ることができる。
何が問題か? 貧困国が裕福な国から搾取されているのではないか、という事。 売却後に健康被害が生じ、それまでの仕事に復帰できない人が多い。 その分の将来の機会費用を考えると、臓器の売却益は異常に安いのではないか?
原因 1.情報の非対称性 臓器の大体の相場を知る機会がない。 2.交渉上の地歩の違い 売却者のほとんどがぎりぎりの生活を送っている為、安いと感じたとしても売ってしまう。
交渉上の地歩の違い(1/3) 辻村先生(2001)の『はじめての経済学』には、競合財、補完財、独立財の3種類の財について分析されている。 ここでは第6章4節に挙げられている、「スミスの労働市場のエッジワース的表現」を参照にした分析を行った。
交渉上の地歩の違い(2/3)
交渉上の地歩の違い(3/3) ここでは、縦軸の「生活物資」はそのままに、横軸を「生活時間」から「健康条件」に変更した。 この変更は、労働を行う条件の1つとして、また再生産が不可能な財という事で、書き換えが可能であると思う。
目指すところ 臓器の売却を選択した事で、生活環境が悪化することなく、売却という選択に見合った生活の改善が行えるような制度を整えること。
臓器売買市場化論(1/2) Radcliff Richards(1998)では、臓器売買を管理する国際的な機関を設立する事を提唱している。 つまり公的な機関の介入によって、規制された中で臓器の売買を行わせるという事である。
臓器売買市場化論(2/2) この論のメリットは、貧困層が搾取されているという状況を改善できる事。そして価格の設定次第では、長年問題とされてきた臓器の供給不足を解決できるとしている事である。 臓器売買は全面的に禁止する、という流れが倫理学などの観点から国際的にあるが、この立場では経済学の観点から全面禁止こそが搾取の原因を作り上げているのだ、としている。
臓器不足の現状
供給側に法規制を強めた場合
臓器売買市場化論の問題点(私見) 前例として国際的な骨髄バンクの例を挙げているが・・・・・・ 臓器(腎臓・肝臓)摘出手術のリスクが、骨髄移植と比べて圧倒的に高い。 またブラックマーケットから、公的な規制下での取引に参加者を移動させるインセンティブ設計が難しい。
考察1 規制下で取引をさせる為の誘因設定 1.取引価格からのアプローチ 単純にブラックマーケットでの取引価格以上の値段に設定すればよい。 単純にブラックマーケットでの取引価格以上の値段に設定すればよい。 が、買い手は安く買えるブラックマーケットへ戻ろうとするだろうし、売り急いでいる売り手も結局ブラックマーケットへ戻っていくと予想される。
規制下で取引をさせる為の誘因設定 2.摘出手術後の安全を保障する 売り手側が現在高い確率で被る健康被害は、改善の余地がある。 先進諸国での摘出手術後の術後経過と比較しても、インドでは50%以上の人が術後に健康状態の悪化を訴えるのに対して、日本肝移植研究会の調査では、日本では90%以上の人が、回復している事が挙げられている。
考察2 臓器の価値の検証 V.R.ヒュックス(邦訳1995)によれば、健康の価値を測る尺度は目的によって変わるとしている。 ここでは健康を労働の重要な要素とし、その健康を維持する条件として臓器を定義する。 つまり、臓器の価値は、売却者の生涯賃金の割引現在価値で測るとする。
腎摘出による限界生産性の低下 出所:筆者作成
生涯賃金から算出する臓器の価値 粟屋(1999)が調査したインド人の臓器売却者の中で、一番年収が高かった人の例。 年収は38.880円。 成人後上記の報酬で40年間働くとして、生涯賃金は1.555.200円。 1.555.200円ー(それまでに受け取った額)円 =予想される残存生涯賃金 この残存生涯賃金の割引現在価値が、本来補償されるべき売却時の金額のように思う。