社会保障論講義 第1章「社会保障制度の危機はなぜ起きるのか」7~8節 学習院大学経済学部教授 鈴木 亘
7.社会保障全体の世代間不公平の実態 図表1-7は社会保障制度における( ) 図表1-7は社会保障制度における( ) その世代にとって、個別の社会保障分野でいったいいくらの「損得」をしているかという金額 「生涯に受け取る給付費の総額( )」から「生涯に支払う保険料の総額( )」を差し引いた金額であり、「( )」と呼ぶ。
社会保障全体の世代間損得勘定(最新版) 注)厚生年金、健保組合に40年加入の男性、専業主婦の有配偶者のいるケース。生涯収入は3億円として計算している。厚生年金は、現状では100年後までの財政均衡は達成されていないため、保険料率は2024年に再び引上げ、2035年に22.5%に達した時点で固定する改革を行なうと想定した。経済前提は、2009年までの実績値を織り込んだ2004年改革時点の経済前提値。人口推計は2006年版の新人口推計。
世代間不公平計算に対する批判 厚生労働省OB、取り巻きの( )。 ①年金というものは( )を原則とするものなので、損得の観点から論じることは本質的になじまない →世代間の助け合いという理念の下の制度であったとしても、本当に許容されるべき大きさか。 今の子供たちや、まだこれから生まれてくる子供たちが、生まれながらにして、本人たちの意思・選択とは無関係に2千5百万円もの「損失」を背負わされていることを放置すべきか。
②「経済学者達がこのような損得計算をするから、若者を中心に年金不信感が広がっている」といった類の批判 →「愚かな国民が混乱するので真実は知らせないほうがよい」といっているに等しい、まさに「( )」 ③年金がたとえ世代間不公平を生んでいたとしても、親から子への支援や( )も考慮すれば不公平とは言えないという類の批判 →論理のすり替え。「年金による損が大きい人(世代)ほど、親からの所得移転額が年金の移転額を上回るほど大きい」という事実を提示すべき。 2011年度末で( )兆円超の借金は?
④「年金で得をする世代は子供をたくさん生み、制度の維持に貢献した世代であるからその対価を受けるべき」、「その後の損となる世代は子供をあまり生まず、少子高齢化を招いたのであるからその報いを受けるべき」、という因果応報論 →例えば1940年生まれの人々が出産を開始したと思われる1960年の合計特殊出生率はすでに( )という低水準にある。その後、1970年には2.13まで回復だが、それがこの世代に年金で3千万円以上もの得を受けさせるほどの貢献であるとは到底言えない。
⑤( )既に高齢者であった人々に対し、政治的に受給を認めざるを得なかったため、こうした世代が得になるのは当たり前で、これを世代間不公平とは言えない →問題にしている例えば( )の世代は、創設当初の高齢者ではないことは明らか 創設当初の高齢者に受給を認めた途端、「その時の現役が高齢者を支える」という仕組みをとらざるを得ず、現在のような世代間不公平が生じるのは当然だという現状肯定論もあるが、これも事実に反する。
公的年金は全ての世代で「得」のトリック 「年金というものは『世代間の助け合い』を原則とするものなので、損得の観点から論じることは本質的になじまない」といっていた厚生労働省が「世代ごとの年金給付額と保険料負担額の倍率( )」を公表。 その結果は、どのような世代にとっても年金の給付額は保険料負担額の何倍も得であり、1935年生まれの( )倍から生まれ年が遅くなるごとに倍率は下がるものの、1985年生まれ以降の世代についても( )倍も得であるというもの。
第一の原因は、経済学者が行っている計算では、保険料負担として( )まで加えているのに対して、厚生労働省試算では事業主負担を「労務費に含まれるが、賃金そのものではない」として、負担から除いている 。 第二の原因は、( )を算出する際に非常に特殊な値を用いている。通常は利子率を使うが、賃金上昇率を使うなどという話は、前代未聞である。
8.諸悪の根源は「賦課(ふか)方式」にある 社会保障分野では、近年、ほぼ毎年のように大きな改革が行われている。 小泉政権下で行われた2002年の医療制度改革 ① 患者自己負担率の引上げ(サラリーマンが加入する医療保険の本人自己負担率を2割から3割に引上げ、70歳以上の高齢者の自己負担率を1割の定率制にし、現役並みの所得の高齢者の自己負担率を2割に引上げ) ② 保険料率(保険料額/ボーナスを含む賃金)の引上げ(中小企業のサラリーマンのための医療保険である「政府管掌保険」の保険料率引上げ)
③ 公費負担の引上げ(「老人保健制度」(老健)に対する税金投入である公費負担を3割から5割への引上げ) ④ 医療機関が受け取る治療費の価格である「診療報酬単価」の引下げ 2003年は介護保険の保険料の見直しの年で、保険料が引上げ。また、この年、介護サービス業者が受け取る価格である「介護報酬単価」が引下げ。
2004年は年金改革 ① 厚生年金の年金保険料率を年々引上げて行き18.3%になったところで固定する(国民年金も月額保険料を16,900円まで引上げてその後固定する) ② 「基礎年金」に対する税金投入である国庫負担率の引上げ(2009年に1/3から1/2に引上げ) ③ 将来にわたる年金給付額のカットである「マクロ経済スライド」の導入
2005年は介護保険改革 ① 要介護度状態になることや要介護度の進行に対する予防として、介護予防サービスや地域支援事業を創設 ② 施設介護入居者に対する自己負担引上げ(食費と居住費の一部の自己負担化) ③ 立ち入り調査権や適正化指導などの自治体権限の強化 ④ 有料老人ホームなどの特定施設に対する総量規制導入(新規設立の抑制)
2006年の介護保険改革: 介護報酬単価と診療報酬単価の両者が大幅に引下げられたほか、介護保険料の見直しによって介護保険料が引上げ 。 2006年の医療制度改革 : ① 高齢者の自己負担率の引上げ(70-74歳の高齢者の自己負担率を1割から2割へ引上げ、現役並みの所得のある高齢者の自己負担率を2割から3割へ引上げ、高額の医療費がかかった人に対する自己負担の上限であった高額療養費引上げ、療養型病床に入院患者に対する食費と居住費の引上げ)、 ② 「メタボ」で有名な特定検診などの生活習慣病対策、 ③ 2008年度からの後期高齢者医療制度の創設
実態は2つしかない賦課方式下での改革 「社会保障財政」という観点からみると、驚くべきことに、これらはたった( )種類の改革手段のどちらかにまとめることができる 一つ目は「負担の引上げ」で、いわば既定路線( )の改革 2002年医療制度改革の政府管掌保険(政管健保)の保険料率引上げ、2004年年金改革の保険料率スケジュールの決定、2003年、2006年の介護保険料見直し
二つ目は「給付カット」 2004年の年金改革で行われた「マクロ経済スライド」という給付カット。1999年改革の「給付乗率カット」(年金の受給金額を算定する際に用いられる係数の引下げ)。2002年、2006年の医療制度改革や、2005年介護保険改革で行われた様々な形での自己負担(率)引上げ。診療報酬単価引下げ、介護報酬単価引下げ。 2005年の介護保険改革で行われた自治体権限の強化も、強力な給付カット
様々な名前、種類の改革が行われていても、結局それは、負担の引上げか、給付のカットを、手を変え品を変え、国民に迫っているに過ぎない。 負担引上げの代わりに、いくら給付カットを行ったとしても、それは対症療法、あるいは一時的な延命策に過ぎず、本質的な問題解決にはならない。 なぜならば、第一に、給付カットを行って負担上昇を回避できたとしても、それは一時的なもので、またすぐに負担引上げをしなければならない。 第二に、給付カットは、世代間の不公平問題を解決することができない。 第三に、給付カットはおのずと限界があり、それが行過ぎると、社会保障制度の( )がなくなってしまう。
簡単な例え話による説明 図1-8は、図1-1を表にしたもの。一番上の行は、高齢者/現役比率が1:10であった時期を第1期と名づけ、1:5の時期を第2期・・・以下順次、第7期以降までの時期に分ける。 世代間不公平の大きさをみるために、最後の行の「給付負担倍率」 。 人々の人生の長さは3期間だけであり、現役を2期間、高齢者を1期間の生きるとする。
給付カットをしても保険料は引上がる 給付カットをしても世代間不公平は解決しない
給付カットをしても世代間不公平は解決しない
低福祉・高負担か、中福祉・超高負担か 近年の社会保障改革では、年金を筆頭に、医療保険、そして介護保険もが、「保険料引上げ」一辺倒の改革から、「給付カット」を併用するという改革手法の舵を切るが、そろそろ限界。 特に、国民年金(基礎年金)については、2011年度現在の満額支給額は月( )円だが、これは既に都市部においては生活保護の( )を下回っている水準。 いずれにせよ、「( )それとも( )か」などという選択肢は幻想に過ぎない。
社会保障費・国民所得比の比較
高齢化率の比較
積立方式へ移行せよ そもそも社会保障制度の前提となっているこの「世代間の助け合い」という財政方式自体を変えてしまうという改革:「コペルニクス的発想転換」こそが、急速に進むわが国の少子高齢化を乗り切る唯一の方法。 「現役時代に自分の老後に使うための社会保障費を積み立てておく」という積立方式導入が必要。 積立方式で制度が運営されるのであれば、社会保障財政は少子高齢化の影響を全く受けない。
積立方式では、自分の世代だけで財政が完結している。高齢者/現役比率がどうなろうと、保険料引上げや給付カットを行う必要はない
本書の結論を前もって言っておくと、 ① 社会保障制度の全てをこの積立方式にすべきである ② 現在の賦課方式からでも十分に積立方式への移行がスムーズに可能である ③ 積立方式への移行をなるべく早く行うことこそが、少子高齢化による悲惨な未来を避ける唯一の道である。