2015年春学期 「企業のしくみ」 第13回 企業と企業家 2015年春学期 「企業のしくみ」 第13回 企業と企業家 樋口徹
2-1-1 組織のライフサイクル(p.19) 多様な組織 バーナードは、組織を「意図的に調整された複数の人間の活動や諸力の システム 」と定義。 簡単に言えば、組織とは、「共通の目的を遂行するために協働関係にある人々の 集まり 」である。 組織には規模や目的が異なる多様な集まりが含まれる。 ※例えば、ボランティア活動を協力して行っている2人組から、営利目的の数万人規模の大企業まで組織となる。
2-1-1 組織のライフサイクル(p.19) 人のライフサイクル 人間は、受精後に誕生し、 発達 段階を経て、 成熟 し、やがて 死に至る。 発達とは、「ライフサイクル」における絶え間ない変化の過程であり、 人間の成長や成熟が発達の中心である。 成長 とは、身長や体重の増大などの量的変化を意味する。 成熟 は加齢とともに現れる内的な変化のことを指し、持っている 力や機能を十分に発揮できるようになることである。 発達や成熟に大きな影響を及ぼすのが 学習 である。学習とは、 出生後に受けた外的な刺激を 経験 として蓄積し、さらには応用し ていくことである。
人間のライフサイクルの典型的なパターン 最大の機能 行動 発達(成長+学習と成熟) 受精 誕生 死 だれもが同じように発達するわけではなく、発達には、 ➀ 遺伝 と 環境 の相互作用、 ②「未分化⇒ (特殊な機能に) 分化 ⇒ 統合 (有機的に連結)」というプロセス、 ③発達の順序性・連続性・関連性、 ④ 個人差 等がある とされている。
組織のライフサイクル(組織の設立) 組織にも、人間と同じようにライフサイクルを当てはめること があり、その最初の段階は、組織が 出現 する段階である。 人間の場合なら、受精後に特別の事をしなくても、無事に一 定期間が経過すれば誕生につながる しかし、組織の場合は、ビジネスの種があったとしても、構成 員の勧誘や仕組み作りなどの 作業 および法律等で定め られている 手続き が行わなければ出現することはできな い。 ※したがって、組織に関しては、誕生より、立ち上げ、構築、設立など能 動的な言葉を用いる方が適切である。
組織設立の背景 ノースカロライナ大学のハワード・オルドリッチ(Howard Aldrich)教授は、著書の『組織進化論』の中で、創業者の資質 と気質も重要であるが、社会的背景あるいは時代のニーズか らより大きな影響を受けることによって、ある種の組織は「そ の時が 来る まで」設立されないと指摘している。 具体的に組織が設立される背景 人々は 単独 でできないこと(目標)を達成するために組 織をつくる。 目標を達成できるかどうかは、彼らが利用できる 知識 や 資源 によって決まる。 利用可能な知識や資源は時代の展開につれて、そして環 境の 文脈 によって異なってくる。
確立した企業までの道のりで発生する変遷 Paul D. Reynolds and Sammis B. White. (1997), The Entrepreneurial Process, pp. 163-178から作成。
確立した企業までの道のりで発生する変遷(続き) 「変遷段階Ⅰ」:一般成人の中から、「 起業 (incubation)」の 意思を持った者が、具体的な準備活動を開始。 ・ 変遷段階Ⅰを経た者は、 創業期企業家 と呼ばれる。 起業の意思を有する者が行動に移すまでの期間は千 差万別であるが、実際に準備に着手した者は平均して 一年弱 で行動に移していると言われている。 「変遷段階Ⅱ」:創業期企業家が起業に必要な準備をすべて終 え、新しい 企業 として活動を開始する。 ※ 創業期企業家の中で、実際に変遷段階Ⅱに到達する ことができるのは一部である。仮に、起業ができたとして も、ほとんどの企業が短命に終わる。
確立した企業までの道のりで発生する変遷(続き) 「変遷段階Ⅲ」:創業期企業家が設立した企業の経営が 安定 し、確立した企業として力強く存続できるようにな る。 ※実際に、変遷段階Ⅲに到達する企業はごくわず かである。しかし、成功した企業として世間の注 目が集まるので、巷に溢れているように見えてい るだけである。 ※社会にとっても、確立した企業が数多く出現する ことは望ましい。そのためには、創業期企業家 (変遷段階Ⅰに到達する人々)の 裾野 を大き くする必要がある。産官学が協力して、起業をし やすい環境を整備するとともに、ビジネスとして 継続 できる仕組み作りも合わせて取り組まな ければならない。
創造性と生産性からみた組織のライフサイクル 組織は、創造性や生産性が低い状態から始まっている。➀の矢印は、創造性を向上させ、新製品開発や新しい販売戦略などを生み出すプロセスである。創造性を向上させた結果、品揃えや顧客の裾野が拡大する一方で、組織内において 生産性 向上のニーズが高まるようになる。
生産性と創造性からみた組織のライフサイクル(続き) ②の矢印は、組織が生産性を上昇させるプロセスである。作 業の マニュアル 化や手続きの厳格化などによって、ある 程度まで生産性を上昇させることができる。 ※生産性が上昇することによって、生産性を伸ばせる余 地が次第に小さくなる。したがって、生産性が高まった 組織においては、将来性を保つために、 創造性 追求のニーズが高まるようになる。 ③の矢印は、創造性と生産性を 同時 に向上させるプロセ スである。組織にとって、創造性と生産性が高い水準で維持 されている状態が理想である。創造性と生産性のどちらかが 欠けていても、組織にとって様々な リスク を抱えることに なる。
生産性と創造性からみた組織のライフサイクル(続き) ④の矢印は、創造性、生産性あるいはその 両方 を失う停 滞・衰退パスを示している。組織が高い水準で創造性と生産 性を同時に維持するのは大変である。さらに、競争相手の動 向や周辺環境の変化などの 外部環境 によっても、相対的 に④の停滞・衰退パスを経験するかも知れない。最悪の場合 には、組織の存続が危ぶまれる事態に陥ることになる。 ⑤の矢印は、更なる成長のプロセスである。組織が大きくなる ことによって、 官僚的 な組織になる傾向が強まる。しかし、 組織学習 などを通してより高い水準の創造性と生産性を 同時に満たすことが期待されるようになる。 環境変化 にも 柔軟に対応可能な創造的かつ生産的な組織こそが効率的な 組織であり、そのような組織であり続けることが求められてい る。 ※組織の発展経緯は千差万別である。
2-1-2 組織の成長に伴う変化(p.23) 組織の成長と進化(細分化と階層化) 組織規模の拡大に伴って、組織は内部の 構造 を変化させる必要に迫られるように なる。例えば、数人で創業を始めた企業においても、構成員の数が数十あるいは百人 程度まで増えた場合には、役割などに基づいて組織を縦割りし、 機能別組織 や 事業部制組織 に移行することが一般的に行われる。
組織の成長と進化(横断的な動きの強化) さらに、規模が拡大すると、外部環境の変化に迅速に対応する ために、 権限 の委譲を含む組織の再編が行われるように なる。事業範囲の多角化が進んだ状態では、組織としての一 体感が損なわれ易くなるので、組織 横断的 なコミュニケー ションが必要となる。 外部環境の変化は、組織に対して変化や進化を強いることが ある。Aldrich(1999)では、外部環境に大きな変化が発生した 際には、目的、 境界 維持活動、活動システムの組織の3次 元を組織的に転換させる必要があるとしている。 活動システムは、人的資源、情報、原材料などから構成されて いるもので、実際に活動する作業や 組織ルーチン なども 含まれている。 組織転換は「組織内の大きな変化であり、既存の日常的な組 織ルーチンの変化と組織の既存の 知識 を変える新しい組 織能力への移行である。
2-1-3 組織の境界(p.24) ミドル(中間管理職)の役割 組織の規模が大きくなると、当該組織をいくつかのグループに細分化し て管理した方が効率的である。 細分化および階層化が進んだ組織では、グループのリーダーとして 「 ミドル(中間管理職) 」の役割が重要となる。フラットな組織構造 ではトップが忙しすぎて、詳細な指示を全員に正確に伝達がすることが 難しくなる。その結果、 簡単 な作業あるいは 定型的 な作業しか 指示することができなくなる。 それに対して、日常的な管理業務に関しての権限をミドル(中間管理 職)に移譲する階層的な組織に変換することによって、トップは日常的な 管理業務から解放され、 戦略立案 やビジョン作成に専念できる。 ミドル(中間管理職)が現場に指示を伝達し、進捗状況の管理も同時に 行う体系が整備することによって、現場に 複雑 な作業を割当てるこ とが可能となり、さらに問題発生時に 迅速 に対応が行えるようにな る。
組織の階層化 企業のトップが66人の部下をフラットな組織構造で直接管理した場合、トップは日常的な管理業務に追われるようになる。
統制範囲の原則 Massie(1979)は、組織の拡大に伴う、組織内部の細分化およ び階層化の要因を「統制範囲の原則」( span of control )と いう言葉を用いて説明している 。 一人の人間の 管理能力 には必ず限界があるという基本的 な認識に立って、適切に管理できる部下の数には限界があると いうものである。 ※当然、一人の人間が適切に管理できる部下の数は、個人的 な管理能力や管理手法に加えて、 作業内容 によっても 左右される。 ※Joseph L. Massie. (1979), Essentials of Management.(高柳 暁・林昴一訳(1983)『エッセンス経営学』)の中で、組織原 則として、統制範囲の原則のほかに、指揮権統合の原則、 例外の原則(例外的事項は組織の上の方で意思決定すべ き)、スカラーの原則(指示・命令は上から下へ流れるべき)、 部門化の原則と分権化の原則をなどが挙げられている。
外部との接点としての組織の境界 組織は目的を達成するためには、 不足 している人材や情報などを外部から 調達しなければならない。 組織は目的を達成するためには、 不足 している人材や情報などを外部から 調達しなければならない。 そして、必要に応じて、境界を越え、外部への働きかけが行われる。 境界は内外を区分けすると同時に、外部との 接点 でもある。
組織の境界の設定 境界には保有する資源の 範囲 や抱える 責任 の内容 を 明確 にすることによって、組織管理の効率化を促す側 面がる。 境界には保有する資源の 範囲 や抱える 責任 の内容 を 明確 にすることによって、組織管理の効率化を促す側 面がる。 さらに、 外部 から資源が流入あるいは 外部 へ働きか けを行う場所としての側面もある。組織が行う境界に関する 主な意思決定には、以下の3つがある。 組織の 内外 を区分けする境界をどの範囲で設定す るか。 組織 内部 に境界を設定し、どのように細分化するの か。 境界を通してどのように外部との 関わり を持つか。
2-1-4 企業家と経営者の役割(p.27) 企業家 「企業家」とは、企業に資本を出し、その企業の 経営 を担当す る人のことである(『広辞苑』) 。 企業家は リスク を冒して会社を運営する人全般を意味する言 葉として使用されている。 Entrepreneur(企業家)は、「 イノベーション の担い手として創 造性と決断力を持って事業を創始し、運営する個人事業家」(事業 家として十分に能力を発揮できる人材)である(『ランダムハウス大 英和辞典』)。 ※起業家は企業を創始した人限定であるが、企業家には初代以 外にも、二代目や三代目あるいは雇われ経営者も含まれる。 ※類似の言葉として 事業家 があり、「事業を企て、また、経営 する人。また、たくみに事業を経営する人。事業者。」とされてい る(『広辞苑』)。
アダム・スミスとドラッカーの企業家観 アダム・スミス(Adam Smith)は、『国富論』の中で、企業家の役割 を、特に、製鉄業や鉱山業などの 冒険的 事業に資本を投資 することであるとしている 。 ※最近では、キャピタル・ゲインを目的とした投機的な動きが激 しくなっているので、投資家に対しては、出資の有無や規模 で捉えるのは適切ではなくなっている。 ドラッカー(1985)は、「企業家精神(entrepreneurship)」を「気質の 問題ではなく 行動 の様式である」としている 。 適切な 方法論 を豊富に持っている人間が、 状況 に応じ て、適切なタイミングで、適切な方法を持って行動をすれば、比 較的小さなリスクで成功を収められる可能性が高まる。企業家 にとって重要な行動様式は、多くのことを 学んだ上 で、適切 な意思決定を 選択 することである。 ※必ず成功につながる方法、行動パターン、原理の存在は否定 することはできない。
組織の中の企業家 今日、企業の内部においても、企業家を 育成 することが課 題となっている。 今日、企業の内部においても、企業家を 育成 することが課 題となっている。 環境変化が激しい状況では、企業が固定的な枠組みで最小化 あるいは最大化などの 最適化 を追求し、成功しても、将来 の リスク を高める恐れがある。 不確実な事項に対しても、積極的な意思決定が必要になる。 企業の内部には、起業家以外にも、様々なタイプの企業家が必 要となる。経営者の役割は、自分がアイデアを積極的に出すこ とのみならず、周囲の力を最大限引き出し、社内で 企業家 を育成することである。 ※社内に真の企業家がいなければ、企業はやがて衰退の道 を辿る運命にある