禁煙治療薬の薬理 (社)広島県薬剤師会 薬事情報センター 原田 修江
なかなかタバコがやめられないのは? 喫煙習慣の本質 =「ニコチン依存症」
身体的依存 心理的依存 喫煙により形成される2つの依存 離脱症状(退薬症状) 活性化される。 (習慣になる) 喫煙により脳内報酬回路が 喫煙が生活の一部になる (習慣になる) 頭がスッキリする 気分が落ち着く リラックスできる 目覚めの一服 食後の一服 暇を持てあます 仕事の区切り 口寂しさ 間がもたない ニコチンが切れると 離脱症状(退薬症状) 喫煙に対する強い欲求 イライラする、怒り 集中力の低下、不安 体がだるい、眠い、 などの不快な症状が現れる。
ニコチンによる脳内報酬回路の活性化 (ノバルティス、いい禁煙HPより) 脳内報酬回路は、中脳の腹側被蓋野から視床下部(辺縁系)の側坐核、さらに前頭葉にいたる神経系で、ドパミンなどを神経伝達物質としている。 ニコチンは、側坐核などにある前シナプス膜受容体(ニコチン性アセチルコリン受容体)に結合し、ドーパミンなどの神経伝達物質の過剰放出を引き起こす。また、ニコチンは直接シナプス後膜にも作用して、過剰興奮を引き起こす。
ニコチンが遊離を促進する神経伝達物質 血中 ニコチン↑ ドパミン↑ 快感↑ 食欲↓ ノルアドレナリン↑ 覚醒、食欲↓ アセチルコリン↑ 快感↑ 食欲↓ ノルアドレナリン↑ 覚醒、食欲↓ アセチルコリン↑ 覚醒、認識↑ 血中 ニコチン↑ バソプレッシン↑ 記憶改善 セロトニン↑ 気分調節、食欲↓ βエンドルフィン↑ 不安↓ 緊張↓ γアミノ酪酸(GABA)↑ 鎮静作用↑ グルタミン酸化合物↑ 学習能力↑ [ 薬の知識、53(9),2002より ]
[RussellとFeyerabendによる] 喫煙と血中ニコチン濃度 (朝9時より1時間に1本の割合で喫煙) (ng/mL) 60 ニコチン値 1.2mgのタバコを喫煙 50 血中ニコチン濃度 40 30 20 10 9 10 11 12 13 14 15 16 時 喫煙 [RussellとFeyerabendによる]
喫煙は“治療により完治しうる慢性疾患”
禁煙補助薬を使ったニコチン依存症の治療
現在、わが国で使用可能な禁煙補助薬 (1) ニコチン製剤 ニコチン代替療法 (NRT):ガム、パッチ (2) ニコチン受容体部分作動薬
ニコチン製剤を使用したニコチン置換療法(NRT) 心理・行動的依存 ニコチン依存 禁煙 ニコチンガム または ニコチンパッチ ・NRTでは、2段階に分けて依存状態から抜け出す。 ・最初は、ニコチンを薬剤の形で補給することで、禁煙時に出現するニコチン 離脱症状を緩和しながら、まず心理・行動的依存(習慣)から抜け出す。 ・次に、ニコチンの補給量を徐々に減らしながら、ニコチン依存から離脱する。 (厚生労働科学・中村斑2002)
( )内の商品は、 2008/4/16承認済みであるが、2008/7/3現在未発売。 OTC医薬品 (第一類医薬品) ( )内の商品は、 2008/4/16承認済みであるが、2008/7/3現在未発売。 製造販売業社名 販売名 ノバルティスファーマ株式会社 ニコチネル パッチ10 ニコチネル パッチ20 グラクソ・スミスクライン,-大正 シガノン CQ1 シガノン CQ7 シガノン CQ14 シガノン CQ2 ジョンソン&ジョンソン,-武田薬品工業 ニコレット ジェントルパッチ3 ニコレット ジェントルパッチ2 ニコレット ジェントルパッチ1 ニコレット パッチ3 ニコレット パッチ2 ニコレット パッチ1 ニコトロール ジェントルパッチ3 ニコトロール ジェントルパッチ2 ニコトロール ジェントルパッチ1 ニコトロール パッチ3 ニコトロール パッチ2 ニコトロール パッチ1
α4β2ニコチン受容体部分作動薬
バニレクリン(チャンピックス ) 2008年5月にわが国初の 経口禁煙補助薬として 発売が開始された。 バニレクリン(チャンピックス ) R 2008年5月にわが国初の 経口禁煙補助薬として 発売が開始された。 バレニクリンは、脳内のα4β2ニコチン性アセチルコリン受容体 (ニコチン受容体)に結合して高い親和性を有しており、部分作動薬として作用することにより、禁煙に伴う離脱症状やタバコへの切望感を軽減する。 さらに、服用中に再喫煙した場合には、ニコチンがα4β2ニコチン受容体に結合するのを阻害して、喫煙から得られる満足感を抑制する。
アゴニストとアンタゴニストの反応の違い 情報伝達過剰時 情報伝達低下時 アゴニスト アンタゴニスト 部分アゴニスト (臨床精神薬理, 9(2),2006より)
(ファイザー(株) チャンピックス資料より) バニレクリンの作用メカニズム IFより (ファイザー(株) チャンピックス資料より)
バレニクリン(チャンピックス)の使い方 第1週 第2~12週 禁煙開始日 0週 2週 4週 6週 8週 10週 12週 初回診察 通院 ・禁煙開始予定日の1週間前から服用開始。 ・服用8日目から禁煙。 禁煙開始日 0週 2週 4週 6週 8週 10週 12週 ゴール 初回診察 通院 最終診察 禁煙開始日 第1週 第2~12週 1~3日目 4~7日目 8日目~ 0.5mg錠 0.5mg錠 1mg錠 1日1回 1日2回 1日2回 食後 朝夕食後 朝夕食後 (朝昼夕は問わない)
臨床成績【国内後期第Ⅱ相用量反応試験】 チャンピックス使用により65.4%の喫煙者が禁煙治療に成功した。 【4週間持続禁煙率(第9~12週)】
日本で初めてのニコチンを含まない経口禁煙補助薬である。 禁煙に伴う離脱症状及びタバコに対する切望感を軽減する。 バレニクリン(チャンピックス)の特徴 日本で初めてのニコチンを含まない経口禁煙補助薬である。 優れた禁煙率を示す。 禁煙に伴う離脱症状及びタバコに対する切望感を軽減する。
バレニクリンの体内動態 《血中濃度》 ・1mg単回投与(Tmax:約2.75時間 T1/2:約18時間) ・反復投与(4日目には定常状態に達した。) 《代謝》 ・肝の薬物代謝酵素チトクロームP450の阻害作用、および cyp1A2, 3A4の誘導作用なし。 《排泄》 ・ほとんどが未変化体として尿中に排泄される。 (148時間後までに、約87%尿中排泄) ・バレニクリンの腎排泄は主として糸球体濾過によるものであるが、 有機カチオントランスポータOCT-2を介した尿細管からの能動 分泌も一部関係している。
バレニクリンの使用上の注意 《禁忌》 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者 《相互作用》 《禁忌》 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者 《相互作用》 ・シメチジンとの併用により、腎クリアランスが低下して作用が 増強されるおそれがある。(併用注意) 腎の有機カチオントランスポータ(hOCT-2)の基質であり、hOCT-2 阻害剤であるシメチジンにより尿細管での輸送が阻害されるため。 《副作用》主な副作用は、嘔気、不眠症、異常な夢、頭痛、鼓腸。 《使用上の注意》 ・重度の腎機能障害のある患者(主として腎から排泄されるため) ニコチンを含まないので、心血管系障害のある人への慎重投与は記載さ れていない。 ・因果関係は明らかでないが、抑うつ気分、不安、焦燥、興奮、 自殺念慮・自殺が報告されているので、患者の状態に注意し、 これらの症状・行動があらわれた場合には本剤の服用を中止し, 速やかに医師等に連絡するよう患者に指導すること。 ・めまい、傾眠などがあらわれることがあるので、車の運転などに 注意すること。
禁煙に際して留意すること -薬物相互作用の観点から-
1)ニコチンの作用 ・中枢神経系への作用 ・自律神経系への作用 ニコチン 少量:主として興奮作用のみ現れる。 大量:始め一過性の興奮作用が現れた後、抑制作用が現れる。 ニコチン 例えば、交感神経興奮作用により、 ・β遮断薬の効果が弱まる、血糖値が上昇する。 ・末梢血管が収縮してインスリンの吸収が遅れる。 延髄・脊髄 M ACh AD NA N M A ニコチン受容体 ムスカリン受容体 アドレナリン受容体 アセチルコリン アドレナリン ノルアドレナリン N ACh 副交感神経 腸管 節前線維 ACh N 節後線維 A 節前線維 NA 血管平滑筋 交感神経 ACh AD N 副腎髄質(汗腺と立毛筋) ACh 体性神経 (運動) ACh N 骨格筋
薬効が減弱 2)多環芳香族炭化水素による薬物代謝酵素の誘導 薬物代謝を促進 薬物の血中濃度が低下 ・タバコ成分中の 多環芳香族炭水化物が 多環芳香族炭水化物が 薬物代謝酵素を誘導する。 (ニコチンにはこの作用なし) 薬物代謝を促進 CYP1A2、CYP2E1、 UDP-グルクロン酸転移酵素、など 薬物の血中濃度が低下 《CYP1A2で代謝される薬》 ・イミプラミン(トフラニール) ・プロプラノロール(インデラル) ・オランザピン(ジプレキサ) ・テオフィリン ・ワルファリン 薬効が減弱
喫煙者と非喫煙者におけるテオフィリンの 血中クリアランスと血中消失半減期(T1/2) 120 4 6 8 10 14 12 100 80 49例 22例 27例 女性 (非喫煙者12例(22~28歳 平均24歳)、喫煙者15例( 19歳~30歳、平均24歳)) 喫煙歴は20本以上/日 喫煙 7年以上。 テオフィリンは、4mg/kgをエチレンジアミン塩のアミノフィリンの水溶液として200mL(オレンジジュース)投与。 投与前から、0.5、1,2,3,5,7,11、23時間後に採血。 血中テオフィリンクリアランス (ml/h/kg) 60 血中テオフィリン消失半減期 (hr) 40 20 非喫煙者 喫煙者 非喫煙者 喫煙者 (MJ Gardner, et al: Br J clin Pharmac, 16: 1983)
喫煙者と非喫煙者における血中テオフィリンの推移 0 12 8 4 非喫煙者(n=8) 喫煙者(n=9) 血中テオフィリン濃度(mg/L) * * * * * * * *:p<0.005 0 2 4 6 8 (時) 時間 年齢:約30歳 テオフィリン 125mg/回、8時間毎、3日間服用。 3日目朝服用後から採血(8時間後迄) (Grygiel & Birkett: Clin Pharmacol, Ther.,30(4) 1981)
テオフィリン血中濃度と臨床効果および副作用の関係 痙攣又は死亡 60 40 25 20 10 5 60 40 25 20 10 5 ほとんどすべての患者の中毒域 中枢症状,不整脈,痙攣 多くの患者の中毒域 期外収縮を伴わない毎分120分以上の心拍数増加, 呼吸頻拍,稀に不整脈または痙攣 一部の患者の有効域 テオフィリン血中濃度(μg/mL) 中毒域としての消化器症状,鎮痛,不眠および心拍数増加 多くの患者の有効域 一部の患者および新生児無呼吸症の有効域 非有効域 (テオドールインタビューフォームより)
まとめ 喫煙は、医薬品の体内動態や治療効果に影響を与えることがある。 喫煙は、医薬品の体内動態や治療効果に影響を与えることがある。 したがって、薬物治療を行うにあたっては、喫煙歴にも十分留意をする必要がある。
ご清聴ありがとう ございました。