上海市私立大学若手教師研修プログラム(上海市民办高校强师工程) 名古屋大学 杉村 泰
(1) 中国人日本語学習者の自動詞・他動詞・受身の選択
はじめに このたび私は結婚することになりました。(自動詞) ?このたび私は結婚することにしました。(他動詞) ↓ このたび私は結婚することになりました。(自動詞) ?このたび私は結婚することにしました。(他動詞) ↓ 日本語では自動詞が好まれる。 自動詞、他動詞、受身の使い分けはなんだろう?
自動詞・他動詞・受身の選択 (1) さあ,夕食のメニュー{が決まった/を決めた/が決められた}よ。 (自動詞) (自動詞) (2) さあ,肉{が焼けた/を焼いた/が焼かれた}から食べよう。 (自動詞) (3) さあ,お茶{が入った/を入れた/が入れられた}から休憩しよう。 (自動詞) (他動詞) (4) さあ,ケーキ{が切れた/を切った/が切られた}から食べよう。 (他動詞)
守屋(1994) 動詞の自他の選択の難しさは、程度の差はあれ、自動詞選択のむずかしさにある(1から4へと次第に習得が難しくなっていく) ┌非人為的 条件-1 │ (風でドアが閉まった) │ │ ┌主体不特定 条件-2 │ │ (さっき電話がかかってきた) │ │ └人為的 ┤ ┌行為の実現や意図に無関心、結果に視点 条件-3 │ │ (焼けた肉からめしあがって) └主体特定┤ ├行為の実現に関心、意図に無関心、結果視点 条件-4 │ (テーマがやっと決まった) 自動詞選択 │ │ │ 他動詞選択 ├行為の実現に関心、反意図的、責任範囲内 条件-5 │ (うっかりさいふを落とした) └結果よりも行為の実現、意図に関心 上記条件以外 (みそ汁を温めているの) 受身選択
本研究における事態の分類 ┌①対象の内発的変化 │ (電池が切れて時計が止まった) ┌非人為的事態┼②無情物の非意図的な作用による対象の変化 ┌①対象の内発的変化 │ (電池が切れて時計が止まった) ┌非人為的事態┼②無情物の非意図的な作用による対象の変化 │ │ (風でドアがバタンと開いた) │ ├③被害や迷惑の意味 │ │ (地震で家が壊れた) │ └⑫状態変化主体の他動詞文 他動詞選択 │ (火災で家を焼いた) │ │ ┌④動作主不特定(不特定多数、社会一般) │ ┌対象の状態描写┤ (もう授業が始まっている) │ │ └⑤動作主特定 │ │ (冷蔵庫に冷えたビールがある) └人為的事態┬行為の結果┼⑥対象の変化 │に焦点 │ (さあ、肉が焼けたよ) │ ├⑦動作主の変化 自動詞選択 │ │ (去年より体重が減った) │ │ │ │ │ ├⑧対象の状態描写(動作主の直接的介在が感じられる) (自動詞) │ │ (弁当箱に野菜が残っている / 残されている) 受身選択 │ └⑨被害や迷惑の意味 │ (近所にマンションが建った / 建てられた) │ │ (自動詞) │ ┌⑩不注意による対象の変化 他動詞選択 └動作主の行為┤ (転んで骨が折れた / を折った) に焦点 └⑪意図的行為による対象の変化 (コーヒーにミルクを入れて飲む)
アンケート (例) 家に帰ったら、窓ガラス(が/を)(割れて/割って/割られて)いました。
被験者 日本語母語話者 名古屋大学学部生計114人 (2012.5.8~10実施) 日本語学習者 名古屋大学学部生計114人 (2012.5.8~10実施) 日本語学習者 中国語母語話者:湖南大学日語系3年生計58人 (2012.5.24実施)
対象の内発的変化(自発) 典型的な自動詞文
対象の内発的変化(自発) 1 止まった
対象の内発的変化(自発) 2 落ちた
対象の内発的変化(自発) 3 伸びた
対象の内発的変化(自発) 4 割れた
対象の内発的変化(自発) 5 落ちる 落とす 擬人的用法 → 「他動詞」
無情物の非意図的な作用 自動詞文
無情物の作用1 自然物からの被動 → 「受身」 開いた 自然作用 → 「自動詞」
無情物の作用2 自然物からの被動 → 「受身」 溶けた 自然作用 → 「自動詞」
無情物の作用3 自然物の行為 → 「他動詞」 自然物からの被動 → 「受身」 消えた 自然作用 → 「自動詞」
無情物の作用4 風の行為 → 「他動詞」 風による被動 → 「受身」 落ちた 自然作用 → 「自動詞」
無情物の作用5 自然物からの被動 → 「受身」 温まった 温められた 自然作用 → 「自動詞」 学術的描写 → 「受身」
被害や迷惑の意味(非人為的) 自動詞文
迷惑の意味(非人為的) 1 被害 → 「受身」 落ちた 自然災害 → 「自動詞」
迷惑の意味(非人為的) 2 被害 → 「受身」 割れた 自然災害 → 「自動詞」
迷惑の意味(非人為的) 3 被害 → 「受身」 壊れた 自然災害 → 「自動詞」
迷惑の意味(非人為的) 4 被害 → 「受身」 焼けた 自然災害 → 「自動詞」
迷惑の意味(非人為的) 5 被害 → 「受身」 焼けた 焼かれた 自然災害 → 「自動詞」 被害 → 「受身」
対象の状態描写(動作主不特定) 自動詞文
対象の状態描写(動作主不特定) 1 始まっている
対象の状態描写(動作主不特定) 2 変わった
対象の状態描写(動作主不特定) 3 売れている
対象の状態描写(動作主不特定) 4 通っている
対象の状態描写(動作主特定) 自動詞文
対象の状態描写(動作主特定) 1 割れた
対象の状態描写(動作主特定) 2 入っている
対象の状態描写(動作主特定) 3 冷えた
対象の状態描写(動作主特定) 4 冷えている 冷やしている 冷やされている
対象の変化(人為的) 自動詞文または他動詞文
対象の変化(人為的) 1 焼けた
対象の変化(人為的) 2 温まった 温めた
対象の変化(人為的) 3 沸いた 沸かした
対象の変化(人為的) 4 解ける 解く
対象の変化(人為的) 5 決まった
対象の変化(人為的) 6 入った 入れた
中国人と日本人の感覚の違い 中国人:肉を焼いた (他動詞) 日本人:肉が焼けた (自動詞) ・肉を火にかける → 火による肉の化学変化 ・肉を火にかける → 火による肉の化学変化 (人為作用) (自然作用) 中国人:お茶を入れた (他動詞) 日本人:お茶を入れた (他動詞)、お茶が入った (自動詞) ・茶葉をお湯に浸す → お湯によるお茶エキスの抽出 (人為作用) (自然作用) 動作主の意図性が強い (誰か/何かのために) 動作主の意図性が弱い (動作主を背景化)
中国人と日本人の感覚の違い ※次の場合は中日とも他動詞が選ばれる 中国人:ケーキを切った (他動詞) 日本人:ケーキを切った (他動詞) ・ケーキを切る → ? (人為作用) (自然作用) この場合、「ケーキが切れた」は自動詞ではなく可能の意味になる。
中国人と日本人の感覚の違い 中国人:問題を解く (他動詞) 日本人:問題が解ける (自動詞) ・問題の思考 → 思考の熟成 ・問題の思考 → 思考の熟成 (人為作用) (自然作用) 中国人:メニューを決める (他動詞) 日本人:メニューが決まる (自動詞) ・意見表出 → 意見統一までの成り行き 「結婚することになりました」 も同じ 動作主の意図性が強い (独断的な感じがする) 動作主の意図性が弱い (独断的ではない)
被害や迷惑の意味(人為的) 自動詞文または受身文
動作主が特定的、動作主の落ち度 → 「受身」 被害や迷惑の意味(人為的) 1 主語の一致 動作主の行為に着目 → 「他動詞」 直された 動作主が特定的、動作主の落ち度 → 「受身」
動作主が不特定 → 「対象の状態」とも「被害」とも捉えられる 被害や迷惑の意味(人為的) 2 対象の状態と捉えやすい → 「自動詞」 割れた 割られた 動作主が不特定 → 「対象の状態」とも「被害」とも捉えられる
動作主が不特定 → 「対象の状態」とも「被害」とも捉えられる 被害や迷惑の意味(人為的) 3 動作主の行為に着目 → 「他動詞」 入って 入れて 動作主が不特定 → 「対象の状態」とも「被害」とも捉えられる
動作主が不特定 → 「対象の状態」とも「被害」とも捉えられる 被害や迷惑の意味(人為的) 4 被動作主の被害に着目 → 「受身」 建てた 建てられた 動作主が不特定 → 「対象の状態」とも「被害」とも捉えられる
被害や迷惑の意味(人為的) 5 開いた 動作主の行為に着目 → 「他動詞」 被動作主の被害に着目 → 「受身」 動作主の落ち度を感じにくい → 「自動詞」
被害や迷惑の意味(人為的) 6 被動作主の被害に着目 → 「受身」 見つかった 犯人の「被害」を感じにくい → 「自動詞」
動作主の意図的行為 典型的な他動詞文
動作主の意図的行為1 髪の状態に着目 → 「自動詞」 切った
動作主の意図的行為2 変えた
動作主の意図的行為3 入れて
動作主の意図的行為4 温めた
動作主の意図的行為5 開けて
動作主の意図的行為6 切った
動作主の意図的行為7 日中とも、体重の減少は自然変化と捉える → 「自動詞」 減った
まとめ
まとめ 【1】 対象の内発的変化(自発) ・老朽化して家の外壁が割れた。 (日:自/中:自) 【2】 無情物の非意図的な作用による対象の変化 ・老朽化して家の外壁が割れた。 (日:自/中:自) 【2】 無情物の非意図的な作用による対象の変化 ・風でドアが開いた。 (自/自・受) 【3】 迷惑の意味 ・火災で家が焼けた。 (自/自・受) (非人為的事態) ……………………………………………………………… 【4】 対象の状態を描写 (人為的事態) ・コーヒーに砂糖が入っている。 (自/自・他・受)
まとめ (人為的事態) 【5】 対象の変化を描写 ・たくさん貯金が貯まった。 (日:自/中:他・受) 【6】 動作主の意図性なし (人為的事態) 【5】 対象の変化を描写 ・たくさん貯金が貯まった。 (日:自/中:他・受) 【6】 動作主の意図性なし ・転んで骨を折った。 (他/自・他・受) 【7】 迷惑の意味 ・着替え中に、急にドアが開いた。 (自・受/自・受) 【8】 動作主の意図的行為 ・ドアをバタンと開けて部屋に入った。 (他/他)
(2) 格助詞のイメージ
「は」と「が」
自己紹介 私は名古屋大学の杉村泰です。 私が名古屋大学の杉村泰です。
「は」と「が」の係り先 姉は帰ったらピアノの練習をします。 姉が帰ったらピアノの練習をします。
「は」と「が」の係り先 姉は帰ったらピアノの練習をします。 姉が帰ったらピアノの練習をします。
「は」と「が」の係り先 姉は[(自分が)帰ったら]ピアノの練習をします。 (私は)[姉が帰ったら]ピアノの練習をします。 → 「~は ~が ~だ/する」 のセットで覚える
対比の「は」 春はあけぼの。 (夏は夜。秋は夕暮れ。冬はつとめて。) 木曽路はすべて山の中である。 (三十路はすべて闇の中である。) (夏は夜。秋は夕暮れ。冬はつとめて。) 木曽路はすべて山の中である。 (三十路はすべて闇の中である。) 輩は猫である。 (犬ではない。) 私は杉村泰だ。 (梁朝偉ではない。) 我爸是李刚。 (不是一般的人。)
小泉元首相 「自衛隊が活動している地域が非戦闘地域だ。」 「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ。」 (梶原しげる 『そんな言い方ないだろう』 新潮新書 )
小泉元首相 「非戦闘地域とは どこが そうなのか?」 「自衛隊が活動している地域が非戦闘地域だ。」 →非戦闘地域の定義がおかしい 「非戦闘地域とは どこが そうなのか?」 「自衛隊が活動している地域が非戦闘地域だ。」 →非戦闘地域の定義がおかしい 「自衛隊が活動している地域は どこだ?」 「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ。」 →単なる嘘
連体修飾節 彼( )くれた指輪( )ダイヤモンドです。 *彼(は)くれた指輪(が)ダイヤモンドです。 彼がくれた指輪は、ダイヤモンドです。
連体修飾節(例外) Gaba(2015年)
教科書に載せたい日本語 A: あなたは 誰が 好きですか。 B: 私は あなたが 好きです。 B: 私は あなたは 好きです。
あなたは誰が好きですか。
「に」 と 「へ」
「に」と「へ」 東京に行く。(着点) 東京へ行く。(方向)
「に」と「へ」のうち適当な方を入れなさい。 彼が待ってる新宿( )、5,100円で連れてって! (名鉄高速バスの広告コピー ) 彼女が待ってる新宿( )、恋する切符、5,100円。 (名鉄高速バスの広告コピー )
彼が待ってる新宿へ、5,100円で連れてって! 彼女が待ってる新宿へ、恋する切符、5,100円。
「に」と「へ」のイメージ に(収束) ↓ → ・ ← ↑ へ(発散) ↑ ← ・ → ↓
に(収束) 2つのカードが1枚に !! (UFJカード、2003年)
に(収束) サティ・ビブレは、イオンとひとつのグループに。 (イオン、マイカル、2003年)
に(収束) ぜ~んぶをお隣さんに。 (KDDI、2003年)
へ(発散) 日本へ 世界へ 大空へ。 (名古屋空港ビルディング、2003年)
へ(発散) その油断 火から 炎へ 災いへ。 (日本防火研究普及協会、2003年)
へ(発散) 世界は □ から ○ へ。 (松下電器「DVDレコーダー ディーガ」 、2003年)
へ(発散) 呼出し音は、「プルルル…」から 「♪♪♪♪…」へ。 (NTT DoCoMo 、2003年)
へ(発散) シキシマは、Pascoへ。 (敷島製パン、2003年)
「に」と「で」
場所を表す「に」と「で」 私は庭で洗濯物を干す。 私は庭に洗濯物を干す。 私は庭で 物干し竿に洗濯物を干す。
場所を表す「に」と「で」 私は庭{で/に}ゴミを捨てた。 私は庭で ゴミ箱にゴミを捨てた。 私は山{で/に}登った。 私は山で 木に登った。
「に」と「で」のイメージ 私は毎日電車( )座って通学する。 私は毎日電車で 優先席に座って通学する。 で(範囲) □ に(着点) → ・
比較を表す「に」と「で」 中国は世界( )一番人口が多い。 上海は北京( )比べて人口が多い。 で(範囲) □ に(着点) → ・
時間を表す「に」と「で」 私は10時に寝ます。 私は10時で寝ます。 に(着点) → ・ で(範囲) □
時間を表す「に」と「で」 私は10時に寝ます。 私は10時で寝ます。 =10時で起きているのをやめる(起きている範囲)
時間を表す「に」と「で」 私は来年の3月に上海へ帰ります。 私は来年の3月で上海へ帰ります。 (妻が夫に)3月に実家へ帰ります。 (妻が夫に)3月で実家へ帰ります。
「に」 と 「と」
「に」と「と」 私は彼{に/と}似ている。 私は彼{に/と}会った。 私は彼{に/と}話した。 私は彼{に/と}相談した。 私は彼{に/と}恋をした。 私は彼{に/と}キスをした。
「に」と「と」のイメージ 私は車{に/と}ぶつかった。 に(着点) → ・ と(相手) →←
「を」のイメージ
「を」と「から」のうち適当な方を入れよ。 私は毎日7時に家( )出る。 彼はアメリカの有名大学( )出た。 彼女は大学( )出て、まっすぐ家に帰った。 「教室( )出なさい」 犯人は逃げる時裏口( )出てきた。 夫が知らない女の家 ( )出てきた。
「を」の選択率(母語話者、学習者) 私は毎日7時に家を出る。(100%、72.5%) 彼はアメリカの有名大学を出た。(100%、46.3%) 彼女は大学を出て、まっすぐ家に帰った。 (87.9%、53.7%) 「教室を出なさい」(8.6%、59.4%) 犯人は逃げる時裏口を出てきた。(8.6%、24.8%) 夫が知らない女の家を出てきた。(6.9%、26.8%)
「を」と「から」のイメージ 私はトンネル{を/から}出た。 を(対象) ○ から(起点) ○
「を」のイメージ 彼は北京大学を卒業した。 彼はパンを食べた。 彼は彼女を愛した。 彼は空を飛んだ。 ○
まとめ
「から」のイメージ
「に」のイメージ
「へ」のイメージ
「まで」のイメージ
「と」のイメージ 1
「と」のイメージ 2
「で」のイメージ
敬請批評指正! 上海市私立大学若手教師研修プログラム(上海市民办高校强师工程) 2015年3月5日(木)9:00-12:00 於上海師範大学 「日语教育语法与语言对比研究」 杉村 泰