ブラックホール摂動論と 重力波解析 大阪大学 宇宙進化研究室 佐合 紀親 重力波物理冬の学校 /第4回TAMAシンポジウム 2005.2.16-19 大阪市立大学
目次 導入 Regge-Wheeler-Zerilli formalism Teukolsky formalism ブラックホール準固有振動 まとめ
1. 導入
重力波源の候補 周期的、準周期的な重力波源 コンパクト天体の連星系 (WD,NS,BH) 星の大質量ブラックホールへの落下 回転中性子星 バースト的重力波源 コンパクト天体連星の合体 星の重力崩壊 (超新星、ガンマ線バースト) その他の重力波源 インフレーション、相転移起源の背景重力波 裸の特異点
理論波形の必要性 観測データ Matched filtering 観測データから効率良く、高精度で情報を引き出す 重力波信号 ノイズ 重力波信号はノイズに埋もれている!! Matched filtering 観測データと理論波形の相関を取る。 データのフーリエ成分 予測した理論波形 ノイズスペクトル * は複素共役の意 と が一致している は重力波の振幅 と にずれがある は小さくなる 観測データから効率良く、高精度で情報を引き出す ためには理論波形を正確に求めておく必要がある。
重力波波形の解析法 同質量程度の連星系の場合 Inspiral phase : ポストニュートン法 ringdown phase : ブラックホール摂動法 merging phase : 数値相対論 (v/c) で展開 中心BHの重力場が支配的 (背景時空) + (摂動) Einstein eq.を数値的に解く。 非線形の効果が重要な場合
重力場の方程式 時空の計量 (時空を記述する) Einstein方程式 (計量を決める方程式) 10本の連立偏微分方程式 0 : 時間成分 (1,2,3) : 空間成分 Einstein方程式 (計量を決める方程式) で構成される 10本の連立偏微分方程式 計量テンソルの10成分がカップル 計量について非線形
厳密解 Minkowski解 (平坦な時空) Schwarzschild解 (球対称、真空解) Kerr解 (軸対称、真空解)
Einstein方程式の線形化 計量の摂動 エネルギー運動量テンソル 線形化されたEinstein方程式 は背景時空を作る 背景時空 Schwarzschild, Kerr(真空解) 摂動 エネルギー運動量テンソル は背景時空を作る 線形化されたEinstein方程式
ゲージ自由度 摂動入り時空上の各点を背景時空へ写像。 (各点の座標値 xm が与えられる) 摂動は背景時空上のテンソル場と捉える。 perturbed spacetime background 摂動入り時空上の各点を背景時空へ写像。 (各点の座標値 xm が与えられる) 摂動は背景時空上のテンソル場と捉える。 この写像には自由度がある。 (ゲージ自由度) 写像の取替え ゲージ変換 ゲージ変換は無限小座標変換で表現される。
Einstein方程式の線形化 (flat case) ゲージ変換 (無限小座標変換) 調和ゲージ条件 (Lorentzゲージ条件) ゲージ方程式 の自由度残る) (但し、 調和ゲージ上での線形化Einstein方程式
Transverse-traceless(TT)ゲージ 平面波解 場の方程式 調和ゲージ条件 ゲージ変換 の自由度を決める) (残った この変換により、 Bm の自由度を用いて以下のようなゲージを取ることができる。 (TT gauge) 波数 km について重ね合わせを考えると、
重力波の偏極 TTゲージはゲージ自由度が固定されている。 重力波の真の物理的自由度を表す。 独立成分は Axx,Axy の2つ Cartesian座標、z-軸正方向に進む平面波を考える。 独立成分は Axx,Axy の2つ 重力波の物理的自由度は 2
重力波の偏極 II 重ね合わせ後、計量は以下の様に書ける。 +-mode ×-mode 極座標、動径方向に進む重力波の場合、
曲がった時空の場合 偏微分→共変微分 各成分は独立ではない。 リーマンテンソル項 変数分離も非自明。 調和ゲージ条件 偏微分→共変微分 リーマンテンソル項 各成分は独立ではない。 変数分離も非自明。 平坦の場合と違い、調和ゲージでは簡単に解けない。 単純に平面波解を用いることができない。 うまいゲージを選ぶ、方程式の変形等工夫が必要。 Regge-Wheeler-Zerilli formalism for Schwarzschild case Teukolsky formalism for Kerr case
2. Regge-Wheeler-Zerilli formalism Regge and Wheeler, Phys. Rev. 108, 1063 (1957) Zerilli, Phys.Rev. D 2, 2141 (1970)
曲がった時空における摂動方程式 Schwarzschild解 (静的、球対称、真空解) Strategy 球面調和関数展開による変数分離。 背景時空が曲がっている場合、線形化Einstein方程式は、 (調和ゲージ) 調和ゲージのゲージ不定性。 平面波解を用いることができない。 Strategy 球面調和関数展開による変数分離。 自由度を固定できるゲージ条件を課す。 ゲージ不変量に対する方程式の導出。
テンソル球面調和関数展開 球対称時空中のスカラー場 角度依存性を球面調和関数で分離できる テンソル場の場合も、角度依存性をうまく分離できる。 : テンソル球面調和関数 (球面調和関数から作られる対称テンソル)
even parity odd parity
摂動、エネルギー運動量テンソルのテンソル球面調和関数展開 摂動方程式に代入 (q,f) 依存性を分離、(t,r) の偏微分方程式にできる。 さらに、時間についてもFourier展開できる。
ゲージ変換 ゲージ変換 ゲージ変換による摂動の変化
ゲージ変換 (odd part) 任意のゲージにおける摂動 ゲージ変換による摂動の変化 と選ぶことで dlm-termを消去可能。
ゲージ変換 (even part) -termを消去できる。
Regge-Wheelerゲージ 4つのゲージ自由度を用いて以下のようなゲージを選ぶ。 場の方程式 odd part : (Regge-Wheeler gauge) テンソル球面調和関数の最も複雑な項を消去 ゲージが完全に固定される。 場の方程式 odd part : に対する方程式 (Fourier変換後) (bianchi恒等式により、実質2本の方程式)
ここで、 とすると以下の方程式に帰結される。 はゲージ不変量 重力の物理的自由度に対応 (Regge-Wheeler方程式) : エネルギー運動量テンソルから求められるsource term はゲージ不変量 重力の物理的自由度に対応
even part : … もゲージ不変量 重力の物理的自由度2 に対する方程式 odd partより複雑だがやはり一本の方程式に帰結できる。 (Zerilli方程式) は適切な微分演算を行うことで得られる。 … もゲージ不変量 重力の物理的自由度2
遠方での重力波の評価 RWゲージでの摂動をそのまま用いることはできない! 摂動が~O(1/r)となるようなゲージへ変換。 無限遠方での摂動 例えば、 から、 Cartesianに直すとh~O(1) 摂動が~O(1/r)となるようなゲージへ変換。 (Zerilli ’70) 無限遠方での摂動
RWZ formalismのまとめ フーリエ、球面調和関数展開 適切なゲージの選択 場の方程式を動径方向に関する一次元問題に帰結。 適切な微分演算により展開係数を得る。 ゲージ変換により、重力波を評価できるゲージへ移す。
3.Teukolsky formalism S.A.Teukolsky, Astrophys. J. 185, 635 (1973) T.Nakamura, K.Oohara, and Y.Kojima, PTP Suppl. 90, 110 (1987) S.Chandrasekhar, Mathematical Theory of Black Holes
Kerr時空における摂動方程式 Kerr解 (定常、軸対称、真空解) Kerr caseにおいて摂動方程式はさらに複雑になる。 球面調和関数 spheroidal harmonics (テンソル球面調和関数に対応する spheroidal tensor harmonicsは知られていない) RWゲージのような便利なゲージがない。 Newman-Penroseにより導入されたゲージ不変量 に注目。
重力の物理的自由度 リーマンテンソル リッチテンソル ワイルテンソル 重力の物理的自由度を表す。 : 代数的独立成分 20個 時空の曲率を表すテンソル 計量の2階微分で表現される。 リッチテンソル : 代数的独立成分 10個 アインシュタイン方程式により 物質項と直接結びついている。 ワイルテンソル : 代数的独立成分 10個 リーマンテンソルの残りの成分 真空の場合でもゼロではない 重力の物理的自由度を表す。
テトラッド テトラッド 光的テトラッド : 時空を張る4つの規格直交ベクトル : 光的なベクトルで構成されるテトラッド (mm は複素ベクトル) 例えば、Kerr時空の場合、以下のように選ぶことができる。 (Kinnersley’s null tetrad)
光的テトラッド
Newman-Penrose quantities Newman and Penrose, J. Math. Phys. 3, 566 (1962) 光的テトラッドを基底として用いる解析手法 輻射の問題を扱うのに便利 ワイルスカラー (ゲージ変換に対して不変な量) ワイルスカラーと重力波の関係 無限遠方において、 は (t-r) (outgoing) の関数 この時、 を用いた。
Teukolsky方程式 Newmann-Penrose形式を用いて y4 に対する方程式を導出。 変数分離可能な方程式!! から決まる物質項 変数分離可能な方程式!! 背景時空の定常、軸対称性によりフーリエ展開可能
Teukolsky方程式 II 分離後の各成分に対する方程式 動径方向 (radial Teukolsky eq.) 角度方向 (spheroidal eq.) : spheroidal harmonics : 変数分離定数 (規格化条件) で正則 (境界条件)
Teukolsky方程式の漸近解 Teukolsky方程式の動径方向 無限遠方 地平線
遠方での重力波の評価 無限遠方において、動径方向の同次解は、 一方、
Teukolsky formalismのまとめ Newman-Penroseにより導入されたワイルスカラーに注目。 ゲージ不変量、 ワイルスカラーに対する変数分離可能な方程式を導出。 変数分離により、動径方向、角度方向の方程式を得る。 ワイルスカラーの無限遠方での表式から重力波を評価。
4.ブラックホール準固有振動
Quasi-Normal Mode とは 複素振動数を持つ 無限遠方で外向き、地平線では内向きの波 実部が共鳴振動数を、虚部が減衰率を表す。 S.Chandrasekhar and S.Detweiler, Proc. r. Soc. Lond. A. 344, 441 (1975) 複素振動数を持つ 実部が共鳴振動数を、虚部が減衰率を表す。 無限遠方で外向き、地平線では内向きの波 無限遠方では外向きの重力波のみ (系外からの入射波は考えない) BH GW horizonでは内向きの重力波のみ (BHからの放出はない) 無限遠方
QNM振動数の求め方 動径方向の方程式 QNMの条件を満たす解を求める。 地平線近傍での級数展開 漸近形は、 E.Leaver, Proc. r. Soc. Lond. A. 402, 285 (1985) 動径方向の方程式 QNMの条件を満たす解を求める。 地平線近傍での級数展開 漸近形は、 無限遠方で外向き、地平線で内向きになっている。
QNM振動数の求め方 II 展開係数についての漸化式 連分数方程式 この方程式を満たす w に対して、級数は収束。 QNM振動数 は a,m,w,l の含む関数 連分数方程式 この方程式を満たす w に対して、級数は収束。 QNM振動数
Leaverの方法の利点 を固定して、w の解を探す。 連分数は収束性良い。 有限回の計算で十分な精度が得られる。 数値積分が不要。 計算時間が短い。 高精度の計算が可能。
QNM (Schwarzschild case) least damped mode Fig.1 in Leaver Proc. R. Sco. Lond. A402, 285 (1985)
QNM (Kerr case) QNMの a 依存性 m=l モードは、 a→0.5の極限で 実振動数 w=l へ縮退 の場合の m=l モードは、 a→0.5の極限で 実振動数 w=l へ縮退 (Leaverの論文ではaを 2Mで規格化しているの で ) Fig.3 in Leaver Proc. R. Sco. Lond. A402, 285 (1985)
l=2, least damped modeのKerr parameter依存性 Schwarzschild case (a=0) では縮退 Onozawa, PRD 55, 3593 (1997)
ringdown重力波波形 QNM振動数は離散的なので、 l=m=2, least damped modeに注目すると、 とおくと、 Leaverの結果をフィッティングすることで、 F.Echeverria, PRD 40, 3194 (1989) (ここでの a は M で規格化しているので )
5.まとめ
まとめ : RWZ formalism 摂動のテンソル球面調和関数展開、フーリエ展開 時間、角度依存性を分離 Regge-Wheelerゲージの導入 ゲージ自由度を完全固定 摂動方程式をゲージ不変量に対する一次元問題に帰結。 ゲージ不変量と遠方での重力波の関係
まとめ : Teukolsky formalism ワイルスカラーを導入 ゲージ不変量、遠方での重力波と関連 ワイルスカラーに対する変数分離可能な方程式を導出。 変数分離により動径方向、角度方向の方程式を導出。 遠方での重力波
まとめ : ブラックホール準固有振動 ブラックホール固有の振動モード 境界条件 無限遠方で外向きの波 地平線で内向きの波 (系外からのエネルギー注入なし) 複素数振動数を持つ。 実部 : 固有振動数 虚部 : 減衰率 Leaverの方法 連分数の収束性を利用した計算手法 高い精度でQNM振動数を求められる。
補足
平坦な時空の場合 背景時空が平坦(Minkowski)の場合、 遅延解 (retarded solution)
変数分離定数の求め方 変数分離定数 E に対する固有値問題 角度方向の方程式 境界条件 : で正則 Jacobi多項式で展開 ここで、 E.D.Fackerell and R.G.Crossman, J. Math. Phys. 9, 1849 (1977) 角度方向の方程式 境界条件 : で正則 変数分離定数 E に対する固有値問題 Jacobi多項式で展開 ここで、
変数分離定数の求め方 II 展開係数についての漸化式 固定した に対して固有値 E を決める方程式
QNM (Kerr case) QNMの a 依存性 m=l モードは、 a→0.5の極限で 実振動数 w=l へ縮退 の場合の Fig.4 in Onozawa, PRD 55, 3593 (1997)
QNM (Kerr case) QNMの a 依存性 の場合の Fig.3 in Onozawa, PRD 55, 3593 (1997)