Liverpool Care Pathway(LCP)日本語版 一般病棟での使用経験と導入のコツ 東札幌病院 緩和ケア科 中島 信久 第35回日本死の臨床研究会 (2011.10.10 千葉)
一般病棟における終末期ケアの問題点 近年,わが国におけるホスピス・緩和ケアについては,緩和ケア病棟,緩和ケアチームなどの充足とともに,その質は向上してきている. しかし,がん患者の多くがその最期を過ごす一般病棟において提供される緩和ケアの質はいまだ十分とはいえない. 終末期ケア,特に看取りの時期にある患者・家族へのケアにおいても改善すべき点は多い.
一般病棟では,「初回治療(手術など)~再発に対する化学療法~終末期」という一連の経過を経て,看取りのケアを提供することが多い. そうした経過の中で,予後が「月単位」から「週単位」へ,ついで「週単位」から「日単位」へと切り替わる時期を意識することは,この時期のケアの質を高めていくうえで重要である. 月単位 週単位 日単位 ● ● 1ヶ月 1週 死亡
ある日の外科病棟でのスタッフのつぶやき。。。 いつも病棟でそれなりに緩和ケアを意識して取り組んではいるけれども,“週の単位”から“日の単位”に差しかかるあたりの判断が難しいなと思います. あとから振り返れば,「ああ,あのタイミングだったのかな」と思えることもありますが,その時はなかなか気づくことができなくて・・・. ケアが後手に回り,十分な関わりができない中で,最期の時を迎えてしまうことが多いです. 患者さんが今こうした時期にあることに気づけたら,ケアの見直しを図ることができたんじゃないかなと思います.
そこで考えたこと。。。 終末期,“看取り”が近づきつつある中で, 「何をどうすればよいのか」を具体的に示してくれる“道しるべ”のようなものがあったらなあ~ そうした共通のツールを活用して,スタッフ同志が共通の目線で患者・家族ケアに関わりたいなあ~ イギリスにおいて看取りのプロセスの指標として広く普及していたLiverpool Care Pathway(LCP)のオリジナル版の導入を試みた.
一般病棟におけるLCP導入の試み 緩和医療学(9) 147-153, 2007 急性期一般病院外科病棟においてLCPを導入した. (札幌社会保険総合病院:274床,緩和ユニットなし) 導入は2期に分けて行った. 第1期:2004年4月~6月の3ヶ月間. 第2期:2004年12月~2005年2月の3ヶ月間. 第1期に経験したバリアンスを抽出,検討した. これをもとに,第2期はSTAS日本語版を運用している状況 下でLCPによる評価を行った. その際に用いたオリジナルのシート( Hospital version )を 以下に示す.
Section 1 初期アセスメント(1) 患者のアセスメント 診 断 原発 転移 入院年月日 人種 身体症状 嚥下困難 認知力がある 患者のアセスメント 診 断 原発 転移 入院年月日 人種 身体症状 嚥下困難 認知力がある 嘔気 意識清明である 嘔吐 排尿に関する問題 便秘 カテーテルチューブなど 混乱 気道分泌 不穏 呼吸困難 身のおきどころのなさ 疼痛 精神的辛さ その他 あり □ なし □ あり □ なし □
Section 1 初期アセスメント(2) 初回評価 「いいえ」なら バリアンスへ Goal 1 投薬内容を再評価,必要でない投薬の中止. ・経口投与の皮下(静脈,直腸)への変更.必要でない投薬の中止. はい / いいえ Goal 2 頓用の指示を得る.(疼痛時,不穏時,嘔気時,呼吸困難時,発熱時) Goal 3 治療目的に一致しない治療・検査の見直し ・定期採血・・・患者,家族の希望が無ければ中止 ・輸液・・・・・・・浮腫,胸腹水,気道分泌の悪化→減量(<500ml/日) ルート確保で苦痛を伴う場合,中止or皮下輸液に変更 ・心肺蘇生・・・DNRの確認(Dr. ,年月日 . . ) Goal 4 治療目的に一致しないケアの見直し・・・体位交換,バイタルサイン Goal 5 病状認識の評価(患者・家族) 病名; 知っている / 知らない / 不明 死が近いこと; 知っている / 知らない / 不明 Goal 6 家族への連絡方法の確認.家族への施設の情報の提供. Goal 7 紹介医への患者の状態の連絡
Section 2 継続アセスメント(1) 4時間ごとに記載 苦痛の緩和 苦痛の理解 : Goal : 患者が何を苦痛としているかの理解 08:00 12:00 16:00 20:00 24:00 04:00 苦痛の緩和 苦痛の理解 : Goal : 患者が何を苦痛としているかの理解 疼痛: Goal : 痛みがない 気道分泌: Goal : 気道分泌による苦痛がなく,かつ呼吸が 気道分泌のために障害されない 不穏: Goal : 不穏がない 尿閉,便秘の除外.抑制せず,薬物的鎮静を図る. 嘔気,嘔吐: Goal : 嘔気,嘔吐がない 呼吸困難: Goal : 呼吸困難がない その他の症状 治療・処置 口腔ケア: Goal : 口腔内が湿潤で清潔 排尿: Goal : 患者にとって快適な排尿 患者の価値観にあった排尿方法,利尿剤,夜間点滴の中止 薬物投与 Goal : 確実な薬物投与
Section 2 継続アセスメント(2) 12時間ごとに記載 体位 Goal : 患者が快適で,安全な環境である 08:00 20:00 体位 Goal : 患者が快適で,安全な環境である ・苦痛緩和のみを目的とした体位交換, ・移動しない除圧,マットレスの交換 排便 Goal : 患者が便秘,下痢のために苦痛を感じない ・摘便,GEを行う ・患者の価値観にあう方法(パッドなど) 患者への精神的ケア Goal : 患者が精神的の穏やかにいられる ・患者に意識があるときと同じように接する(あいさつ,声かけ,タッチなど) ・どのような処置を行うか,あらかじめ伝える 家族へのケア ・患者の状態(死が近いこと)に関する認識の確認,不安の把握, ・苦痛緩和の手段についての情報提供 ・身体的疲労に対する配慮。悲嘆が強い場合,傾聴,感情表出の促進 ・予測される死の過程についての説明
一般病棟におけるLCP導入の試み Ⅰ.導入第1期(2004年4~6月) 対象:この期間に当病棟に入院中であった全終末期がん患者 対象:この期間に当病棟に入院中であった全終末期がん患者 8例(消化器がん;6例,乳がん;2例). 実際の運用にあたっては,最初からLCPを病棟全体で共通の ツールとして用いるためには,その導入に向けての教育やトレ ーニングなどに多くの時間や労力を要する ⇒ スモールグループによる試験的な運用を試みた. 医師+プライマリーナース+各勤務帯の担当ナースが, 随時,病状や問題点の確認などを行いながらパスを運用 ~ 8例全例でパスを遂行. 評価期間(初期アセスメントから死亡まで) : 3~13日(平均7日)
初期アセスメントにおけるバリアンス (第1期) Goal 1:投薬の再評価・中止 Goal 2:頓用指示 Goal 3:治療・検査の見直し,DNR Goal 4:ケアの見直し Goal 5:病状認識(死が近いこと) Goal 6:家族への連絡,情報提供 3/8 (37.5%) 2/8 (25.0%) 4/8 (50.0%) 5/8 (62.5%)
継続アセスメントにおけるバリアンス (第1期) 初期アセスメントで問題点を解決したのちは,良好なコントロールが可能 苦痛の緩和・・・・・・・・・・・ 治療・処置 薬物投与 体位 排便 患者への精神的ケア 家族へのケア・・・・・・・・ バリアンスはほとんどなく,良好な経過のまま,最期を迎えることができた. ・キーパーソンを中心とした家族関係の 把握が不十分 ・・・3/8 (37.5%) ・家族の思いの表出・理解が困難 ・・・5/8 (62.5%)
バリアンスの発生理由と対処方法 発生理由 対処方法 ・ 病状認識度の低さ ・ 患者・家族とのコミュニケーションの不足 (一連の治療プロセスの中で,行われるべきことが行われていなかった) 対処方法 病棟全体で,STAS-Jを用いた緩和ケアの普及を目指す ⇒看取りの時期に至るよりも早い段階において,病状 認識やコミュニケーション面での問題の解決を図る ⇒その延長線上でLCPを使用するという流れに沿って ケアを展開していく.
一般病棟におけるLCP導入の試み Ⅱ.導入第2期(2004年12月~2005年2月) この期間に当病棟に入院中であった全終末期がん患者7例 (消化器がん;5例,乳がん;2例)を対象として,STAS-Jによる 評価に続いて,LCPの運用を行った. 運用方法は第1期と同様 (医師+プライマリーナース+各勤務帯のナース ) ~ 7例全例でパスを遂行 評価期間(初期アセスメントから死亡まで): 4~14日(平均8日)
バリアンス (第2期) 第1期 3/8 (37.5%) 2/8 (25.0%) 4/8 (50.0%) 5/8 (62.5%) 3/8(37.5%) 5/8(62.5%) 第2期 2/7 (28.6%) 3/7 (42.9%) 1/7(14.3%) 2/7(28.6%) Goal 1:投薬の再評価・中止 Goal 2:頓用指示 Goal 3:治療・検査の見直し,DNR Goal 4:ケアの見直し Goal 5:病状認識(死が近いこと) Goal 6:家族への連絡,情報提供 家族のケア:家族関係の把握 家族の思いの表出
導入にあたっての注意点とコツ 一般病棟における緩和ケアの質の向上を目指していく中で,よりよい看取りのケアの実践を目的としてLCPを導入したプロセスを紹介した. ここでの経験をもとに,一般病棟でLCP日本語版を用いる際の注意点やコツなどについて整理する. 1. 開始時期について 2. LCPを導入する前にしておくべきこと 3. バリアンスへの対処方法-病状認識 4. 円滑な導入のためのポイント
1. 開始時期について LCPによる評価の開始時期については,「パスの適応基準」をもとに,おおむね「最期の1週間」としたが・・・ 1. 開始時期について LCPによる評価の開始時期については,「パスの適応基準」をもとに,おおむね「最期の1週間」としたが・・・ 実際の評価期間は3~14日と幅があり,開始時期の判断を 正確に行うことが難しかった. LCP発祥国であるイギリスと比べて,わが国ではやや早い時期に「寝たきり」や「内服が困難」になる患者の割合が高い. ⇒ パスの適用期間は長くなる可能性あり! その分だけ看取りのケアの準備に充てる時間的余裕がある! と,前向きに捉えることもできる!! ☆ このパスに習熟し,より適切な運用が可能となっていくことで, この問題は解消していくでしょう.
2. LCPを運用する前にしておくべきこと バリアンス分析の結果から明らかなように,看取りの時期のケアの質は,そこに至るまでの経過の中で行われたケアの内容の影響を受ける. 患者が現在抗がん治療中であり,今後徐々に緩和ケアのニードが高まってくることが予想される時期から,患者・家族との関わりの中で生じる様々な問題を,その都度適切に解決しておくことが重要である.
ここで注意してほしいこと・・・ 「STAS→LCPという流れでケアを行いましょう!」ということを勧めているわけではないのです。。。 当時われわれが働いていた一般病棟では,よりよい緩和ケアを提供したいが,何を拠りどころにすればいいのかが分からずに困っていた. その時,「STAS日本語版」に出会い,これが病棟全体に普及していく過程で,予後「月単位」の時期からの緩和ケアの質が充実していった. そうした状況において,「“残り1週間”以降の時期にLCPを用いることで,看取りの時期のケアの質が向上した」という“1つの取り組み”を紹介したのである.
3. バリアンスへの対処方法-病状認識 第1期においては,初期アセスメントの中でバリアンス発生率の高い項目は,「病状認識(死が近いこと)」と「DNRの確認」 「病状認識(死が近いこと)」については,この時期に至ってから,そのズレを修正することは難しいし,これによって得られる効果も不明瞭! より早い時期から修正しておくことが重要だが・・・, その一方で,この時期に至るまでに十分な病状理解が得られていない場合は,患者・家族に病状認識の修正を促すのではなく,“患者・家族の認識にどの程度のズレがあるのかを,医療者側が理解し,そしてそれをもとにケアに携わっていく”というスタンスを目指すのが良いであろう.
4. 円滑な導入のためのポイント ・上からの押しつけで始めない! ・・・ “評価自体が目的化”する危険あり! 4. 円滑な導入のためのポイント ・上からの押しつけで始めない! ・・・ “評価自体が目的化”する危険あり! ・ 最初は小規模から~~ 関心を持った仲間を徐々に増やしていく . ・ 部署全体での運用開始後も,限られた業務量の中で,対象を 限定して行う. 導入当初,「アセスメント項目が多くて,仕事量が増えそう!」 という意見が 聞かれた. “丁寧なアセスメント”を心掛け,まずは1例1例を大切に! ・成功の秘訣・・・その「良さ」をスタッフが実感できるか否か! 困難な壁にぶち当たった時こそ,仲間との話し合いを大切に!
LCPの運用に関わった病棟スタッフの声 ・ 「最期の1週間」すなわち「看取りの時期」が近いことを 意識するきっかけになる. ・ 「最期の1週間」すなわち「看取りの時期」が近いことを 意識するきっかけになる. ・ 看取りの時期に必要なケアの見直しができる. ・ 看取りの時期に必要なケアが一目でわかり,見落とし が減る. ~「今,何をしなければならないのか」に気づくことが できる. ・ 必要なケアをもれることなく提供できる.
<参考> LCP日本語版の導入の準備と実際 淀川キリスト教病院ホスピス ~ パイロットスタディの経験から ~
LCP日本語版の導入の準備 LCPの導入に関するコアメンバーを決定する. 2. コアメンバーが数例にLCPを試用する. 当院の例:ホスピス長・看護課長・係長 2. コアメンバーが数例にLCPを試用する. ・ 通常の病棟業務の中に組み込むため,導入に あたっての問題点などがないかを検討する.
LCP日本語版の導入の準備 3. 学習会を開催する. 4. LCPの使用手順書を作成する. 5. LCP日本語版を開始する. 3. 学習会を開催する. 昼のカンファレンスや日勤終了後などに学習会を 数回行い,スタッフ全員が参加できるようにする. 4. LCPの使用手順書を作成する. 学習会でのスタッフの意見を参考に、コアメンバー で病棟での使用手順書を作成する. 5. LCP日本語版を開始する. 最初は1事例からでも!
LCP日本語版の導入の実際 1. LCP開始と終了の基準 2. スタッフへのLCP使用患者の申し送り 【開始】 医師からでも看護師からでも! 【開始】 医師からでも看護師からでも! [例]予後1週から数日の状況で使用基準を満たして いるかについて,医師,リーダーナース,受け持 ちナースの三者で合意を得たうえで開始する. 【終了】 ・死亡時 ・ LCP開始後に患者の状態が改善した場合. 2. スタッフへのLCP使用患者の申し送り
LCP日本語版の導入の実際 3. 記入方法 ・ 記入の分担:「看護師のみ」 or 「 看護師と医師で分担」 ・ 記入の時間: 3. 記入方法 ・ 記入の分担:「看護師のみ」 or 「 看護師と医師で分担」 ・ 記入の時間: 「継続アセスメント」の記録時間は,看護師のラウンド の時間に合わせた. ・ 4時間毎(6時-10時-14時-18時-22時-2時) ・12時間毎(10時-22時)
LCP日本語版の導入の実際 4. 使用上の疑問や問題点への対応 [例] スタッフが疑問に思ったことや困ったことなどを自由に 4. 使用上の疑問や問題点への対応 [例] スタッフが疑問に思ったことや困ったことなどを自由に 書き出せる用紙を作成し,記入してもらう. コアメンバーで解決策を検討し,手順書に追加する. 日付 問題点 3/6 意識が低下している患者の病状認識をどのように確認したらよいか 3/10 決められたアセスメントの時間以外に起こった症状は記録しなくてよいのか. 3/12 宗教/スピリチュアルな支援の評価が難しい. 何を基準に達成と評価したよいのか判断に迷う. 3/14 家族の昼間の様子から,患者の死に対して心の準備ができているとは評価できなかった. 夜間に家族は不在だが,その時の評価はどうすればよいか.
LCP使用手順書 1.予後1週間〜数日と医師との合意の上で判断し、リーダーがLCPの導入を決定して下さい。導入したらリーダーデスクのリストに記入して下さい。 2.初期アセスメントはその時の状態を、メンバーが記入して下さい。 3.経時の記入は4間毎の記入では、ラウンドの時間と合わせて 6時-10時-14時-18時-22時-2時として下さい。 12時間毎の記入は10時-22時として下さい。時間が前後してもかまいません。 4.4時間毎、12時間後との用紙は1日1枚必要です。旧紙チャートの棚に場所を作っています。看取り後もその棚に入れてください。 5.記入に迷ったこと、疑問点はその場所に理由を書いた付箋を貼っておいて下さい。 6.疑問点・不都合があれば“LCP使用にあたっての疑問・困った点” の用紙をリーダーデスクに置いていますので記入ください。 【追加事項】 *かかりつけ医への連絡は“いいえ”です。バリアンスですが全例連絡は特にしないので、分析の記入いりません。 *遺族へのリーフレットは、当院では後日すずらんの会の案内なので、“いいえ”です。バリアンス分析は“後日発送”で結構です。 *しんどさの増強、痛み、喘鳴など事前にPRN等の使用で避けれたバリアンスはVに○をする。避けられなかったバリアンスはVのみ。 *意識低下している患者、看取り前に認知障害がある患者などは、元々、理解していても、今が昏睡であれば昏睡にチェックして下さい。 *決められた時間以外でも、その前後で起こった症状や問題となったことは、バリアンスとして時間を書いて記入をする どうぞよろしくお願い致します、何かあれば市原まで!
まとめ 一般病院における終末期ケアの質を高めることを目的として,LCPの運用を試みた. 緩和ケアが必要となる,なるべく早い段階から,患者・家族との関わりの中で生じるさまざまな問題を,その都度適切に解決し,円滑なギアチェンジを行っていく. その延長線として,LCPを用いて“看取りの時期のケア”につなげていくことが重要である. LCPは,「これを使えば“看取りのケア”の 質が向上する」という“魔法のツール”ではありません! でも,導入に向けての準備をじっくりと行い,上手に活用すれば,いくつもの“気づき”を与えてくれるでしょう!