2つ以上のプロジェクトの比較 これまでは、単一のプロジェクトを評価するためのNPV法の利用について見てきた しかし実際には、マネージャーがひとつのプロジェクトや選択肢だけを検討するということはまれである むしろ、マネージャーはいくつかの選択肢を比較し、どれが最良か、どれが最も収益性が高いかを知る必要がある 以下では、2つ以上の代替案を比較する際に、どのようにNPVを用いるのかについて、整理していくことにする
総額アプローチと差額アプローチ 代替案を比較する際の一般的なアプローチ 総額アプローチ 各代替案のCFに対する全ての影響を計算し、CFの総額を現在価値に換算する CF総額のNPVが最大となる代替案が最も望ましい 最も一般的なアプローチ 代替案がいくつあっても適用できる 差額アプローチ 代替案間でのCFの差額を算定し、現在価値に換算する 例えばプロジェクトAからBのCFを差し引き、プラスならばプロジェクトAを、マイナスならプロジェクトBを採用する 代替案が2つの場合にしか使えない ex.プロジェクトを採用する場合としない場合の比較
関連するCFの予測の難しさ 資本予算の意思決定で最も難しいのは、関連するCFの予測 どの事象がCF(インであれアウトであれ)の原因と(なり、いくらのCFと)なるかの判断は、非常に迷うことがある しかし、代替案を選択する際には、各代替案に関連するCFの整理が不可欠である
関連するCFの整理 関連するCFの整理 以下の4つのCFを整理 第0年度における初期CIF/COF 売上債権と棚卸資産への投資額 将来の処分価値 営業CF
例題 ある企業 3年前に56,000㌦で購入した梱包機械を所有 耐用年数はあと5年 2年後末に大規模なオーバーホールが必要(10,000㌦) 現在の処分価値は20,000㌦ 5年後の処分価値は8,000㌦ オーバーホールを予定通り行なうことが前提 機械の稼動に要する現金支出コストは年間40,000㌦
例題(つづき) セールスマンの提案~「新しい機械を導入しましょう!」 新機械は51,000㌦ (または旧機械の下取り20,000㌦を差し引き31,000㌦) 新機械により機械稼動に要するコストは年間30,000㌦に低減 新機械の導入により、年間10,000㌦のコスト削減 オーバーホールの必要はナシ 耐用年数5年 処分価値3,000㌦ 最低期待利益率を14%とすると、長期稼動コストを最小化するには、どうすれば良いだろうか?
NPVによるプロジェクトの比較 (図表11‐2) NPVによるプロジェクトの比較 (図表11‐2)
解答 総額アプローチによりNPVを比較する 「A.機械を取り替え」た方が、8,429㌦有利 結論 長期稼動コストを最小化するには、新機械を導入すべき
レビュー問題 各条件はそれぞれ独立であるとして、以下の感度分析を行ないなさい 例題(図表11‐2)の問題と解答を復習しよう 1.最低利益率を20%として、NPVを計算しなさい 2.予測される現金支出コストが、30,000㌦ではなく、35,000㌦であったとし、割引率は14%として、NPVを計算しなさい 3.元々の割引率14%を用いるとして、現金支出の節約額が予測の30,000㌦からどれだけ下がると、NPVはゼロになるか?
1.解答 今度は、差額アプローチにより比較してみる 最低期待利益率が20%ならば、取り替え案のNPVは3,840㌦
2.解答 年間の節約額が5,000㌦と低くなると、新機械導入のNPVはマイナスとなり、この案は採用すべきではないと分かる
3.解答 年間の現金支出節約額をXとし、NPV=0となるようなXの値を求める 3.4331‥5年、14%より 補論Bの図表2を用いる 7,695㌦‥2年後末のオーバーホール費用の現在価値 2,597㌦‥5年後の処分価値の差額の現在価値 0=3.4331(X)+7,695㌦-2,597㌦-31,000㌦ 3.4331X=25,902㌦ X=7,545㌦ 以上のように、年間の節約額が10,000㌦から7,545㌦まで減る(2,455㌦または25%減る)と、NPVは0となる
法人税と資本予算 さらなる関連CFとして‥ 法人税 企業が支払う法人税‥COF 資本予算の意思決定上で考えると、法人税は、プロジェクト間のCFの差を小さくするという性質を持つ 例示 プロジェクトAはプロジェクトBに比べ100万㌦の節約が可能 しかし法人税(税率を40%として)を考慮すると‥ →節約額は60万㌦に減少 ⇒節約額のうち40万㌦は、税金としてCOF
留意事項 法人税法における減価償却費の扱いと節税効果 償却期間 損金算入 キャッシュ効果 “タイミング” 法人税と経済政策 加速償却の事例(米) 法人税と処分損益 簿価(=取得原価-減価償却累計額)と処分価額の関係 処分損失(→節税効果)と処分利益(→納税義務)による正味CIFの比較
資本予算とインフレーション 税金の他にも‥ 資本予算の意思決定者は、CF予測に対するインフレーションの影響も考慮すべきである 通貨単位の一般購買力の低下 プロジェクトの経済命数に渡り高いインフレーションが予想される場合 どうすればよいのか?
インフレーションと整合性の確保 最低目標利益率←市場利子率に基づき決定 最低目標利益率の構成要素 リスクフリー要素‥長期国債の金利 事業リスク要素‥その事業が持つリスクを考慮 インフレーション要素‥インフレ予想を考慮 プロジェクトの経済命数に渡り高いインフレーションが予想される場合 最低目標利益率の構成要素の1つである「インフレーション要素」にその予想を反映することによって、整合性を確保する
その他の長期意思決定分析モデル ますます多くの企業が、資本予算決定にDCFモデルを利用するようになっている一方で、未だに他のモデルも利用されている それらのモデルは、NPVよりも単純であるが、有用ではない しかし、多くの企業ではそうしたモデルを用いている なぜなら、それによってDCFモデルを補完する興味深い情報が得られるから 以下では、回収期間モデルと会計的利益率モデルを検討する
回収期間モデル 回収期間 プロジェクトの初期投資額を、営業活動によるCIFで回収するのに要する期間 耐用年数8年の機械を12,000㌦で購入(減価償却費は無視) これにより営業活動によるCOFが年間4,000㌦節約可能 初期投資額の増分 12,000㌦ 回収期間= = =3年 均等な年間営業CIFの増分 4,000㌦ 上記の回収期間の計算式は、営業活動による年間CIFが均等である場合にだけ用いることが出来る 均等でない場合は、初期投資額を回収するまでの、年々のCFを積み上げて計算する
回収期間モデルの欠点 回収期間モデルの大きな欠点 「収益性」を測定できないこと 企業の主要な目標であり、設備投資を選択する基礎でもある収益性を測定することが出来ない 回収期間モデルは単に、どれだけ早く投資が回収できるかを測定しているに過ぎない しかも回収期間が短いプロジェクトの方が、良いとは限らない
リスクの概算値としての使い方 しかし、マネージャーは、回収期間をプロジェクトのリスクの概算値として用いることがある ある企業は急激な技術革新に直面しているとする はじめの数年間を除けば、以降のCFは極めて不確実 こうした状況では、キャッシュが入るまでに長くかかるプロジェクトよりも、投資額を早く回収できるプロジェクトの方がリスクが小さい
会計的利益率モデル 会計的利益率モデル(accounting rate-of-return:ARR model) 「予想年平均営業利益の増加額」を「初期投資額」で割って、プロジェクトの利益を表す、非DCF資本予算モデル 発生主義会計利益率モデル、とも呼ばれる 予想年平均営業利益の増加額 会計的利益率= 初期投資額 ※予想年平均営業利益の増加額 =年平均営業CFの増分-年平均減価償却費の増分 この計算式は、伝統的会計モデルによる利益計算と投資額とを最も密接に関係づけ、企業の財務諸表における投資効果を示す
例示 ARRを理解するために、図表11‐1と同じ状況を考える 投資額:6,075㌦、耐用年数:4年、見積処分価値:0 予想年間営業CIF:2,000㌦ 年間減価償却費:6,075㌦÷4年=1,519㌦(四捨五入) これらの値を会計的利益率の式に代入 2,000㌦-1,519㌦ 会計的利益率(ARR)= =7.9% 6,075㌦
例示(つづき) ARRの“変形”バージョン 分母について、初期投資額に代えて、「平均」投資額(=耐用年数に渡る設備の平均簿価とみなされる)を用いる企業もある この場合分母は、6,075㌦÷2=3037.5㌦となる 2,000㌦-1,519㌦ 会計的利益率(ARR)= =15.8% 3037.5㌦
会計的利益率モデルのまとめ 会計的利益率モデルの特徴と長所 発生主義会計によって作成された財務諸表に基づいている 回収期間モデルと違い、少なくとも「収益性」を対象としている 重大な欠点 貨幣の時間価値を無視している 将来の予想額を現在の額と同列に扱っている DCFモデルとの比較 DCFモデルは、利子率の影響と、CFのタイミングを考慮している 会計的利益率モデルは、平均の年額に基づいている 会計的利益率モデルは、元々は、期間利益と財政状態という全く別の会計目的のために考えられた投資と利益のコンセプトを用いているのである
DCF法と業績評価のコンフリクト 潜在的コンフリクト 多くのマネージャーは、DCFモデルを、資本予算決定の最も優れた方法とは認めたがらない なぜか? 業績評価には「会計上の利益」が広く利用されているため マネージャーのフラストレーション 意思決定のためには、DCFモデルを使うように教えられる一方で、事後的には、会計的利益率モデルなどの非DCFモデルで業績を評価されるから
コンフリクトの例示 例えば、図表11‐1の例で起こりうるコンフリクトを考える 必要利益率:10%、投資額:6,075㌦、残存価額:0 4年間に渡って年間2,000㌦のキャッシュの節約が可能 このときのNPVは265㌦であった →このプロジェクト(設備の取り替え)は採用すべき しかし,会計上の利益によると、第1年度から第4年度の業績評価は、次ページの通りとなる 減価償却は定額法とする
設備の取り替えと業績評価
解説 業績が会計上の利益で評価されるのであれば‥ 多くのマネージャーは、NPVがプラスであるにもかかわらず、設備を取り替えようとはしないだろう 1年か2年の短期で新しい地位に移る見込みがある場合には、特にそうである なぜか? 発生主義会計では、早い年度(特に利益率が必要利益率を下回る場合の第1年度)の利益は少なめに計上される 従って、マネージャーは、後の年度で利益が多めに計上されるという便益を享受できない 一般的な会計尺度に基づく業績評価は、技術的に進んだ生産システムへの投資などの、重要な長期プロジェクトを却下する原因となりうる
コンフリクト解消のために 資本予算と業績評価の潜在的なコンフリクトを解消するには‥ 資本予算の意思決定と業績評価の両方にDCFを用いる 事後監査の実施 最近の調査によると、ほとんどの大企業(約76%)では、少なくとも一部の資本予算決定について、事後の評価を実施している
事後監査の目的 事後監査の目的 投資支出が、予定通りに、予算内でなされていることを確認する 慎重かつ公正な予測を動機付けるために、実際CFと予測CFとを比較する 将来のCF予測を改善するために情報を提供する プロジェクトの継続を評価する 実際CFと予測CFの事後監査に着目することによって、業績評価は、意思決定プロセスと一貫性を持つ
コストと便益のバランスの壁 しかし‥ 全ての資本予算決定を事後監査するのは、コストがかかる ほとんどの会計システムは、製品、部門、事業部、テリトリーなどの、年々の営業成績を評価するように設計されている これに対して、資本予算決定は、事業部や部門のマネージャーが同時に管理するいくつかのプロジェクトの集合ではなく、個々のプロジェクトを扱う そこで通常は、いくつかの資本予算決定だけを選んで、監査をする
目的整合性のために 意思決定モデルと業績評価モデルを一致させる 意思決定にはあるタイプのモデルを使い、業績評価には別のタイプのモデルを使っていては、トップマネジメントは目的整合性を望めなくなる 従来から用いられている発生主義会計モデルと、様々な公式の意思決定モデルとのコンフリクトは、マネジメントコントロールシステムの設計において、最も重要な未解決問題の1つある
Review 設備投資と拡張に関する意思決定 資本予算の編成 資本予算のモデル DCF法 DCF法と業績評価のコンフリクト 目的整合性のためには‥
参考・引用文献 Horngren,C.T., G.L.Sundem, and W.O.Stratton, Introduction To Management Accounting, Eleven Edition, Prentice Hall, 1999(渡邊俊輔監訳『マネジメント・アカウンティング』TAC出版、2000年) 第11章