資本市場論 (6) 効率的市場仮説 三隅隆司
はじめに 証券投資の目的は? - できる限り少ないリスクで,できる限り高い収益を獲得すること. 証券投資の成功・失敗の目安は? - 利益があがればよいのか? → NO! - 証券投資の「費用」は,「投資額」ではない. - 「機会費用」の概念 - 他の方法で資金を運用した場合に獲得可能なものより高い収益を あ げなければ,その証券投資は成功したとはいえない. - 危険資産のみからなる最適ポートフォリオは「市場ポートフォリ オ」 市場に勝つ証券投資は可能か? - 市場ポートフォリオの収益率よりも高い収益をあげる(市場に勝つ)こ とが必要 1
株式投資分析における 3 つの課題 どの銘柄を? どのようなタイミングで? どれだけ取引するか? ファンダメンタル分 析 テクニカル分析 ( チャート分 析 ) ポートフォリオ理 論 証券の基本的・内在的特性を調査・分析し,証券の本来的価値を求 める 市場価格と本来的価値の比較にもとづいて,割高株・割安株を発見. 過去の価格や出来高といったデータから,価格変動のパターンを発 見. 変動パターンにもとづいて,売買のタイミングをはかる. 資金余力および危険負担能力に照らして,取引量を決定. 証券投資の意思決定 (1) 2
証券投資に成功するためには: - 割安・割高な証券を見つける. - 適切なタイミングで売買を実行. すべての投資家が,証券投資の成功を目指している. - 成功のためには,「他人を出し抜く」あるいは「他人に先んじる」 ことが必要. - これは,容易なことではない. 「他人に先んじる」ためには,他人が利用できない情報を もっていることが必要. - 一般投資家にとって「他人に利用できない情報」など存在するの か? - すべての投資家は,市場におけるあらゆる情報を注視しており, 誰より も早く情報に反応しようと身構えている. → 情報は即座に市場に広まるのではないか? 3 証券投資の意思決定 (2)
4 投資情報
5 情 報 取引されている証券は 確実に 2000 円 の価値を持つ 投資情報
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7 情 報 取引されている証券は 50% の確率で 1000 円 50% の確率で 2000 円 の価値を持つ 投資情報
効率的市場仮説 「資本市場においては,いかなる情報も即座に価格に反映される」という 考えを,効率的市場仮説 (efficient market hypothesis) と呼ぶ. 8 効率的市場仮説 (1) (1) 弱度の効率性 (weak form of efficiency) - 過去の価格情報は,瞬時に価格に織り込まれる. - テクニカル・アナリシスは無効. (2) 準強度の効率性 (semi-strong form of efficiency) - 公開情報は,瞬時に価格に織り込まれる. - ファンダメンタル・アナリシスの無効性. (3) 強度の効率性( strong form of efficiency) - いかなる内部情報も,超過利得獲得に役立てることはできない. ファイナンスの世界においては,「市場の効率性」は永年にわたって,真 理として受け入れられてきた.
9 効率的市場仮説 (3) 効率的市場の命題 市場が効率的であれば, 期待収益率 = 正常収益率 が成立する. 期待収益率 リターンの平均的な実現値や,現在の株価に基づいて算出されるリ ターンの予測値. 正常収益率 当該資産のリスク特性等を勘案して,市場が要求するリターン. 資産評価理論に基づいて求められる. - 資産評価理論とは, CAPM, APT, 3 ファクターモデル 等. - 効率的市場仮説の検証においては,用いられる市場評価理論の影 響を回避できない. - 効率的市場仮説の検証は,「市場の効率性」と「資産評価理論」の結合 仮説の検証となっており,その解釈には注意を要する.
10 → いかなる投資手法を用いたとしても,市場の成果にうち勝つよ うな高 い超過収益を獲得することはできない. 効率的仮説の含意 - 入手した情報にもとづいて証券の売買を行っても,市場をこえた収益 をあ げることは不可能. - どのような情報を用いても将来の証券価格を予測することは不 可能. - 証券価格の変動は,予期されない情報の発生によってのみ引き起こさ れる. 予期されない情報はランダムに発生するから,証券価格もランダ ムに変動 (randam walk) する. 効率的市場仮説 (4) 証券価格の変化の系列相関はゼロ.
11 効率的市場仮説 (5) 効率的仮説の含意 ( 続 ) 期待収益率が,正常収益率から系統的 (systematic) に乖離することはない. - リスクのない資産 ( 安全資産 ) の正常収益率は,安全利子率 ( リスク・フリー・レート ) - 危険資産の正常収益率は,安全利子率にリスク・プレミアムを加味したもの. 効率市場仮説が成立している場合に 予測不可能 であり,ランダム・ ウォークする あるいは 系列相関がゼロとなる ものは, 期待収益率と 正常収益率 ( 安全利子率 + リスク・プレミアム ) の差 であって,将来の証 券価格ではない. - リスク・プレミアムが確率的に変動する場合には,証券価格に系列相関が あることは、効率的市場仮説 ( ウィーク・フォーム ) を必ずしも矛盾しない. リスク・プレミアムの確率変動とは無関係であると思われる証券価格 の季節性 (1 月効果,曜日効果等 ) の存在は,弱度の効率性の反証とい える. 過去の価格変動の規則性を用いた投資戦略では,取引費用控除後に 性の利益を系統的に確保することは困難であるため,弱度の効率性 の成立については,おおむね肯定的解釈がなされている.
12 イベント・スタディ (1) 株式市場が効率的であ る 株価の変化は,新たな情報が発生 利用可能なすべての情報が株価に反映 企業に関する特定のイベントの影響の大きさを,そのイベ ント発生前後における株価変化の大きさによって測ること ができる. → このようにして特定のイベントのインパクトを調べる実証 手法を イベント・スタディ (Event Study) と呼ぶ.
13 イベント・スタディ (2) イベント・スタディを行うにあたっては,イベント発生日を正 確に特定することが必要. イベント・スタディでは,イベント日周辺の数日間 ( 検証期間 と呼ばれる ) における株式収益率の動きを分析することによっ て,当該イベントの効果を考察. 実際の株式収益率 = 正常収益率 + 異常収益率 通常収益率 (normal rate of return) - イベントが発生しなかった場合に実現したと考えられる株式収 益率. - 分析の対象としているイベント以外にも株式収益率に影響を与 える 要因は存在しているから,通常収益率は非ゼロの値をとる可能 性 がある. - 通常収益率は観察不能であるから,推定することが必要.
14 イベント・スタディ (3) ) 異常収益率 (abnormal return) の計測 (1) イベントが株価 ( or 株式収益率 ) の変化に与えた影響を ( できる だけ正確に ) 測定するためには,イベントが発生しなかった場 合に実現したであろう株価 (or 株式収益率 : 正常収益率)を 求めることが必要. 正常収益率 - マーケット・インデックスの収益率 - 市場モデルにもとづく収益率 - CAPM にもとづく収益率 - Fama – French 3 factor モデルにもとづく収益率 - 類似企業の株式収益率 類似企業は,対象企業と規模,産業,簿価・時価比率が類似 して いる企業を採用し,それら企業の平均収益率をベンチマーク とする.
15 イベント・スタディ (4) ) 異常収益率 (abnormal return) の計測 (2) 市場モデルを用いて異常収益率を計測する場合 : : 株式 i の時点 t における株式収益率 : 株式 i の市場モデルおける定数項 : 株式 i のベータ : 市場ポートフォリオの時点 t における株式収益率 : 株式 i の時点 t における市場モデルにおける誤差項 - 日次データの場合,イベント発生日前の 200 ~ 250 日程度 ( 推定期間と呼ぶ ) の データを使用. - 月次データの場合,イベント発生月の前の 60 ヶ月 ( 最低 36 ヶ月)のデータを 使用. 推定期間と検証期間とは重複させないこと. 検定に用いる標準誤差は,推定期間のデータを用いて算出.
16 イベント・スタディ (5) ) 期間設定 (正常収益率の ) 推定期間 イベントスタディの検証期間 ( イベント・ウィンドウ期間 ) イベント日の 5 日前 (t = -5) から 5 日後 (t = +5) までの 11 日間 200 日( t = ~ t = -6 ) - 月次の場合は, 36 ~ 60 ヶ月 ( 短くても 24 ヶ月 ) 市場モデルの推定により,モデルの切片 (α) および傾き (β) の推定値が 求められる. これらの推定値を用いて,検証期間における正常収益率 E(R it ) を算出.
17 イベント・スタディ (6) ) 異常収益率( AR it )は,次式によって求められる. - 事前に情報が漏れたり,情報が市場全体に行き渡るまでに時 間 がかかったりする可能性を考慮して,検証期間はイベント日 ( 時点 0 とする ) を含んだ期間に設定する. - [-1, 0] , [-1, 1], [0, 1], [0, 5], [-5, 5] などがよく用いら れる 検証期間 イベントの発生が,複数日 ( 月 ) にわたって株価に影響を与える可能性があ るから,異常収益率の累積値 ( 累積異常収益率, Cumulative Abnormal Return; CAR) を用いることが一般的. - 各時点における全イベントの異常収益率 (AR_i) の平均値(平均 異常 収益率 ; Average Abnormal Returns; AAR )求める.
18 イベント・ウィンドウにわたって, AAR(t) を足しあわせることによって, 累積平均 異常収益率 (Cumulative Average Abnormal Returns ; CAAR )を求める. イベントの効果の有無をみるためには, CAAR がゼロと有意に異なるか 否かの検定を行えばよい. - 検定に用いる標準誤差 (S) は,推定期間のデータを用いて算出. - CAAR の検定には,次の検定量を用いればよい. ( t分布に従う ) ( ここで T は検討期間 - イベントウィンドウ - の長 さ ) イベント・スタディ (7) )