日本語の理解 補助資料 その2
日本語の文法 日本語の用言変化 用言:動詞、い形容詞、な形容詞 (語形変化をする品詞) ←→体言(名詞、代名詞)と対になる概念
⇧ 用言の変化 国文法での用言変化の分類: 6種類(未然形・連用形・終止形・連体形・仮定形・命令形) 日本語教育では都合が悪い(わかりにくい、中身が問題あり)ので、動詞の変化形は 「辞書形(普通形)、ます形、て形、ない形、ば形、う形、命令形」の7種類に分類する。
用言の語形変化 動詞の変化形 ①五段活用(子音語幹動詞、強変化動詞) 語幹子音は –k, -g, -s, -t, -n, -b, -m, -r, -w のみ (-z, -d, -y は語幹子音になれない) ②一段活用(母音語幹動詞、弱変化動詞) 上一段活用(語幹母音が –i) 下一段活用(語幹母音が –e) ③変格活用(不規則変化動詞) カ行変格活用(「来る」1語) サ行変格活用(「する」および派生動詞)
用言の語形変化 動詞の変化形 子音語幹 母音語幹 くる する 語幹(例) kak-(書) mi-(見) k- s- 未然形 ない形 -a - -o -i/-e/-a 連用形 ます形 -i 終止形 連体形 辞書形 -u -ru -uru 仮定形 ば形 -e -re -ure 命令形 -ro(-yo) -oi -iro(-eyo) う形 -yo -oyo -iyo 連用形(音便形) て形 *-i(k→∅)
用言の語形変化 動詞の変化形 ☆語幹末子音による「て形」(連用形音便形)のパターン ・子音脱落(イ音便) :-k ・子音脱落&濁音化(イ音便) :-g ・子音促音化(促音便) :-t, -r, -w, -k(「行く」) ・子音鼻音化&濁音化(撥音便) :-n, -b, -m ・音便形なし(ます形と同じ) :-s
用言の語形変化 動詞の変化形 ☆ワ行五段活用動詞(-w語幹)はなぜ促音便? *p>f[ф]>w(語中で)という変化が起こったため 買う(買ふ):*kap- > kaf- > kaw- 買ひて:kafi-te > kaf-te > kat-te (買って)
用言の語形変化 動詞の変化形 ☆もう1つの音便形:「ウ音便」 買ひて:kafi-te > kawi-te > kaw-te > kau-te > koːte (買うて) ※普通西日本の方言で使われ、東日本の方言や標準語には出てこないとされる。
用言の語形変化 動詞の変化形 ☆もう1つの音便形:「ウ音便」 標準語に実は現れるウ音便:「問う」「請う」 *問って、*請って : 問うて、請うて これらの動詞は話し言葉では使われず、他の表現をするので、気づかれにくい。
用言の語形変化 動詞の変化形 ◇不規則・例外的な変化をする動詞 ・「行く」(て形が -k のイ音便でなく促音便)
用言の語形変化 動詞の変化形 ◇不規則・例外的な変化をする動詞 ・敬語動詞「いらっしゃる」「おっしゃる」「なさる」「くださる」「ござる」: 「〜ます」が付くとき・命令形のときイ音便になる(!!) 「いらっしゃいます」「おっしゃいます」 「〜しなさい」 ※他の助動詞や助詞ではならない (おっしゃりたい、おっしゃりながら)
用言の語形変化 動詞の変化形 ◎「する」の問題 ・「ない形」の複雑さ:助動詞によって変化 「さ」:ボイス助動詞「される」「させる」 「し」:否定助動詞「しない」 「せ」:否定助動詞「せぬ」「せず」
用言の語形変化 動詞の変化形 ◎「する」の問題 ・「ない形」の複雑さ:助動詞によって変化 否定の助動詞:古来からのものは「ず(ぬ)」 +東日本で中世末に「ない」が現れる。 (古代東国方言の「なふ」と関係あり?)
用言の語形変化 動詞の変化形 ◎「する」の問題 ・「ない形」の複雑さ:助動詞によって変化 「する(古形は「す」)」の未然形:「せ」 「ぬ」の接続:古来から一貫して「せ」に付く。 「ない」の接続:「せ」の他に「し」に付く形が現れ、やがて「し」のみに接続するようになる。
用言の語形変化 動詞の変化形 ◎「する」の問題 ・「ない形」の複雑さ:助動詞によって変化 ボイス助動詞:本来は「せ」に付いた。 「せられる(せらる)」「せさせる(せさす)」 「せしむる(せしむ)」 ※「しむ」:古い使役助動詞
用言の語形変化 動詞の変化形 ◎「する」の問題 ・「ない形」の複雑さ:助動詞によって変化 ボイス助動詞:本来は「せ」に付いた。 「させる(さす)」:平安時代から存在 「される」:近世に例あり
用言の語形変化 動詞の変化形 ◎「する」の問題 ・漢字一文字+「する」型動詞の活用形 :五段活用に近づきつつある! ※「感じる(<感ずる)」「信じる(<信ずる)」など、「する」が連濁したものは、一段動詞化している。
用言の語形変化 動詞の変化形 する 愛する 達する 語幹 s- ai-s- taQ-s- ない形 -i/-e/-a -a -a/-i ます形 辞書形 -uru -uru (-u) ば形 -ure -ure (-e) 命令形 -iro(-eyo) -e (-iro, -eyo) う形 -iyo -o (-iyo) て形
用言の語形変化 動詞の変化形 ◎「する」の問題 ・漢字一文字+「する」型動詞の「ない形」 ①「愛する」型 愛さない/??愛しない、愛さず(「愛せず」は可能動詞) 愛される/*愛せられる、??愛させる/*愛せさせる ②「達する」型 達さない/達しない、達さず(「達せず」は可能動詞) *達される/達せられる、??達させる/??達せさせる
用言の語形変化 動詞の変化形 ◎「する」の問題 ・漢字一文字+「する」型動詞の「ない形」 ①「愛する」型:五段活用化が進んでいる 漢語語尾がイ・ウ・クの場合こちらが多い? (解する・称する・託する…) ②「達する」型:五段活用化があまり進んでいない 漢語語尾が∅・ッ・ンの場合こちらが多い? (帰する・発する・反する…)
用言の語形変化 動詞の変化形 ◎「する」の問題 ・漢字一文字+「する」型動詞の「ない形」 ※個別の事情によるところが大きい 「称する」:称さない/称しない、称される/称せられる 「制する」:制しない>制さない 「訳する」「託する」:「訳す」「託す」で五段活用化
用言の語形変化 い形容詞の語形変化 て形、た形、辞書形、ば形、う形 ☆変化形(便宜的名称) 動詞の「ない形」「命令形」に当たるもの:存在しない。 (否定形は「て形+ない」で作る 例: 大きくない、おいしくない しかもこの「ない」は、形容詞とされる) ※「う形」も、話し言葉ではほとんど使われない。 (大きかろう、「安かろう悪かろう(ことわざ)」)
用言の語形変化 い形容詞の語形変化 変化形 語例(楽しい) 連用形 て形 -ku 楽しく(て) 終止形 連体形 辞書形 -i 楽しい 仮定形 ば形 -kere 楽しけれ(ば) 未然形 う形 -karo 楽しかろ(う) 連用形(音便形) た形 -kaQ 楽しかっ(た)
用言の語形変化 い形容詞の語形変化 ◇形容詞の「て形」:動詞「ます形」 〃 「た形」: 〃 「て形」 〃 「た形」: 〃 「て形」 「て」:動詞では、「た」「たり」「たら」同様、て形に付くが、形容詞では「た」などは「た形」に付く。 た形:〜く+あり(「ある」の古形)から発生 (う形「かろ」もおなじ) た形「〜かっ」は、ラ行五段変化動詞の音便形と同じ形式。
用言の語形変化 な形容詞: 国文法(特に学校文法)では「形容動詞」 ←文語では、変化形が「あり(「ある」古形)」と同じであったため。 国文法(特に学校文法)では「形容動詞」 ←文語では、変化形が「あり(「ある」古形)」と同じであったため。 「形容動詞」を「名詞+断定の助動詞「だ」」として、認めない立場もある(『広辞苑』など)。 しかし、「静かだ」「きれいだ」などの語幹「静か」「きれい」は、そのまま名詞として使えず、「静かさ」「きれいさ」のように形容詞名詞化接辞「さ」を付けなければならないことなどから、名詞とは別として扱うことが多い。
に形、で形、た形、だ形(基本形)、な形、ば形、う形 用言の語形変化 な形容詞の語形変化 ☆変化形(便宜的名称) に形、で形、た形、だ形(基本形)、な形、ば形、う形 最大の特徴:「だ形(終止形)」と「な形(連体形)」の区別。 終止・連体ともに「な形」であった時期はあったのだが、断定の助動詞「じゃ・だ」と同じ形の終止形が別にあり、そちらが定着して別な役割を果たすようになった。
に形、で形、た形、だ形(基本形)、な形、ば形、う形 用言の語形変化 な形容詞の語形変化 ☆変化形(便宜的名称) に形、で形、た形、だ形(基本形)、な形、ば形、う形 特徴:い形容詞の「て形」が「に形」と「で形」に分裂。 で形:〜にて>〜で、と縮約が起こったもの。 (※格助詞の「で」も「にて」の縮約したもの)
用言の語形変化 な形容詞の語形変化 変化形 語例(静かだ) (丁寧形) 連用形 に形 -ni 静かに ——— で形 -de 静かで 終止形 だ形(基本形) -da(-desu) 静かだ 静かです 連体形 な形 -na 静かな 仮定形 ば形 -nara 静かなら(ば/∅) 未然形 う形 -daro(-desyo) 静かだろ(う) 静かでしょ(う) 連用形(音便形) た形 -daQ(-desi) 静かだっ(た) 静かでし(た)
用言の語形変化 用言変化パターンの整理 動詞 い形容詞 な形容詞 未然形 ない形 ——— う形 連用形 ます形 て形 に形 で形 た形 終止形 辞書形 だ形 連体形 な形 仮定形 ば形 命令形
用言の語形変化 動詞 い形容詞 な形容詞 母音幹 子音幹 くる する 未然形 -a - -o -a/-i/-e ——— -yo -oyo -iyo -karo -daro(-desyo) 連用形 -i -ku -ni -i/-(∅)i/-(N) /-(Q)/-(W) -de -kaQ -daQ(-desi) 終止形 -u -ru -uru -da(-desu) 連体形 -na 仮定形 -e -re -ure -kere -tara 命令形 -ro -oi -iro
用言の語形変化 用言の変化パターン ……動詞・形容詞を統合して説明しようとすると、変化形が多くなり、非常に煩雑。 しかも、動詞によっては細分化させる必要がある(ない形の細分化など)。 ◎学校文法で6分類を守っているのは、通時的観点や慣習というだけでなく、再分類すると余計に面倒くさくなるから、という点もある。
日本語の位相 方言 大きく東西に 別れるが、 その中でも細分 化されている。 ※琉球方言は 「琉球語」とする 立場もある。
日本語の位相 男性語・女性語 日本語の特徴として「男性語・女性語」の差異が大きい言語であることがよく挙げられる。 日本語の特徴として「男性語・女性語」の差異が大きい言語であることがよく挙げられる。 男性の言葉:乱暴で丁寧さに欠ける 女性の言葉:丁寧である 男性に特徴的な文末表現:「~ぜ」「~ぞ」「~さ」 女性に特徴的な文末表現:「~わ」「~わね」「~かしら」
位相語と役割語 男性語・女性語 ◆実は最近の日本語では男性語・女性語の特徴とされる表現はあまり使われなくなっている!! ・「~わ」の2種類 ①「~わ↑」:女性性を示す終助詞 →ほとんど使われなくなっている。 ②「〜わ↓」:自分の行動を提示したり(俺、もう帰るわ↓)、 軽い驚きを表したり(あ、今ごろ来たわ↓)する。 →男女問わず使われる。
位相語と役割語 「役割語」という概念 :創作において登場人物が「いかにもそれらしい立場・属性である」ことを示すために話す、実際には使われないバーチャルな言葉遣い
位相語と役割語 役割語の例 ◎老人男性・ 「ハカセ」の言葉 一人称「わし」 文末「〜じゃ」 「〜のう」 お茶の水博士(『鉄腕アトム』)
位相語と役割語 役割語の例 ◎老人男性・ 「ハカセ」の言葉 一人称「わし」 文末「〜じゃ」 「〜のう」 ※浦沢直樹『PLUTO』のお茶の水博士は、ハカセ言葉は使わない。
位相語と役割語 役割語の例 ◎お嬢様の言葉 文末表現に「〜わ」 また、疑問に 「〜て(よ)」 命令に「お+ます形」 を多用する。 お蝶夫人こと竜崎麗香(『エースをねらえ!』より)
位相語と役割語 役割語の例 ◎「ざます言葉」 お金持ちの奥様が 話す言葉とされる。 右:スネ夫のママ(『ドラえもん』より)
位相語と役割語 方言と役割語 ◆大阪弁: 「がめつい」 「計算高い」 のイメージ。 パーやん(『パーマン』)
位相語と役割語 方言と役割語 ◆東北弁: 「田舎臭い」 「素朴」 のイメージ。 月山(『東京トイボックス』) キャリアウーマン風だが私生活は……
位相語と役割語 職業と位相語 武士:武家言葉 「拙者」 「〜でござる」 『忍者ハットリくん』
位相語と役割語 職業と位相語 貴族:公家言葉 「麿(まろ)」 「〜でおじゃる」 おじゃる丸 ※「おじゃる」は近世に 使われた丁寧表現。 公家専用ではない。 おじゃる丸
位相語と役割語 外国語と役割語 ★中国人の話す 奇妙な日本語 「アルヨ言葉」 明治時代に横浜で生まれた 外国人特有の言い回しが もとになっているらしい。 『ジョジョの奇妙な冒険』に 出てきた中国人
位相語と役割語 外国語と役割語 ★中国人の話す 奇妙な日本語 「アルヨ言葉」 最近は使われなく なってきているようだ。 『中国嫁日記』の月さん (20代、中国瀋陽出身)
位相語と役割語 動物の役割語 犬に「〜ワン」 猫に「〜ニャン」 ネズミに「~チュー」 牛に「〜モー」 「〜ニャイ」に注意
もっと日本語を詳しく知るために 基礎文献 荻野綱男編(2007)『現代日本語学入門』明治書院 沖森卓也他(2006)『図解日本語』三省堂 加藤重広(2006)『日本語文法入門ハンドブック』研究社 金田一春彦(1988)『日本語』(上・下)岩波新書 佐藤武義編(1995)『概説 日本語の歴史』朝倉書店 山口堯二(2005)『日本語学入門 しくみと成り立ち』昭和堂 山田敏弘(2004)『国語教師が知っておきたい日本語文法』くろしお出版
もっと日本語を詳しく知るために 発展的内容を含む文献 加藤重広他(2004)『日本語を知るための51題』研究社 北原保雄(2006)『北原保雄の日本語文法セミナー』大修館書店 金水 敏(2003)『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店 金水 敏編(2007)『役割語研究の地平』くろしお出版 ————(2011)『役割語研究の展開』くろしお出版 窪園晴夫(2011)『数字とことばの不思議な話』岩波ジュニア新書 定延利之(2006)『日本語不思議図鑑』大修館書店 服部四郎(1979)『音韻論と正書法 新版』大修館書店 油谷幸利(2005)『日韓対照言語学入門』白帝社 山口仲美(2006)『日本語の歴史』岩波新書 ————(2011)『日本語の古典』岩波新書