翻訳・通訳とは 獨協大学国際教養学部 言語文化学科 永田小絵 通訳翻訳論 第1回 翻訳・通訳とは 獨協大学国際教養学部 言語文化学科 永田小絵
翻訳とは何か translation 語られた言葉や書いてある文章の内容 や思考を他の言語に移し替える。 → 解釈して言い換える。 英語の”translation”は書き言葉と話し 言葉の両方を含むが、日本語の「翻 訳」は主に書き言葉の転換のみに用い られる。その意味では”translation”を 「翻訳」と訳すと等価とはいえない。
通訳とは何か interpretation 解説(解釈ー判断ー説明)する。 ※芸術における自分なりの解釈に基づく 演技や演奏。 “oral interpretation” (話し言葉の翻訳・音声翻訳) 但し「手話通訳」も含む。 ※ interpreter/interpretation 自然公園やミュージアムの解説員。 自然科学などの専門的な事柄を、専門外の人たちが 理解できるように分かりやすく翻訳して伝えること。
翻訳・通訳学の基本用語 ある言語(起点言語)で表現された 談話や文章(テクスト)を、前後の文 脈やテクストと取り巻く状況(状況コ ンテクスト)および言葉に埋め込まれ た伝統や文化的要素(文化コンテクス ト)を踏まえて、筆者や話者が伝えた い内容(メッセージ)は何かを判断し、 別の言語(目標言語)に変換して表現 (訳出)し、他者に伝える。
異文化コミュニケーション 話者や筆者(発信者)が 何を話し/書き、どのように話すか/書くかは、おおむね文化によって決まる。 言葉の水面下に隠された価値観・信条・規範などを形成する文化と歴史を理解することで真に適切な解釈が可能となる。翻訳や通訳は文化も訳すことを余儀なくされる。 思考過程の違いがもたらす個別言語の表現形式の違い: 代表的言語として、英語・アラビア語・韓国語・フランス語・ロシア語。 形式を保って訳す? 目標言語の形式に合わせる?
言語について 「一般言語学講義 」(ソシュール) ・ランガージュ(langage):言語活動。 人間のことばを使う能力と、ことばを 使って行なう具体的な活動。 ・ラング(langue):言語。言語 活動の歴史的・社会的所産として同じ共 同体の成員が共有する記号体系。システ ムとしての個別言語。 ・パロール(parole):ラングの 規則にしたがって個人が意思を表現・伝 達する一回ごとの発話行為。 ○ 翻訳通訳の対象となるのは「パロー ル」であって、「ラング」ではない。
ヤコブソンによる翻訳の定義 言語内翻訳 rewording 同じ個別言語 内で解釈する→言い換え 言語間翻訳 translation 異なる個別言 語によって解釈→いわゆる翻訳 記号法間翻訳intersemiotic translation 異なる記号体系の記号によって解釈す る →移し換え (ロマーン・ヤコブソン『一般言語学』「翻 訳の言語学的側面について」)
言語内翻訳 個別言語A 個別言語A 起点言語 目標言語 TL SL 伝達すべきメッセージ 情報、意図、感情 個別言語:ヒトが用いる自然言語であって、話者相互のコミュニケーションにとって必要な記号体系が、まとまって完備されているもの。英語、日本語などの「ラング」にあたる。 個別言語A 起点言語 SL 個別言語A 目標言語 TL 伝達すべきメッセージ 情報、意図、感情
言語間翻訳 言語A 起点言語 SL 言語B 目標言語 TL 伝達すべきメッセージ 情報、意図、感情
言語内翻訳と言語間翻訳 “The bachelor is an unmarried man.” 〈バチェラーとは結婚していない男性の ことである〉― ヤコブソンの例 メタ言語表現※では、bachelorは an unmarried manというより明示的な語 に翻訳されること(言語内翻訳)により理 解されるし,日本語には〈独身者〉の語 を与えることにより理解される(言語間 翻訳) ※言葉によって言葉を説明すること
「通訳」とは? 私は学生時代、通訳なしでは男子生徒とコミュ ニケーションをとれなかった時期がありました。 通訳とはなんのことかっていうと、私が男子生 徒とやりとりをしなければいけない場合、私と 男子生徒だけだと会話が成り立たないので間に 女子生徒が入って私のかわりに意思を伝えてく れていたということです。男子生徒の前だと簡 単な単語すらできず固まっていましたから、そ んな固まった状態になると男子生徒が「おーい 誰か通訳してくれ!」って言って女子生徒を呼 ぶんです…
通訳とは?(2) -今後の目標を教えてください。 工藤 僕はまずは試合に出られるよ うに頑張ります。 佐藤 どうやって? 工藤 だから、練習中からアピール して。 佐藤 何をだよ? 工藤 だから、試合に出られるよう に。 岡本 誰か通訳してよ(笑)。
メッセージを伝える訳出 □意味・意図 ■音声認識 ■音声認識 □語彙選択・文構成 ■語彙・文構成分析 ■語彙・文構成分析 □意味・意図 ■音声認識 ■音声認識 □語彙選択・文構成 ■語彙・文構成分析 ■語彙・文構成分析 □音韻構成→発話 ■意味・意図理解 ■意味・意図理解 ■音韻構成→発話 ■ 反応 状況コンテクストと文化コンテクストによる調整 ※(日)「今日はどちらへ?」 (中)“吃饭了吗?”(ごはん食べましたか?) (英)“What’s up?” → すべて質問ではなく挨拶 通訳者が伝達する内容 聞き手の伝えたい内容は、「ことばの音、文法構成、用いた語彙」ではなく、「発言の意 図と意味」である。上図で示したような挨拶語は相手に対する敵意がないこと、これか ら何かを話し合いたいという前触れ等々の意図を含んでいる。通訳の情報伝達とは、 発話において表出された音声記号を手がかりにして、その場の状況を参照しながら発 話の意味や意図を分析理解し、その意味と意図を伝達するのに最も適切なTLの語彙 を選択し、TLの語法に従って新たに発話を構成し、音声表現を用いて、聞き手に伝え ることである。このとき話し手のメッセージに含まれる内容、あるいは話し手が聞き手の 頭の中に産出したいと願っているメッセージと、訳し手が伝え、聞き手の頭に生じたメッ セージあるいはイメージがほぼ同等であることが、正確な通訳の条件となる。即ち、通 訳者による情報伝達は、表層に現れた文字通りの意味を取るだけでは不十分で、必ず 深層構造まで分析する「深い処理」を必要とする。
言葉と意味 あるいは記号表現と記号内容 木の椅子 wood chair 木の実 nut 木で鼻をくくったような返事をする give someone a curt reply 森林伐採業者 tree butcher
記号法間翻訳 言語記号によって表されたSLを言語以外の記号体系(手旗信号、ゼスチャー、映画、音楽等など)によって再現する
翻訳・通訳と言語 個別言語学:ラング(個別言語)を対象と して研究するフランス語学、中国語学など 翻訳通訳:パロールによって成立する行為 パロールの拠って立つところ:個別言語 翻訳・通訳はラングに対する知識を基礎と し、パロールを扱う 翻訳・通訳のプロセス:起点言語(SL) の「解釈」→目標言語(TL)への「転 換」→文字または音声による「表出」
翻訳・通訳者が担う責任 原文/送り手に対する責任 訳文/受け手に対する責任 個別言語の言語変革に対する責任 語から語へ一対一対応 文構造、テクスト結束性を反映 SL受け手とTL受け手に同じ反応 テクスト・タイプ、言語使用域と社会的位置 づけ 訳文/受け手に対する責任 5W1Hを伝達 受け手に応じた、場に相応しいスタイル 個別言語の言語変革に対する責任 新たな語彙、新たな概念、新たな思想の輸入 者として