翻訳・通訳とは 獨協大学国際教養学部 言語文化学科 永田小絵

Slides:



Advertisements
Similar presentations
J.Kominato 個別ケアプラン作成の留意点 個別ケアプラン作成の留意点 J.Kominato.
Advertisements

生活綴り方の生活指導 コミュニケーションの形成. 集団の意味(再) 個別教育(紳士教育)と集団教育は本質 的な違いがあるのか。 ハナ・アレントの「公的生活」の意味。
キー・コンピテンシーと生きる 力 キー・コンピテンシー – 社会・文化的,技術的道具を相互作用的に活用する力 – 自律的に行動する力 – 社会的に異質な集団で交流する力 生きる力 – 基礎・基本を確実に身に付け,いかに社会が変化しようと, 自ら課題を見つけ,自ら学び,自ら考え, 主体的に判断 し,行動し,よりよく問題を解決する資質や能力.
中学校 高校 小学校 「言語活動の充実」を意識した授業につ いて (対象者:小学校 178 名、中学校 68 名、高校 30 名の国語指導者、計 276 名) 児童・生徒、指導者の意識調査の結果 (単位 % ) 平成 21.
1.情報教育について 2 情報教育. 情報教育とは 児童生徒が自ら考え、 主体的に判断・表現・行動 児童生徒は主体的に学ぶ 「情報活用能力」を育成する教育.
社会システム論 第 1 回 システムとは何か 大野正英 経済学部准教授. この授業のねらい 現代社会をシステムという視点から捉 える。 社会の複雑さをシステムというツール を用いることによって、理解する。
言語教師としての 役割と認知 平成 21 年度教員免許状更新講習 3 共立女子大学 02/08/2009 笹島茂 1.
適切な語を用いる. 元の文章 メールは文書が全てなので御座いまして、 メイルで何かを依頼する場合には、其れ の内容を文で明晰に書く事が貴重なので 有るから「其れ以上詳細に記帳せずとも、 受信者は必ずや内容を考察してくれるに 違いない」と判断して居ると予定外の娯 解を産む事が有るから注意する事が必修。
新設科目:応用数学 イントロダクション 情報工学科 2 年前期 専門科目 担当:准教授 青木義満.
獨協大学 国際教養学部言語文化学科 永田小絵
話し言葉 (ある広告会社での会話) A:「anan」のサーキュレーションってどんくらい? B:えーと、26万部くらいです。 A:ターゲットは? B:F1です。 A:来月号の特集、何やったかな? B:スマホか地ビールだったと思いますが、確認しときます。 A:おう、よろしくな。あと、クライアントとのアポもよろしく。
E-Testing 問題 戸田正明(上越・春日小).
言語教育論演習プレゼン課題 A11LA042 鴨井みのり
第11章 プレゼンテーションの基本スキル 1 プレゼンテーションとは 2 プレゼンテーションの種類と特徴 3 プレゼンテーションツール
通訳翻訳論 第4 回 翻訳・通訳の規範.
日本の高校における英語の授業は 英語で行うのがベストか? 日本語の介在の意義
Java I 第2回 (4/18)
知識情報演習Ⅲ(後半第1回) 辻 慶太(水)
日本語教育における 発音指導の到達目標を考える
      特別支援学校 高等部学習指導要領 聴覚障害教育について.
日本語を考える Introduction to Japanese Linguistics
研修の目的(教材の狙い) 現場の負担軽減を図る 放射線の専門家になる必要はない 気持ちの負担に配慮
プレゼンテーションの技法 諏訪邦夫.
日本語統語論:構造構築と意味 No.1 統語論とは
情報は人の行為に どのような影響を与えるか
通訳翻訳論 第六回 翻訳と通訳の共通点と相違点.
19課 意見を述べる.
私たちはどうして虐待をしてしまうのか? 誰もが利用者の生活が豊かになることや社会参加を願って福祉の仕事に就いていると 思います。初めから虐待しようなんて思って仕事に就いている人はいないはずです。 ○愛情というエネルギーはとても大きい →自分の思うようにいかないと怒りになります。 ○自己欲・支配欲のエネルギーはとても大きい.
敬語を含む文体を敬体と言い、含まない文体を常体という
ICT活用指導力向上研修会 ~児童生徒の情報活用能力を高める指導方法~
日本の高校における英語の授業を 英語で行うべきか
通訳の原理 理解→転換→表出のプロセスについて.
日英逐次通訳演習 通訳とは何か?  通訳教材データベース  [DB003A].
レポート課題2(2010中村) 理科二類8組 050100H 小山奈々.
現代マス・メディア、マス・コミュニケーションの成立の歴史をたどる 参考文献
言葉を用いた革命の試み 東北学院大学 小宮友根.
通訳翻訳論 第三回 通訳翻訳論 第三回 翻訳のノルム(規範)について.
「自分を理解し、理解してもらいたい」 自然な感情
現代マス・メディア、マス・コミュニケーションの成立の歴史をたどる 参考文献
人工知能特論2007 東京工科大学 亀田弘之.
社会言語学 pp
1.情報文化の枠組み 情報と文化 情報 文化 情報文化.
広瀬啓吉 研究室 4.音声認識における適応手法の開発 1.劣条件下での複数音源分離 5.音声認識のための韻律的特徴の利用
通訳翻訳論 第四回 通訳翻訳論 第四回 現代の翻訳論とその課題.
通訳の実務 エンターテインメントの通訳 獨協大学国際教養学部 言語文化学科 永田小絵
雑音環境下における 非負値行列因子分解を用いた声質変換
異文化コミュニケーション 異文化コミュニケーションとはコンテクストを十分に共有しない人同士のコミュニケーションであると定義できる。
初回授業オリエンテーション 理科(生物) 大野 智久.
フーコー 言説の機能つづき: ある者・社会・国の「排除」
受講日:   月  日 暗黙知の見える化ワーク 第1回 コミュニケーションとは.
国語 力だめし1 出題の趣旨と解答・解説 ★答案を返す時には、ぜひ「枕草子」の原文を紹介しましょう。
日本の高校に於ける英語の授業は 英語で行うのがベストか
情報通信ネットワークと コミュニケーション
心理科学・保健医療行動科学の視点に基づく
日本の高校における英語の授業は 英語がベストか?
言語学の基礎 ①.
理論研究:言語文化研究 担当:細川英雄.
理論研究:言語文化研究 担当:細川英雄.
情報文化の枠組み 情報と文化 情報 文化 情報文化.
言語表現と 視覚表現の比較 関西大学社会学部 雨宮俊彦.
通訳研究分野の概観図 General Map of Interpreting Studies
理論研究:言語文化研究 担当:細川英雄.
東京工科大学 コンピュータサイエンス学部 亀田弘之
自然言語処理2015 Natural Language Processing 2015
国語 力だめし2 出題の趣旨と解答・解説 課題1 話の中心や話し手の意図をとらえながら聞き、適切に質問する。 。
翻訳とは何か(2) ~ ろう通訳者と聴通訳者の協働を考える ~
第Ⅲ部 情報デザインの技術編 情報インタラクションデザイン
自然言語処理2016 Natural Language Processing 2016
英語音声学 前期・木1・CALL1 担当:福田 薫
2010応用行動分析(3) 対人援助の方法としての応用行動分析
Presentation transcript:

翻訳・通訳とは 獨協大学国際教養学部 言語文化学科 永田小絵 通訳翻訳論 第1回 翻訳・通訳とは 獨協大学国際教養学部 言語文化学科  永田小絵

翻訳とは何か translation 語られた言葉や書いてある文章の内容 や思考を他の言語に移し替える。 → 解釈して言い換える。 英語の”translation”は書き言葉と話し 言葉の両方を含むが、日本語の「翻 訳」は主に書き言葉の転換のみに用い られる。その意味では”translation”を 「翻訳」と訳すと等価とはいえない。

通訳とは何か interpretation 解説(解釈ー判断ー説明)する。   ※芸術における自分なりの解釈に基づく 演技や演奏。 “oral interpretation” (話し言葉の翻訳・音声翻訳) 但し「手話通訳」も含む。 ※ interpreter/interpretation  自然公園やミュージアムの解説員。  自然科学などの専門的な事柄を、専門外の人たちが   理解できるように分かりやすく翻訳して伝えること。

翻訳・通訳学の基本用語 ある言語(起点言語)で表現された 談話や文章(テクスト)を、前後の文 脈やテクストと取り巻く状況(状況コ ンテクスト)および言葉に埋め込まれ た伝統や文化的要素(文化コンテクス ト)を踏まえて、筆者や話者が伝えた い内容(メッセージ)は何かを判断し、 別の言語(目標言語)に変換して表現 (訳出)し、他者に伝える。

異文化コミュニケーション 話者や筆者(発信者)が 何を話し/書き、どのように話すか/書くかは、おおむね文化によって決まる。 言葉の水面下に隠された価値観・信条・規範などを形成する文化と歴史を理解することで真に適切な解釈が可能となる。翻訳や通訳は文化も訳すことを余儀なくされる。 思考過程の違いがもたらす個別言語の表現形式の違い: 代表的言語として、英語・アラビア語・韓国語・フランス語・ロシア語。 形式を保って訳す? 目標言語の形式に合わせる?

言語について 「一般言語学講義 」(ソシュール) ・ランガージュ(langage):言語活動。 人間のことばを使う能力と、ことばを 使って行なう具体的な活動。 ・ラング(langue):言語。言語 活動の歴史的・社会的所産として同じ共 同体の成員が共有する記号体系。システ ムとしての個別言語。 ・パロール(parole):ラングの 規則にしたがって個人が意思を表現・伝 達する一回ごとの発話行為。 ○ 翻訳通訳の対象となるのは「パロー ル」であって、「ラング」ではない。

ヤコブソンによる翻訳の定義 言語内翻訳 rewording 同じ個別言語 内で解釈する→言い換え 言語間翻訳 translation 異なる個別言 語によって解釈→いわゆる翻訳 記号法間翻訳intersemiotic translation 異なる記号体系の記号によって解釈す る →移し換え (ロマーン・ヤコブソン『一般言語学』「翻 訳の言語学的側面について」)

言語内翻訳 個別言語A 個別言語A 起点言語 目標言語 TL SL 伝達すべきメッセージ 情報、意図、感情 個別言語:ヒトが用いる自然言語であって、話者相互のコミュニケーションにとって必要な記号体系が、まとまって完備されているもの。英語、日本語などの「ラング」にあたる。 個別言語A 起点言語 SL 個別言語A 目標言語 TL 伝達すべきメッセージ 情報、意図、感情

言語間翻訳 言語A 起点言語 SL 言語B 目標言語 TL 伝達すべきメッセージ 情報、意図、感情

言語内翻訳と言語間翻訳 “The bachelor is an unmarried man.” 〈バチェラーとは結婚していない男性の ことである〉― ヤコブソンの例 メタ言語表現※では、bachelorは an unmarried manというより明示的な語 に翻訳されること(言語内翻訳)により理 解されるし,日本語には〈独身者〉の語 を与えることにより理解される(言語間 翻訳) ※言葉によって言葉を説明すること

「通訳」とは? 私は学生時代、通訳なしでは男子生徒とコミュ ニケーションをとれなかった時期がありました。 通訳とはなんのことかっていうと、私が男子生 徒とやりとりをしなければいけない場合、私と 男子生徒だけだと会話が成り立たないので間に 女子生徒が入って私のかわりに意思を伝えてく れていたということです。男子生徒の前だと簡 単な単語すらできず固まっていましたから、そ んな固まった状態になると男子生徒が「おーい 誰か通訳してくれ!」って言って女子生徒を呼 ぶんです…

通訳とは?(2) -今後の目標を教えてください。 工藤  僕はまずは試合に出られるよ うに頑張ります。 佐藤  どうやって? 工藤  だから、練習中からアピール して。 佐藤  何をだよ? 工藤  だから、試合に出られるよう に。 岡本  誰か通訳してよ(笑)。

メッセージを伝える訳出 □意味・意図 ■音声認識 ■音声認識 □語彙選択・文構成 ■語彙・文構成分析 ■語彙・文構成分析 □意味・意図    ■音声認識     ■音声認識 □語彙選択・文構成 ■語彙・文構成分析 ■語彙・文構成分析 □音韻構成→発話  ■意味・意図理解 ■意味・意図理解  ■音韻構成→発話    ■ 反応          状況コンテクストと文化コンテクストによる調整 ※(日)「今日はどちらへ?」  (中)“吃饭了吗?”(ごはん食べましたか?)  (英)“What’s up?”  → すべて質問ではなく挨拶                  通訳者が伝達する内容 聞き手の伝えたい内容は、「ことばの音、文法構成、用いた語彙」ではなく、「発言の意 図と意味」である。上図で示したような挨拶語は相手に対する敵意がないこと、これか ら何かを話し合いたいという前触れ等々の意図を含んでいる。通訳の情報伝達とは、 発話において表出された音声記号を手がかりにして、その場の状況を参照しながら発 話の意味や意図を分析理解し、その意味と意図を伝達するのに最も適切なTLの語彙 を選択し、TLの語法に従って新たに発話を構成し、音声表現を用いて、聞き手に伝え ることである。このとき話し手のメッセージに含まれる内容、あるいは話し手が聞き手の 頭の中に産出したいと願っているメッセージと、訳し手が伝え、聞き手の頭に生じたメッ セージあるいはイメージがほぼ同等であることが、正確な通訳の条件となる。即ち、通 訳者による情報伝達は、表層に現れた文字通りの意味を取るだけでは不十分で、必ず 深層構造まで分析する「深い処理」を必要とする。

言葉と意味 あるいは記号表現と記号内容  木の椅子 wood chair  木の実 nut  木で鼻をくくったような返事をする  give someone a curt reply  森林伐採業者 tree butcher  

記号法間翻訳 言語記号によって表されたSLを言語以外の記号体系(手旗信号、ゼスチャー、映画、音楽等など)によって再現する

翻訳・通訳と言語 個別言語学:ラング(個別言語)を対象と して研究するフランス語学、中国語学など 翻訳通訳:パロールによって成立する行為 パロールの拠って立つところ:個別言語 翻訳・通訳はラングに対する知識を基礎と し、パロールを扱う 翻訳・通訳のプロセス:起点言語(SL) の「解釈」→目標言語(TL)への「転 換」→文字または音声による「表出」

翻訳・通訳者が担う責任 原文/送り手に対する責任 訳文/受け手に対する責任 個別言語の言語変革に対する責任 語から語へ一対一対応 文構造、テクスト結束性を反映 SL受け手とTL受け手に同じ反応 テクスト・タイプ、言語使用域と社会的位置 づけ 訳文/受け手に対する責任 5W1Hを伝達 受け手に応じた、場に相応しいスタイル 個別言語の言語変革に対する責任 新たな語彙、新たな概念、新たな思想の輸入 者として