認知学習論 第3回 知識のはじまり 担当: 今井むつみ (ι303).

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認知学習論 第3回 知識のはじまり 担当: 今井むつみ (ι303)

前回のつづき

認知科学的アプローチ 動物の学習と人間の学習は質的に同じではない 結果そのものよりも人間の学習の内部メカニズムを知ることこそ重要 既有知識の役割の強調 知識の性質、表象の形を問う 学習(新しい知識の獲得)の内部プロセス 外界(環境)とのインタラクション

認知的学習観 学習は主体的な行為 学習は知識の変容である(累加または再構造化) 学習は先行知識によって導かれる 学習は領域固有である

人間は知的好奇心から学ぶ 人間は自分および自分をとりまく世界について整合的に理解したいという基本的な欲求を持つ存在 環境内に規則性を見いだそうとする 新しく入ってくる情報を既有の知識に照らして解釈。新しい情報が既有の知識と整合性を持つかを常にチェック 抽出した規則を類似の別の場面に積極的に適用

乳児における規則抽出能力 (Marcus et al., 1999) 生後7ヶ月の乳児が抽象的なルールを学習し、表象する能力があることを示す →言語における文法の学習の起源? 音の連なりの中からABAパターンとABBパターンを区別 (ga, ti, ga) (li, na, li)→同じグループ (ga, ti, ti) (li, na, na)→同じグループ Science, vol.283, pp. 77-80.

人間は内発的な興味から学ぶ 本吉の観察  幼稚園児が自分たちで「どうして氷ができるのか」という問題を掘り出し、実験をし、自分たちなりの答えを出したことを報告

人間は「できる」を超えて学ぶ カーミロフ・スミスの実験 4~9歳までの子供にさまざまな積み木を与え、平均台のレールの上にバランスよく置くように指示 「うまくできる」ことよりも、この事態を整合的に説明できる「理論」を自分なりにつくり、それを試すことをめざす

状況論的学習観 認知的学習観が個人の内的認知プロセスを強調しすぎると批判 学習は社会的文脈の中で行われる 正統的周辺参加 アフォーダンス 教育への応用

状況論的学習観 学習は社会的・文化的参加を通じて起こる (徒弟制度の見直し)    (徒弟制度の見直し) 知識は個人の心の中に貯蔵されているのではなく、社会や道具との間で分散的に保持されている

状況論的学習観の背後にある理論 学習における「活動」の重要性 「発達の最近接領域」

発達の最近接領域(1) 「学び」とは所与の知識や技能を受動的・機械的に習得することではなく、対象であるモノや事柄や社会に働きかけて問題を構成することから始まる 「学び」とは教えられるものではなく、文化の中にいる他者を観察・模倣することにより自分で獲得するのである

発達の最近接領域(2) 最適な学習環境  →学習者よりも少し熟達度の進んだ他の学習者が手本を示す

知識のはじまり

学習の根本原理は何か 行動主義学習観→極端な経験論 認知的学習観→学習は既有知識に大きく制約される 問題 では学習の始まりは? 乳幼児は少ない既有知識でどのように学習するのだろうか?

学習の根本原理(2) 最近広く受け入れられている考え方 人間はある特定の概念領域において、ある種の知識・認知バイアスを生得的に(あるいは乳児期の非常に早くから)持って生まれる その知識がそれ以降の学習を導き、「制約」する

乳児が早期から持つ知識 (1)物体の基本的性質と運動についての 基本的原理 (2)物体と物質の存在論的な違い (3)生物・非生物の本質的区別    基本的原理 (2)物体と物質の存在論的な違い (3)生物・非生物の本質的区別 (4)数についての基本的認識 (5)言語に関する知識

乳児が持つ知識の測定方法 おしゃぶりを吸う速さで測定する方法

乳児の持つ知識の測定法(2) 標準的な方法→馴化・脱馴化パラダイム 馴化(habituation) 脱馴化(dishabituation) 乳児は「同じ事象」を繰り返し見せられると、飽きて注意が持続しなくなる 脱馴化(dishabituation) 馴化された事象と異なる事象(乳児の期待と異なる事象)を見せられると、注意が回復し、じっと見つめる

物体の基本的原理の理解 (1)物体はまとまっている 遮蔽されて目に見えない部分は目に見える部分と連続的に繋がっている    遮蔽されて目に見えない部分は目に見える部分と連続的に繋がっている (2)物体は運動の際に全体がまとまって共に動く    →Kellman & Spelke(1983)の実験

乳児(生後5カ月)は棒が一つの連続したものであることを期待し、 期待に反する事象(2つに分断された棒)を見せられると長く注視 する Figure 3.9 Stimuli used by Kellman and Spellke (1983). For the baby to be able to clearly “see” the bar represented below on the left, and not two segments, the two segments visible above and below the occlusion must move in concert. 乳児(生後5カ月)は棒が一つの連続したものであることを期待し、 期待に反する事象(2つに分断された棒)を見せられると長く注視 する

物体の基本的原理の理解(つづき) (3)物体は世界に永続的に存在するものであり、視界から隠されてもその存在は消えない(object permanence)     →Baillargeon(1987)の実験

Figure 3.14 Schematic representation of the habituation and test events used in Baillargeon (1987b). In (1b) a white object sits behind the track, and thus does not interfere with the movement of the locomotive in (1c). In (2b) the object has been shifted forward slightly and sits on the track, making the locomotive’s reappearance in (2c) impossible.

乳児は不可能な事象の方を長く注視し、驚きを示す。 HABITUATION WITH A SMALL RABBIT WITH A LARGE RABBIT TEST SITUATION POSSIBLE EVENT IMPOSSIVLE EVENT 乳児は不可能な事象の方を長く注視し、驚きを示す。

物体についての基本的原理の理解 (4)物体は堅固なものであり、ひとつの物体が別の物体を 通りぬけることはできない (物体に穴があいていない限り) スペルキー  生後2カ月の乳児がこの知識を持つことを示す。 Experimental Familiarization Consistent Inconsistent Control Familiarization Test a Test b

生物・非生物の区別に関する知識 生物→自発的な運動が可能 非生物→自発的な運動はできない        外からの力が必要

Inanimate Object Condition Habituation event Person Condition Habituation event Contact test event Contact test event No-contact test event No-contact event Fig.3.7 Schematic depiction of the events for a study of infants’ inferences about the contact relations between inanimate objects or people.(After Woodward et al. 1993.)

数の基本的概念の理解 乳児は数についての基本概念を持っている  →Wynn(1992)の研究 生後5ヶ月の乳児が基本的な足し算と引き算ができる

Inanimate Object Condition Habituation event Person Condition Habituation event Contact test event Contact test event No-contact test event No-contact event Fig.3.7 Schematic depiction of the events for a study of infants’ inferences about the contact relations between inanimate objects or people.(After Woodward et al. 1993.)

Sequence of events 1+1=1 or 2 1.Object planed in case 2.Screen comes up 3. Second object added 4.Hand levels empty Then either : possible outcome or : impossible outcome 5.Screen drops… revealing 1 object 5.Screen drops… revealing 2 objects

Sequence of events 2-1 =1 or 2 1.Objects planed in case 2.Screen comes up 3. Empty hand enters 4. One object removed Then either : possible outcome or : impossible outcome 5. Screen drops… revealing 1 object 5. Screen drops… revealing 2 objects NATURE ・ VOL 358 ・ 27 AUGUST 1992

物体と物質の存在論的な知識 →ハントリー・フェナーとケアリー(1995)の実験 物体 物質 永続性、個別性を持つ 個別性、形の恒常性がない 物体の一部≠物体そのもの 数の概念が存在に本質的に関わる 物質 個別性、形の恒常性がない 物質の一部=物質 数の概念は物質の本質的な存在と関わりがない →ハントリー・フェナーとケアリー(1995)の実験

図2.3a 物体と物質の性質の違いの理解を示す実験:      物体試行

図2.3b 物体と物質の性質の違いの理解を示す実験:      物質試行

知識のはじまり:まとめ(1) 人間は生後間もない乳児でも、ある特定の概念領域については非常に豊富な知識を持っている 多くの研究者はその知識が生得的に   built-inされていると考えている  (しかし、反対する立場の研究者も多く、学会での論争の中心となっている)    →コネクショニストの立場

知識のはじまり:まとめ(2) もちろん、知識の全てが生得的にbuilt-inされている、あるいは非常に早くに自然に学習されるものではない ある概念領域は非常に誤認識が起こりやすく、大人の持つ概念や科学的概念の理解には高いハードルを越えなければならない