法と経済学2 (11) 負債の役割と倒産法 今日の講義の目的 (1) 負債の役割を理解する

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法と経済学2 (11) 負債の役割と倒産法 今日の講義の目的 (1) 負債の役割を理解する (2) Debt Overhangingという概念を理解する (3) 倒産法がなぜ必要なのか、どんな倒産法が望ましいのかを理解する 法と経済学2

なぜ破産するか? なぜ企業が破産するか? →借金があるから。 なぜ借金するのか?自己資本比率100%なら原理的に破産しないのに。 ⇒なぜ株式でなく債券(あるいは借入)で資金を調達するか?という問題から考える必要がある。 法と経済学2

債券と株式 債券の特色 (1) 株式配当に優先して利払い・償還金が受け取れる (2) 利払い・償還額には上限がある(デフォルトしない限り一定) (3) デフォルトしたときには企業に対するコントロール権が移転 法と経済学2

負債のメリット 資本費用が小さい~なぜか? (1) 税効果 (2) 将来収益に関する情報の非対称性(第12講) (3) 収益の確認の費用の節約 (4) 規律付けによるモラルハザードの防止 法と経済学2

負債のデメリット (1) 破産の可能性~破産費用 (2) 破綻回避のための経営行動の歪み (3) 企業価値最大化と株主の利益最大化の乖離(有限責任制の弊害の顕在化、後述) (4) 追加的な資金調達の問題 ~debt overhanging(後述) 法と経済学2

企業価値と株主の利益 社債と株式のみを発行している企業 企業価値=社債の価値+株式の価値 経営者が株主の利益だけを考えて行動したら? 株主有限責任の下では経営者は必要以上に危険な行動を取る。→破綻時に、債権者にどれだけ返済できるかは株主にとっては無意味だから(どうせ株式価値はゼロになるのだから) ~これは企業が破綻の危機に瀕していると強くなる 法と経済学2

経営破綻時のモラルハザード (例) 破綻寸前の企業が安値で受注して手抜き工事をする →見つからなければ大きな利益、見つかったら賠償請求を受けて大損害だが、どうせこのときは破綻するので受注しないで破綻したのと株主にとっては無差別 法と経済学2

企業価値と株主の利益 株主の利益 1 企業の収益 利得関数が凸関数になってしまう。→株主が危険中立的でも、あたかも危険愛好的になる 0 企業の収益 0 利得関数が凸関数になってしまう。→株主が危険中立的でも、あたかも危険愛好的になる 法と経済学2

企業価値と長期的な株主の利益 社債発行後→債権者の利益にならない行動を取る誘因を持つ 債券発行時→債権者はこの株主(経営者)の行動を読込んでそのリスクに見合う金利を要求する ⇒資金調達費用が高くつく⇒結局は株主の不利益 経営者は短期的な株主の利益ではなく企業価値を最大化することが長期的には株主の利益になる。~前々回のホールドアップの議論と同じ構造。前回の企業買収の議論とも関連。 ~でもこれをコミットするのは簡単ではない 法と経済学2

長期的な視野と労働契約 社債発行時における債権者と株主の関係で起こる問題は労働契約においても同様の問題が起きる 労働契約締結後→労働者に不利な行動を取る誘因 労働契約時→労働者はこの株主(経営者)の行動を読み込んで計算しそれに見合う賃金を要求する ⇒労働費用が高くつく⇒結局は株主の不利益になる 経営者は短期的な株主の利益ではなく企業価値を最大化することが長期的には株主の利益になる。~前々回のホールドアップの議論と同じ構造 ~でもこれをコミットするのは簡単ではない 法と経済学2

debt overhanging 既にある負債が原因で、資金の新規調達ができなくなる現象 (例) 市場利子率ゼロとする。額面100の借入、第2期末に100の返済を約束。第1期の投資に失敗。しかし20の資金で追加投資すれば50の収入が第2期末に(差し引き30の利益)。しかしこの利益は既存債務の返済に回ってしまう。 →新規に既存債務に同順位ないし劣後する債券で資金調達しようとしても資金を調達できない。 これは既存の債権者にとっても不利益。 法と経済学2

debt overhangingをどう防ぐか? (1) 既存債権者が資金を出す←フリーライダーの問題 (2) 一旦破綻処理してから再建する。 →今講義の後半で議論する (3) 既存債権者が自主的に債務を減免する。 →産業再生法が狙っていた領域 (4) 既存債務よりも返済順位の高い債券を発行させる。 →現実には当初の債券発行の際に契約で優先債の発行を制限することが多い ⇒debt overhangingの問題をわざわざ深刻化させる契約を結ぶのはなぜか? 法と経済学2

debt overhangingの防止策をなぜ事前に取らないのか? 企業の苦境時に簡単に資金調達ができるようにする →事後的な効率性は増す しかし、このことが、苦境に陥らないように経営者が最初からちゃんと努力する誘因を損ねる 事後的な資金調達が難しいと、きちんと収益を稼いで債務を返済する誘因が強まる⇒負債の規律付け効果 debt overhangingの防止策はこの効果を弱める 事後的な資金調達が容易なほどよいとは言えない。 法と経済学2

倒産法の役割 (1) 破産費用の低下 (1a)事務費用、取引・交渉・訴訟費用の低減 (1b)清算すべき企業の清算、継続すべき企業の再建 (2) 負債の規律付け機能の維持 事後的にコースの定理が成立する世界 →(1)は問題にならない 現実には非常に多くの債権者がいる、あるいは債権者間の情報のギャップが大きい場合はうまく機能しない 法と経済学2

倒産処理 (1) 法的処理に進むか私的整理をするかという選択肢 (2) 法的処理に進むとして、その企業を清算するか再建するかという大きな選択肢 私的整理をするにしても法的ルールは重要。これを前提にして交渉が行われるから。 法と経済学2

日本の倒産法 倒産法という法律はない。破綻処理に関する法の総称。 倒産処理手続きの種類 (1)清算型 ・破産←破産法 ・特別清算←商法 ・破産←破産法   ・特別清算←商法 (2)再建型 ・強制和議手続き←破産法 ・民事再生手続き←民事再生法 ・会社整理手続き←商法 ・会社更生手続き←会社更生法 法と経済学2

銀行取引停止処分 日本の破産に関しては法に基づかない私的な契約の果たす役割が極めて大きい 銀行取引停止処分:6ヶ月以内に2度手形の不渡りを出すとその事実が公開され、手形交換所加盟銀行は取引を停止~日本のみのユニークなルール 手形不渡りの事実が公開情報となり、銀行も取り引きしてくれなければ、ほぼ確実に行き詰まる ⇒法的手続きに移行する前に「事実上倒産」と言われることがあるが、多くの場合この状態を指す ~強力なルールが銀行と交換所との私契約でenforceされている。~多様な文脈で注目すべきルール Ramseyer (1991), Matsumura and Ryser (1995) 法と経済学2

倒産法の原則 ・清算から再建へ ~原則として再建優先。うまくいかないときに破産手続きへ移行。 ・債権者平等 ~同じ順位の債権者は平等に。実際には小口債権者が有利な側面も(債券の保有割合と人数割りの投票権があるから)。 法と経済学2

会社更生法 ・担保付き債権もその効力を失う。~担保権の行使が停止されてしまう。 →再建への強力な武器だが、経営者のモラルハザードを防げない。 ⇒原則として経営陣は更迭 ・原則として社会的な影響の大きい大規模な株式会社しか認められない。~ハードルが相当高く気軽に使えない。 法と経済学2

民事再生法 旧和議法 ・経営者がそのまま経営を続けることが可能。 →会社更生法と比較して、経営者のモラルハザードを防ぐ効果が弱い ⇒原則として担保権はそのまま残る~再生への足かせ(デメリット)、経営への規律づけ(メリット) 民事再生法 担保権への介入が部分的に認められる。→運用を誤ると経営への規律付け効果が弱くなる 法と経済学2

望ましい倒産法が満たすべき性質 (1) 債権間の優先順位を変えない →これが簡単に変わってしまうと事前の契約によるコミットメントが効かなくなる (2) 透明で公正でわかりやすいルール →事後的な交渉による効率性の確保を妨げない 法と経済学2

望ましい性質を満たす倒産法の例 株式保有者(甲)、一般債券保有者(乙)、優先債券保有者(丙) 甲が乙、丙の全債券を補償することによって企業の処分権を手に入れるオプションを保有 甲がそのオプションを行使しなかった場合、乙は丙の全債券を補償することによって企業の処分権を手に入れるオプションを手に入れる 甲、乙ともにオプションを行使しない場合丙は企業の処分権を手に入れる 法と経済学2

倒産法の例 株式保有者(甲)、一般債券保有者(乙1、乙2)、優先債券保有者(丙) 甲が乙、丙の全債券を補償することによって企業の処分権を手に入れるオプションを保有 ・・・ 甲、乙ともにオプションを行使しない場合丙は企業の処分権を手に入れる 法と経済学2

倒産法の例 乙1は丙の債権を弁済した上で、乙2の債権を買い取るオファーを出すことができる。 乙2も丙の債権を弁済した上で、乙1の債権を買い取るオファーを出すことができる。 →同一順位者間での入札と実質的に同じ。 法と経済学2

企業の投資行動 破綻に至らなくても、破綻に近づくだけで大きな不利益 ・よりリスキーな行動に走ると見なされて金利が跳ね上がる ・debt-overhangingの問題が予見され株価が急落する →破綻に近づかないように、投資を抑制してキャッシュフローの赤字を抑える ⇒投資機会を失う~どう防ぐか 法と経済学2

メインバンク論 メインバンクのある企業はこの弊害が少なかった。 ・平時からメインバンクが適切なモニタリング ・よりその企業のことを知るメインバンクが企業を選別し、流動性の危機にあるだけの企業(潜在的な収益性は高い企業)にのみ資金を供給~危機に陥った企業を全て救うのではない 一方でホールドアップ問題 法と経済学2