痛み止めを上手にお使いいただくために 痛みを和らげよう 上園保仁 〜医療用麻薬で中毒にはなりません〜 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 生命医科学講座・内臓薬理学 上園保仁
全人的な痛みの諸因子 身体面 社会面 心理面 全人的な痛み (Total Pain) スピリチュアル(霊的)面 ・からだの痛み ・痛み以外の症状 ・治療の副作用 社会面 心理面 ・家族と家計についての悩み ・職業上の信望と収入の喪失 ・社会的地位の喪失 ・疎外感,孤独感 ・診断の遅れへの怒り ・効果のない治療への怒り ・容姿の変化 ・痛みの恐怖,死の恐怖 ・絶望感 全人的な痛み (Total Pain) スピリチュアル(霊的)面 ・なぜこの私に起こったのか ・なぜ神はこんなに苦しめるのか ・いったい何のためなのだ ・これでも生きる意味があるのか ・どうすれば,これまでの過ちがゆるされるのか
主要な身体症状の出現からの 生存期間(206例) 恒藤 暁ほか:ターミナルケア,6(6),482(1996) 100 75 50 25 60 45 30 15 死亡 生存期間(日) 累積頻数(%) 全身倦怠感 食欲不振 痛み 便秘 不眠 呼吸困難 悪心・嘔吐 混乱 死前喘鳴 腹水 不穏 腸閉塞
緩和ケアとは・・・ 緩和ケア(従来の考え方) 緩和ケア (痛みの治療) = ターミナルケア 痛みなどの苦痛症状の緩和的医療 がん自体の治療(Cure) ケア Care がんの診断 永眠 がんの進行 緩和ケア (痛みの治療) = ターミナルケア
緩和ケアとは・・・ 緩和ケア ≠ ターミナルケア がんと診断されたときから患者さんの身体症状(痛みやだるさ、 息苦しさなど)や精神症状(不安、気分の落ち込み)を解決する。 →病気の時期に左右されない。 遺族ケア がん自体の治療 痛みなどの苦痛症状の緩和的医療 がんの診断 永眠 がんの進行 緩和ケア ≠ ターミナルケア
痛みの治療 ●世界保健機関(WHO)ではがん疼痛を医療用麻薬で 治療することを推奨している。 治療することを推奨している。 ●WHO方式がん疼痛治療法では80~90%の痛みが緩和できる。 ●がん疼痛治療法は入院・外来・在宅を問わず実施できる。 ●日本のがん疼痛治療の成績は先進国では最低であり、 改善が求められる。日本では麻薬に対する誤解がある? 痛みの治療についての概説必要か。
覚せい剤、大麻など 幻覚発現薬(コカイン) 麻薬 医療用麻薬 がん疼痛治療 に使用
(抗うつ剤、抗てんかん剤、局所麻酔剤、NMDA受容体拮抗剤、ステロイド剤など) WHO方式がん疼痛治療法 中等度から 高度の痛みに 用いられる鎮痛薬 弱い痛みから 中等度の痛みに 用いられる鎮痛薬 Ⅲ Ⅱ 強オピオイド フェンタニル モルヒネ オキシコドン 弱い痛みに 用いられる鎮痛薬 弱オピオイド コデイン Ⅰ NSAIDs または アセトアミノフェン 必要に応じて鎮痛補助薬 (抗うつ剤、抗てんかん剤、局所麻酔剤、NMDA受容体拮抗剤、ステロイド剤など)
そうは 言っても・・・ 本当に医療用麻薬って安全なの?依存症や中毒になったりしないの? 医療用麻薬に命が縮むような副作用はないの? 医療用麻薬を早く使って、効かなくなったらどうするの?
痛みの伝達機構 大脳皮質知覚領野 (痛みの認知) 辺縁系(不快感) 視床 痛み刺激 二次痛覚神経 一次痛覚神経 痛みの受容器 末梢 脊髄
がんの痛み 大脳皮質知覚領野 (痛みの認知) 辺縁系(不快感) 視床 二次痛覚神経 一次痛覚神経 痛みの受容器 脊髄 末梢
鎮痛薬の作用部位 モルヒネ 大脳皮質知覚領野 (痛みの認知) 辺縁系(不快感) 視床 二次痛覚神経 一次痛覚神経 痛みの受容器 末梢 脊髄 一般的な痛み止め (NSAIDs, アセトアミノフェン) 視床 モルヒネ 痛み刺激 二次痛覚神経 一次痛覚神経 痛みの受容器 末梢 脊髄
脊髄にあるモルヒネ受容体 (オピオイド受容体) モルヒネ受容体 モルヒネ 痛み物質 脊髄後角 視床へ 痛覚線維 (オピオイド受容体) モルヒネ受容体 モルヒネ 痛覚線維 末梢での痛み刺激が痛覚線維を伝わると、グルタミン酸といった興奮性アミノ酸やP物質といった神経ペプチドが放出されます。それらが接続ニューロンを興奮させ視床へと痛み信号が伝わっていきます。しかし、我々の脊髄後角には、この痛み伝達を抑制するGABAニューロンが存在します。GABAニューロンから放出されるGABAは、痛覚線維上のGABAB受容体を介してグルタミン酸やP物質の放出を抑え、また接続ニューロン上のGABAB受容体を介して細胞を過分極させることで神経の興奮を抑えることによって痛みの伝達を抑制するといわれています。従って、痛みの強いときに、GABAB受容体作動薬であるバクロフェンをくも膜下投与すると非常に良く効くことが理解されると思います。 接続ニューロン 神経伝達物質 グルタミン酸 P 物質 モルヒネ 脊髄後角 痛み物質 視床へ
モルヒネとそれ以外の痛み止めの大きな違い 中毒域 中毒域 安全域 安全域 モルヒネ NSAIDs, アセトアミノフェン 鎮痛補助薬(抗けいれん薬、 抗うつ薬等)
依存と耐性 精神依存: ●薬への欲求のあまり、その獲得に異常に執着することを特徴 とした薬物乱用に伴う行動様式である。 とした薬物乱用に伴う行動様式である。 ●医師と患者・家族が精神依存への不安が強いと、オピオイドを 少なすぎる量で投与・維持し、結果的に十分な鎮痛が得られな くなる。 ●鎮痛目的でがん疼痛患者に使用することで精神依存は発生し ない。 必要
モルヒネの副作用 依存症 痛みのない人 モルヒネ 依存 持続する痛みのある人 モルヒネ 依存は起こらない!
医療用麻薬の副作用 何が心配ですか? 吐き気 便秘 眠気 呼吸抑制 口渇 発汗 掻痒感 排尿障害 ふらつき・めまい ミオクローヌス
モルヒネの副作用 吐き気 便秘 眠気 呼吸抑制
医療用麻薬の鎮痛レベルと副作用 (鎮痛必要量を1とした場合) 鎮痛を目的とした医療用麻薬使用では 呼吸抑制が出ることはまれである。 死亡 1000 100 10 1 0.1 0.01 357.5 死亡 鎮痛を目的とした医療用麻薬使用では 呼吸抑制が出ることはまれである。 10.4 呼吸抑制 モルヒネの50%鎮痛用量に対する各作用の比較 3.4 2.6 錐体外路症状 1 眠気 鎮痛 0.1 嘔気・嘔吐 0.02 便秘
耐性: ●疼痛緩和を維持するためのオピオイドの必要量が時間とと もに増加すること。 ●実験的にはどのオピオイドにも認められるが、臨床的には もに増加すること。 ●実験的にはどのオピオイドにも認められるが、臨床的には 病状の進行に伴う疼痛の増強に伴いオピオドが増量され、 安定している患者での増量が必要になることは少ない。 ●耐性が精神依存の予告する徴候ではない。 必要
オピオイドローテーション ① 副作用を少なくする ② 痛みを抑える力が増す ③ 投与経路を変える ④ くすりの耐性をなくす モルヒネ オピオイドローテーション ① 副作用を少なくする ② 痛みを抑える力が増す ③ 投与経路を変える ④ くすりの耐性をなくす モルヒネ フェンタニル オキシコドン
現在使用できるオピオイド製剤 徐放性製剤 速効性製剤 フェンタニル貼付剤 モルヒネ錠 モルヒネ末 モルヒネ内服液 モルヒネ徐放剤 現在使用できるオピオイド製剤 徐放性製剤 速効性製剤 モルヒネ徐放剤 オキシコドン徐放剤 モルヒネ錠 モルヒネ末 モルヒネ坐剤 モルヒネ内服液 フェンタニル貼付剤 モルヒネ&フェンタニル注射剤
鎮痛薬補助薬 薬剤の種類 作用機序 薬剤名 抗うつ薬 下行性疼痛抑制系賦活 トリプタノール、 アモキサン 鎮痛薬補助薬 薬剤の種類 作用機序 薬剤名 抗うつ薬 下行性疼痛抑制系賦活 トリプタノール、 アモキサン Naチャネル遮断作用 パキシル、 トレドミン 抗けいれん薬 Naチャネル遮断作用 リボトリール、 テグレトール GABA増強作用 抗不整脈薬 Naチャネル遮断作用 メキシチール、 リドカイン NMDA受容体 中枢性感作抑制 セロクラール、 メジコン 拮抗薬 オピオイド耐性抑制 ケタミン ステロイド 浮腫改善による神経 リンデロン、 デカドロン 圧迫解除 ビスフォス 破骨細胞活性抑制 アレディア ビスフォナール フォネート
まとめ ・モルヒネなどの医療用麻薬は体の中の受容体(モルヒネ受容体)にはたらいて痛みを止めます。 ・痛みのある人は、依存症を起こす神経が痛みのない人と比べて変化している。 だからモルヒネを長期使用しても、依存症にはなりません! ・モルヒネのほかにも、医療用麻薬はあります。別の薬に変更すれば(オピオイドローテーション)、副作用を減らしながら痛みを止めることができます。 ・モルヒネの副作用(吐き気・便秘・眠気)については、その発生機序に基づいて対応策がしっかりととられています。 ・痛み止めは、モルヒネ(モルヒネ受容体に効くお薬)だけではなく、痛みを和らげる補助のお薬(鎮痛補助薬)がモルヒネ以外にもたくさんあります。 ・つまり私たちは、痛みを止める選択肢をたくさん持っているということです。 だから・・・
・医療用麻薬はこわい薬ではありません。 ・痛みの早期から、疼痛治療法に沿って、 モルヒネをはじめとする医療用麻薬を 使うことができます。 ・がんの痛みをがまんしないで、苦しま ないで、 痛みから解放されたからだで、 自分らしい今後を考え過ごしていきましょう。
よりよい疼痛緩和療法の開発 遺伝子レベル 細胞レベル 臓器・組織レベル 動物を使った実験 人を対象にしたテスト たくさんの臨床データ 臓器・組織レベル 動物を使った実験 人を対象にしたテスト たくさんの臨床データ ・投与経路の工夫 ・薬物投与の組み合わせを工夫 ・新薬開発