新世代ヒートパイプ Loop Heat Pipe (LHP) P3-14 上野史郎(JAXA/ISS科学)、永井大樹(東北大/航空宇宙) ループ状に閉じたヒートパイプ「Loop Heat Pipe (LHP)」の利用が米国で主流になりつつある。 2004年に打ち上げられた地球科学衛星Auraと、宇宙科学衛星SwiftにもLHPが搭載されている。 一方日本ではLHPは技術実証の段階である。国際宇宙ステーション搭載予定の全天X線監視装置用LHPを モデルケースとして、LHPの動作原理、LHPの利点、世界でのLHP開発と利用の現状を紹介する。 Loop Heat Pipe と、conventional heat pipe の違いを説明する前に、ヒートパイプと冷凍機の違いを述べる。ヒートパイプは、高温側から低温側に向かってしか熱を伝達できない。対して冷凍機は、低温側から高温側に熱を輸送することができる。全天X線監視装置(MAXI)のX線CCDカメラ内部に搭載するペルチェ素子は冷凍機に分類できる。身近な冷凍機の例として、家庭用クーラーや冷蔵庫がある。 Heat Pipeは、単相ヒートパイプと、二相ヒートパイプに分類できる。単相ヒートパイプの中身は単相(液相)で、液体の熱容量を利用して熱を運ぶ。液体は電動ポンプなどを用いて循環させる。いっぽう二相ヒートパイプの中身は二相(液相と気相)で、気化と凝縮時に やりとりされる潜熱を利用し熱を運ぶ。電動ポンプで循環する二相ヒートパイプもあるが、ふつうの二相ヒートパイプでは、温度差で生ずる蒸気圧差によって気体が高温側から低温側へ流れ、毛細管力で液体を高温側へ戻す。 Conventional heat pipe の内部構造を右図に模式的に示す。管状の閉じた容器の中に、ある純粋な物質が液相と気相(二相)の共存状態で封じ込められている。宇宙利用ではアンモニアであることが多い。封じ込める物質によって性能や使用温度範囲がことなるが、二相平衡で封じ込めることができるものであれば何でもよい(たとえば水のヒートパイプもある)。ヒートパイプ全体が室温と熱平衡に達していて、かつ、ヒートパイプの中の物質が二相共存の平衡状態にあるとすれば、ヒートパイプ内の圧力はその室温での飽和蒸気圧になる。室温が上がっても下がっても、ヒートパイプ内の圧力は、その温度での飽和蒸気圧に自動的に落ち着く(3重点と臨界点の間である限り)。つまり「二相ヒートパイプ内の温度は常にその圧力での沸点」である。よって外部から少しでも余分な熱が加わると、液相部分は沸騰し始める。Conventional heat pipeの片端の温度をもう一方より高くすると、そこに液があれば沸騰をはじめ、気化によって潜熱分を吸熱する。低温側に比べ高温側の蒸気圧の方が高いため、蒸気は低温側に流れる。蒸気は低温側で液化し潜熱をはきだす。しかしそのままでは管内の圧力は一定におちついてしまい、蒸気の流れが止まる。つまり温度が高く希薄な蒸気が高温側にたまり、低温側には温度が低く密度の高い蒸気が液と一緒にたまる。「高温部での気化、蒸気の低温側への流れ、低温部での液化」を持続させるには、低温側から、高温側に液体を戻す必要がある。 低温側から高温側へ液体を戻すのに地球重力加速度を使ったものを熱サイフォンとよび、重力のかわりに毛細管力をつかったものをヒートパイプと呼ぶ。Conventional Heat Pipeでは、管内に、端から端まで細い溝やメッシュまたはPorus状の構造(総称してWickと呼ぶ)を配置することにより、その毛細管力で液体を高温側に戻す。 一方、Loop Heat Pipe (LHP) の内部構造を左図に模式的に示す。Conventional Heat Pipe と大きく違う点は、1) 管がLoop状にとじている、2) 毛細管力をもつ部分が管にそって一部分のみである、の2点である。LHPでは、毛細管力を必要とする部分以外は全て普通のパイプが使用でき管内部に細工を必要としない。よって(毛細管力が効かない限り)いくらでも細い管をつかったり、またフレキシブルなベロー管を使ったりできる。たとえば装置が高密度に実装された衛星にLHPを利用することによって、発熱密度の高い装置から、狭い内部空間の隙間をぬい、衛星表面ラジエータに達する廃熱経路の確保が容易になる。また、左図に示した『液だめ』への少量の外部熱入力操作によりconductanceを能動的に制御できるのもLHPの特徴である。JAXAの全天X線監視装置(MAXI)に搭載するLHP ではconductanceの微調整はしないが、必要な時にconductanceをゼロにするshut-off制御は実施する。LHPの他の特徴としては、機器側からラジエータ側へ熱を一方向にのみ伝導する「ダイオード効果」がある。 LHPの動作原理と利点 全天X線監視装置(MAXI)用LHP 国際宇宙ステーション(ISS)に2008年搭載の 本シンポでの関連ポスター P4-21: 全天X線監視装置(MAXI)開発の進捗状況 P4-22: 全天X線監視装置(MAXI)搭載用CCDカメラの開発の現状 全天X線監視装置(MAXI)用 Loop Heat Pipe開発を通して 良かった点: パイプの這いまわしをコンパクトにすることができた。 X線観測装置搭載用の空間を最大限確保できた。 2)パイプの一部にフレキシブル・パイプをいれることができた。MAXI組立て時にラジエータパネルをドアのように開閉でき、組み立て作業の単純化に大きく貢献。 3)MAXIサバイバルモード時に、LHP液だめ部を小電力で温めることにより、LHPをShutdownできる。CCDカメラ冷えすぎ防止の保温を少ない電力で達成。 4)コンデンサパイプの配管が容易なため、ラジエータパネルに視野確保の切りかきを自由にデザインできた。 難しい点: 1)LHP使用の経験がないため「過去の経験・知見に基づいての機能・性能評価の簡略化」が困難。 2)米国の会社製のためエバポレータやアキュムレータ内部の詳細な構造が日本側に非開示。 MAXI後、将来へ向けての希望: LHPを国内で低コストで調達したい。