アスペルガー症候群青年へのソーシャルスキルトレーニング ―ボードゲームの利用 中村真由美・井上雅彦 アスペルガー症候群青年へのソーシャルスキルトレーニング ―ボードゲームの利用 中村真由美・井上雅彦 青木美幸・粟田愛絵
ソーシャルスキルとは 社会的・対人的な場面において、円滑な人間関係を成立させるために必要な社会的・対人的技術のこと。 発達障害児・者の中にはソーシャルスキルが乏しいため対人トラブルを起こしやすく、孤立感や意欲喪失などの二次的な不適応を起こしてしまう。
ソーシャルスキルトレーニング (Social Skill Training,以下SST) ソーシャルスキルは学習性のものであり、訓練を通して習得可能という理論に基づいて、日本では精神保健の分野で実践され、発展。 近年、発達障害児・者に対してもSSTが応用できることが明らかに。 ソーシャルスキルの習得が対人関係の改善やストレスの低下につながるとされている。
SSTの問題点 青年期・成人期へのアプローチは教育現場や職業センターなどで独自に取り組まれているため、就労に必要なソーシャルスキルに特化した指導法に関する研究は少ない。 現場でSSTを実施するにはソーシャルスキルの選定が困難で、時間的・人的コストがかかる。
ボードゲームの開発 マークのあるマス目に止まった際には、チャンスカードを引き、そのソーシャルスキルの内容に従うとポイントシールが与えられる。 カードでは、就労場面で必要なソーシャルスキル5カテゴリー(挨拶、マナー、報告、お礼/謝罪、問題解決)全20項目を扱った(表1)。 「教示」、「モデリング」、「ロールプレイ」、「強化」、「フィードバック」の流れを取り入れた(図2)。
表1 チャンスカードの流れ
目的 アスペルガー症候群青年に対してSSTボード ゲームを利用したソーシャルスキルトレーニン グを実施し、ソーシャルスキル獲得に関する アスペルガー症候群青年に対してSSTボード ゲームを利用したソーシャルスキルトレーニン グを実施し、ソーシャルスキル獲得に関する 有効性と進路選択に対する自己効力感の変 化について検討。
対象者 指導開始時、通信制高校2年に在籍する16歳の男子生徒(以下Aとする)。 中学1年生時に友人とのトラブルから登校渋りが始まり、アスペルガー症候群と診断。 (WISC-Rの結果:言語性IQ106,動作性IQ84,全IQ94) 週1回のスクーリングにも参加できていない状態。
場面 大学訓練室において、机と椅子をセッティングし、机の上には開発した「SSTボードゲーム」を置いた。 ゲーム進行:筆者。メイントレーナーとして(以 下MT) プレーヤー:Aとサブトレーナー(以下ST) ICレコーダーでゲーム中の音声のみ録音。ロールプレイの様子を記録する記録者が2名陪席。
目標行動 チャンスカードに答える際の以下の4つの行動要素を目標行動とした。 ①やり取りの際の目線 ②声の大きさ ③顔・体の向き ④適切な回答
指導期間 X年3月~7月 全9セッション実施。1セッション(25分~30分)。
手続き 1)事前評価(ゲーム実施1週間前) ①精神障害者社会生活評価尺度(岩崎・宮内・大島ほか,1994) ②新版STAI ①精神障害者社会生活評価尺度(岩崎・宮内・大島ほか,1994) ②新版STAI ③進路選択に対する自己効力尺度(浦上,1995)
手続き(2) 2)トレーニング期 ①ゲーム指導 第1期(言語フィードバック条件) ②ゲーム指導 第2期(非言語フィードバック条件) ①ゲーム指導 第1期(言語フィードバック条件) ②ゲーム指導 第2期(非言語フィードバック条件) ③ゲーム指導 第3期(他者賞賛条件) 3)事後評価 事前評価と同様の評価
分析方法 Aがチャンスカードを1枚引いてから回答するまでを1試行とし、記録者はAの試行毎に、非言語側面(目線,声,顔・体の向き)と言語側面を評価基準表(表2)に沿って測定。 ゲーム開始5分後からの15分間の音声をもとに、Aと他者との相互交渉の生起数を数えた。 ※相互交渉・・・Aからのゲーム進行に関するコメント、訂正、中断を「自発」、他者の目標行動の遂行に関わる励まし、賞賛、慰めを「援助行動」と定義し、評価を行った。
表2 評価基準表
結果(1) (1)ゲーム中の目標行動達成率(図3参照) トレーニング全体を通してチャンスカードに対する適切な回答は高い達成率を示したが、 トレーニング全体を通してチャンスカードに対する適切な回答は高い達成率を示したが、 TR.1:内容に答える際の目線は手元を見ながら小さい声で行うことが多かった。 → 非言語コミュニケーションの乏しさ TR.2:目線、声の大きさともに達成基準の 80%以上を示した。 TR.3:TR.2の達成率より下降したものの、平均では80%を超える値を示した。
結果(2) (2)ゲーム中の相互交渉の生起頻度(図4参照) TR.1:Aから他者への働きかけはほとんど見られず、最低限必要なことに答えるといった状態。 TR.2:ゲーム進行に関する発言は増加しているものの、他者への援助行動は全く生起しなかった。 TR.3:他者への援助行動の増加が見られ、ゲーム終了後に負けたSTを励ます様子も見られた。
図4
結果(3) (3)精神障害者社会生活評価尺度による評価 事前・事後の評価では、事前に比べ、事後の方が母親のAに対する評価が低くなった。 「日常生活」は微減、「課題の遂行」は変化が見られなかったが、「対人関係」では0.5ポイント以上の差を示し、減少が見られた。
結果(4) (4)新版STAIによる評価 状態不安では6ポイントの低下が見られ、特性不安では12ポイント上昇した。 今現在感じている不安は下がったものの、普段感じている不安は上昇したことを表す。 (5)進路選択に対する自己効力尺度による評価 事前、事後ともに69点と同得点を示し、差は見られなかった。
考察 <構造化されたSSTボードゲームの有効性> 対人緊張の強いAにとって、ゲームを媒介としてスキルを習得できるようなプログラムを用いたことがSSTへの導入に有効であったと考えられる。 ボードゲームを通した訓練において、一定の流れの中で何をすれば良いのか予測でき、訓練の見通しがもてるという点は、不安や緊張の低減に有効であったと考えられる。
考察(2) <非言語側面の向上と相互交渉の増加> (+)事前の環境設定と正のフィードバックが強化として機能し、目標行動の向上につながったと考えられる。 (-)TR.3の結果より、Aにとって複数の目標設定は負担になっていると考えられる。
考察(3) <進路選択に対する自己効力尺度> (+)職業に関する知識や進路決定、面接の項目・・・「自信がある」への変化。 Aが自分の言葉で表現したことに対し、周りからのポジティブなフィードバックが与えられたことが自信につながったのではないかと考えられる。 (-)自分の能力に関する項目や粘り強さ・・・「自信がない」への変化。 ゲームを通し、他者との関わりの中で自分自身を振り返る機会が多くなり、改めて自分の出来ない部分、分からないことが鮮明になったためではないかと考えられる。
考察(4) 精神障害者社会生活評価尺度の低下については、母親が質問紙を記入する直前にAが来所中にパニックなったことがあり、その影響が大きいと考えられる。 自己認知の修正やストレスマネジメントなどAの不安やネガティブ感情を取り扱うアプローチをあわせて行うこと、また、SSTだけでなく具体的な進路指導や就労に結びつく生活スキルへのアプローチを総合的に進めていく必要がある。
まとめ より様々な発達障害者へのSST実施に関する効果を検討する必要性 習得した技能をトレーニングの場面だけでなく、いかに般化するかを検討する必要性