技術者は奇妙な専門家?! 材料・システム安全研究会ワークショップ ー工学における倫理と技術者の役割ー 平成14年12月20日 於:化学会館 平成14年12月20日 於:化学会館 関西大学 社会学部 齊藤了文
目次 1.研究者倫理 2.工学倫理 結論:このような、倫理(人の生きる道)に関与するために、エンジニアに要求される行動は、困難なものとなる 人工物問題 組織問題 ★関連トッピックス(リスクと公衆) 結論:このような、倫理(人の生きる道)に関与するために、エンジニアに要求される行動は、困難なものとなる
エンジニアという専門家の特徴 1.人工物をつくる 2.企業内のエンジニア 3.公衆の関与 ★単純な人間関係、倫理でない 見えない「他人」 一人前のエンジニアとは 3.公衆の関与 「お客様は神様です」では済まない ★単純な人間関係、倫理でない
エンジニアに関する倫理 1.研究者倫理 2.工学倫理 論文を書く 著作権問題(理学者、基礎研究者との対比) ものづくり 盗用、データの捏造、執筆者に関わる問題 著作権問題(理学者、基礎研究者との対比) 2.工学倫理 ものづくり 特許、PL問題(医者、弁護士との対比)
工学倫理 人工物問題(ものをつくる) 組織問題(みんなでつくる) 人工物に媒介されて、他人に影響を与える ものづくりは一人ではできない 人工物の使用者も関与する 時間や場所を離れて、他人に影響を与える 分野ごとに、影響の仕方が違う(情報、機械、土木) 組織問題(みんなでつくる) ものづくりは一人ではできない 専門家と組織との関係 上司や同僚との関係
人工物問題の基本 人工物に媒介される これが、他の専門家、医者や弁護士とは違うところだ 作る人(エンジニア)は、使う人(消費者)に直接影響し、行為するのではない 作った人工物が、他人に効果を及ぼす これが、他の専門家、医者や弁護士とは違うところだ 医者は、医療ミスによって、患者に「直接」の不利益を与える
人工物に媒介される 1.人工物は、多様に使われる 椅子を使う場合でも、「座る」「踏み台にする」「投げつける」「鉢植えを置く」・・といった様々な使い方ができる 作った人(エンジニア)は、人工物を存在させた張本人だが、使用者の行為すべてをコントロールできない
人工物に媒介される 2.人工物のまわりに多数の人間が関与する 人間は、(それ以前の因果関係とは独立に)自己の行為を始められる(自由)ために、行為の責任が帰属する しかし、自動車事故をめぐる関係者は多い(整備士、ドライバー、製造エンジニア、・・)
人工物に媒介される 3.長期に、離れた場所で存在する 問題が起こっても、直接対処しようがない 作成者がいなくなっても存続し続ける人工物がある(ピラミッド) 単純な仕方で、製作者が責任を持つことができない
人工物に媒介される 4.複雑な人工物 医者が、メスを使った手術を失敗しても、そのメスを作った人が責任を問われることはまずない しかし、ドライバーが事故を起こしたり、工員が機械の操作を誤ったりすると、機械を作った人の責任が問われることがある
人工物に媒介される 5.新しいものをつくる ①研究開発が仕事である ②橋や建築物では、地盤や環境が場所ごとに異なる ③環境(自然、人間、人工物)が変わるために、新たなものを設計製造する必要がある
人工物問題によって生じたこと 複雑さを予めすべて考慮できない エンジニアは、設計に関してコントロールできることになっている。しかし、エンジニアが「正しい」設計をするのは難しい(困難な仕事) エンジニアは「機械」や「CAD」に囲まれているため、人工物、チームにまでは目がいっても、経営者、(被害を受ける可能性のある)第三者にまでは目が行き届かない(他人が見えない)
医者や弁護士という専門家 医者や弁護士は、依頼者に対して専門的な知識のサービスをする 依頼者に忠実であることが重要(素人を手玉にとってはいけない) 迷惑をかける可能性のある人が、目の前にいる 組織内で仕事をしなくてもやっていける
組織問題の基本 #エンジニアと企業との関係 一人前のエンジニアの典型はどれか 山の中にこもって発明する、というのがエンジニアの仕事ではない 同僚、上司、部下(直接配慮すべき人々)との関係の中で一人前のエンジニアになる 一人前のエンジニアの典型はどれか ①チーフ・エンジニア、②技術コンサルタント、③特許の所有権訴訟、④技術担当重役
組織問題のデータ① #製造物責任法 製造物に拡大被害が起こった場合は、損害賠償を製造業者が行わねばならない ここでは、製造業者が責任を負って、エンジニアそのものの責任は出てこない 製造物の安全という面からも、エンジニアは企業を離れることは難しい
組織問題のデータ② #知識経済 経済活動において、知識(特許など)の重要性が増している(←→労働、原材料、貨幣資本) 中核知識労働者への依存度の増大 経営者とエンジニアとの権力関係が変わってくる(命令者と単純労働、ではなく自律者同士) 企業にとって、ガバナンスが難しい
日本の組織問題 #エンジニアv.s.経営者 エンジニアは、会社内でえらくなる(経営者になることが、エンジニアであることと矛盾しない) その場合に、他のエンジニアと一緒にやっていくだけでなく、他の分野の人とも一緒にやっていく必要がある 広義の設計(社会的影響、販売、安全等を考える)(機能するものを作る、ことを超える)
エンジニアのアイデンティティ ものづくりを行うエンジニアは、専門バカをめざすべきでない 例えば、チーフ・エンジニアは社会的な制約も考慮しつつ設計を行う必要がある 専門的知識をもつだけでは、ものづくりがやっていけない
★関連トピックス ①事故調査 ②利便性v.s.リスク ③公衆とリスク
エンジニアという専門家 企業内エンジニアの場合 新しくものを作っている(改良、発明によって安全を確保する) この人工物が社会に影響を与える(依頼者以外に被害を与えることがある) だからこそ、単なるサービス業とは違う専門家である
エンジニアの志向性 安全性を仕事の完璧さによって確保しようとするだけではない(弁護士、医者) 人工物の安全性は、基準などで決まっている(この制約は変化し難い) 企業内エンジニアは人工物を新たに作り、メンテナンスするのが仕事である QC、研究開発⇒これまでの安全ルールの改変の可能性を含む
事故調査 研究開発を含めた安全の確保 ①事故、トラブル、失敗の情報の収集 ②それらの問題の解決 インシデントを集める 証言免責 ★ローカルな最適化が、全体の問題を引き起こさないかに注意(どのレベルの、エンジニア、経営者が関わるか)
利便性の売買 利便性は、消費者はお金を出して買う コストの支払いに満足しているので、売買が成立する 天災にしろ事故にしろ、完全な保護は可能でない リスクからの保護として保険はあるが、事故後の金銭的保証だ
消費者の受動的リスク 保険以外で、消費者はリスクを「買う」ことはできない 製造業者、政府、チェック機関などがうまくやるのを期待するだけになる 人工物は、消費者の知らないところで、うまく作られるのを、ただ期待するしかない
利便性とリスク 子供の世話⇒プライベートな問題 子供の虐待⇒公的な問題(刑事罰がある) 良い物の提供よりも、害悪を及ぼす方が、公的な問題として取り上げられる 綺麗な箱を作って、それを見るだけなら、依頼者の要望にそうものを作ればいい。第三者に被害を与えるなら問題(stakeholder)
公衆とリスク 安く良いものを提供するのは、依頼者、雇用者に対するエンジニアの責任だろう 公衆を気にするのは、「第三者」に対する被害の可能性を考えているからだ これは、医者や弁護士のような専門家と違って、エンジニアに特有の倫理的問題を含む
倫理綱領の歴史 1912年:アメリカ電子技術者協会(最初の綱領)⇒顧客や雇用者の利害の保護を専門的義務の第一と考える Robert J. Baum:Ethics and Engineering Curricula(1980) 1912年:アメリカ電子技術者協会(最初の綱領)⇒顧客や雇用者の利害の保護を専門的義務の第一と考える 1947年:彼の仕事で影響を受ける雇用者や公衆の生命、安全、健康を適切に顧慮する 1974年:専門業務において公衆の安全、健康、福祉を主要なものと考える
ガードレール 山道のガードレールを壊して崖に転落する自動車が年に数件あるとする ガードレールをしっかりしたものにすると、転落は防げる しかし、数年に1度、反対車線から走ってきた車に衝突し、幸せな家族の命を奪う
ガードレールの教訓 公衆を考慮するのは難しい(時に、落ちる人を顧慮するのか、稀な例外の人権を顧慮するのか) 特定のクライアントに向けた設計は可能にしても エンジニアの改良の志向性は、副作用で悲劇を生むことがある でも、通行禁止で安全性を確保してどうなるのか ★エンジニアは更に「跳ね返らない」ガードレールを作ろうとする
まとめ ①人工物を媒介、顧慮すべき他人が離れているので、対処は難しく、忘れられがち ②エンジニアは組織に属し、経営者と違う対処をする ③公衆を考慮することが専門家の責任だと明示することの奇妙さ ④ものを作ることで安全性の確保をめざす ★ 対人関係の倫理とは違っている
「公衆」の意味 公衆ということで、学生に何を望むか 1.エンジニアである前に、市民であれ 2.事故を起こさない(社会の安全を守る) 理想:企業の力に負けず、内部告発した 2.事故を起こさない(社会の安全を守る) 理想:多くの制約条件を意識して、それに対処できるエンジニア (普通にきちんと仕事をしているのが、倫理的なエンジニアとなる)
人間観 悪いことを「悪い」と言える人間の形成の一環として、エンジニアの倫理を考えるのか 社会に不安全なものを提供しない専門家をつくるのが重点か 日本の社会で更に会社の中で生きるエンジニアを取り上げている
ボイジョリー チャレンジャー事故で、ボイジョリーはエンジニアとしてどこを評価すべきか 1.企業の圧力に屈せず、自己の主張を貫いた この場合、政府からの独立、企業からの独立を評価している 2.安全について問題を提起した これなら、直属の上司も同じ、「正しい」設計 ★公聴会での証言は内部告発か
公衆3 どのような意味で問題になるか 企業が従業員に無茶を言う、依頼者の要望がおかしい⇒だから、市民であれ、というのか これなら、被告の罪を知ってしまった弁護士の守秘義務はどうか、 専門的知見で判断する医者は、どうか、インフォームド・コンセントはどうか メンテナンスも含めたライフサイクル・エンジニアリングが重要になる(複雑系も近未来は予測できる) このため、エンジニアの責任範囲は増える(拡大製造者責任)
東電 政府の規制(司法中心でなく、行政指導) 複雑なシステムの安全性を確保する 過失、複雑性、限定合理性の考慮 専門家と経営者との力関係
ガバナンス これが大事な理由 法人の自律性を認めつつ、その行動には責任をとってもらう トップが責任を取れるような仕組みを作る その前提条件として、風通しを良くすることが必要(原子力部門のキャリアパスとして、他の部門の業務経験を義務づける)