比較文化A(2) 異文化間コミュニケーション 2004年4月20日(火) 平高史也
マジョリティーのいわゆるドイツ人 土着の少数者 移住者 帰還者 難民 ドイツ人とはだれか? マジョリティーのいわゆるドイツ人 土着の少数者 移住者 帰還者 難民
デンマーク人 フリジア人 ソルブ民族 シンティ・ロマ民族 土着の少数者 デンマーク人 フリジア人 ソルブ民族 シンティ・ロマ民族
移住者 外国人労働者受け入れ協定 1955 イタリア 1960 スペイン、ギリシャ 1961 トルコ(*ベルリンの壁建設) 1955 イタリア 1960 スペイン、ギリシャ 1961 トルコ(*ベルリンの壁建設) 1963 モロッコ 1964 ポルトガル 1965 チュニジア 1968 ユーゴスラビア
移住者 1973 外国人労働者受け入れ停止 1980年代 補助金支給による帰国 促進策 トルコ系労働者による家族 呼び寄せ
ドイツの在住外国人(1998) 7,300,000(8.9%) 国・地域 人口 トルコ 2,054,000 ユーゴスラビア 737,200 イタリア 615,900 ギリシャ 364,000 旧ソ連 325,600 ポーランド 291,700 クロアチア 214,000 オーストリア 186,100 ボスニア/ヘルツェゴビナ 167,600 ポルトガル 132,600
帰還者 ‐ ポーランド、旧ソ連、東欧諸国に住んで いたドイツ人の帰還者が1980年代後半 から急増 ‐ 1950-94年累計: 3,292,000人 ポーランド 1,437,000 旧ソ連 1,167,000 ルーマニア 415,000 チェコスロヴァキア 104,000 その他 169,000
共和党など右派の台頭 ネオナチらの暴力の激化 外国人排斥の動き 共和党など右派の台頭 ネオナチらの暴力の激化
1992年まで庇護申請が増加(1992年438,000件)するが、1993年に旧庇護法が改正され、その後は減少。 難民 1992年まで庇護申請が増加(1992年438,000件)するが、1993年に旧庇護法が改正され、その後は減少。
背景 1)EUの東方拡大 (統合と分裂) 2)極端な少子化(2050年 には人口が半減?) 外国人との融和 背景 1)EUの東方拡大 (統合と分裂) 2)極端な少子化(2050年 には人口が半減?)
1970年代後半 第二言語習得研究: 外国人労働者のドイツ語についての研究 (ハイデルベルクなど) 外国人とのコミュニケーション(1) 1970年代後半 第二言語習得研究: 外国人労働者のドイツ語についての研究 (ハイデルベルクなど)
1980年代 異文化間教育: 教科書で外国人をテーマにする。 →他者との共存を考えさせる契機 外国人とのコミュニケーション(2) 1980年代 異文化間教育: 教科書で外国人をテーマにする。 →他者との共存を考えさせる契機
1980年代 母語維持教育: 外国人子弟に対する母語の 補完教育 →マイノリティーの権利の保障 外国人とのコミュニケーション(3) 1980年代 母語維持教育: 外国人子弟に対する母語の 補完教育 →マイノリティーの権利の保障
1) 「自集団の言語と自己同一化 し、これを学校において習得し、 また公共機関で使用する権利」 2) 「当該地域の公用語を学習する 権利」 言語権 1) 「自集団の言語と自己同一化 し、これを学校において習得し、 また公共機関で使用する権利」 2) 「当該地域の公用語を学習する 権利」
異文化間教育の実例から ベルリン州立ヨーロッパ学校(1992~) ‐15小学校+9中等学校 ‐ 9つのパートナー言語(半分の教科の授業 ‐ 9つのパートナー言語(半分の教科の授業 言語):英、フランス、ロシア、イタリア、スペ イン、トルコ、ギリシャ、ポルトガル、ポーラ ンドの各言語 ‐小学校のクラス担任は母語話者教員および パートナー言語話者教員の合計2名
EUの外国語教育 1+2 Common European Framework of Reference for Languages: Learning, teaching, assessment (CEF) - European Language Portfolio (ELP)
異文化間コミュニケーションとは→自己の豊饒化のために 他者の支援 (ドイツ語教育・母語維持教育) 自己の啓発(外国語学習) →「内なる国際化」