文語文法・動詞活用早わかり 2006.6 金水 敏
動詞活用:口語(現代語)と文語 動詞活用の型には、口語(現代語)と文語との間に、歴史的変化によって結ばれた、強い対応関係がある。 歴史的変化の方向性を知れば、現代語の動詞活用から、文語の活用を推測することができる。
口語と文語の活用の対応 口語 文語 五段活用 四段活用 書く、笑う、飛ぶ… ラ行変格活用 あり、をり、~なり、~たり… 口語 文語 五段活用 四段活用 書く、笑う、飛ぶ… ラ行変格活用 あり、をり、~なり、~たり… ナ行変格活用 死ぬ、去ぬ、~ぬ… (下一段活用) 蹴る 上一段活用 上二段活用 起く、落つ、恥づ… 上一段活用 見る、居る、似る… 下一段活用 下二段活用 受く、とどむ、~る・らる… カ行変格活用 カ行変格活用 来 サ行変格活用 サ行変格活用 す
口語・動詞活用の整理 活用の型の見分け方 まず、カ変とサ変を覚えよう→来る、する 打ち消しの「~ず」で全て見分けがつく。 「~ず」の前がア列→五段活用(書かず) 「~ず」の前がイ列→上一段活用(起きず) 「~ず」の前がエ列→下一段活用(受けず) サ変(せず)cf. 「~ない」なら「受けない」「しない」 「~ず」の前がオ列→カ変(こず)
動詞活用の歴史的変化の原理 最も重要なのは、 「終止形と連体形の合流」 「二段活用の一段化」 五段(四段)活用の音便の義務化 ナ変と下一段(蹴る)は特殊な動き 地域的な違いに注意:文語文法は西日本型文法、現代口語文法は東日本型文法
五段活用(口語)と四段活用(文語)はほとんど同じ 「書く」 口語 文語 未然 かかない かこう 連用 かいて かきます 終止・連体 かく 仮定 かけば 命令 かけ 未然 かかず 連用 かきて(かいて) 終止 かく 連体 已然 かけば 命令 かけ
四段活用(文語)とラ行変格活用(文語)の違いは終止形 ラ変(文語)「あり」 四段(文語)「刈る」 未然 あらず 連用 ありて 終止 あり 連体 ある 仮定 あれば 命令 あれ 未然 からず 連用 かりて(かって) 終止 かる 連体 仮定 かれば 命令 かれ
ラ行変格活用は文語文法にとって重要 本動詞:あり、をり、はべり、いまそがり(いますかり) 断定の助動詞、形容動詞語尾:「今日は雨なり」「明らかなり」 形容詞カリ活用:「美しかりけり」 さまざまな助動詞:「~り」「~たり」「~なり」(断定・推量)「~けり」「~めり」
上一段活用(口語)と上二段活用(文語) 未然 おきない おきよう 連用 おきて 終止・連体 おきる 仮定 おきれば 命令 おきろ 未然 「起きる」 口語 文語 未然 おきない おきよう 連用 おきて 終止・連体 おきる 仮定 おきれば 命令 おきろ 未然 おきず 連用 おきて 終止 おく 連体 おくる 已然 おくれば 命令 おきよ
上一段活用(文語)と上二段活用(文語) 未然 きず 連用 きて 終止 きる 連体 已然 きれば 命令 きよ 未然 おきず 連用 おきて 終止 上一(文語)「着る」 上二(文語)「起く」 未然 きず 連用 きて 終止 きる 連体 已然 きれば 命令 きよ 未然 おきず 連用 おきて 終止 おく 連体 おくる 已然 おくれば 命令 おきよ
文語における上一段と上二段 「射る」「着る」「似る」「煮る」「居(ゐ)る」等、一音節動詞→一音節動詞の上二段動詞は存在しない 多音節動詞の上二段活用動詞:「うしろみる」「かへりみる」「かんがみる」「ひきゐる」「もちゐる」等(一音節動詞を後部に持つ複合動詞が多い)
下一段活用(口語)と下二段活用(文語) 未然 うけない うけよう 連用 うけて 終止・連体 うける 仮定 うければ 命令 うけろ 未然 「受ける」 口語 文語 未然 うけない うけよう 連用 うけて 終止・連体 うける 仮定 うければ 命令 うけろ 未然 うけず 連用 うけて 終止 うく 連体 うくる 已然 うくれば 命令 うけよ
下二段活用(文語)の助動詞 未然 読みてむ 連用 読みてけり 終止 読みつ 連体 読みつる 已然 読みつれば 命令 読みてよ 未然 読まれず 下二(文語)「~つ」 下二(文語)「~る・らる」 未然 読みてむ 連用 読みてけり 終止 読みつ 連体 読みつる 已然 読みつれば 命令 読みてよ 未然 読まれず 連用 読まれて 終止 読まる 連体 読まるる 已然 読まるれば 命令 読まれよ
活用の「段」とは何か 五十音図の列(段)のこと か き 上二段 く 四段 五段 け 下二段 こ
カ行変格活用(口語)とカ行変格活用(文語) 「来る」 口語 文語 未然 こない こよう 連用 きて 終止・連体 くる 仮定 くれば 命令 こい 未然 こず 連用 きて 終止 く 連体 くる 已然 くれば 命令 こよ
サ行変格活用(口語)とサ行変格活用(文語) 「する」 文語 口語 未然 しない しよう せず 連用 して 終止・連体 する 仮定 すれば 命令 しろ 未然 せず 連用 して 終止 す 連体 する 已然 すれば 命令 せよ カ変・サ変は、一・二段活用に近い
ナ行変格活用(文語)は、四段活用と二段活用の混合 ナ変(文語)「死ぬ」 未然 しなず 連用 しにて 終止 しぬ 連体 しぬる 已然 しぬれば 命令 しね ここまでは四段 ここからは二段 ここは四段
ナ行変格活用(文語)の助動詞 未然 咲きなむ 連用 咲きにけり 終止 咲きぬ 連体 咲きぬる 已然 咲きぬれば 命令 咲きね ナ変(文語)「~ぬ」 未然 咲きなむ 連用 咲きにけり 終止 咲きぬ 連体 咲きぬる 已然 咲きぬれば 命令 咲きね 動詞連用形に「去(い)ぬ」が膠着したものか。 咲き+いぬ>咲きぬ
終止形と連体形の合流 終止形の機能 文の終止:「男、あり」 一部の助詞の接続:「我が思う人はありや」 連体形の機能 連体修飾:「夫ある人」 準体句の形成:「猫の縞あるをもとめけり」 一部の助詞・助動詞の接続:「夫あるなり」 文の終止(係り結び、連体形終止文):「鹿ぞ鳴くなる」「雀の子をいぬきが逃がしつる」 連体形とも重複する終止形の機能を、連体形が奪う → 一種の「リストラ」
四段動詞・上一段動詞の終止形と連体形 四段動詞・上一段動詞は、終止形と連体形が表記の上で同形に見える。 しかし、これらの動詞でも、終止形と連体形では、アクセントが異なることが知られている。 終止形・連体形の合流後は、終止形のアクセントが消滅する。つまり、全ての動詞において、終止形はリストラされた。
合流の効果:ラ行変格活用の消滅 未然 あらず 連用 ありて 終止 あり 連体 ある 已然 あれば 命令 あれ 未然 からず 連用 ラ変(文語)「あり」 →四段に合流 四段(文語)「刈る」 未然 あらず 連用 ありて 終止 あり 連体 ある 已然 あれば 命令 あれ 未然 からず 連用 かりて(かって) 終止 かる 連体 已然 かれば 命令 かれ
二段活用の一段化:上一段と上二段の合流 未然 きぬ 連用 きて 終止・連体 きる 已然 きれば 命令 きよ 未然 おきぬ 連用 おきて 上一(文語)「着る」 上一へ合流← 上二(文語)「起く」 未然 きぬ 連用 きて 終止・連体 きる 已然 きれば 命令 きよ 未然 おきぬ 連用 おきて 終止・連体 おくる 已然 おくれば 命令 おきよ おきる おきれば
下二段活用は下一段へ 未然 うけぬ 連用 うけて 終止・連体 うくる 仮定 うくれば 命令 うけよ うける うければ 下二段「受くる」 →下一段「受ける」 未然 うけぬ 連用 うけて 終止・連体 うくる 仮定 うくれば 命令 うけよ うける うければ
ナ行変格活用が四段活用へ合流 未然 しなぬ 連用 しにて 終止・連体 しぬる 已然 しぬれば 命令 しね ナ変「死ぬる」 →四段「死ぬ」 未然 しなぬ 連用 しにて 終止・連体 しぬる 已然 しぬれば 命令 しね 終止・連体の合流のあと、多数派の四段活用に吸収 しぬ しねば
「蹴る」の特殊な動き 上代:ワ行下二段活用「くゑず:くゑたり:くう」(くゑはららかす) 中古:カ行下一段活用「けず:けたり:ける」 近世:ラ行四段活用:「けらぬ:けった:ける」
四段活用から五段活用へ 「かかむ」→「かかん」→「かかう」→「かこう」 kakamu→kakaN→kakau→kakoo という経路を経て、オ列活用語尾が発生 cf. 「神戸」の発音
音便の義務化 平安時代、四段(五段)動詞連用形に「て」「たり」「つ」等が付いたときに音便化(義務的でない) ※他にも、「去んぬる」「おはんぬ」等 室町時代、音便形が義務的になる。 イ音便:「書いた」(カ行)「指いた」(サ行) ※サ行イ音便は後になくなる イ音便+濁音:「漕いだ」(ガ行) ウ音便:「仕舞うた」(ハ行→アワ行) 撥音便+濁音:「呼んだ」(バ行)「読んだ」(マ行) 「死んだ」(ナ行〈もとナ変〉) ※「呼うだ」「読うだ」等の形式が用いられた時期もある
カ行変格活用とサ行変格活用の 変化 未然 こず 連用 きて 終止 く 連体 くる 已然 くれば 命令 こよ 未然 せず 連用 して 終止 す カ変「来る」 サ変「する」 未然 こず 連用 きて 終止 く 連体 くる 已然 くれば 命令 こよ 未然 せず 連用 して 終止 す 連体 する 已然 すれば 命令 せよ せぬ こぬ こい せい
西日本系活用と東日本系活用 打ち消し「書かぬ」 →関西・西日本方言の「書かん」 打ち消し「書かぬ」 →関西・西日本方言の「書かん」 一段活用・サ変の命令形「受けよ」「せよ」 →関西・西日本方言の「受けい」「せい」 アワ行五段活用のウ音便「仕舞うた」 →関西・西日本方言に受け継がれる。 「書かない」「受けろ」「しろ」「仕舞った」は東日本系 →江戸語から東京語、共通語へ
活用形の東西方言の境界線 著作権に配慮して、図版を削除しましたl。
再び口語と文語の活用の対応 口語 文語 五段活用 四段活用 書く、笑う、飛ぶ… ラ行変格活用 あり、をり、~なり、~たり… 口語 文語 五段活用 四段活用 書く、笑う、飛ぶ… ラ行変格活用 あり、をり、~なり、~たり… ナ行変格活用 死ぬ、去ぬ、~ぬ… (下一段活用) 蹴る 上一段活用 上二段活用 起く、落つ、恥づ… 上一段活用 見る、居る、似る… 下一段活用 下二段活用 受く、とどむ、~る・らる… カ行変格活用 カ行変格活用 来 サ行変格活用 サ行変格活用 す
形容詞:ク活用とシク活用 未然・ 連用 あかく なる 終止 あかし 連体 あかき 已然 あかけれ ど 未然・ 連用 かなしく なる 終止 ク活用形容詞 シク活用形容詞 区別がなくなる 未然・ 連用 あかく なる 終止 あかし 連体 あかき 已然 あかけれ ど 未然・ 連用 かなしく なる 終止 かなし 連体 かなしき 已然 かなしけれ ど い い
形容詞:カリ活用(補助活用) 未然 あかからず 連用 あかかりけり 終止 ーーー 連体 あかかるべし 已然 命令 あかかれ 形容詞に助動詞を接続するため、「あり」の力を借りてカリ活用が成立 あかく+あり>あかかり 従って、ラ行変格活用 終止形・已然形は通常用いられない。例外「多かり」 「あかかった」はカリ活用起源 未然 あかからず 連用 あかかりけり 終止 ーーー 連体 あかかるべし 已然 命令 あかかれ
形容動詞・断定の助動詞 未然 あきらかならず 連用 終止 あきらかなり 連体 あきらかなる 已然 あきらかなれど 命令 あきらかなれ 未然 あきらかなりけり あきらかに 終止 あきらかなり 連体 あきらかなる 已然 あきらかなれど 命令 あきらかなれ 未然 雨ならず 連用 雨なりけり 終止 雨なり 連体 雨なる 已然 雨なれど 命令 雨なれ
形容動詞・断定の助動詞 に+あり>なり (従ってラ変型) 形容動詞連体形「あきらかなる」>「あきらかな」 に+あり>なり (従ってラ変型) 形容動詞連体形「あきらかなる」>「あきらかな」 現代語の終止形は「~にて+あり」>「~である」から ~である>~でぁ> ~じゃ (西日本) ~だ (東日本など)