認知症診療とケアに必要な 神経心理学的検査 2017年8月4日 宇治武田病院 リハビリテーション科 言語聴覚士 高橋 浩子
お話すること 神経心理学?神経心理学的評価とは? DSM-Ⅳ-TRの認知症診断基準の要約 認知症の中核症状 宇治武田病院における認知症の診断のため の検査 検査結果はどう活用する!?
神経心理学?神経心理学的評価とは? 神経心理学的評価とは、 これらについて評価すること。 評価の方法の一つとして 様々な検査が研究され、 脳の疾患を取り扱うのは神経学(neurology) 心の現象を取り扱うのが心理学(psychology) 神経心理学(neuropsychology)は脳と心の問題を取り扱う領域で・・・ と説明してもなかなか具体像が見えてこない・・・ 神経心理学の対象領域 言語や認知、行為の障害(失語、失認、失行) 読み書き障害(失読、失書) 記憶障害 前頭葉機能の障害 認知症 神経心理学的評価とは、 これらについて評価すること。 評価の方法の一つとして 様々な検査が研究され、 神経心理学的検査と言われます。
DSM-Ⅳ-TRの認知症診断基準の要約 認知機能の障害 ≒認知症の中核症状 ≒神経心理学の対象領域 A.多彩な認知障害の発現。以下の2項目がある 1.記憶障害(新しい情報を学習したり、以前に学習していた情報を想起する能力 の障害) 2.次の認知機能の障害が1つ以上ある a.失語(言語の障害) b.失行(運動機能は障害されていないのに、運動行為が障害される) c.失認(感覚機能が障害されていないのに、対象を認識または同定できない) d.実行機能(計画を立てる、組織化する、順序立てる、抽象化すること)の障害 B.上記の認知障害は、その各々が、社会的または職業的機能 の著しい障害を引き 起こし、また、病前の機能水準からの著しい低下を示す C.その欠損はせん妄の経過中にのみ現れるものではない 認知症疾患治療ガイドライン作成合同委員会:「認知症疾患治療ガイドライン2010」コンパクト版2012
認知症の中核症状についてお話します
認知症の中核症状 記憶障害 記憶とは・・・ 情報を処理する過程を意味します。 たとえば、外部の情報を脳に蓄える(記銘)、情報を保存する(保持)、必要なときに情 報を取り出す(再生)と言います。 記憶力が低下する場合には、これらの過程のどこかに問題がおこり、新しい情報を学習し たり、以前に学習していた情報を想起することが難しくなることを言います。 例えば・・・患者の日常生活で疑われる場合 ①近時記憶 recent memory (刺激提示後、数分から数日たってから再生させる)の障害 今朝のごはんのおかずや、食べたことを覚えていない ②即時記憶immediate memory(刺激提示後すぐに再生させる)の障害 お風呂に行きましょうと声をかけたのに、数秒後に「なにしたらいい?」と質問される
認知症の中核症状 実行機能障害(遂行機能障害) 認知症の中核症状 実行機能障害(遂行機能障害) 実行機能とは・・・ 目的のある一連の行動を有効に行うために必要な、目標の設定、計画・実行・監視能力なども含む 、 複雑な認知機能のこと。前頭葉の損傷で障害しやすいと報告されている。 社会生活を送る上での能力として実行機能(遂行機能)とゆう用語を用いる。 脳に局在する機能として前頭葉機能とゆう言い方もある。 例えば・・・患者の日常生活で疑われる場合 ①思いついたことを何も考えず行動てしまう 財布を持たず、目的地までの経路をしらべることもなく、家族に声をかけることもなく、 何時までに帰るなどの目途もなく、でかけてしまう。 ②料理ができなくなる。 一つ一つの作業はできるのに、それをどうゆう順番でどのぐらいの時間で行うかなどの段取り が組めない。
認知症の中核症状 失行 失行とは・・・ 手や足など、運動を行う体の器官を運動器といいます。 運動器に異常がないのに、身につけた一連の動作を行う機能が低下することをいいます。 運動が拙劣となる肢節運動失行、 言語性・視覚性指示による道具なしで身振りをすることが障害される観念運動失行、 複雑な一連の運動連鎖が必要な行為ができない観念失行などがあるものの、 いずれも研究者によって定義が異なっているのが現状。 例えば・・・患者の日常生活で疑われる場合 手足に麻痺などはなく、動かすことができるけれど ①いつも締めていたネクタイを締められなくなってしまう 肢節運動失行 観念失行 ②うがいをして水を吐き出す、という一連の動作ができなくなってしまう 観念失行 ③服を着る、脱ぐといった一連の動作ができなくなる 肢節運動失行 観念失行
認知症の中核症状 失認・視空間認知障害 失認とは・・・ 目や耳、皮膚感覚、鼻、舌などの「感じる」ために必要な体の器官を感覚器といいます。 感覚器に異常がないのに、目や耳などの五感を通じて、まわりの状況を把握する機能が 低下することをいいます。 例えば・・・患者の日常生活で疑われる場合 ①息子の顔をみても知らないとゆうが、声をきくと息子と気づく 相貌失認 ②対象物をみているが、名前を言えない。形の特徴は言える。触れば名前を言える。 視覚失認 視空間認知障害とは・・・ 個々の対象の空間的な位置、あるいは複数の対象の空間的な位置関係に関する視覚的認知する機能が低 下することをいいます。 ①食事の時に、左側の皿を食べ残す 左側の半側空間無視 ②通いなれていたはずの病院までの道順がわからない 地誌的障害
認知症の中核症状 失語(言語障害) 言語障害とは・・・ 一旦獲得された言語操作(読む、聴く、話す、書く)能力が低下すること。 相手の声を音として聞く 聞いた音を話として理解する 話の内容を元に考える のど、口、くちびるなどの筋肉を無意識に使いながら声に出す 相手に分かるように伝える 単語の知識 文章を正しく構成する などの能力のいずれかが障害されても言語障害という。 例えば・・・患者の日常生活で疑われる場合 ①話さない(無言症) ②ものの名前が言えない、「あれ」「それ」が多い (喚語困難) ③言葉が理解できない (理解障害) ④同じ句、単語、文を繰り返し言う(反復言語 前頭葉症状) ⑤言い間違える やま→かわ (意味性錯語)
宇治武田病院での 認知症の診断のための検査 神経心理学的評価として検査を用いる場合、各種の神経心理学的検査を組み合わせ、 バッテリーを組むことで、評価の精度が上がると報告されています。 +患者に合わせて、 検査を付加したり、検査に変更することもある ADセット MCIセット 条件 MMSE-Jが19点以下 MMSE-Jが20点以上 検査 MMSE-J TMT A・B VFT ADAS-Jcog WMS-R 所要時間 60分 90分 今日はこれらの検査を 紹介します
各検査の紹介の前に・・・ 検査結果に影響が与えられると考えられる因子 基本情報の確認 職業歴、教育水準、家庭環境、病前の性格、既往症、利き手など 随伴症状の確認 意識障害、注意障害、運動障害、感覚障害、視野障害、 構音障害、廃用症候群など 感情・情動の状態の確認 疲労度、意欲、抑うつ気分、感情失禁、無関心など <検査者は気分よく、集中して、本来の能力が発揮できるように配慮する>
検査の紹介をします。 配布した検査用紙を用意してください。
包括的 認知機能の検査 MMSE-J精神状態短時間検査 日本版 エムエムエスイー 認知障害の重症度を見出し、評価・記録するための世界的に使用されている。 原版出版社:Psychological Assessment Resources,Inc 日本版作成:杉下守弘 面接形式の言語性検査 検査所要時間 10-15分程度 検査項目 1、見当識時間 2、見当識場所 3、記銘 4、注意と計算 5、再生 6、呼称 7、復唱 8、理解 9、読字 10、書字 11、描画
包括的 認知機能の検査 MMSE-J精神状態短時間検査 日本版 エムエムエスイー 記憶:3、記銘 5、再生 失行: 8、理解 視空間認知:11、描画 言語:6、呼称 7、復唱 8、理解 9、読字 10、書字 見当識 :1、見当識時間 2、見当識場所 注意機能:4、注意と計算 認知症の中核症状が 多く含まれている
包括的 認知機能の検査 ADAS-Jcog エーダス 記憶を中心とする認知機能検査。アルツハイマー病に対するコリン作動性薬物に よる認知機能の評価を目的として作られえた。 継続的に複数回実施し、得点変化によって認知機能の変化を評価するのに適する 。 面接形式の検査 検査所要時間 30分程度 検査項目 11項目 0~70点の範囲で、高得点になるにつれて障害の程度がます 1、単語再生 2、口語言語能力 3、言語の聴覚的理解 4、自発話における喚語困難 5、口頭命令に従う 6、手指および物品呼称 7、構成行為 8、観念運動 9、見当識 10、単語再認 11、テスト教示の再生能力
包括的 認知機能のスクリニング検査 ADAS-Jcog 8、観念運動 失行 一連の運動連鎖ができるか 教示:「ここに手紙と封筒があります。これを使って、この手紙を、この人あてに 出してもらいます。そのままポストに出せるようにして、私に渡してください。」 評価項目: 1段階 便箋を折りたたむ 2段階 便箋を封筒に入れる 3段階 封筒に封をする 4段階 封筒に宛名をかく 5段階 封筒に切手を貼る
包括的 認知機能のスクリニング検査 ADAS-Jcog 8、観念運動 失行 一連の運動連鎖ができるか 例えば・・・ 8、観念運動 失行ができなかったら・・・患者の日常生活で 運動器の問題がないにもかかわらず 歯を磨くことができない 食事をたべることができない 歩くことができない といったことが起きている可能性があります。
VFT言語流暢性課題Verbal fluency task ヴイエフティー 面接形式による言語性検査 検査時間 5分程度 方法:カテゴリー流暢性と音韻流暢性の2種を質問する カテゴリー流暢性: 「動物の名前を1分間でできるだけたくさん言ってください」 音韻流暢性: 「カで始まる言葉を1分間でできるだけたくさん言ってください、 人の名前、固有名詞はやめてください」
VFT言語流暢性課題Verbal fluency task ブイエフティー 言語機能や実行機能の評価に用います 例えば・・・ VFTで語想起がすくない・・・患者の日常生活で ①食思不振があり好きなものを聞きたいが、言えない ②自分の体調を相手にわかるように伝えられない といったことが起きている可能性があります 。
TMT A・B Tail Making Test トレイルメイキングテスト/ティーエムティ 面接形式の視覚性検査 所要時間 10 分程度 TMTA と TMTB の2種類で構成されている
方法:TMT-A A4用紙に1~25までの数字がランダムに配置されており、被験者に1から順番に1→2→3と 鉛筆で線を結んでもらい、最後の数字である25に到達するまでの所要時間を計測する。 このような感じ
方法:TMT-B A4用紙に1~13までの数字と「あ」から「し」までの仮名がランダムに配置されており、 被験者に1→あ→2→い→3…といったように数字と仮名を交互に鉛筆で線を結んでもらい、 完了するまでの所要時間を計測する。 このような感じ
TMT A・B 年代別にみた TMTの成績 所要時間だけでなく誤り方や検査中の様子の観察が重要!! 鹿島晴雄・他:注意障害と前頭葉損傷. 神経研究の進歩 30(10);847-848,1986 所要時間だけでなく誤り方や検査中の様子の観察が重要!!
TMT A・B Tail Making Test 注意機能、視空間認知、実行機能の評価に用い ます 例えば・・・ TMT A・Bで所要時間延長、できなかったら・・・ 患者の日常生活で・・・ ①計算をしながら家計簿をかくことができなくなった ②ATMの操作ができなくなった ③自動車の運転の様子が以前とかわった、頻繁にぶつける といったことが起きている可能性があります 。
WMS-R日本版ウェクスラー記憶検査Wechsler Memory Scale-Revised ダブルエムエスアール 測定できる機能:記憶、注意機能 国際的に最もよく使用されている総合的な記憶検査 原著者:David Wechsler 日本版作成:杉下 守弘 面接形式の検査 標準化検査 検査所要時間 45分~60分 記憶の5つの側面を指標得点として算出できる評価法 言語性記憶 視覚性記憶 一般的記憶 注意/集中力 遅延再生
WMS-R日本版ウェクスラー記憶検査 測定できる機能:記憶(注意機能) 言語を使った問題と図形を使った問題で構成され、下記13の下位検査がある 1、情報と見当識 2、精神統制 3、図形の記憶 4、論理的記憶Ⅰ 5、視覚性対連合Ⅰ 6、言語性対連合Ⅰ 7、視覚性再生Ⅰ 8、数唱 9、視覚性記憶範囲 10、論理的記憶Ⅱ 11、視覚性対連合Ⅱ 12、言語性対連合Ⅱ 13、視覚性再生Ⅱ 例えば・・・ WMS-Rの結果が不良だったら・・・患者の日常生活で 視覚性記憶:忘れないでおこうとメモをはったが、メモを貼ったことを覚えていない 言語性記憶:妻と話した内容を覚えていない、話したことも覚えていない
これらの検査を用いて神経心理的評価をしますが・・・その結果について
神経心理学的検査の結果は・・・ 検査場面の様子は、必ず記録しているので、ぜひ確認してください。 名 称 標準化 評価基準 適応範囲 WMS-R日本版ウェクスラー記憶検査 ○ 100を標準とし、±15を正常値とします 16才~74歳11か月 TMT A・B その集団の平均値はあっても基準値はない VFT言語流暢性課題 SLTA失語症検査 動物名 FAB 語の流暢性 10個以上で3/3点(満点) ADAS-Jcog なし MMSE-J精神状態短時間検査 日本版 カットオフ値24点 18~85歳 。 正常値と正常値以外をはっきりさせる検査ばかりではなく、以外に少ない。 検査は、環境や、その日の体調、気分など影響を受ける場合があり、 検査の得点、結果にとらわれると間違った解釈をすることになる。 検査場面の様子は、必ず記録しているので、ぜひ確認してください。 検査の得点、結果は、前回と今回の変化を見るのに使うのは有効です。 30
検査結果はどう活用する!? 社会的または職業的機能 の著しい障害 患者の生活の認知障害を、より注目するべきで、 認知症の概念は、DSM-Ⅳ-TR診断基準などにもあるように 「認知障害は、その各々が、 社会的または職業的機能 の著しい障害 を引き起こし、また、病前の機能水準からの著しい低下を示す」 状態を指すものである。 神経心理学的検査結果や点によって、 患者にとっての困難さを説明できるものではない。 患者の生活の認知障害を、より注目するべきで、 神経心理学的検査はその補助的な役割と思います。
FASTによるアルツハイマー型認知症の重症度のアセスメント FAST 臨床診断 特徴 1 正常 主観的にも客観的にも機能低下なし 2 年齢相応 物の置き忘れの訴え、喚語困難 3 境界状態 他人が見て、仕事の効率低下がわかる 日常生活では機能低下は顕在化しない 4 軽度のアルツハイマー型認知症 社会生活・対人関係で支障を来す 将来の計画を立てたり、段取りをつけることができない 日常生活では支障は目立たない 時間の見当識障害あり しばしば、うつ状態 服薬の管理は困難 物盗られ妄想で気づかれることがある カードで買い物ができない 特定のところ以外は電話ができない 銀行通帳の取扱いは困難 5 中等度のアルツハイマー型認知症 日常生活でも介助が必要 気候に合った服を選んで着ることができない 理由なく、着替えや入浴を嫌がる 場所の見当識障害 帰宅妄想 やたらに外出しようとする 6 やや高度のアルツハイマー型認知症 不適切な着衣、着衣に介助が必要 靴ひも、ネクタイは結べない 入浴しても、体を洗うことは困難 人物の見当識障害(同居していない家族) 徘徊 7 高度のアルツハイマー型認知症 日常生活でも常に介助が必要 同居している家族もわからなくなる 簡単な指示も理解できない 実行機能障害が中心 失行や失認の症状が出始める 失行や失認、失語が重度になる
ご清聴ありがとうございました。 不明な点は、別の機会でも良いので、ご質問下さい。 参考文献 ・山鳥 重,神経心理学入門 ,1985 ・田川 皓一 ,神経心理学評価ハンドブック ,2004 ・ 「CLINICAL REHABILITATION」別冊高次脳機能障害のリハビリテーションVer.2,2004